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婚約破棄されて。

 季節は晩夏。

 大気が熱を無くして冷めていくのと同じように、私の心にも熱があるのだとしたら、今の気分はまさに晩夏だった。


 ーー、君との婚約は破棄させてもらう。


 目の前のトンボが飛び立った瞬間、私の頭の中に彼の声が甦った。

 何の感情もなく放たれた別れの言葉。

 私の返事を待つことなく、彼は決意を私に告げると足早に去っていった。

 あっけない恋の幕切れだった。


 ーー、(何で、私のどこが嫌だったの?)


 理由が知りたかった。

 けれど、私に発言する隙はなかった。

 だから、思考回路がモヤモヤする。

 一方的に別れを告げられるのがこんなにも納得のいかないことだとは思わなかった。


「タヤコ様、昨今の見合いというのはその様なものでございます。お気になさらないでください」


 そう付き人が私を慰めるけれど、そんな慰めでは気持ちに整理などつくものか。


「わかってるわ。私だって、別に本気で好きだったわけじゃないわよ」


 私の返答を強がりと捉えたらしく、付き人は所在なさげに苦笑いを溢す。


 ただ、別に彼のことを心の底から好きだったわけではない。

 それは実際のところ事実であった。

 きっかけが見合いだ。

 そんな出会いに初めからロマンスは求めていなかった。

 むしろ、婚約という形にまで至ったとはいえ、私が彼のことを好きになっていたかは疑わしい。


 ーー、私のことを求めてくれる存在が必要なだけかもしれない。


 トンボが私の肩に留まった。

 けれど、刹那的な滞在で虫はどこかへ飛んでいってしまった。


「なかなか見合いは大変でございます。気を長くして取り組まれるのが良いかと」


 付き人は言う。

 なるほど、確かにその通りではある。

 私とて焦っているわけではない。

 ただ、独り身では寂しいから始めただけの婚活である。

 けれど、そんな軽い気持ちで始めたせいか、うまくいかないときの心への反動は大きい。

 今回の婚約破棄がそうであるように。


 ーー、誰かに拒絶されたという事実が痛いんだ。

 ーー、誰かに選ばれなかったという事実が忌々しいんだ。


「タヤコ様から素敵な方と結ばれます故」


 私の気もわからないで付き人はそんなことを言う。

 まるで誰にでも運命の相手はいると断言しているかのような科白だ。

 しかし、付き人の今の言葉の感覚で生きている人間が多いこともまた事実だった。

 誰しも漠然お結婚して幸せな家庭を作れると思っている。

 私もその1人ではあるけれど、独り身を貫くと覚悟した人間はいつ、どんな気持ちでその悟りを開いたのだろう。


 ーー、別にどうしても結婚したいわけじゃない。

 ーー、1人が寂しいから結婚したいだけなの。

 ーー、結婚しないと馬鹿にされるから結婚したいだけなの。


 そんな気持ちが私の心には確かにあった。

 もしかしたら、この気持ちを察知して彼は私から逃げていったのかもしれないな。

 愛の温度の低さを感じさせてしまったのかもしれない。

 そして、同時にこの気持ちのせいで、私の中で彼を本命にできていなかったのだろう。


 ーー、見合い婚活の悪いとこ出てるな~。


 婚活は同時進行というのがこの国の常識。

 男も女も何人もの異性と同時に婚約に向けて逢瀬を重ねていく。

 ゆえにーーあくまでも個人的な感想だかーー、たった1人の異性に本気になりにくいのかもしれないと感じる。

 ある異性に少しでも駄目なところを見つけてしまったら、それで冷めてしまう。

 他にも繋がりのある異性がいるから、その異性を諦めやすくなるのだ。


 ーー、こっちの方が良いかもしれない。


 などという不透明な期待感を持って、淡々と易々と婚約者候補を切り捨てることができてしまう。


 おそらく、今回の婚約破棄もそういう動機があるのだろう


 私を切った彼にはすぐにでも新しく婚約を取り付けることのできる"素敵な"異性がいるわけだ。


「まあ、いいよ。別に本気じゃなかったし」


 ポツリと私は呟いた。

 暮れていく夕日が私のことを馬鹿にしている気がした。

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