紙のファンタジー
暖かな風が吹くのどかな平野の真ん中に、この地域一帯の地主が別荘を建てていました。その家に住む少年は、いつも退屈な思いをしていました。欲しい物はなんでも手に入るし、面白そうな絵本は全て読んでしまっています。毎日起きては絵本が散らばっている床に寝転んでゴロゴロする日々です。そんな体たらくな生活を過ごしていても、お父さんは何も言いません。きっと少年に興味など無いのです。
ある日、遠方から来たという商人が、何やら分厚い本をお父さんに売っていました。お父さんはそれを買うと、少年に手渡しました。
「これは絵本ですか?」
少年は聞きます。
「私もなんの本なのかはわからない。お金を取らずに譲ってくれたのだ」
お父さんはそう言い残したあと、自分の書斎に戻っていきました。少年も部屋に戻り、さっそくその本を開いてみます。するとどうでしょう、可愛らしい少女の絵が本から飛び出しています。これは立体絵本なのだと、賢い少年は気付きました。ですが、それだけではありません。
——カタカタ
驚いたことに、その少女の絵は動き出したのです!
今まで沢山の絵本を読んできた少年も、動く絵本は見たことがありません。少年は興奮して、部屋を飛び出していきます。
「お父様!見てください!絵本が動いています!」
少年は絵本をお父さんに突き出します。お父さんはそれを見下ろすように見ると、呆れたように答えました。
「何を言っているんだ。ただの黒い線だけじゃないか。そんなくだらないことで私を呼び出すな」
背の高いお父さんは、さっさと書斎に戻っていきます。ぞんざいな扱いを受けた少年は、その場で地団駄を踏んでしまいます。
——お父様のわからずや!!
少年は泣きながら自分の部屋に飛び込みます。ベッドにくるまってプルプルと震えています。そんな少年を心配したのでしょうか、少女の絵は絵本から飛び出して少年に声をかけました。
「どうして泣いているの?」
「君のことをお父様がわからないんだ。お父様はいつもそうだ。僕の言うことなんか真面目に聞くことなんてない」
「それじゃあ、私の頼みを聞いてくれたら、お父様もあっと驚くようなものをみせてあげるよ」
「本当!?」
少年はベッドから飛び降りて少女の前に屈み込みます。そんな少年に笑顔を見せながら少女は絵本の上に乗っかります。
「今私の住んでいる国では、太陽と月が交互に引っ込んでしまうの。街を統治している王様とお姫様がケンカしちゃったんだ。それでお姫様がお城を飛び出しちゃって、それから空がおかしくなったの」
「太陽と月が交互にでるのは、普通のことじゃない?」
「ううん、私の街では普通じゃないの」
「ふーん、そうなんだ。ケンカは良くないね」
「だから君にいなくなったお姫様を探して欲しいの」
少女は申し訳なさそうに頭を下げます。少年は優しい心の持ち主です。もちろん快諾しました。
「ありがとう!じゃあ今から私の国に行くための合言葉を教えるね」
そう言って、少女は少年の肩に乗って耳に囁きます。紙のカサカサという音と一緒に柔らかい声が聞こえてきます。
——レッツオープンザファンタジー
少年もつられて呟きました。すると突然絵本から眩しい光が放たれます。少年は思わず目を閉じてしまいました。
目を開けると、お花がいっぱいの平原が少年の目の前に広がっていました。それも、クレヨンで塗りたくったかのような絵の平原です。360°どこを見渡しても絵本の世界でした。
それでも、少女の姿だけはどこにも見当たりません。
「おーい!」
少年は叫びます。
「はーい!」
少女からの返事が頭の中に響きます。
「君は今私の代わりに物語の中に入っているんだ。だから外のことは任せて、自由に探検してみるといいよ!あ、だけど約束はちゃんと守ってね!」
「うん!分かってる!ありがとう!」
少年は早速あたりを散策することにしました。
見れば見るほど不思議な世界です。歌っているお花、ニコニコ笑顔のお花、ユラユラと楽しそうに揺れるお花など、見たこともない個性的なお花たちが少年を取り囲んでいます。
そんなお花たちを踏みつけないよう気をつけながら丘を登ると、森に囲まれた小さな街とお城が見えて来ました。
周りのカラフルな色合いをした風景から逸脱した、美しい白亜の城です。少年の家はお金持ちですが、これほど立派なお城は持っていません。少年は心を弾ませながら丘を降りていきます。
丘を降りてしばらく歩くと、森の入り口に到着しました。さすがは絵本の世界です。木々の一つ一つが異なる形をしています。幹がグルグルにねじれている木や、直角に折れ曲がっている木など、現実ではあり得ない奇天烈な成長の仕方です。
少年はどこから入れば良いか悩んでいると、不自然な傷が木の何本かに付けられているのを発見します。少年はそれを頼りに森の中に入っていきました。
傷のある木は街まであると思っていましたが、途中で無くなってしまいました。少年は慌ててウロウロと歩き回りますが、なんと今まで見つけた傷のある木ですら見失ってしまいました。
——どうしよう
少年は泣きながらその場に座り込みます。さっきまで面白く見えていた木々が、今は甚だ恐ろしく感じているのです。
太陽が西に傾き、空がオレンジ色に染まりつつある中、少年は未だに動きません。周りがどんどん暗くなっていくほどに少年の恐怖心は膨れ上がってきます。
するとどこからか、カタカタと何かが歩く音が聞こえてきます。それも段々と大きくなっているようです。少年は咄嗟に木の上に登り身を隠します。
——ガサガサ
木の裏から出てきたのは、優しい顔をしたクマさんでした。クマさんは少年に気がつくと、
「おーい、そんなところで何をしているんだい?」
と言って両手を高く振り上げます。
「ぼ、僕、街に行きたいんですけど、迷っちゃって……」
「そうだったのかい。それなら私が連れて行ってあげよう」
心優しいクマさんは少年を街まで案内してくれるようです。
森を抜けると、城壁に囲まれた街が見えてきました。少年を縦に何個も置いても足りないくらい巨大な壁です。少年はこれに少し違和感を感じます。
——こんなに大きい壁、何のためにあるんだろう?
するとクマさんは少年に話しかけます。
「さぁ、街に着いたよ。あとはあそこにある門から入ればきっと君を出迎えてくれるはずだ」
「ありがとう!クマさん!!」
少年はクマさんと別れたあと、言われた通り門の中に入ろうとします。ですが門の両脇に立っている兵士に止められてしまいました。
「君はどこから来たんだ?」
「えっと……遠くから来ました」
「遠くとはどこだい?」
「お、丘の向こう側です」
少年は何個か質問をされましたが、きちんと返答することが出来ました。二人の兵士は何やらコソコソと話し合ったあと、少年に微笑みながらこう言います。
「さぁ、早く中に入りなさい。もうすぐ空が暗くなってしまうからね」
「は、はい!」
そう言われた少年はそそくさと門をくぐりました。
門の中には真ん中のお城を囲むようにして紙で出来た家が建ち並んでおり、それらはみんな木の板のような模様が描かれていました。
——くんくん
街の奥の方からお料理の良い匂いが漂ってきます。ここに来てから何も食べていなかった少年は無意識のうちに匂いのする方へ歩いていきました。
「わぁ!!」
匂いのする方には大きな噴水がありました。それを囲むようにして屋台が並んでおり、人々が軽快なリズムで踊ったり、はしゃいだりしています。それはまるでお祭りのようでした。
少年はお祭りが大好きです。少年は興奮気味に近くで踊っているお姉さんに話しかけました。
「お姉さん!お姉さん!このお祭りはなんのお祭り?」
「知らないの?今日は年に一度の大切な日!王様が誕生なさった日なのよ!だからみんなでお祝いをしているの!」
「へぇ、そうなんだ!じゃあ王様はどこにいるの?」
「お城にいると思うわ。いつもはお姫様と一緒に街に降りてきてるんだけど……お姫様は今いないからねぇ」
お姉さんは残念そうにしながらも、お料理を持った仲間が来たらすぐに笑顔になってどこかへ行ってしまいました。
少年はこう思いました。
——きっと王様は寂しいに違いない!
心優しい少年はお腹が空くのを我慢して、お城に駆け出して行きました。
少年は息も絶え絶えにお城の門にまで辿り着きました。街の入り口の門も立派でしたが、お城の門はもっと立派です。キラキラとした装飾の絵が門いっぱいに描かれています。
少年は中に入ろうとしますが、またしても門の兵に止められてしまいます。
事情を説明すると、兵は驚いた様子で少年を見つめました。
「まさかこの子があの"予言"の子供なのか?」
「……ここは王に判断を委ねよう」
兵が何やら真剣な顔で話し合っていますが、少年には何のことだかイマイチ分かりません。不思議そうに立っていると、兵は少年の入城を許可しました。
門を抜けると、とても美しいお庭がありました。さっきまでのクレヨンで塗ったかのようなものとは違い、繊細で写実的な植物の絵が描かれていました。目が肥えている少年も、思わず息を飲むほどの出来栄えです。
そんなお庭を通り、いよいよお城の中に入っていきます。
「ここから先は王の間だ。くれぐれも王に失礼の無いよう振る舞うんだぞ」
そう言うと、兵は荘厳な扉を開き、ゆっくりと歩き始めます。少年も同じようにゆっくりと後をついて行きます。中に入ると
少年の目の前には、絢爛豪華な広間が広がっていました。
壁には見事な絵画が並べられており、その前には規則正しく並んだ石柱があります。縦に並んだ石柱が誘導する先にはお髭をボーボーに生やした王様が悩ましそうに座っていました。
兵は王様の前で跪きます。少年も慌てて真似をしました。
「王よ、かの少女が予言していた子だと思われる少年を連れて来ました」
「ほ、本当か!?」
王様は勢いよく椅子から飛び上がります。
「少年よ、汝は本当に予言の子なのか?」
王様は剣幕の表情で少年に質問します。
「よ、予言ってなんですか……?」
少年は恐る恐る返答しました。
王様は少し考えたあと、予言の内容を少年に説明しました。
「我が娘がこの城を出ていく前、予言者を名乗る少女が私のもとへやってきた。彼女は私にこう言った」
優しい お転婆 お姫様♪
偶然見つけた月の石♪
うっかり壊して怒られて♪
わんわん泣いて 飛び出しちゃう♪
するとあらまあビックリ仰天♪
お空が1つになっちゃった♪
平民たちは 知らぬ顔♪
王様1人が 頭を抱え♪
そこ〜に現る 遠方少年♪
王様の頼みを聴き入れて♪
いざ出発だ 夜の帳に♪
「このような予言を我に残していった。我は初め信じていなかったのだが、今はこうして予言どおり事が進んでいる。我は愚かにも娘に対して話も聞かずに怒鳴ってしまったのだ……」
王様はそう言ってまた頭を抱えます。どうやら王様はお姫様と仲直りがしたいようです。王様は少年に目を向け、再び問いかけます。
「汝が予言の子であるなら、これから言う我の頼みを聞いてはくれないだろうか……娘を、どうか無事に連れ帰ってきて欲しい」
「はい!勿論です!」
誠実な少年は外にいる彼女との約束を忘れません。少年は快く了承しました。
「そうか、ありがとう、少年」
「王よ、少年に姫の居場所についてお伝えした方がよろしいかと」
「おお、確かにそうだな。予言にもあるように、娘は今夜の帳と呼ばれる場所にいる可能性が高い。壊れた月の石はそこに飛んでいき、娘はそれを追いかけるようにして街を出て行ったと報告があった」
「月の石は太陽の石と同様王家の宝であるものだ。不思議な力が宿っていると代々言い伝えられてきたが、まさか空を変えてしまうとは……とにかく、少年よ、夜の帳は丘を越え、獣の墓を抜けた先にある。気をつけて行ってくれ」
「は、はい!」
「我が兵よ、彼に食料と水を用意してあげなさい」
「御意」
少年はこうして、夜の帳と呼ばれる場所に向かうことになりました。
城から出ると、兵は食料と水を近場の商店からかき集め、少年に手渡します。
「王はおしゃっていなかったが、夜の帳は空が暗いうちに行かないとただの荒野にしか見えない。明日に行くか、今行くか、どうする?」
「今行きます。お姫様も1人で寂しいだろうし」
「……優しいのだな。気をつけて向かえ」
「はい!」
兵からの激励を背に、少年は街の門へと走り出して行きました。
さて、少年は意気揚々と街の外に出ようとしますが、なんと最初に使った門が閉じられてしまっています。どうやら閉門の時間になってしまったようです。
少年はそこで右往左往していると、門の隣に小さい扉があることに気づきます。その前には兵士が1人立っていました。
少年は兵士に近づき声をかけます。
「あの、すいません」
「ん?なんだ、どうした?」
「外に出たいんですけど……」
「……ああ!さっきの伝令の!」
「伝令?」
「近衛兵からの連絡で、君が来るだろうから扉開けてやれってね」
さっきの兵士は相当優秀な人のようです。少年が門に辿り着く前に伝令が届いています。
少年は門の兵士にお礼を言って扉を抜けます。街の外には灯りがなく、濃緑の暗闇が少年の眼前に広がっています。ねじれ曲がった木が空が明るい内と比べてより一層不気味に見えます。
少年は少したじろぎましたが、勇気を持って森の中に入って行きました。
少年はとりあえず真っ直ぐ進むことにしましたが、歩いているうちに本当に真っ直ぐ進めているのか不安になってきました。少年は夕方ごろの頃を思い出します。
——クマさん
———クマさーーん!
少年は思わず叫んでしまいます。当たり前です。こんな暗い中1人でいるのは大人だって耐えられません。
少年の叫びに森はざわめきで返しました。そのざわめきはある一点に集中しています。
「君は確か……」
少年がそちらを向くと、そこにはクマさんが立っていました。立派で大きな身体、見間違えるはずがありません。少年は嬉しさのあまりクマさんに抱きつきました。
「クマさん!」
「わぁ!どうしたんだい、こんな暗い中」
「あのね、僕夜の帳ってところに行かなくちゃいけないの。だけど、怖くて……」
「そうか……なら私も一緒に行こう」
「え!?いいの!?」
「もちろん。こんな暗い中子どもを1人で出歩かせるわけにはいかないからね」
クマさんは有難いことに少年を自分の背中に乗せて、カタカタとものすごい速さで駆け出して行きます。
「わぁ!!はやいはやい!」
「しっかり掴まっているんだよ」
少年とクマさんはそのまま森を抜け、丘を登り、花畑を通り過ぎました。それから少し先に進んだあと、少年とクマさんは休憩をはさむことにしました。
「もぐもぐもぐ……」
少年はお腹が空いて仕方がなかったので、もらった食料を直ぐに食べ終えてしまいそうな勢いで口と手を動かしています。クマさんはその様子を微笑ましく見守っています。
「美味しいかい?」
「うん!とっても美味しい!」
「それは良かった」
「クマさんも食べる?」
「私は大丈夫。森を出る前にもう食べてしまったからね」
少年はその言葉を聞いて遠慮なく食べることにしました。
その後、少年は全て食べ終えると、クマさんに対してこんな質問を投げかけました。
「……ねぇクマさん、どうして僕にこんな優しくしてくれるの?」
クマさんはその質問に少し驚きつつも、少年を諭すかのようにこう答えました。
「……優しさに理由は必要かい?」
「……」
その言葉を聞いた少年は、まるで反論するかのように俯きながら話し始めます。
「だって、クマさんは大人でしょ?」
「そうだね」
「僕が会ってきた大人はみんな、自分のことばっかりで全然僕のことなんかどうでもいい人ばかりだよ。お父様は構ってくれないし、お母様は……僕を捨てた」
「……」
「お姉ちゃんだけだよ。僕に優しくしてくれた人は。だけどここにいる大人はみんな優しい。僕の周りにいる大人と何が違うんだろう?それがずっと不思議なの」
「……きっと、君の周りにいる大人も、君のことを大切に思っているはずさ。もしかしたら、忙しくて今は構ってあげられないだけかもしれない。大人はね、君たち子どもが考えている以上に、君たちのことを想っているものだよ」
そう言って、クマさんは空を見上げます。空には何もありません。ただ黒と青のグラデーションが美しく塗られているだけです。ですがクマさんの眼は、確かに何かを見つめています。
「……クマさんにも、子どもはいるの?」
「ああ、いたとも」
「……いた?」
「随分と昔に亡くなったよ。まだ君ぐらい小さかった」
クマさんはそう言うと、空から顔を離し、再び少年に向き合いました。
「……少し、昔話をしよう」
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むかしむかしの大むかし、丘を隔てた右側に獣たちの楽園が、左側には人間の楽園がありました。この2つの楽園の境目には、太陽の石と月の石があり、この2つの石がある限り、2つの楽園が関わることは決してできませんでした。
右側の、獣たちの楽園では、多種多様な動物たちが仲良く暮らしていました。勿論、獣の世界は弱肉強食。常に食って食われての関係がありましたが、それでも互いの存在を尊重して生活をしていました。
左側の、人間の楽園では、人々が協力して家を建てたり、木の実を採ったり、魚を捕まえたりして生活をしていました。人々はより多くの食料を手に入れるために自分の領域を主張して時折争うこともありました。それでも誰かが貧しくなるようなことは無く、皆生き生きと生活をしていました。
ある日、小グマが1匹、人々の楽園に入って行きました。だれかが月の石を壊してしまっていたのです。まだ幼かった小熊は好奇心で丘を越えてしまいました。小グマは人間がいるところに着きましたが、動物を魚以外見たことがなかった人間たちは、あろうことかその小グマを殺して、ぺろりと食べてしまいました。
人間たちは驚きました。その肉があまりにも美味しかったのです。ある人間が小グマが丘から降りてきていたことをみんなに知らせます。人間たちはあの味を追い求めて、武器を持って丘を登ります。
そして、悪夢が始まりました。
丘の向こうにある動物たちの楽園を見つけた人間たちは、次々と動物たちに襲いかかりました。急襲された動物たちは驚き慌てふためきました。必死に反撃しますが、人の作り出した武器の前にあえなく倒れていきます。
人間たちは大人しそうな動物を連れ帰り、家畜にしました。
他の動物たちは骨となり、今も楽園だった場所に散乱しています。
やがて年月が経ち、後の王となる人物が太陽の石と壊れた月の石を発見しました。彼はその石が特別な力を持っていることを肌で感じました。
彼は早速持ち帰り、月の石を治そうとしますが、うまくいきません。困り果てた彼は、当時信じられていた神様に祈りを捧げました。
神様、私はどのような代償でも支払います。
どうかこの石を治してください。
彼の祈りは届いたのか、月の石は光だして元の姿に戻っていきました。ですがそれと同時に、なんと空が昼と夜に隔てられてしまったのです。地上を隔てていた石は、代わりに空を分割することにしたのです。
それが、今の空の成り立ちです。
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「夜の帳は、昼と夜に隔てられていた頃の、夜側のことを指すんだよ」
クマさんは淡々とお話を語りました。クマさんは懐かしむような顔で焚き火を眺めています。その眼に映る炎はゆらゆらと静かに揺れています。
賢い少年は気付きました。きっと丘を越えてしまった子グマというのはこのクマさんの子どもなのだと。
「クマさん、今、何歳?」
「もう忘れてしまったよ。……私はあの子を失ったあと、怒りで多くの人間を殺してしまった」
「けど人間から襲ってきたんでしょ?クマさんは悪くないよ」
「それでも、生きるために仕方なくでは無く、無意味な殺生をしたことは許されることではない。お陰で生き残った動物たちも人間に恐れられ、徐々に数を減らしていき、家畜以外ではとうとう私だけになってしまった」
「……だからあんなに立派な城壁があったんだね。……街の人たちのこと、今でも恨んでる?」
「恨んでいないさ。彼らには関係のないことだし、彼らは私に対してなにもしてこないからね」
「……お父様は、僕が誰かに殺されたとして、僕のために怒ってくれるかな?」
「もちろんだよ」
クマさんは少年に優しく微笑みます。少年も少し笑って、火の後始末を始めました。
少年とクマさんは再び夜の帳を目指して進んで行きます。
空は相変わらず暗く、地面はだんだんと土色になってきました。夜の帳まで、あともう少しです。
走っている途中、少年はクマさんにある質問をします。
「クマさん、夜の帳は獣の墓ってところを抜けた先にあるらしいんだけど」
「……獣の墓……そうか、そんなふうに呼ばれているのか」
「クマさん、知ってる?」
「大丈夫。君も見ればわかるよ」
そう言って、クマさんは少しスピードを上げました。
しばらくして、クマさんと少年の目にはなにやら白い塊のようなものが散らばっているのが見えてきました。クマさんはそこで一旦止まり、少年に話しかけます。
「ここが、獣の墓だよ」
獣の墓と呼ばれる場所には、多くの動物の骨が散乱していました。本当に多種多様な動物がいたことが骨を見て分かります。それらは当然紙で作られていますが、どこか生々しく、彼らの生き様がありありと目に浮かんできます。
「……進もう。ここはあまり居心地の良い場所とは言えないからね」
「いいの?」
「うん。それに……いや、あれは直に見た方がいいかな」
クマさんは何かを言いかけましたが、それを最後まで言うことはありませんでした。少年は不思議に思いましたが、クマさんの顔が少し嬉しそうだったので、少年も何も言いませんでした。
獣の墓を通り過ぎて、少し進むと、またしても白い何かが見えてきました。しかしそれはさっきの骨のように地面に散乱しているのでは無く、なぜか宙に浮いているように見えました。
少年とクマさんはそれに近づいていくと、
「わぁ!!」
それはなんと動物たちの幽霊だったのです!
少年は驚きのあまりクマさんから落ちてしまいました。
その音に反応して、幽霊たちはこちら振り返ります。少年は何かされるのではないかとビクビクしていましたが、幽霊たちの反応は少年の予想していたものとは異なっていました。
《おおー!クマ!久しぶりだな!》
《わぁクマくん!最近顔を見せないから寂しかったよー》
「みんな、久しぶりだね」
クマさんはさほど驚きもせずに彼らと話しています。
「クマさんクマさんこれはどういうこと!?」
「むかし月の石が治ったときに、その影響なのかどうかわからないけど彼らが骨から幽霊として染み出してきたんだよ。そのときは私もびっくりしたね」
《クマ、君の隣にいるのは、もしかして人間の子どもかい?》
「は、はい……その……すいませんでした……」
《どうして謝るんだい?》
「だって、僕たち人間があなたたちのことを……」
《そんなむかしのこと誰も気にしてないわよぉ。ちょっとクマ!あんたこの子に何かしたんじゃないんでしょうね!》
「何もしてないよ、カバさん」
動物たちはみんな笑っています。チーターはシマウマと鬼ごっこをして、ゾウは鼻を絡ませあって遊んでいます。
そんな動物たちの中に、2つのしゃがんでいる小さな背中が少年の目に留まりました。
少年は思わず走り出します。その1つの背中の持ち主は、地面に足がついていたからです。近づくと、それが少女と子グマの背中だと気付きました。
「あ、あの!」
少年が呼びかけると、少女と子グマは同時に振り向きます。
「え、人間?」
《あ、パパ!》
少女は驚き、子グマは奥にいたクマさんを見つけると、一目散に駆け出していきます。少年は子グマがいたことにも驚きましたが、まず少女に話しかけました。
「あなたが、お姫様ですか?」
「……そうだけど。なに?パパに言われてきたの?」
「う、うん」
「だったら帰って。私これ治すのに忙しいから」
そう言って、お姫様は素っ気なく少年から顔を背けてまた地面と睨めっこを始めました。
少年は何を見ているのか気になって後ろから覗きます。少女は壊れた月の石を見つめていました。
「……それを治したいんですか?」
「……そうよ。私が壊して、パパを怒らせちゃったから。これを治してからじゃないと帰れない。だけど粘土でくっつけてみても全然治らないの……」
お姫様はそう言って頭を抱えます。その姿が王様と似ていて、少年は思わずくすりと笑ってしまいました。
「なに笑ってんのよ!」
「すいません……あの、僕それの治し方知ってますよ」
「本当!?」
「クマさんから聞いたんです。昔の王様は神様にお祈りしたんです」
「神様にお祈り?なんか胡散臭い」
「やってみる価値はありますよ」
クマさんは少年たちの後ろで子グマと一緒に立っていました。他の動物たちもいつのまにか少年たちの周りに集まっています。
《なに?なにをするのー?》
《お祈りだって!神様にお祈り!》
《お祈り!お祈り!》
動物たちはすっかりはしゃいでいます。お祈りだけでどうしてそこまで興奮できるのか少年は疑問でした。
「……分かったわよ。やればいいんでしょ。それで、どうやってやるの?」
「確かに。クマさん、クマさんたちはお祈りをしたことがあるんですか?」
「ああ、あるよ。ただ人間たちのように手を合わせたりするのではなく、みんなで輪になって歌うものだけどね」
「へぇ、おもしろう。早速やってみましょ」
少年たちは月の石の周りに輪になるように並び、声を合わせて歌いました。
少年とお姫様はびっくりしました。動物たちの雄叫び、いや歌声は互いに呼応し合い、響き合い、1つになっていきます。少年とお姫様も『あーー』と声を出しました。
すると月の石が突然光を帯び始めます。
少年は驚きたいのを我慢して歌い続けます。
やがて月の石は元に戻り、宙に浮かび、街の方へと飛んでいきます。少年たちは慌ててそれを追いかけました。
「あの石、どこにいくんだろう!?」
「分かんない!!……あ!見て!」
お姫様はそう言って月の石が向かっている方向を指差します。そこからもう1つの輝く石が月の石めがけて飛んできています。
「あ、あれって太陽の石ですか!?」
「多分そう!!けどなんで!?」
そしてその下には紙の兵隊と、それを率いている王様の姿が見えました。彼らも必死に太陽の石を追いかけています。
やがて月の石と太陽の石はあと少しでぶつかりそうな距離で急停止し、2つとも地上からは見えなくなるほど上空に飛んでいきました。すると、
空は再び、昼と夜に分かれました。
夜の側に少年とお姫様、そして動物たちが、昼の側に兵隊たちと王様がそれぞれ立ち、対面しています。
「おお、我が娘よ、無事だったか!」
「う、うん。その、石、壊しちゃってごめんなさい。私、あんな綺麗な石初めて見て、それで、パパの誕生日プレゼントにしたくて……」
お姫様は言いながら涙が目に溜まっていきます。
「そうだったのか……。我のほうこそ、お前の話も聞かずに怒ってしまった……すまなかった……」
そう言って、王様はお姫様を腕の中に抱きます。
「よかった……仲直りできて……」
王様はそのあと少年に向かって感謝を伝えました。
「少年よ、我が頼みを叶えてくれて本当にありがとう。感謝しても仕切れない」
「いえいえ、僕は約束を守っただけです」
「……ありがとね」
お姫様も照れくさそうにお礼を言います。
王様は次に動物たちの前に立ち、深く頭を下げました。
「……動物たちよ、祖先があなた方にした仕打ちを私は忘れたりはしません。どうか、お許しください」
動物たちは顔見合わせ、そして一斉に頷きました。それを見たクマさんは微笑み、王様の前に立ちます。
「……今日は、貴方の誕生日ですよね、だったら、主役が頭を下げてはいけませんよ。それよりも、彼らはどうやらはしゃぎ足りないようです。厚かましいお願いですが、貴方の誕生日パーティーを一緒に祝っても宜しいですか?」
「……!ありがとうございます!勿論ですとも!兵よ!街の住民たちをここに呼んでくるのだ!大騒ぎの続きはここでやれるぞと皆に伝えろ!」
王様の号令と共に兵隊たちが一斉に街に駆け出して行きます。しばらくして、多くの住民を引き連れて戻ってきました。彼らは皆酒を飲んだりして大いに盛り上がっています。
動物たちもそんな彼らの姿を見て大はしゃぎです。
動物たちは幽霊なので、昼側に行くことはできませんが、街の住民たちは夜の帳に入って動物たちと楽しく踊っています。
昼と夜の境目で、人々と動物は交流を深めました。
「クマさん」
少年はクマさんのもとに行きます。クマさんは王様と座って話していましたが、少年に気づくと話を切り上げて、少年に返事をしました。
「どうしたんだい?」
「僕、楽しいよ」
「私もだよ」
「だけど、ちょっと疲れちゃった」
「ずっと起きていたからね。ここにおいで。私の足を枕にするといい」
そう言って、クマさんは自分の足をポンポンと叩きます。
少年は言われた通り頭をクマさんの足に乗せました。紙とは思えないほどふわふわで少年はだんだん眠たくなってしまいました。
少年はやがて目を瞑ります。
このファンタジーが永遠に終わらないことを、神に祈りながら。




