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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第二幕_手の届く理想
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百一記_無教の信仰と人の片鱗

 「何を渡したのですか?バロンさん」

 「見ていたのかい、君も存外…いや違うな。君の場合は使命感か」

 バロンさんはドアを閉めながらそう答える。

 「ロザリオだよ、さっき僕が使っていたやつさ」

 「⁉︎良いのですか、バロンさん」

 私は驚いた。彼にとって大事なものだと思ったからだ。

 しかし、当の本人はあっけらかんとしている。

 「いいの、いいの。アレ、拾い物だから。本拠に帰ったらロザリオの拾得物なんていくらでもあるからね、そもそも僕はキリスト教信者じゃないから」

 彼は意味もなく石畳を靴のかかとで鳴らしながら答える。

 「それにしては熱心に祈っているように見えましたが…」

 不思議に思いそう口にする。すると彼はまぶたを下げて一息ついた。

 「そうしているだけだよ、自分のために」

 バロンさんは手を仰ぎながら、人工光源に照らされる都市の天井を見やる。

 「昔は僕も無神論者だったんだよ」

 彼は丁度自分が崩壊したアガルタに来たばかりの話だと言った。その時はまだ街の中は混乱していて避難民が大勢いたという。彼もある程度は戦うことが出来たため、地下壕になるべく多くの住民を避難させるために隷属者を相手取って奮戦したそうだ。

 「戦って、戦って、戦って。殺し続けたんだ。生きている人を生かすためにね」

 バロンさんはぎこちなく右手を上げて軽く握る。それは丁度、銃を握る時の形だと察する。人差し指が僅かに浮いていた。

 「その日は急に来たんだよ。銃がやたらと重くなって、気づけば僕は隷属者に向けたそれを下ろしてたんだ。すぐに分かったよ。命を絶やす重責に耐えられなくなったんだってね」

 彼はおもむろに腰に手を伸ばすとあの銃、通称「ガンド2000」を手に取る。それを見つめる視線はその日を思い出しているように視えた。おそらく、心のどこかで葛藤があったのだ。彼は多くを守るためにそれに沸々と煮えるそれに蓋をし続けて戦っていたのだ。

 「その日は歯を食いしばって頑張ったさ。けど、それからしばらく戦場に出ることは叶わなかった。まともに銃を握れなくなったんだよ」

 それからしばらくは後方支援に徹したらしい。戦えるのに戦わない。そんなバロンさんに皮肉を込めてつけられた名前が「変わり者のバロン」。今は戦線に復帰しているため所以ゆえんは無くなったものの形骸化してそう呼ばれるそうだ。

 「そんな時さ、ロザリオを拾ったのは。食料を『レジスタンス』に調達するために瓦礫や家屋を漁っていた時に見つけたんだ。その時、何を血迷ったか神を信じない僕が祈ったんだよ」

 その時に安らぎを感じたという。体の言い訳。肩代わりされたとでも思ったのかもれない、彼はそう口にした。それが隷属者の弔いの始まりであり、彼が神に縋る理由だった。

 そして、彼はもう一度銃を握り戦えるようになった。

 「ごめんね、シャーロットちゃん。こんなおじさんの退屈な話に付き合ってもらって」

 「…いえ」

 苦笑する彼に私は一言返す。こういうことは見ず知らずの誰かがただ聞くことに意味がある。人に話すことによって自分の思考を整理し、悩みへの意義、またその再認識を行うのだと私は知っている。…知っているだけだ。私に悩みなどない。いつもあるのは「主人を守り抜く」という使命感だけだ。それは産みの親ジョージが私に定めたアルゴリズムだった。

 「シャーロットちゃんは年の割に落ち着いているから、話しやすかったのかもしれないね」

 彼はどこか安心したような表情を浮かべて、手に持つガンドを後ろ越しのホルダーに戻す。

 「戻ろうか。そろそろ楠木少年の仕事も終わるはずさ」

 バロンさんはその言葉を境に扉を開ける。彼に促されるまま私は屋内へと踏み入れる。その最中新なる気づきを得た。

 …それだけではない

 私はアルゴリズムに従っていると思い込んでいたが、今はそうではない。確かに『主人を守る』という命令には相違ないが「誰が」という点で異なる。

 …今の私はジョージ作った白騎士のアーキタイプに従っているわけではなく、歩夢さまへの忠心を優先している

 私も変わり始めている。なら、「『白騎士の紋章』シャーロット・ローレンス」もその内、人のように悩みを得るのだろうか。

 そんな哲学めいた問いを私は胸中で抱いた。


 *  *  *


 「楠木少年、どうだい、終わったかい?」

 「ああ、後これだけっっ…。よし、終わったぜ」

 盾の裏側から持ち手を固定するためにボルトを力強く回していた。

 「新、持ってみろよ」

 ロザリオを上着のポケットにしまい、言われるままに立ち上がる。暖炉の近くまで行って彼から盾を受け取り、感触を確かめる。

 「相変わらず、最高だ」

 その場で握ったり、振り回したりしてからそう零す。盾は隷属者戦前と相違ない出来だった。

 「楠木、職人さんになれるんじゃないの」

 「だから、いつも言ってんだろ。俺が合わせられるのはお前だけだ。パーソナライズされてんだよ、お前にな」

 これまで幾度と繰り返されたような軽口を言い合っているとバロンから声がかかった。

 「ここを立つ前に少し早いけど食事にしよう。今からはなるべくノンストップで行きたいからね」

 時間も惜しいということで昼は固形の携帯食料と水という簡素なものになり、手早くそれを食べた俺たちはセーフハウスを立った。


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