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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第二幕_手の届く理想
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百六記_災厄は好機に転じる

 「バロンがでっかい魚持ってた!」

 イキのいいそれを取り落とさないとうに肩を上下させながら、興奮気味に目を輝かせている。

 …マスかな

 形は鮭やニジマスに似ているもののどこか違うような気もする。

 「イブ嬢、魚は置いといてよ。それと汚いから井戸で手を洗ってきてね」

 遅れて来たバロンはイブに注意を促しながら、重そうに抱えている箱を地に置いて腰を反る。その中にはイブの持つあの魚が二尾入っていた。

 「重たかったよ」

 「新さま、こちら本日の夕食にとバロンさんが。地下壕に流れる水路でよく釣れる魚のようです」

 どうやらその魚はブラウン・トラウト種。マスの仲間で淡水魚らしい。話に聞くと一つ上の階層、中層域第四層の湖『gratia(グラティア) caeli(・カエリ)』(特段強い魔物がいるわけでもないため、俺は生態系までは知らない)に生息する魚で、その湖の水が天蓋からアガルタに向かって直下に落ちているため水路の中でよく釣れる魚の一種だそうだ。

 「新くんも話くらい聞いたことあるよね?遥か昔にアガルタを襲った『天蓋決壊イーラ・ヴィヴィアン』。まさかこんな形で恩恵を受けるとは都市の誰もが予想してなかったけどね」

 確かに知っている。まだ『ドヴェルグ』、『ニョルズ』、『ヴィーザル』が独立都市だった頃の話だ。魔獣から身を守るため三都市は合意の上で三都を囲む城壁を作り、新な領土を各都市を中心に三等分に切り分けた。しかし、それが戦乱を招いた。単純分割した土地の恵が平等ではなかったからだ。その戦乱は終わる事なき戦いだった。領土を奪われれば、奪い返す。飽くなき欲求に権力者が掻き立てられた血みどろの戦場だった。

 だが、それは突如として終結を迎える。

 ——『天蓋決壊イーラ・ヴィヴィアン』と呼ばれる未曾有の厄災によって。

 ほぼ各都市を線で繋いだその中央に当たる場所の天井が瓦解し、『gratia(グラティア) caeli(・カエリ)』を中心とした第四層の水が滝のように流れ込んだ。当然その土地は莫大な被害を受け、上から流れ続ける膨大な水への対処を要求され、三都市は休戦。その水流を管理するための制御装置を共同開発。それが今のアガルタの王宮兼大図書館とされる。

 そして、豊富な水源を得た中心地に自然と人が集まり、第四の都市『アガルタ』が誕生。徐々にその勢力に飲まれる形で三都市はアガルタに併合された。それが『永世中立都市アガルタ』建国の物語だ。ラビリンス史上最も安全な都市はこの災害によってもたらされた。故にこの災害は後の世で『湖の妖精の怒り(イーラ・ヴィヴィアン)』と呼ばれるようになった。

 「本当に湖の妖精はいるかもしれないね。この魚を含め第四層の湖から落ちてくる淡水魚がいなかったら、レジスタンスはとっくに飢餓でやられていたはずさ」

 脳裏でアガルタの歴史を引き出していると、バロンが箱の中に横たえる魚に視線を落として表情を和らげた。曲がりなりにも生活が続くことへの安堵、それを可能とする天運への感謝。それらを感じさせる顔付きは次の瞬間には元に戻り、いつもの調子に戻すためか彼は手を一度打ち鳴らした。

 「さ、新くん。料理し始めようか。僕もさばくのは手伝うよ」

 それが今宵の夕食作り。その始まりの合図だった。


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