【短編】傀儡の魔女と不死の騎士が逃亡生活するきっかけの話
趣味を詰め込んで書きました。
楽しんでもらえると幸いです。
わかりやすくするため
光の英雄→勇者
闇の帝王→魔王
に変更しました。
勇者たちの活躍により、脅威だった帝国は魔王と共に滅んだ。
意気揚々と自国に帰っていった一行だったが、まだ生き残っている者が二名ほどいた。
「っぷぅ、身代わりちゃんのおかげで助かったわ」
瓦礫の山の中から出て来たのは、ボサボサの赤い髪に罅の入った分厚い眼鏡をかけた少女。
彼女は帝国の大幹部……には成れなかった、幹部見習いの"傀儡の魔女"であった。
痛む頭を軽く振って、黒いワンピースの埃が目立つ箇所を叩く。
割れた眼鏡は投げ捨てた。伊達だったからだ。
「他の奴らは死んだみたいね」
魔女は更地になってしまった帝都を見下ろす。
"光の力"によって消滅させられたのか、仲間は遺体どころか血痕さえも見当たらない。
きっと帝都には生存者はいないだろう。
今回の勇者達の勢力は、子供の存在さえも許さない勢いであったから。
「ふん、なぁーにが『雑魚は早死にしてカワイソー』よ。あんた達の方が先に死んでるじゃないの、よッ!」
と足元の瓦礫を蹴っ飛ばす。が、それは飛ばずにごとりと鈍い音を立てただけで、
「いっ……」
魔女は足を押さえ蹲った。
「……城が崩れたってことは、魔王も死んだのね」
涙目になりつつ、振り向いて背後にあった瓦礫の山を見上げる。
城は魔王の魔力で作られている。だから主人が死ねば崩壊してしまう。
瓦礫もそのうち、ただの魔力となって跡形もなく消えてしまうだろう。
これで崩れるのは何回目だろうか、と少し考えに浸る。
魔王の力の大きさと比例する城は、今代はかなり大きかった。
今回と同じかそれに近しい力を持った魔王など、もう二度と現れないのではないだろうか。
「次は誰が魔王になるのかしら」
少なくとも自分でないことだけは確かだった。
魔王は生まれる前に定められているからだ。
がしゃり、と突然聞こえた重い金属の音に驚いて振り向く。
誰かいるなんて思っていなかったから。
「やはりお前は生き残っていたか」
ボロボロの、板金鎧を身につけた大きい影を認める。
「げ、よりによってあんたが残ったの?」
「俺は不死なのだから、死ぬわけがないだろう」
不死者の騎士は言う。
魔女はこの上背がある騎士が嫌いだった。
魔女は人見知りで、緊張すると饒舌に毒舌を吐くタイプのコミュ障である。
それ故か違うのかはさておき、仲間から空気または腫れ物のように扱われる"ぼっちのエリート"であった。
一方、騎士は同じ"いつも独り"ではあった。
しかし彼は大幹部であり魔王の近衛を務めていた。
つまり"エリート"のぼっち。孤独は強者故の、尊敬と畏怖の賜物だった。
なので種類が違う。だのに、仲間だと思っているのかよく話しかけてくる嫌味な奴(被害妄想)、だというのが魔女から騎士への認識だった。僻みである。
もう一つ言うと、騎士のくせに魔女である自分よりも強力な魔法が使えるのが気に食わなかった。妬みである。
「あら、あんた霊体の不死者だったかしら?」
今は黒い煙…幽霊のような姿だが、以前見たときはもう少し物質的な肉体をしていたはずだった。
「……どういう存在か、で言うならリッチだ」
「はぁ?」
リッチはずっと研究するため不死者になった強大な魔術師のことだ。
「流石は光神の加護を与えられた者だ。身体が再生し難い」
騎士はそういうと、魔力で身体を作り骸骨へ変化した。
光神は、敵対する闇神を信仰する帝国民を嫌っている。そのため"光の力"を受けると帝国民は力を削がれる。
特に悪魔や不死者はその効果が絶大で、消滅する場合もある。
強大な"光の力"を持つ勇者とも成れば、殆どの帝国民は一撃で消滅する。
「む、人の形に成れただけマシか」
不死者であるのに勇者からの"光の力"を受けながらも何度も打ち合い、それでいて人の形が取れるコイツはとんだ化け物だ。
それでも騎士は魔王ではなかったし、これからも魔王になる事はない。
それがこの世界の掟だった。
「ねぇ、リッチならなんで魔術師じゃなくて騎士をしてんのよ。魔術師らしからぬ体格だけど」
骨格だけでも良い体格であることがわかる。
勿論元の姿は騎士に相応しく逞しい体だった。
リッチになることは帝国のみならず魔術師なら誰だって一度くらいは憧れるものであった。
魔女も、職業が魔術師であるから憧れていた。
ただ、その為には膨大な魔力が必要になるのだが、魔女はリッチになるには——見栄を張っていえば——ちょっと魔力が足りなかったのであった。
「肉体強化の術が一番得意だったからだ」
騎士は憮然たる雰囲気の声で言う。
思い出すのは魔王が気まぐれで開いた帝国軍所属の者向けの武術大会。
参加していた騎士は、人外的特徴を持つ者よりも人外じみた肉体捌きで他の帝国民たちを素手で殴り投げ飛ばして圧倒し、見事優勝していた。
自分は(一応ではあるが帝国軍に所属していたにもかかわらず雑魚すぎるが故か参戦権が貰えなかったので)見学しかしていなかった。
……そういえばコイツは騎士なのに剣を使っていなかったし、騎獣にも乗っていなかった。
それ以外にもハンデをつけていたと聞いていたが無意味だったということだろう。
「じゃあなんでリッチになったのよ」
「……長く生きて研究すれば他の魔術ももう少し得意になると思ったんだ」
しかしながら、騎士が何か魔術を使っているところを見たことはない。
魔法はあるけれど。
ちなみに魔術と魔法は別物だ。
魔術は道具のようなもので、術式を知っていてある程度の魔力があれば誰でも扱えるもの。
魔法は天性の才能で、選ばれた人のみが扱えるもの、というのが帝国の人々の認識である。
簡単に言えば、魔法を常人でも扱えるものにしたのが魔術、という事だ。
魔術は特殊な場合を除き、使用時に術式が魔術陣など何かしらの形で現れるので使ってることが非常によく判る。
「だけど上手くならなかったのね……って、ああっ!!あたしのかわい子ちゃんたちがぁあっ!」
突然大声を上げた魔女は駆け出した。
向かった方を見ると、灰色の柔らかい何かが瓦礫の下敷きになって酷いことになっているのを騎士は見つけた。
それも複数。
騎士もその塊に近寄ったが、酷い腐臭に足を止めた。
近くに飛び散っている破片を摘む。
それはグニグニとした弾力があり、そこから粘ついた汁が滲み出て滴り落ちた。
「何だこれは」
「あたしが作ったゴーレムちゃんたちよ。せっかくいっぱい作ったのにぃ……」
魔女は灰色の塊たちの側で膝をついて愕然としている。
実は人形みたいに顔が整っているので、はらはらと涙を流している様子に騎士がちょっと見惚れてしまったのは仕方のないことである。
「これはもしかしなくともフレッシュゴーレムか」
フレッシュゴーレムは動物の死肉を使ったゴーレムである。
「そうよ。だって無機物は硬いし布は柔らかすぎるのよ」
「何がしたかったんだ?」
騎士は不思議そうに問う。
どうせ死肉を使うなら、ゾンビの方が作る手間が少ないし使い勝手があるとそう考えたからだ。
ゴーレムはいちいち命令を言わなければいけないし、週一は休ませないと暴走するという面倒な制約がかかっている。
フレッシュゴーレムなら死体を繋ぎ合わせる必要もある。
「美少女ハーレムよ!一度はやってみたいでしょ、男なら」
「さっぱりわからん。というかお前女だろ」
つまりはどんなに面倒でも、忠実に命令を聞く美少女に好き勝手したかった、ということらしい。
「どっちもイケるわよ?あ、でも骨太は対象外なのよ。ごめんね?」
何故か唐突に振られる騎士。
「興味無い」
騎士は顔を外らして言い捨てた。
「ふーん、つまり童貞ってこと?あはっ、だから魔法つk」
目の前すれすれを折れた剣先が掠める。
「チッ、長さが足りなかったか」
魔女はぺたりと尻餅をついた。
「あっっっぶないじゃないの!殺す気?!」
「そうだが?」
何を当たり前のことを、と言いたげに騎士は首を傾げた。
目(正確には眼窩に灯った光)がマジだ。
ちなみにそれは、魔法を使えない者が妬んで流した噂である。
「(多分)唯一の仲間になんてことするのよ!」
魔女は髪を逆立てて憤慨する。
「それに別に良いじゃない。恥ずべきことではないわよ」
「そういうお前はどうなんだ」
騎士は睨むように魔女を見た。
「魔女って乙女には成れないのよ? 悪魔とせ「わかった皆まで言うな」
魔女は悪魔と契約をして魔法を得た者のことだ。
性別関係なく、契約はつまりそういうことをするのである。
どうでも良いだろうが悪魔が力を注ぐ側なので左。
騎士は溜息を吐いた。
「それで、材料はどこから調達してたんだ。なんとなく分かるが」
「そりゃあもちろん外国から買ってたのよ」
騎士は国外で、赤髪の魔女が莫大な金と引き換えに美少女を拐うという噂を聞いたのを思い出した。
「道理で光の力を受けても消えていないのか」
「はぁ、かわい子ちゃんたち全員ダメになっちゃってるぅ……。許すまじ勇者共め!」
美少女が涙目になっているのは絵になるが、それは多分向こうの台詞だったのではないだろうかと思った騎士だった。
「……(帝国では雑魚だったけど)懸賞金が賭けられていたわけだな」
「あーあ、手持ちの人形ちゃん全部壊れちゃってるし、これからどーしようかしら。帝国再建でも目指す?」
「こんな更地に留まっていたら、調査団に見つかって今度こそ本当に殺されるだろう」
「そうよねー」
勇者たちに魔王が倒されると、その数日後には決まって調査団が派遣される。
帝国に人間が住むことは不可能だし、特に大した財宝も得られないのに一体何を調査しているのか。
顎に手を当て長考していた魔女は、そうだ!と手を打った。
「せっかくなら国外に行きましょ!でも骸骨じゃあマズイわよね、流石に」
不死者=帝国民という等式が成り立つことはこの世界の常識だ。
「肉を纏えばいいのか?」
そういうと魔力を肉に変えて纏った。
「うっ、ちょっとぉ、臭うじゃない!」
騎士から腐り切った肉の臭いが漂う。
肌は緑のような、灰色のような、とにかく生きてる人間なら絶対無い色をしている。
「仕方ないだろう。魔力が足りないんだ」
ついでに言えば所々赤茶色に汚れた骨も見えている。
頭なんてもう見ていられない状態で、どう見てもゾンビである。
一発アウトだ。
「だが臭いに関してはお前のゴーレムとさほど変わ…「これじゃあ骨でいたほうがマシだわ!」…と思うんだが」
「一時凌ぎでいいから、とりあえず骨に泥かなんか塗って誤魔化しましょ?あたし人形作るの得意だからやったげるわ」
「止む無いか」
騎士は骸骨に戻る。
「あ、その鎧、体作るのに邪魔だから脱いでくれる?それに帝国軍にいたってバレるから、とくに思い入れがないなら捨てなさいよ」
目立つところに帝国軍のエンブレムが刻まれているのだ。
素材は魔鋼などではなくごく普通の鋼。
「わかっている」
と言うと騎士は事も無げに脱いだ。
思い入れは何もなかったようである。
魔術陣を地面に描いた魔女は騎士をその上に立たせる。
「んー、泥よりはゴムね。その方が人間っぽくなるから、色々誤魔化せるはず。そおい」
「お前、呪文それでいいのか……?」
騎士は雑すぎる呪文に呆れる。
魔術陣が淡く光ると、そこからしゅるしゅると帯状のものが飛び出し現状スケルトンの騎士に纏わりついた。
「これは、拘束系の術の応用か」
完成した姿はまるで本物の人間のようで、常人ならば見分けがつかないのではないだろうか。
結構凄いことをしているので褒めようと魔女を見ると、赤くなった顔を両手で隠していた。
耳まで赤くなっている。
「なんで顔を隠しているんだ」
「だって全裸じゃない」
隠すなら指の隙間から見るなよ、と思いつつ騎士は自身を見下ろす。
「別に隠す場所など何処にも「あたしが見てらんないのよっ!」
と叫びぷいと顔を逸らす。
どうせならと好みの肉付きにしたのがいけなかった。
「もう、服あげるからどっかで着替えてきてよ」
と服を騎士に投げよこす。
「別に何処で着替えても「あたしに問題があるのよ!」
騎士はまだ顔を赤くしている魔女に言う。
「お前、悪魔と契約しておきながら意外と純「うるっさいわね!人形の部品にするわよッ!!」
何でコイツは人が話してるのを遮るのだろうか、と騎士は魔女をジト目で見た。
「何よ、最初に遮ったのはあんたでしょ。文句があるわけ?」
さあ、どうだっただろうか。
着替え終わった騎士は居心地悪そうにしている。
「変じゃないか?平民の服を着るのは久しぶりなんだ」
魔術陣を消していた魔女は騎士を検分する。
「ふーん、似合うじゃない。さっすがあたしの見立てね。見た目もちゃんと人間っぽいわ。でもその空洞の目は良く無いわね」
と包帯を渡した。
「だからこれ使って。あんたの設定は盲目の剣士よ!かぁっこいいと思わない?」
「勝手に設定を作るな」
「目を隠す言い訳にも使えるでしょ!」
腰帯に古ぼけた短剣を提げているのを見つけた魔女。
「その短剣持っていくの?折れた剣の方じゃなくて」
さっき魔女に向けた折れた剣は、鎧と一緒に置いてある。
折れた方は魔王に忠誠を誓った時に貰った剣だ。
「……魔王は既に故人になってしまったからな。それに、こっちの方が大事な物なんだ」
と騎士はそれを撫でる。
その愛おしげな様子に魔女は少しだけどきりとした。
好みの外見にした所為だ。
「ところでその姿は?」
魔女も姿を変えたらしく、燃えるような赤い髪は真逆の青緑色に、新緑のような色の瞳は灰色に変わっていた。
服も旅人が一般的に使用するものに着替えたようだ。
「バレないように変えたのよ」
どうよ、とドヤる魔女の頭を軽く小突く。
「その髪色は目立つだろう」
青緑色の髪の人間なんてそう居ない。
「じゃあ金髪」
魔女が軽く指を振ると、青緑色から輝く美しい金色の髪に変化した。
外見を変化させるのがこの魔女の魔法らしい。
「……もう少し燻んだ色にした方が目立たないと思わないか?」
「文句が多いわね……ってわかったから睨まないでくれる?」
注文通り燻んだ色に変えて、漸く準備を整えた魔女は拳を振り上げ叫ぶ。
「じゃあ国外に向かって、しゅっぱーつ!!」
「応。それで、どうやって行くつもりだ?」
と騎士は魔女に問う。
「常置の転移門なら恐らく人間の手で閉鎖されているだろうし見張りもつけられていると思うのだが」
「……」
ぴしりと硬直した魔女に追い討ちをかけるように言う。
「まさか歩いて出国とかではないだろうな。俺は兎も角、お前は体力的に無理だ」
帝国は非常に広大な領土を持っている。
そしてその殆どが厳しい気候や地形であるため、限られた帝国民しか住んでいない。というか住めない。
帝都でぬくぬくと生きていた雑魚魔女が耐えられる筈が無い。
「……」
「もしかしなくても何も考えていなかったのか?」
「悪かったわねッ!」
深く溜息を吐いた騎士は言う。
「仕方ない、作る。あまり得意じゃ無いのだが」
地面に魔術陣を素早く描き終えると魔女の手を引きその上に一緒に立った。
「へ?」
「出国するなら早いうちがいいだろ」
その言葉を合図にしたかのように魔術陣は青白く強く光り輝いた。
「え……ええ?!あ、あんた魔術使えないんじゃ」
「操作が加減できない点で言えば苦手だが、使えないとは言っていないぞ。七割くらいの確率で周囲が吹っ飛ぶだけで」
「はあ!?」
そして視界は光に塗りつぶされた。
漸く視力を取り戻した魔女が見たのは、鬱蒼と茂った木々であった。
森の中だ。
自分たちを包んでいた光が完全に消えると同時に、魔術陣はぱきんと音を立てて消滅してしまった。
ちなみに魔術陣は本来なら意図しなければ消えない。が、魔力を流し過ぎるなど強い負担をかけると消える事がある。
今回は明らかに後者。
「運良く上手くいったな。二人とも全部持って移動出来た」
と少しほっとした様子で騎士は目元に包帯を巻き始めた。
「視界が悪いと手元が狂うんだ」
どうやら騎士は魔術陣に魔力を流す操作が得意ではないらしい。膨大な力を持つ者ならではの悩みだ。
魔女は騎士のことがまた一つ嫌いになった。
「ばっかじゃないの?!危うくばらばらになる所だったってことでしょ?!」
「結果的に無事だからいいだろう」
「このチート擬がッ!」
と騎士を殴るがダメージを受けたのは勿論魔女のみである。
「っくぅーッ!」
「本当に雑魚だなお前」
こうして二人の逃亡生活は始まるのだった……。
読んで頂きありがとうございました。
気になる点を教えてくだされば有り難いです。