0.プロローグ
「ヒッ……いや、いやよ…… お願い、やめて…… お願い…… お、お金なら、父に言えば……」
「ゥンッ、ンンッ、金はー、ンー。あったほうがいいけどー、違うんだなぁ」
藁と馬糞と土の臭いがむせかえる小さな小屋で、泥だらけの少女が嗚咽混じりの命乞いを響かせていた。
男は喉の奥で息を引き込むようなくぐもった音を不規則に鳴らす。
それは蛙の鳴き声のようで、窒息仕掛けた獣のようで、どうにも耳に付く不快な音だった。
しかも男は服も下着も身に付けておらず、だらしない身体を恥じらいもなく蝋燭の灯りに晒している。
少女はローブを剥ぎ取られ、一枚の薄いシュミーズと長いドロワーズだけの姿で身を震わせた。
男の膝が腹に食い込み、ハフハフと浅い呼吸を繰り返す。
その非力な少女に男はニタニタ笑って手を伸ばした。
「うぐッ、やめ…… お願い……」
「ッンー、興奮する」
少女は早く魔法をと思って呪文を唱える口の形を作るが、あまりの恐怖に顎が震えて上手く魔力を集めることすらできない。
これからわたしはこの男に……
荒い手つきで足を持ち上げられ、ドロワーズを膝上まで捲り上げられる。
「ィイヤッ! 離して!」
彼女は自分がこれからどうなるか、おおよそ察しは付いている。
どうせ殺されるならせめて汚される前に……
彼女は死の恐怖と貴族の矜持により抵抗の気力を取り戻した。
が、ふたたび腹に体重の乗った膝が落ちてきて、カハッと胃の内容物を吐き出した。
「ンンーッ、汚いなぁ、大人しくしろー」
抑揚の無い間延びした低い声だった。
男はそれからドロワーズを剥ぎ取るでもなく、持ち上げた足首と手首をまとめてキツく縛る。
右手首と右足首。
左手首と左足首。
蛙のような格好でゴロンと地面に転がされる。
破いたドレスで猿轡を噛まされ、彼女の懇願は男に似た「ンン」という声に変わった。
「ァー、ンンッ、よし、これでよし。楽しませてくれー……」
男は露わになった汗ばむ膝裏をべろりと舐めて、臭い息をハァとは吐き出した。
視線はずっと少女の怯えた瞳に固定されたまま、その恐怖を楽しむように、ひたすらベロベロと舐め続けた。
◆
「ねぇ、見てよこれ。風評被害も良いとこなんだけど……、お前なにかした?」
ディディエは執務室で長椅子に寝転びながらパラパラと手紙をめくる。
突然嫌疑をかけられたユリウスは向かいの長椅子に寝転んだままその長い腕を伸ばし、ディディエの読み終わった手紙を受け取った。
「……トリンデルの町? 行ったことないな。ほう、立て続けに若い娘が攫われ無惨な死体になって帰ってくると…… 君こそ本当にやってないの?」
「僕、別に殺すことに悦びを覚えるわけじゃないからね。結果死に至ることはあっても、死の恐怖で心を揺らすのは美学に反する」
ディディエはさも自分でその崇高な美学を確立したかのように妖しく口角を上げているが、これはシェリエルの受け売りである。
二人はその悲痛な訴えをそっくりそのまま頭に入れて、不謹慎にも少し面白そうだなと目を細めた。
皆まで言わずとも互いが同じ考えだと理解しあっている。
ディディエが「ちょっと行ってみようかな」と言えば、ユリウスも「付き合うよ」と返した。
魔法が存在する世界。人の怒り恐怖など負の感情、特に罪悪感が穢れ(瘴気)を呼び込み、呑まれると魔物になる。穢れはそこらへんに存在する。
【ベリアルド家】
共感力、慈悲、情など人の善意が欠けている代わりに大抵の事は天才と呼ばれる能力を持つ。なかでも一つだけ執着を持ち、執着に関することには特別才を発揮する。家族や身内と定めた者に対しては情を持つ。倫理観は学問として習得している。
【登場人物】
■男
このお話のキラー。名前はまだない。
■シェリエル
白髪、14歳、ベリアルド家(養子)
養子ではあるが現当主セルジオの姪にあたりベリアルド家の血を引く。共感力は無いが諸事情により多少の慈悲やを持つ。
■ディディエ
藤色の髪、21歳、シェリエルの兄、ベリアルド家(長子)
生粋のベリアルドであるため共感力が皆無。人の心の動きに執着があり読心が得意。天才でナルシスト。
■ユリウス
黒髪、22歳、シェリエルの家庭教師、ディディエの友人
身分不詳、感情を自覚できないため他者への共感力が低い。自称博愛主義者。
■ソフィア
被害者
■トリクシー
ソフィアの妹
■ギャレット&夫人
ソフィアとトリクシーの両親