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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第二幕_手の届く理想
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百二記_複合紋章『インビジブル』

 その日は運が良かったらしい。あれからは隷属者に遭遇することがなかった。そして人工光源が崩壊した都市を茜色に染める頃に俺たちはレジスタンスの本拠地『旧・都市ドヴェルグの地下壕』への入り口とされる場所へと至っていた。

 移動中気になったのは北西に進むにつれて倒壊している家屋が著しく増えていることだった。地図によればここはアガルタ区画(旧三都:ドヴェルグ、ニョルズ、ヴィーザルを三角形で結んだ中心。最もアガルタ内で発展したと呼ばれている場所)の目と鼻の先だ。確かにメインストリートより幾らか離れているものの街の損壊は激しい。

 案の定、目的地にあったのは瓦礫が複雑に折り重なった山だった。どうしてもそれが入り口のようには思えない。バロン自身も記憶違いでなければ「古民家」とそう言っていたはずだ。

 訝しげな視線を彼に送るとほんの少し前まで隣にいた彼の姿がない。見回すと瓦礫を踏み締めながら何やらボヤいていた。

 「…今日は確か…、9385。違うか、9377。ああそうだった『9738』」

 彼に近づこうとすると瓦礫が音もなく浮き上がり、パズルのピースのように整理され始めた。バロンは慣れたように浮き上がる瓦礫から逃れるとこちらへと戻ってくる。

 「ちょっと待っててね。すぐ入り口が見えるようになるからさ」

 その言葉通りものの十秒ほどで無数の瓦礫がうごめき、露出した玄関の先にぽっかりと開いた円形の暗闇が現れる

 「急いで、急いで」

 バロンに急かされる形は俺たちはその暗闇へと飛び込んだ。

 全身がまるで水中にいるような感覚に包まれ、激流によってより深くへと流される。体が乱回転に見舞われる中無意識に口を噤み、目を瞑る。酸欠になる寸前どこかへと放り出された。

 「『9385』」

 倒れ込む俺を他所にバロンは数字を唱えるとおぼろげにあった黒は消えて、規則的な光の羅列が目に入る。あまりにぐるぐると回ったので目眩は収まらず、吐き気も催す。ただ周囲の状況が気になり数度瞬きをすると視界が明瞭になる。壁を支えに立ち上がると全容がわかった。そこは坑道のように人の背丈より少し高く削られた岩壁に覆われ、数えきれないほどの石段が上にも下にも存在する。そして、左右に等間隔でルクス光が取り付けられていた。視界がはっきりしない中見えた光源はこれだろう。

 「随分、悪酔いする転移門だな、バロン…」

 頭が酩酊しているのか、楠木の頭蓋はゆらゆらと動く。すぐには立ち上がれないのか彼は俯いていた。こういうことに慣れているはずのシャーロットさんでさえ苦い顔をしている。

 「申し訳ないね。間に合わせの複合紋章だからさ、使えればいい程度の代物なんだよ」

 一方で慣れているバロンは飄々としている。あんな最悪なものでも回数をこなせばどうにかなるらしい。人間の適応能力は伊達ではない。

 「『歪曲の紋章』と『暗号の紋章』、瓦礫を動かす『浮遊の紋章』にそれを元に戻す『固定の紋章』ですか…。確かに中層クラスの彫刻師なら起動させただけでも御の字でしょうか」

 彼女の武装はいつの間にか細剣のみになり、見慣れたモノクロの衣装に身を包んでいる。それはここが安全な場所であることを示していた。俺も彼女にならって装備を外す。気分がすぐれないからかいつも以上の開放感が俺を包む。

 「さすが、シャーロットちゃん」

 バロンはみんなの気分が治るまでと断りを入れて、この転移門の話をし始めた。

 まずあの門は入り口とレジスタンス本拠に続く階段の中腹部を繋いでいるらしい。そうすることで中腹部を中心に別の門と繋ぎ都市各地への移動を可能にし、遙か上にある玄関からしか出入りの出来ない制約を取っ払っているとのことだった。それ故に大臣陣営を撹乱かくらんでき、二年も本拠地を秘匿することができたのだ。敵側に門の所在が判明した場合はその門は即座に破棄することになっているらしい。

 ただこれからわかるのは直接、レジスタンスへと繋ぐ石段は運良く敵側に暴露されずに済んでいるだけだということだった。まあ、バレたら放棄すれば良いだけなのだが。

 彼の話によるとすでに入り口とこことの間の封鎖工事は済ませてあるらしい。

 とは言え、元は直通であった門を使うのは地下空間の存在を露呈する可能性を秘めている。

 「それにしてもですよ、なぜ私たちを真打の転移門から招いたのですか。私には非常に大きなリスクであるように思います」

 シャーロットさんも同じ思考に至ったのか、バロンにその質問を投げかける。それに彼は頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。

 「面目ない。僕らも町中に複合紋章を備えられているわけじゃなくてね。ここが一番近かったんだよ。確かにシャーロットちゃんのいう通りではあるよ。それでも君たちをスカウトする利をとったのさ」

 …なるほど

 思ったより、戦力不足は深刻らしい。住民が逃げる時に軍人の多くが亡くなったという話は聞いていた。それなら当時、アガルタに在住、もしくは定住していた冒険者の命も潰えている可能性が高い。それ以外にも隷属者の侵攻を止めるために多くの人が亡くなったであろうことは想像に難くなかった。


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