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打ち上げはどこで?


 なぜ鳥達は朝から元気に鳴くのだろうか……これがシャキッと目覚めた後なら、爽やかな鳴き声になるのだろうが。

 鐘の音も、聞こえた気がする……朝を知らせる一番の鐘は既に鳴り終わっている。 よし……起きるぞ、さあ起きるぞ、ほら起きるぞ……気合を入れて昨日の遠出で疲れているが、布団を蹴り飛ばして立ち上がる。


「っととと……足の裏が痛いな……」


 長く歩く任務は大変だったが懐が暖かくなったし、今日も元気に出発するか。


 到着した教室はいつもより賑やかだが……人が少ないように思える。


「……フィユも居ないな」

「あらあなただけ? 珍しいわね」


 いつもは俺より早く来ているのに、今日に限って珍しく遅刻のようだ。

 辺りを見れば遅刻者と思しき空席が目立つ。大規模討伐任務だったのと参加率だったのもあり、どこも任務明けで打ち上げやらしてて飲みすぎたか。翌日に支障をきたすとはまだまだだな。


「意外にあなたも結構やるものね」

「なに、みんなのおかげさ。俺だけの実力じゃない」

「そう? 謙遜も過ぎれば嫌味よ」


 うーむ、だがお互いが居たからこその成果だと思う。


「それにあなたの実力も含めて……今度頼みたい事があるのだけど」

「頼みたい事? 出来ることなら構わないが……」

「隣の復興支援、一緒にやらないかしら?」

「良いけど、なんでまた割にあわない任務をやるのだ?」


 かつて隣の街であったエヴァンスは、十年程前に内乱が起きて荒れ果てている。

 復興任務は様々な仕事があり、荒れた街に住み着くモンスターの駆除から、居住区の整備、水の調達と多岐にわたる作業がある。


「前々から支援はしていたのよ。それに今ならライセンス持ちで実際に作業にもいけますしね」

「分かった。けどいつから行くんだ?」

「近日中にまた募集されるはずよ。今後も組むかどうかの相性も見ておきたいわね」

「異存はないが、フィユはたぶん無理だな。追認試験受けなきゃならんし」

「……それはちょっと困ったわね。まああなたとだけでも構わないわ」

「オーケー、じゃあ予定は開けておくよ」


 様々な経験を積めるから悪くはないだろう。

 特に上級ライセンスの人と身近に交流出来るのもあるし、より上位の冒険者を身近に触れられる。

 もちろん向上心を持って彼らの技を見ることが出来れば、それだけ自分の力になりうる。単純な報酬だけでないのは魅力と言っても差し支えないだろう。


「おはようございます。おやおや、今日はまた随分空席が目立ちますね」


 時間になったのか、セレナ先生が教室に入ってくる。

 朝は必修と出席確認、そして連絡事項があるため、同時期に入学した新人冒険者はクラスごとに纏まって指導を受けることになる。


「昨日は大口の任務かもしれませんが、翌日に疲れを残してはいけませんよ。気を取り直して、それでは出席を取ります。プリムくん」

「はい」

「フィユくん……? あら珍しくお休みのようですね」

「遅れましたー!」


 丁度名前を呼ばれた時に、滑り込むように教室へと飛び込んできた。


「おはようございます、ぎりぎりですね。フィユくん」

「はい!」

「遅刻は感心しません」

「はーい、気をつけます」


 遅刻宣言に、がっくりと肩を落としている。

 久々に俺じゃなくてフィユがやらかしている。いつもは二度寝の俺が遅れるところなのに。


「エルネストくん、いますか?」

「はい」

「出席18人、遅刻3人、欠席11人。今日も一日頑張りましょう」


「珍しくフィユも遅刻だな。疲れたか?」

「うーん、ふくらはぎが痛いね。運動不足かなぁ……」


 整備された街道ではなく、獣道などを歩いたのだ。慣れない道に日頃の疲れが出たのだろう。

 何より討伐任務だったから、単純に歩くだけでなくいつ魔物が出るかとか、気を張って歩くと普段の何倍もの疲労になる。


「それに来週は追認だよー……憂鬱」


 フィユは毛先をくるくると指先でいじりながら呟く。

 疲労の原因はむしろそっちの方が大きそうだが、勉強は見てやれるが、後は自分の力でやるしかない。

 出来ることは応援するが、やるべきことはやってもらわないとどうにもならない。


「頑張れよ。フィユも受かってくれないとシルバー受けられんし」

「うんー、勉強はしっかりしてるよ。あとは本番だね」

「来週、俺はちょっとプリムの任務に付き合ってくるよ」

「えっ……うん、分かったけど……遠出、するの?」

「そうね。エヴァンスまでだから十日から二週間くらいになるわね」

「気をつけてね。……いいなぁ、いいなぁ」

「徒歩の旅になるから準備はしっかりしないとな」

「それではー、朝の通達は以上です。今日も一日頑張りましょう」

「あら、いけない。聞き逃していたわ」

「おおっと、えーっと朝一はなんだ?」

「裁縫に関しての実習だよー。早くいこうよ」


 今日は制作(クラフター)技能の一つである、裁縫師の工房見学だ。

 この工房では、さらに革細工も兼ねていて、防具制作だけでなくお洒落な衣服と多岐にわたる。


「これが一般流通の綿、こっちが銀糸、さらに高級な金糸や繭糸。素材ごとに性能が異なり、魔法使いなら銀糸以上のものが良いな」


 素材ごとの性能と製品の説明、俺も任務中は軽鎧をつけているが……そのうち繭糸の高級ローブとか揃えておきたいな。


「銀糸で作られた織物は、軽くて丈夫な上に、魔法も阻害しない。加工も魔法技術で習得しやすく、裁縫師を目指すならこれくらい出来る様になると良いな。それと弟子はいつでも募集してるぞ、我こそはと思ったら我が門を叩くといい!」


 既にクラフター技能は習っているから、今はまだ新しい門戸を叩かないが……いま学んでいるクラフター技能を修得したら別の技術を学ぶのも良い。

 学問もそうだが、一つしか学ばないのは良くない。ある技術は別の技術の元になっていたりと、学問同士にもシナジーが存在する。

 例えば鍛冶と彫金。

 同じ金属系を扱う技能だが、加工方法や鍛造の違い一つで最終製品の性能が大きく異なる。

 だからこそ片方だけでなく、対となるもう一つを学ぶことでより深く加工技術を磨くことが出来る。


「これかわいいねー、わたしも調理師のあと学んでみようかな」

「服、作ってみたいのか?」

「だってオシャレな服とか、かわいい服ってさ。なかなか売ってるのじゃ自分に合わないし」


 男の冒険者はそうでもないが、女性はオシャレにも気を使うそうだ。

 しかしそうなると、一般的な商店にある服は……防御性能やサイズの問題でなかなか難しい。

 ある程度冒険者ランクの高い女性は殆どが一点物のオーダーメイドだ。安い買い物ではない。


「わたくしは別に……市販ので十分よ」

「それもそれでどうかと思うけどな」


 プリムの場合、服は身を守る物、と実用性一点張りで量産品を選んでいる。

 逆にフィユの場合、外からじゃ見えない肌着まで可愛らしいのを選ぶ。

 この辺は個人の考えとお財布事情という悲しみがある。


「他にもここじゃ革細工も兼ねてるが……あれ、製作途中のギガントードの皮、どこいった?」


 講師が制作物を収めた収納箱を開け閉めしている。どこの系列の職人も、収納箱はゴチャゴチャと乱雑に収まるのは変わらない。

 皮も素材によって様々な特性があり、防寒具としてウルフの皮を鞣した物から、巨大なカエルや竜の皮を鞣した物まで多岐にわたる。

 しかし雑多に詰めたからか、お探しの物が見つからないようで、諦めて別の展示をするみたいだ。

 職人が取り出したのはフリルのついたドレスをハンガーにかけ、展示する。

 貴族だとやたらと、装飾のついたドレスを好むが、これはシンプルにまとめられていて、この出来の良さにうっとりとため息を漏らすプリム。


「あら……」

「うわぁ……かわいいねー、こういうの着てみたい」


 目を輝かせてうっとりと呟くフィユ。

 シンプルながらも、大きめに開いた胸元に花柄の刺繍がしてあったりとハイグレード品だ。


「着てみたいか。よし、展示用のだがモデルにならないか。そこの君と君。ただ飾ってあるのを見るより、実際に着てもらった方がよく分かるだろうしな」


 ハンガーに掛けられたドレスを丁寧に外し、衣装をフィユとプリムに手渡す。


「わたくし? ……ええ、良いですわよ」


 プリムは安請け合いをしてしまったようだ。……俺もドレスを着ているプリムを見てみたいぞ。

 二人は受け取ったドレスを宝物のように大事に受け取り、カーテンで仕切られたて試着室へと消えていく。

 周りを見ると鼻息荒く期待する男組と、自分も来てみたかったと漏らす女子組に分かれてるようだ。


「おまたせー! どうかな? 似合う?」


 最初に着替えを済ませたのはフィユのようだ。

 ふわりと広がるスカートに、首筋から胸元を見せつつも、その胸元を花柄が彩る美しいドレスを着ている。

 可憐に着飾っていればどこかのお嬢様、みたいになる。……普段からは分かりにくいが、元々フィユはいいところのお嬢様だけど。

 うぉぉ! と鼻息の荒くなるのが多いが……プリムの方を見るとそれも分かる。


「……男どもが盛り上がってるな」

「なぜわたくしは受けてしまったのか……」


 こちらは胸元が開いたりしない、可愛らしいワンピースだ。

 普段のプリムとはギャップがありすぎる。首にはフリルのリボンが巻かれ、フリルの段々が飾られたスカートに、ゆったりとした長袖を手首でまとめるリボンも、女性らしさをより引き立てる。


「プリムさんもかわいいよね~、ほら一緒に並ぶと姉妹みたい」

「あなたは気楽ね……わたくしは恥ずかしい……」


 所在無げに手を腰に当てたり、組んでみては落ち着き無くもぞもぞと動かす。


「ええ~こんなに似合ってるのに~。そだ、プリムさん、今度一緒にお買い物行こうよー」

「それは……どこへ行くのかしら?」

「こういう服売ってるところとか水着とか、いろいろー。プリムさんもこういうの着てみたら似合うよー」


 普段はオシャレよりも実用一点のロングコートなどばっかり着ているからこそ、ふわりとしたドレス姿がとても美しく引き立てる。

 特にスラリとした手足に、鍛えられていながらも緩やかな曲線を描く肩、しかし無骨で頑丈な鎧を着ていると、それがすべて隠されてしまう。

 だが今は困惑の浮かぶ表情とゆったりと体のラインを表現するドレスに包まれ、守りたくなるほどの安らぎと庇護欲をかきたてる。


「しょうがないですわね……付き合いますけど、わたくしは泳ぎには……」

「遊びにいこうよ~、お姉ちゃーん」

「わたくしはお姉ちゃんでは……」


 ドレスを着て並んでいると、確かにプリムが姉で、フィユが妹のようで、なるほど……こんな姉妹もいそうだな。

 ぎゅーっと抱きしめられていたのを引き離すが、どこか優しげな瞳のプリムにドキッとする。


「まあ、しょうがないわね。今度付き合いますから……ほら離れて」

「あーん、お姉ちゃんが意地悪だよ」


 二人でキャッキャと戯れてるが、それを見てる見物人達はと言うと……

 俺も作れるようになるかな!? と技術に憧れるやる気勢と、二人の姿に鼻血が出そうなニヤケ顔だったり、お姉さまとうっとりと呟いたりとその反応はどうなんだ。



「面白かったねー、ホント裁縫師もいいかもって思ったー」

「わたくしはあんな格好で人前に立ったの久しぶりですわよ」


 ドレスを脱いだプリムは、普段の学生服に戻っている。

 俺から見ても、ふわふわドレスとか着てるプリムはかわいいと思う。……がそれで茶化すと危ないからやめておこう。

 普段と装いが違うと、これほどまでに魅了の力があった。


 講義も終わり、自由な午後の昼下がり。


「重い……」


 遊びに行こうよ、プリムと連れたって買い物に来たわけだ。……俺は荷物持ちとして。


「えーっと魔法石は十分買ったし、あとは衣類くらいかなー」


 買った物は……発光石の予備、浄水のクリスタル、氷晶石(アイスシャード、どれもこれも重たくてかさばる日用品だ。

 むしろなぜ重たいものから先に買ったんだ! 荷物持ちの苦労が増えるじゃないか! って言えたら楽なのにな。


「あとはー、プリムさんに合う服とか見たいねー。そろそろ本格的に暑くなる季節だし、水着も見ておきたいしね」


 水泳も冒険者の必修技能の一つだから、水着も買う、と。目の保養になる暑い季節の風物詩だ。


「わたくしは去年のがあるから……」

「ダメだよ! 新しいのにしなきゃ!」

「ええ……」


 フィユはこうと決めたら意外に頑固だ。俺としては可能な限り、迅速に買い物が終わる事を期待してるが。

 しかし毎年買う必要があるのだろうか?いや成長したりで着れないならまだしも、新モデル発売のたびに買ってるような気がする。


「暑さ対策に川遊びは涼めるしな」

「川遊びもいいけど、海もいいよねー」

「バカンスは嫌いでは無いですけど……」

「そうだ、ミーミも連れて今度遊びに行こうよ。ちょっと遠いけどアナトリアとかなら穏やかな海だし」


 アナトリアは観光するにもいいところで、寒期以外は海も穏やかで危険な生物も少ない。

 この時期なら静かに波打つ海で釣りをしたり、満ち干きのあとに貝を集めたりと、レジャーとして楽しめる。

 内海なら波も穏やかで、ミミを連れて遊ぶには良い。それでミミとの約束も果たせる。


「そうだな。試験やらが始まる前の休みか、終わった後か。どちらにするかは未定だがどうだ?」

「まだ行くとは……」

「プリムさんも行くよね」

「……ええ、良いわよ」


 たまにある、フィユの押しの強さに根負けした感じでプリムもたじたじになっている。


「服って言ったらあそこしかないよねー、花と美の店(サンフラワー)が一番種類多いし」

「俺は俺で見たいのあるから黒兎亭に行ってていいか?」

「えー折角だから付いてきてよー」



 前も男一人連れてこられたときに感じたチクチクと突き刺すような視線に居心地の悪さを感じるものの、フィユもプリムも特に気にした様子は無い。

 本格的な夏に向けてか、薄手の涼しげな衣類がセールされているのだけど……薄手なだけに、試着している客の素肌も透けて見えるほどである。

 しかも大胆な水着なども並んでいて、目に毒と言うか誘惑するものが多いのに、フィユもプリムも色鮮やかな水着を取り出しては身体に当ててサイズを計り、楽しげに買い物を楽しんでいる。


「これとはどうかな? プリムさんに似合いそうー」

「……少し露出が多すぎるわね。わたくしはこちらの方が」


 取り出したのは、同じセパレートでもパレオのある下と、胸部を覆う布が多く、着れば胸の膨らみを主張する上だ。


「プリムさんスタイルいいし、こういうのも良いね」

「あなたはこれとかどうかしら?」


 上下一体のワンピースだけど、これはちょっと子供っぽい。

 フィユに合いそうだけど、あまり子供扱いすると怒るので、余計な口は出さない。これでも少しは空気が読めるようになったのだから。


「去年そういうのだったから、今年は少し変えてみようかなーって」

「少し大胆に。となればこの辺りがあなたらしいかしら」


 白のブラとパンツのセパレートだけど、赤のフリルが装飾されていて、サイドで結び目を作ると裏地の赤白チェックがちらりと見える。


「わぁ……これかわいいし、これにしようかな。ありがとね、プリムさん」

「どういたしまして、わたくしも少し冒険してみるとしましょう」


 そう言って、実際に着てみる気になったのか試着室へと入っていく。


「じゃあじゃあ、これとかどうかな? これどっちが良いと思う?」


 何故ここで俺に聞くのかは謎だが、ずいっと両手で持っているのを押し付けてくる……

 右手に持っているのは白いブラとパンツのセパレートだ。デザインのためか胸元にフリルの意匠が施されている。

 左手に持っているのは黒色のやたらと布の面積が少ないブラとパンツだ。こんなに布が少ないと、動いたら簡単にずれてしまいそうな程である。


「こっちのほうが良いんじゃないか……?」


 右手に持っている白い方を選ぶ。

 フィユが左のを付けるのは……背伸び感がいいかもしれないが、それを俺に選ばせるものか……?


「うん、じゃあ次はこれとこれ。どっちがいい?」


 次に出てきたのは、幅のある赤のビスチェの水着と、さきほど選ばなかったキワドイ黒のブラとパンツだ。


「……フィユのはさっきの白いのじゃないのか?」

「今度はプリムさんの。少し冒険するって言ったらこの辺だよね」


 冒険は冒険かもしれんが……プリムに着せるなら……スタイルの良さを強調するのは黒の方だ。

 だが赤の方も、ふわりと身を包みつつ、隠されたくびれや胸を引き立てる。


「よーし、プリムさんにはこっちおすすめしよっと」


 言うが早い、試着室の方へ消えていく。

 途端にプリムの悲鳴のような声が上がった。


「ちょ、ちょっとあなた! また持ってきたの!?」

「だってー、せっかくだし色々なの試着してみようよ。それにこんな大胆なのもあったよ」


 ワイワイと盛り上がってるから、ここで自然に持たされた水着を棚に戻す。


「………………(ヒソヒソ)」


 うん、バッチリ見られてる。

 男がこんなところに居たら嫌だよね、分かるけど付き合いなんだから仕方ない。

 そしていち早く出たいと思っているけれどまだまだ買い物は終わる気配が無かった。



「今日は楽しかったー、今度の海、楽しみだねー」

「ふぅ、わたくしはだいぶ疲れましたわ……」

「お疲れさん。プリム、買ったものはどこまで持ってく?」


 プリムは着替えショーをやらされたのだろう。フィユに悪気は無いが、着せ替え人形にされてげっそりとしている。


「うーん、あなた達はこの後、暇かしら?」

「暇かどうかと言えば、暇だな。特に予定も無いし」

「そうだね、どこで夕飯食べよっかなーってくらいだよ」

「そう……なら荷物持ちまでしてもらってますし、夜はわたくしの家でご馳走しようかと思いますけど、いかが?」

「いいのか? ならご馳走になりに行こうか」

「それではわたくしの家まで運んでくださいな。こっちよ」


 前にプリムを見かけた路地へと進む。

 少し表から外れているからか、人通りが少なく、普段の騒がしい寮に比べたら天と地ほどの差があある。


「朝はとても賑やかですわよ。修道院も近くにありますしね」


 区間毎に修道院は建てられていて、時間を告げる鐘が備わっている。鐘の音は遠いとよく聞こえないが、近すぎてもなかなか騒がしい。

 似たような民家が立ち並ぶなか、一つの家を指す。


「着きましたわよ。ここが今のわたくしの家よ」

「お邪魔しますっと……」


 半開きのドアを荷物で支えながら身体を通すと、ぎぃと軋む音を奏でながらドアが開き、大荷物を抱えてるだけに、早く置きたいところだ。

 通された玄関は床に靴が並んで置いてあり、マットが敷かれている。きちっと掃除しているのかホコリや汚れすら無く、棚には花瓶が飾ってあり、元気な一輪の花が出迎えてくれる。


「こんな所に住んでるのとか、不思議かしら?」

「不思議っていうよりは想像出来なかったね。なんかプリムさんってお城に住んでるイメージあったから」

「ふふ、それも間違ってもいなかったけれどね。さあどうぞ、荷物はそっちの方に置いておいてくださいな」

「了解っと。荷物持ち終わり」


 セールで安かったから発光石やらの日用品を随分と買い込んだ。おかげで荷物を持つ手が痛くなるほどに重かったものだ。


「それじゃあちょっと……」


 ちょっと、と言ってすぐ近くの部屋をノックする。誰かと一緒に住んでるのだろうか。


「あら、おかえりなさいませ。今すこしばかり手が離せなくて……」


 プリムとは違う、年の若そうな女性の声がドア越しに聞こえる。

 ドアを開けて出てきたのは黒のロングドレスのようなものにエプロンを付けた少し変わった装いをしている。

 顔立ちも人間(ヒューム)族のようだから、母親とは思えないし、姉妹というには全く似ていない。


「あらあらあら……こちらの方々は? お嬢様がお友達を連れてくるなんて珍しいですね。はじめまして、お客様。白羽 花梨(しろばね かりん)と申します」


 花梨さんは大仰な動作でお辞儀をすると、その動作に従ってふわりと裾をはためかせる。長い丈のスカートの下に見えたのは細い足首がちらりと覗く。

 ただ少しだけ気になったのはスカートの裏がクレイジーキルト状態になっていた。何回か裂けたのを繕ったのだろう。


「ああ……俺はエルネスト。プリムとは学友のようなもので、本日はおじゃまします」

「わたしはフィユ、エルと同じでプリムさんとはお友達なの。今日もお買い物一緒に行ってたの」


 ふむふむと頷き、微笑みを浮かべる。


「はい、お嬢様から伺っております。……ふふ、お嬢様からそれはもういろいろと」


 色々、とやたら強調している。プリムは何を吹き込んだんだ……


「こら花梨、余計な事は言わなくていいわよ!」

「お、お嬢様、別に恥ずかしい話でもありませ……」


 あのプリムが慌てて口をふさぐのだ。なんというかとても新鮮な光景だ。

 花梨さんが何か言いかけたのをプリムが強く抑えつける。


「コホッコホッ……いえ、失礼しました……それでお嬢様、何か御用がありましたか?」

「おほん……今夜の夕食を四人分にできるかしら?」

「はい、かしこまりました。すぐにご用意します。それではお寛ぎになってお待ち下さい」


 パタパタと花梨さんは素足で歩いていく。


「あ、そうだ。うちのルールで土足は玄関までと決まっているの」

「土足禁止って……玄関で脱ぐのか?」

「わかったー、じゃあ脱いで……素足でいいの?」


 たしかに床は磨かれたように綺麗で、掃除が行き届いていて、ただの木の板とは思えない輝きを放つ。

 言うが早いか、既にフィユは靴をぽいぽいと脱いでいた。


「室内で素足って……ベッドに入るなら脱ぐけど、室内で脱ぐってどこの風習なんだろうな」

「わたくしの風習では無いのですけど……今は花梨の出身地に合わせていますのよ」


 そう言えば宗教学で、各地の風習やら何やらを学んだ中にそんな地方があった気がする。

 どこだったかな……パッと出てこないあたり、講義をしっかり聞いてなかった、


「えーっと……あ、分かった! 思い出したよ!」

「何をだ?」

「どこの文化か分かったの! 東の方の暁光の国(ぎょうこうのくに)だと思う!」

「ええ、花梨は暁光の国の出身ですわね。だからわたくしの家ではいくつかそういう風習がありますわ」


 東の海の先にあって、アナトリアとも貿易をしていたと思うが……外洋の先なため、あまり行き来は活発ではない。

 外洋に出るのはそれ自体が冒険だ。夜空の星や太陽以外、なんの目印も無いのが外洋だ。

 それだけに航海は冒険家と船乗りの経験と勘が頼りで、外洋に出る事の出来る船乗りは一流と言われている。


「外洋を渡ってきたってすごいな……」

「じゃあプリムさんも実は……?」

「残念なことに、わたくしは違うわよ」

「そうなのか……プリムはどこ出身なんだ?」

「産まれは西のエヴァンスよ。六つくらいの時にこっちに来たわね」

「それでか。故郷の支援をしたいって所か、手伝うぜ」


 エヴァンス。そこは花や薬草、紅茶の素晴らしい産地で、ここの茶畑で取れる紅茶は皇帝のお茶と呼ばれるほどの超高級品だ。

 しかし十年ほど昔に大きな戦があって、今はもう当時の面影も無いほどに、荒れ果ててしまっていると聞く。


「エヴァンスのお茶ってすごいらしいんだけど、今はもう殆ど採れないんだよね」

「ええ……当時は美しい野山に、穏やかな川が流れ、色とりどりの草花に恵まれた地方だったのよ」


 教本にも取り上げられていたエヴァンスの乱。原因は危険な魔法の扱いが引き起こしたと言われるている。

 理由は不明だが、領主が突然にも禁呪指定されている契約魔法を用いて妖異を呼び出し、領内を大混乱にしてしまったのが始まりだそうだ。

 その後、呼びだされた妖異を討伐した新興貴族と元の領主派で対立し、あれよあれよとただの魔物出現事件が、一地方を戦乱に巻き込んだ。


「たしか……三年か四年くらい随分と長い内乱になったってやつだな」

「そうね……でもそれはわたくし達が子供の頃の話。そう、子供の頃の話なのよ」

「でも何でってすごく気になるよね。今でもミステリー劇とかのネタに使われていたりするし」


 実は領主の暗殺計画だったとか、領主を陥れる罠だったとか様々なアプローチでネタにされている。

 まだ冒険者としては駆け出しに過ぎないから、エヴァンスやアナトリア、暁光の国とか、知ってるだけより、訪れてみたいと思っている。

 弾き語りで生きる詩人などにとって、外の情報は飯の種になる重要なものだ。……俺は吟遊詩人では無いけれど。

 そういう話の種を集めて歌い歩くことを生業にする吟遊詩人達からは、時も場所も超え、古今の英雄譚から街のうわさ話と盛りだくさんの歌を聞ける。


「事実はわかりませんけれどね。……その時の当事者で無ければ」

「ま、そういうの調べてみるのも面白い話になるしな」

「お嬢様ー、そろそろ出来ますよー」


 温かな湯気を立てるスープと、パンとサラダのセットに、小さいながらも柔らかく焼けたステーキが並んでいる。


「お嬢様、お酒は飲まれますか?」

「そうね……別にこの後予定はありませんし、少し飲みますか」

「はい、ではお持ちします」

「これ花梨さんの手作り? 美味しいね」

「はい、花梨の特製でございます」


 三人の給仕を続ける花梨さん。これなら料理屋開けるくらいわけないなと思うほどの腕前だ。

 出されたワインも、若くて軽い飲みごたえが肉とよく調和しており、肉の脂を洗い流してすっきりとさせる。


「花梨は元は一流メイドよ。おかげで助かってますわね」

「ふふ……花梨は当家に仕えるメイドでございます。今年で十二年でしょうか」


 なるほど、花梨さんとプリムの不思議な関係は、彼女は一風変わったメイドさんという事か。

 長い年月の割には花梨さんはとても若そうだ。


「あら、歳が気になりましたか?」

「……まあ、ちょっとだけ」


 顔に出てしまったのだろうか。

 人間(ヒューム)族っぽいから、年齢と見た目はだいたい一致するはずだ。実は違ったりするのかもしれないけれど。


「これでも花梨は花の十八歳でございます。少々若輩者ではありますが、これでも武芸にも覚えがあります」

「じゃあ六歳の頃からプリムさんを知ってるの?」

「はい、幼いころから仕えておりました故に」

「ちょっと知りたいな……」


 プリムの幼いころ……少し知りたい気もする。が、横から氷の視線を感じるからやめておこう。


「ではどのような事がよろしいでしょうか? いつまで一緒に眠っていたかなどがありま……」

「そうね。口の軽い人は……相応の報いを受けるかもしれませんわね」


 横から雷光のような視線に牽制され、口を塞ぐ。


「いえいえお嬢様。これも親睦を深める話術でございますよ。たとえそれがお嬢様の毎日の報告であっても」


 しかし口をふさごうとするプリムをするりするりと避けながら、花梨さんは楽しそうに報告をしようとする。

 動き自体はプリムの方が早いのに、花梨さんは先読みしてるのか柳のように小さく動くだけで捕まえようとする手から逃れる。


「朝、出会って小さな親切を押し付けた事や、講義で一緒になった事とか、任務でともに戦った事とか」

「花梨……もう一度口を塞ぎましょうか?」

「ふふ、お嬢様も肩肘張らずに、好意は示さなければ意味がありませんよ」

「好意を、示す……」

「はい、それに女性たるもの、三歩下がって見守るのが努めでございます」

「なぁにそれ、下がってって一緒には歩かないの?」

「これは花梨の国での慣習でございますが……付き人として殿方の顔を立て、同時に見守る事で男女が支え合う事の例えでございます」

「そういうものなんだ……」

「いつかこの言葉が似合う男性を探しなさいと、花梨は言い聞かされておりました」


 そんな男か……俺もなれるように努力をしなければ。その相手は、まだ未定だけど。

 昔の、いや今の自分になるまえの頃、恋人を作る努力はしてきただろうか。



 夕食を食べ終わり、お茶を飲んでプリム家訪問はお開きになった。

 意外な一面を知れたなと思いつつ、凛とした出で立ちで、自分とは違う人だと思っていた。

 しかし今日は歳相応な姿が見れて、プリムのイメージはただの勝手な先入観だったと思い知らされた。


「……またミミに顔を見せるかな」

「そうだね」

「なあ、フィユ。お前は……」


 フィユの実家は今はどうなっているのだろうか。いつも楽しげに微笑むフィユだけど、あまり継母と仲が良くなかった。

 「冒険者なんか目指さずに嫁ぐ気はないか」「怪我をしたら大変だ」「実家の手伝いはする気はないのか」と言われているそうで、しかし俺から見れば嫌がらせをしている訳ではないと思っている。

 フィユと親は種族も違えば、前妻の娘な上に人間(ヒューム)長耳種(エルフ)。距離感も考えも違うのは当たり前だ。


「……たまには、帰ってみよう、かな」

「そっか……でも無理はするなよ」

「うん、無理はしないよ」


 ……だが家族との付き合い方も、関係も人の数だけある。

 事情はそれぞれ、想いもそれぞれ。

 正解があるわけでも無いことを軽々に外から口出しするべきではないが、出来れば家族仲がよくなればとは思う。

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