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ESP捜査課

作者: ほーらい

適当に余った時間で書いた短編小説です。気楽な気持ちで読んでいただければと思います。

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 時は午前二時、草木も眠る丑三つ時。

 眠りについた静かな街を一人の男が奔走する。

 手には大きなボストンバッグ。本来ならば、一人で抱えるのがやっとのその重さのそれを彼は易々と片手に持って、深夜の裏通りを走っていた。

「おっと、そこまでだ」

 暗い裏通りに声が響く。ただし、そこに姿はない。

 だが、それだけでも男は恐れおののき、ボストンバッグを手から取り落として銃を構える。

「お、お、お前らはい、一体何なんだ!」

 屈強な体つきのその男さえ恐れる“それ”が姿を現す。

「こういうものさ。ただ、“ノーマル”とはちょいと違うけどな」

 彼が左胸のポケットから取り出したのはただの警察手帳。だが、男はそれでも一歩引いて銃を構える。

「ノーマルだかなんだか知らねえが、ふざけんのも大概にしろ!」

 男は遠慮なく引き金を引く。だが、その刹那男の姿はすでにそこになかった。

 そして、次の瞬間男の左足から血しぶきが噴き出す。

「ぐあぁ!」

「この国でチャカを持っていいのは俺達だけだって知らないのか?」

 彼の声は男のすぐ後ろから聞こえてくる。裏通りの幅はおよそ二メートル。彼が男の隣を通り抜けるスペースなどありはしない。

 だが、彼はそれを可能にしてみせる。離れた距離へと物体を移動させ、弾丸の位置、さらには向きさえも変えてみせる。

 そう、人は彼をこう呼ぶ。瞬間移動者テレポーターと。


『ESP捜査課』


「おい、マッチ、火くれよ」

 彼――加藤テツヒロは口にタバコをくわえたまま、隣に立っている男に催促する。

 だが男の額には青筋がぴくぴくと浮かんでいる。

「だああああああっ! 人をマッチ呼ばわりするんじゃ、ねぇ!」

 その瞬間、テツヒロの立っていた場所に文字通り火が炸裂する。それももはや爆発、というレベルの規模で。

 だが、その時にはすでに彼の姿はなく、びしりと着こなされたスーツの端に焦げすら残さず、それでいて口にくわえたタバコの先には火を点して男の隣に立っていた。

「能力の無駄遣いをするな。俺は火をよこせとはいったが、爆破しろとは言ってない」

「るせぇ! 火をよこせっつったからくれてやっただけじゃねえか。文句言うんじゃねえ」

 マッチ呼ばわりされた男――日野タカシは文句を言いながら舌打ちする。

 テツヒロはレベル四の瞬間移動能力者、通称テレポーターのESP捜査官である。

 ESP捜査官とは日本警察が独自に、そして極秘に立ち上げた捜査課で、ESPと呼ばれる超能力者を集めた機関の所属員である。

 ESPは大まかに分けて五段階にレベル分けされており、彼はその中でも二番目に高いレベルに位置する。

 そして彼にぐちぐちと文句を言い続けるタカシもまたESP捜査官の一人である。

 彼は発火能力者パイロキネシスと呼ばれる部類の能力者である。ちなみにレベルはテツヒロと同じ四である。

 ESP能力者は事実上五段階に分けられているが、レベル五の能力を持つ人間はこの日本国内では数人しか確認されていない。事実、レベル四も能力があれば相当のことをすることができる。

「きちんと仕事をしているのですか」

 そのとき、ビルの影から一人の女――いや、少女が現れる。

「これはこれは。課長自らおいでなさるとは」

「時間なら腐るほどありますから」

 長い金髪に、碧眼を持つ少女の名は呉トキコ。日本において、五本指で数えられるかどうかわからないほどの数しかいない、レベル五のESP捜査官の一人である。

「まったくその通りで」

 時間圧縮タイムコンプレッション。時を止められる彼女にとって、時間とは無限にも等しいものだ。

「状況は?」

「レベル一の念動力者サイコキネシスが相手でした。問題なく拘束しました」

「ご苦労。で、そこのマッチは何をしていたんですか?」

「ぐ……犯人の予想脱出経路の一つで待ち伏せしていました」

「で、その予想が外れて加藤がとどめを刺した、というわけですね」

 テツヒロはタバコを深く吸い込み、紫煙を吐き出す。

「何、相手が撃った銃弾の軌道をテレポートさせただけです。殺してはいません」

「ご苦労でした。後は“ノーマル”の警察がなんとかしてくれるでしょう」

 彼女は短くそう言うと、再び姿を消す。

「チクショー、俺には日野っつうちゃんとした名前があるっつうのに……」

「マッチでいいじゃないか。どうせマッチと同程度の役目しか果たしてないんだからな」

「二度とそう呼ぶなッ!」

 再び爆炎がほとばしる。だが、そこにはすでに彼の姿はなかった。



 ESP捜査官、と仰々しい肩書ではあるが、その日常は至って普通だ。

 もっともテツヒロは独身で、タカシも独身で、トキコに至っては学生と兼業している。

 課長不在の捜査課でタカシは足を机の上に放り出しながらタバコを吸っていた。

「あーあーあー、暇だぜ」

「俺達が暇だということは世の中が平和な証だ。というか、お前が出向くような事件はできるだけ起きてほしくない」

「なんでだよ」

「お前はなんでもかんでも爆破するからだ。お前の能力で何人の犯罪者が生死をさまよう大怪我をしたと思っているんだ」

「そりゃーちょっとはやり過ぎだとは思うけどよ……」

 タカシはタバコをぐりぐりと灰皿に押し付けながら文句を垂れる。だが、すぐに明るい表情を浮かべる。

「ほら、戦車とかと戦うときには便利だぜ!」

「日常的犯罪で戦車が出てくるときが一体何回あった?」

 もちろん、彼らの仕事は犯罪の処理であって、戦争屋ではない。戦車と戦う機会もほとんどないだろう。

「あとは……ビルの爆破とかにも使えるぜ?」

「……ふぅ。お前は解体屋にでも就職した方がよかったかもな」

「んだとてめぇ。そのクリーニングしたてのスーツ、焦がしてやろうか?」

「望むところだ。かかって来い」

 二人は机を挟んでにらみ合う。だが、そのとき二人の頭上から同時に広辞苑が降ってくる。

「あだっ!」

「痛っ!」

「いつまで遊んでいるつもりですか? それとも、この狭い事務所を燃え屑にするつもりですか?」

 気付くと課長の椅子に一人の少女がふんぞり返って座っていた。

「課長、いつの間にお戻りで」

「面倒だったからふけてきました」

 これでもトキコは一流の進学校に通う一生徒である。学力優秀、容姿端麗、性格は少しきついところもあるがお嬢様と呼ぶに値する模範生である。

「課長……学校くらいはきちんと通っておかないと後で苦労するっすよ?」

 と、同時にどたばたとうるさい音を立てながら事務所の扉を吹き飛ばす者が現れる。

「トキコちゃーん! また授業サボったでしょ! 先生カンカンだったよ!」

 トキコと同じ学生服に身を包む少女はつかつかと事務所の中を歩いていき、課長の机に片足を乗せて身を乗り出す。

「また芦田ですか。あいつの授業はカスです。カス以下のカス、役立たず以下です。あんな授業を聞いているくらいなら、まだ般若心経でも聞いていた方が身の為になります」

「それでも授業に出なきゃダメだよ!」

 ――恐れ多くもレベル五ESP能力者のトキコに意見するこの少女はレベル零、すなわちノーマルの学生である足利ミドリである。彼女はトキコに意見できる唯一といっても問題ない人間である。

 幼い頃から幾度となく同じクラスを過ごし、トキコの唯一とも言える友人だ。だが、トキコは疎ましそうにその手を払う。

「芦田の授業なんて死んでも受けません」

「いーえ、受けてもらいます!」

「そもそも今から行っても帰りのホームルームの時間に間に合うかどうかわかりませんよ」

「加藤さんの力を使えばばびゅーんって行けますよ! ね、加藤さん!」

いきなり話を振られてテツヒロは少々驚きながらもとりあえず首を縦に振っておく。

「ほら、行くよ! 加藤さん、ばびゅーんってお願い!」

「あー……えーと……課長、いいんですか……?」

「……ッ! 勝手にしてください!」



「ああ、芦田め……この私だけに宿題を課すなんて……実に腹立たしいです」

「トキコちゃん、勉強はちゃんとできるんだから、授業もちゃんと出ないと!」

「勉強ができるからこそ授業など出る必要がないのです」

 二人は下校の道を歩いていた。トキコの能力を使えば一瞬だが、トキコはこの二人での下校の時間も悪くないと思い、能力を使わないで歩いていた。

 ちなみにテツヒロはトキコの送迎をが済むとさっさと事務所に戻っていった。トキコと違って時間は有限なのだから、貴重に生かさないと、などという捨てセリフまで吐いて消え失せた。貴重な時間というのも、どうせタバコを浪費しながら書類に適当に目を通すだけだろう。トキコは心の中で薄情なヤツだと毒突く。

「トキコちゃん。今度の日曜日空いてる?」

「唐突になんですか?」

「いや、もしトキコちゃんが暇なら遊びに行きたいなーなんて思って」

 その日はちょうど会議が入っている日だった。だが、そんなものよりミドリと出かける方がよっぽどためになるだろうなとトキコは思った。

「会議がありますが……まあいいでしょう」

 どうせ会議と言っても、お偉様方が集まってのんびり茶を飲む会だ。出席する必要もあるまい。

 本当は、独自の機関と化しているESP捜査課と警察本庁を繋ぐ重要な会議なのだが、どうせ大したことを話すわけではあるまいし、いっそのこと暇そうにしている誰かさんを代役に立てればいいだろうと結論づけることにした。

「え、ホントにいいの? やったぁー! 私、買いたい服があったんだー!」

 ミドリはくるくると回りながら本当に嬉しそうに笑う。その笑顔が見れるだけでもトキコは満足であった。



「えー、ここ数日、ESP能力者による事件が頻発しておる。ESP捜査課は何をしているのだね」

「あー、えー、こっちも人員不足で精いっぱいなもんで」

 タカシはダルそうに答える。警視庁上官はつかつかとホワイトボードの前を往復しながら写真にレーザーポインターを当てて事件の説明をする。

「○月×日、ESP能力者による銀行強盗。これは機関によって防がれたが、その後続発したESP能力者による殺人事件。それにもう一件ESP能力者によると思われる殺人事件が続発している。こんなことでは日本の治安維持にかかわる大問題だ!」

「そんなこと言っても、こっちも三人しかいないんすけど」

「ESP能力者はそもそも人口が少ない。これ以上こっちから人員を送ることは不可能だ。なんとかやってくれたまえ」

 そんなこと言われても、とタカシは心の中で毒突く。そもそも、なんで課長は遊びにでかけて下っ端がこんな会議に出席しなきゃいけないのか。確かに時間は腐るほど余っているが、こんな会議に出席しなきゃいけない義務も義理もまったくない。

 というか、三人で三件以上の事件に当たれってのが無理すぎる難題だ。こちとら瞬間移動能力者と発火能力者、それから時間圧縮者の三人しか人員がいないのだ。せめてこう、未来予知能力者プレディクションだとか、念動力者サイコキネシスだとか、そういう人員がほしいところだ。

「あのー、もう少し人員割けないんすか?」

「……仕方ない。なんとかこちらでも善処する。だから君達はなんとかESP能力者による事件発生を防いでくれ。我々としても、あまりESP能力者の存在が表に出ることは困るのだ」

「うぃっす、了解しやした」



 その頃トキコ達は――。

「見て見てトキコちゃん! これとか似合うんじゃない?」

「うーん……ちょっと派手すぎませんか?」

「ううん、トキコちゃん、もう少しきらびやかにした方が似合ってるよ!」

 そういって、ミドリはきらきらと輝くビーズで彩られたブラウスを掲げる。

「うーん……でも、私に似合いますか?」

「うん! ほら試着試着ー!」

 トキコは強引に試着室に連れこまれる。彼女は否応なしにそのブラウスに着替えた。

「わー! やっぱり似合ってる! いいよいいよー!」

「そ、そうですか?」

 トキコはその場でくるりと回ったり、鏡で自分の姿を見てみたりする。そう言われると、段々似合ってきているように見えるのが不思議だ。

「じゃあこれにしようかしら」

「はーい! お買い上げありがとございまーす!」

 ミドリははしゃぎながら次の服を探しに行く。たまにはこんな日常もいいなと思いながらトキコはミドリの後をついて歩く。

「ねえねえ! こっちのスカートはどう? さっきのブラウスと合わせると完璧だよ?」

「うーん……そうね……」

 しっかり給与ももらっているので、正直なところお金には困っていない。ならば、こうやって友達と一緒に楽しむのに使ってしまうのもいいだろうとトキコは思った。

「じゃあこれも買いましょうか」

「うん! お買ぁいあげありがとうござ――」

 そのとき、爆発が起こる。

 爆風に煽られ、ミドリの体は木の葉のように吹き飛んだ。

「ミドリ!」

 トキコは慌ててミドリの元に駆け寄る。気を失ってはいるが、大きな傷があるわけでもないようだ。


 ――その瞬間、時が止まる。


 爆発を起こした張本人が許せなかった。大事な友達を傷付けた者が許せなかった。

 そして、何よりもESP捜査課課長として放っておくわけにはいかなかった。

 トキコは止まった時間の中で爆発を起こした犯人を探す。

 片手に大きな袋――恐らく大量の万札が入っているであろうその袋を持った男を見つけ出す。手には炎がくすぶっており、次なる一撃をまさに放とうとしていたところだった。

 トキコは懐から数十本のナイフを取り出す。そして、男を包囲するようにナイフを投げる。

 何十本という数のナイフは空中で静止し、そして数を増やしていく。


 ――そして時が動き出す。


 空中で静止していたナイフが動き出し、強盗の体を射抜く。

「ぐああぁっ! な、なんでナイフが!?」

 男は何本ものナイフを体に受けて倒れ伏す。

「あなたは罪無き者を巻き込みました。そして、私の友人を傷付けました。それだけで十分万死に値します。罪状、器物損壊及び強盗、殺人未遂。裁くにはそれだけあれば十分です」

 トキコは男の頭へと向かってナイフを投擲する。それはまっすぐに飛び――そして当たることなく消滅する。

「課長、ちょっとやりすぎです!」

「ちっ、邪魔が入りましたか」

 空中にロープが現れる。それを使ってテツヒロは強盗を拘束した。

「こちらESP捜査官加藤テツヒロ、強盗犯を無事確保しました。重軽傷者多数ですが、死者はゼロです。危うくウチの課長が死者を出すところでしたがなんとか紙一重間に合いました、はい、はい、了解です」

 テツヒロは哀れな強盗犯を肩に担ぐと歩き始める。その後をしょんぼりとした様子でトキコが歩く。

「課長は友達のところに行ってください。こっち俺がなんとかしておきますんで」

「……本当は付いていきたいところだけど、不要だというのならそうさせてもらうわ」

 そう言うとトキコは踵を返す。テツヒロはふふっと笑うと、強盗犯を担いで到着したパトカーへと連れていった。



「課長、あのミドリって子、無事だったみたいっすね」

「軽い脳震盪よ。大したことないわ」

 事務所にはいつも通り課長席にふんぞり返るトキコと、マッチ代わりのタカシ、そしてテツヒロがいた。

 ESP能力者による事件こそ増えているものの、彼らにできることはあくまでも事後処理だけだ。だから、事件が起こらなければやることはない。

 テツヒロは何も事件が起こらないことを平和に思いながらも、日課の書類漁りを続ける。タカシも時折タバコの紫煙を揺らしながら書類に目を通す。そして、トキコはふんぞり返って課長席座りながら学校の教科書に目を通す。

「あー、暇です。暇で暇でしょうがないです」

「俺達が暇ってことはいいことじゃないすか。存分に今って時間を楽しみましょうぜ」

 トキコは教科書を放り投げると全身を肘掛椅子に傾ける。

「まあ、暇であることにこしたことはないけどね」

 そのとき、テツヒロのパソコンにメールが受信したことを知らせるメッセージが流れる。

「お、さっそく事件みたいすよ」

「さて、じゃあ行きますか」

「そうですね。行きましょうか」

 三人は立ち上がると事務所を後にする。

 今日も彼らは人々のために戦うのであった。


Fin



もしかしたら続きます。それは反響次第ということで。

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