百十二記_GAND①
「イブ嬢はさ、シャーロットちゃんに武器の使い方は教えてもらわなかったんだよね」
バロンは銃の練習の用意と言って『回収の紋章』の中から何体かのマネキンを出して、それらに紙の的を貼り付けながら、話しかけてくる。明日からは準備に私も参加するよう言われたが、今日は見て覚えればいいらしい。たまたま近くに来たマイヤを持ち上げて、肉球を触りながら答える。
「うん、武器は駄目だって。剣術の一つも教えてくれなかったよ。前にも言ったけど」
子供が武器を持つのはおかしい、というよりは武器や戦闘に踏み込ませないことで私をロサイズムから遠ざけているように思えた。お兄ちゃんとお姉ちゃん、楠木が私のことを気遣ってくれるのはよく分かっている。それでもやっぱりお荷物は嫌なのだ。
私は知っている。彼らの最終目標が何たるかを。あの世界を、私を蝕む黒バラの討伐だ。それを世間で話せば呆れられるだろうと思う。一年半色んな街に行って分かった。何処の人も滅び行く世界に諦めをつけている。本気なのはお兄ちゃんたちを含む少数と義勇兵団だけだった。
お兄ちゃんがなんでそこまで『黒バラの討伐』に拘るのか、私はよく知らない。直感だが軽率に聞いていいような事とは思えなかった。何せ、不可能と呼ばれるものに抗うのだ。相応の理由があるはずだった。
「あっ…」
考えに耽っているとマイヤが腕の中から飛び降りた。そこで垂れ続けていた思考が止まる。
「どうかしたかい?イブ嬢」
「…っううん、マイヤが飛び降りてびっくりしただけ」
驚いた直後に話しかけられてしまったため、意味もなく取り繕ってしまった。
…アレ。私、やり方ちゃんと見てたっけ?
急いで脳裏を反芻すると映像はしっかりと残っていた。意識は別のことに向けていたが、幸いにもそれがあり、ホッとする。明日、迷惑がかかることもなさそうだった。
ただ屈んだ姿勢でメガネの間から覗かせるバロンの目が小さい罪の意識からか、私自身を訝しんでいるように見えた。
「そう。ならいいんだけどね。丁度準備が終わったよ」
そこには胴と頭だけのマネキンが三体鎮座していた。彼に連れられてそこを離れる。十五メートルほどマネキンから距離を取ると彼は振り返った。
「イブ嬢は格闘に関しては中級冒険者でも十二分な腕前だ。相当、シャーロットちゃんと訓練したんじゃないかい」
彼はそう言いながら、後ろ腰に固定されている銃を右手に握る。腕を振り、銃がその反動を受けると銃身の部分が半分に割れる。…やはり普通の銃ではないらしい。そこに現れたのは三つのスリット。ちょうどトランプカードが入りそうな大きさのものだった。
予想は当たった。彼は三つのうち二つのスリットからカードを取り出し、自分のカードホルダーから取り出した二枚と入れ替える。
「…だから、僕が教えるのは銃を持ったままの近接戦闘さ」
カチンと金属音が響く。バロンは的に向かって半身で銃を構えるとトリガーを押し込んだ。
『紋章起動』
『『コルク栓の紋章』、『疾風の紋章』、『電撃の紋章』:詠唱開始——終了』
音声が流れると奇妙な形の銃の周りに電気と風が纏わり付く。
バロンはそれを気にする事もなく、一度トリガーから指を離して再度押し込んだ。反動で彼の腕が弾かれる。銃身から飛び出た何かは的へと吸い込まれて行き、それに張り付いた紙の一点を黒く染めた。それを見送った彼は銃をだらりと下げる。
「…まあ、初めは銃をちゃんと使うところからだけどね」
呆気に取られる私にバロンはニヤケ顔でそう言うと、銃を後ろ腰のホルダーへと戻した。
それから自身のカードホルダーから一枚のカードを取り出して私に差し出してくる。
「これが君のだよ」
私はそのカードに浮かび上がる銃の意匠をまじまじと見ながら、長い息を吐く。
…これでお兄ちゃんたちを守るんだ
意を決して受け取ると、『回収の紋章』の中に手を突っ込み、柄を握って引き抜いた。
それはバロンのものより古びた無骨なデザインだった。彼のものは白に灰色の差し色がある統一感のある色合い。私に渡されたそれは黒と同を基調に金の差し色の入った、似ても似つかないものだった。
「バロン、これ——」
説明を求めようとしたが、私は口を噤んだ。手元の銃が震えて豆電球のようなものが光った後、喋り始めたのだ。
『hallo! Ich heißen [GandⅡ],Wie heißt du?』