百三記_熱烈な歓迎
「さっ、そろそろいいかい?」
転移門そして、レジスタンスの抱える戦力事情の話が一区切りしたところでバロンが声を上げた。
「おう」
「ええ」
「はい」
三者三様に返事をすると、バロンは延々と続く階段をよそに石壁へと歩を踏み出す。すると壁が水面のように揺れ、彼の体を包み込んでいった。それに倣って、シャーロットさん、俺、楠木の順で壁の中へと入っていく。そこにあったのは六畳ほどの空間だった。
振り返ると丁度、楠木が後ろ足を引き抜くところでその勢いが伝播し、壁がゆらめいている。
…なるほど、ここもカモフラージュか
原理的にはこの都市の『法下の秩序』の効果と似ている。最もあれは違和感すら感じさせない代物だ。異常が分かったのはイデアによる警告のおかげだった。それからこれも間に合わせの品であると推測する。
「ここからはエレベーターだよ」
バロンの指差した先にあったのは一般的なそれというよりはケージだった。鉱山に備え付けられていることの多い立坑ケージだ。乗るとその反動が足元に返ってくる。みんなが乗って振動が収まると彼が再び俺たちに声をかけた。
「動かすよ」
バロンが手に握られた四角の装置に縦に二つ並ぶボタンの一つを押すと、ガコンという上下動と共に下へと降り始めた。次第に滑車の回る音が加速し、体はどこかへと落ちていくような感覚に包まれる。あっちのエレベーターでも感じることはあったが流石、ケージはその比ではない。まさに「落下」の感覚が足元を覆っていた。
その時、岩壁には所々ルクス鉱石が嵌め込まれているのに気づいた。彼に聞くとこのケージが通る縦の空間を作る工事をした時の名残だということが分かった。
「ここが鉱山都市でよかったよ。僕が来る頃にはコレできてたからね」と彼は何も感じていないようにリモコンを手で僅かに振るわせる。一方、俺は足元に広がる恐怖が大きくなり鼓動が肥大してそれどころではなかった。
その時、足裏を跳ね返るような衝撃が襲った。体勢を崩しながらも転けないように踏みとどまる。ぎこちない姿勢を取った体を元に戻すと辺りを光が包んでいることに気づく。
「着いたよ。ようこそ『レジスタンス』へ」
バロンはブザー音と共に開いた腰丈の扉の先に進み、こちらに振り向くとそういった。
「バロン、新入りか」
何やら装置に座っている人がバロンに話しかける。その男の手元にはいくつもレバーがあり、彼がケージの制御を担っていたのは明白だった。
「やあ、ケビン。今回は四人だよ。うち冒険者が二人」
バロンが声色を一段上げて、挨拶をする。
「大収穫じゃないか!」
男の顔がパッと明るくなった。制御装置の椅子から降りるとこちらに駆け寄ってくる。
ただこちらを見るや否や、減速し怪訝な目を向ける。
「…この子達が」
「ああ、彼ら若いけど凄いよ。ギルドカード見せてもらったけど、彼…新くんが冒険者スコア『312』。彼女、シャーロットちゃんに至っては『413』二人ともこの層じゃ手の余る逸材だよ。後ろの一人は彼らの『発掘屋』の楠木くん。もちろん彼もただの発掘屋じゃない。紋章の彫刻から武器の修繕までお手のもの、な万屋さ」
加えて、気になるなら後でギルドカードを見せてもらうといいとバロンはいう。するとケビンと呼ばれた人は再度嬉しそうに表情を和らげた。今にも踊り出しそうなくらいに落ち着きがなくなる。
「やるじゃないか、バロン。たまには良いことするな」
「偶にはってなんだよ。偶にはって…。僕はいつも良いことをする男だよ」
ケビンはバロンを肘で小突きながら誉め立てる。彼もその軽口に応じていることから、仲がいいのは明白だった。
「歓迎会やるか、歓迎会」
「ありがと、ケビン。気持ちだけ受け取っておくよ。彼らも移動で疲れているだろうからね。余っている洞穴に案内するよ」
バロンは陽気な彼の気を損ねない口調でそう言うと俺たちを手招きする。それに従って、『レジスタンス』の本拠地へと足を踏み入れた。