後日、目撃。
縁日の人混みで不意に背後が気になった。
私の目が何かを捉えたわけでもない。
気になる音が聞こえたわけでもない。
鼻腔をくすぐる匂いがしたわけでも、背後から何かが飛んで来たわけでもない。
ただ、不意に意識がそっちに向いたのだった。
果たして、第6感に導かれるままに振り返った私は彼を見つけてしまった。
その男は3日前に私に婚約破棄を突きつけて音信不通になった人間だった。
その彼が私の視線の先にいた。
ーー、私ではない私よりも可愛い女と一緒に。
「……っ!!!?」
私の脳味噌は一瞬にして目の前の事象への回答を私の理性に提示する。
「……なるほど、なるほど、なるほどね……」
力ない声が私の口から反射的に漏れていた。
「どうせそんなことだろうと思ってはいたけれど、実際に見ちゃうと結構キツいのね」
私を捨てた男が新しい女と歩いている。
そして、彼に捨てられた女は新しい女を目にして酷く動揺している。
ーー、選ばれなかった者と選ばれた者の対比。
それは人間社会の淘汰を体現しているみたいで、事実、じぶんがそれを体感しているみたいで、とても気分が悪かった。
知らない感情が私の胸に溢れて止まらない。
対処のわからない感情が濁流となって私の心を飲み込もうとしている。
ーー、本命じゃなかった本命じゃなかった本命なかった本命じゃなかったじゃないっ!!!!
脳味噌が熱くなる。
大容量の情報を処理しようとパソコンが熱を発するのと同じ現象。
ーー、大丈夫大丈夫大丈夫、別に悪い方ではなかったけど、好きじゃなかった。
ーー、好きじゃなかった好きにじゃなかった好きにじゃなかった、あれと結婚したいなんて思わなかった。
ーー、ただ、求めてくれるのが心地よかっただけ。
ーー、寂しさを紛らすだけの存在だっただけ。
ーー、私だって他にもっと良い男がいれば、あんな奴と婚約なんてしてなかった。
ーー、本命じゃないから悲しくなんかない。
ーー、私にだってまだ他に仲良くできてる男はいるから。
自己暗示は儚い。
自分で自分の都合を塗り替える行いは脆い。
むしろ、心の安定を破壊する。
「本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないから悲しくないもん本命じゃないからゝ∞」
好きにはならなかった。
けど、選んでくれたことが嬉しかった。
だから、婚約も嬉しかった。
選ばれたことが嬉しかった。
けど、本気で好きかはわからなかった。
ただ、選ばれたことが嬉しかったんだ。
だから、こんなに悲しいんだと思う。
そして、私は吐き気を殺しながら逃げるようにしてその場を後にした。
自分も彼もこの世界も、全てを呪いながら。