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実家はいつでもお節介

「ふぁ~あ、ねむっ……はぁ、でも起きなきゃな……」


 温かい布団が身体にまとわりつき、足止め攻撃をしてくる。

 気合を入れなければなかなか抵抗出来ない。


「くっ……おれは……起きるんだ……」


 布団からの睡眠攻撃、抵抗(レジスト)


「っぶね! はぁ……起きよう」


 少しでも油断していたら抵抗失敗していただろうな。


「おっはよー」

「……なぜそこに居る」

「呼んだけど、反応なかったから」


 まさか寝床からの睡眠攻撃に抵抗失敗してた?

 二度寝してしまったか……


「ごめんごめん。まぁとりあえずだ。良いかフィユ。寝てる所に突撃するのは、危ないからやめてくれ」

「ああこれ挟まってたよ」


 危ないと言ったのは、男の朝は何かが凸る事がある。だから注意したのに、全く気にしないで差し出されたのは寮の回覧と個人宛の手紙だ。

 これは生活周りのゴミ出しから依頼の状況などが記されているため、しっかり目を通しておかないといけない。


「こいつは……家族からか」


 手紙には実家の家紋で封をされている。この紋章は……父親だろうか。


「フィユ、そこのナイフ取ってくれ」

「はーい。手、怪我しないようにね」


 ペーパーナイフを受け取り、丁寧に封を切る。

 愛する息子へ

 始めに愛する息子と記すのはいつもの走りで、実家の近況から最近の流行についてや妹の成長と、俺の様子を伺う手紙が入っていた。

 そしておせっかいとしか思えない恋人や想い人は居ないのか、フィユとはどういう関係まで行ったのかと。 


「たまには顔を見せに来い、か」

「ふーん、エルはやっぱり家族仲、いいんだね」

「……ああ、たまには帰省って言ってもこの街だしな。ミミもフィユに会いたいってさ」

「んー……おじゃま、じゃない?」

「邪魔なもんか、ミミだってフィユに会いたがってるんだ。たまには実家に顔見せに帰ってみるか」

「じゃあ、たまには遊びに行く感じで……いつ頃帰るの?」

「特に予定は無かったし、回覧にあった依頼の新規張り出し分を眺めてから決めるか」



「手頃なのは瞬殺されてるな」


 貼りだされている一覧を見ても、新人~ブロンズクラスの依頼は、ほぼ全てに”済”か”受”と印が押してある。

 出遅れると、リスクとリワードが割にあわないか何らかの専門技術だったりして、受けられそうな依頼が無くなってしまう。


「他の固定パーティー募集は……まぁあんま変わってないな」

「固定って、はい、組みましたー。でどうにかなるもんじゃないしね」


 依頼だけでなく、パーティーメンバー募集を見ても応募が埋まっていないのか、再掲載されているのが多い。


「いつも一緒に冒険する事になるから、長い付き合いになるし」


 そう、依頼をこなすのに同じメンバーでずっとやる事は、それが固定パーティーという形になる。

 組むにあたって一番のメリットは連携や技能、性格の熟知が挙げられる。反面、仲違いや習熟速度の違いなどデメリットもある。


「あら、遅いお目覚めね? あなた達」

「あ、プリムさんおはよー、良いの取れたー?」

「……あまり取れませんでしたわ。ここ最近、あまりね」

「最近ブロンズ級とか少ないよねー、なのに取り合いなんだよね。これじゃちょっと寝坊しただけで、今週も何もなしになっちゃうよ」

「うーん、にしても依頼の数自体は増えてるんだよなぁ……」


 パラパラと掲示板の方を改めて見ると、数自体は減っているどころか増えている。しかし厄介なことに日が経てば新人からブロンズにと成長していくのと、シルバー級やゴールド級、それ以上もちらほらと見かける。

 他にも残っているブロンズ級はブロンズ級でも、鍛冶や錬金などの特定の技能必須など、さまざまな専門知識が要求されるものばかりだ。


「そうね……けれど力量に見合った依頼自体は減っているわ。わたくしも考えないといけませんわね……」


 警備の巡回や、任地の調査といった身の回りの依頼はやや減少気味だ。最も、安全であるが故に減っているのだから喜ばしい事でもある。


「んー……無理に背伸びしたりせずに、たまには実家に顔見せ行ってくるか」

「そうだねー、何か良いお土産でも無いか見てこよっと」

「あら、実家に戻るのね? ……顔は見せられるうちは見せておいたほうがよろしくて」

「そうだな。んじゃプリム、また今度な」

「ええ、ごきげんよう。わたくしは仕事があるから失礼しますわ」


 さっと踵を返して去っていくプリム。今度は実家に……って誘うのはパーティー任務か遊びに行く時だな。


「じゃあ準備にレッツゴー!」

「そんな一杯は無いけど、まあ準備っと」


 今日は朝から穏やかな風が吹き、木々や草花の香りを運んでくる。

 最近になってようやく雨も少なくなり、夏の訪れを感じさせる。

 空も青く澄み渡り、静かに髪を揺らす風が吹いていて、遠くに白い雲が広がるのが見える。


「んー、いい風ねー。外は涼しくなりそうー」

「そうだな。けどなぁ……依頼じゃ好き嫌いしてられんからね」


 鉱山内部の魔物駆除を受けた時は散々だった。空気は淀んでいて、湿った床に、暗さもあって環境はなかなかに厳しい。特に淀んだ空気にマナが溜まることで、スライムみたいなモンスターが発生する。


「ところで何持ってきたの? わたしはこれにしてみたけど」


 お土産として持ってきた箱を振る。

 中に詰まっているのは動物を型どったクッキーの詰め合わせで、紅茶と抜群に合うと噂の一品だ。


「俺のはこれだ。前に遠出した時に買った飴のやつ」

「それまだ食べてなかったんだ。良いなぁ、甘くて美味しいからわたしにもちょうだい!」


 甘い飴玉の入ったガラスのビンを取り出す。この街じゃまだ珍しいもので、また安く買える港町まで足を運んだら買っておこうと思う。

 飴玉は庶民向けのただの甘いお菓子から、薬草を混ぜたり、魔力回復薬を混ぜたものもあるが、今回選んだのはお菓子の類だ。


「土産だからな……ま、それなら街道巡回の任務とか、遠く出かけた時に買い込むか」

「魔力回復のは苦くて苦手なんだけどねー、けどポーションのだとお腹たぽたぽになるし、飲んだまま動くと気持ち悪くなっちゃうし」

「ミミにはいい土産だし、これも俺らが頑張った結果だしな」

「早く昇格できればね……勉強、頑張らないと」


 新人級は身近な依頼が殆どで、ブロンズ級になってようやく街の周りまで活動範囲が広がる。


「昇格のためにも、教養試験落とすわけにはいかないよな」

「うっ……頑張るもん! だめならエルに手伝ってもらうし!」

「ったくしょうがないな……今日は遊びだが、明日からは気合を入れて授業に出るんだぞ」

「うん!」



「いつ来ても変わらないね、エルの家って」

「俺はこんなに綺麗な状態より、自室くらいの状態が丁度いい」


 自宅が急に変わったらそれこそ不思議現象になってしまう。実家の門の前は丁寧に掃除され、何も落ちていない。


「あはは、でも脱ぎ散らかしたパジャマくらい畳んだほうがいいよ!」


 さてとと手首をほぐし、門の紐を引く。

 カランカランとベルが鳴り響き、来客担当のメイドがすぐ出てくるだろう。

 程なくしてすぐに応対のメイドが出てくる。


「おかえりなさいませ、お坊ちゃま。フィユ様もお荷物をどうぞ」

「あ、はい。うー、やっぱり慣れないなぁ」

「気楽に構えるもんだな。って言えれば良いんだが、未だに俺も慣れねえな」


 気ままな自堕落な冒険者生活をしていると、こうキチっとした実家の出迎えすら、気後れしてしまう。


「お坊ちゃま、お嬢様からの伝言でございます。”お兄ちゃん、いますぐ食堂に来て”とのことです」

「あ、ああ、わかった。なら荷物は俺の部屋に」

「はい、かしこまりました。それでは失礼します」


 自分と殆ど年齢の差も無い使用人は、ぺこりと頭を下げ、流麗な動作で下がっていく。

 うーむ、俺たちのような冒険者には出来ない所作だ。


「おつきの人ってなんであんなに綺麗に動けるんだろうね」

「フィユはおっちょこちょいだからじゃないか。ってぇ!」

「もー、エルが悪いんだよ! そうだ、ミーミちゃんの所に早く行かないと」

「へーへー、よし、行くぞ」



 食堂に入ると、父親のフランツが厳格な顔つきで静かに座っていた。


「ただいま戻りました、父上」

「うむ、よくぞ帰ってきたぞ、息子よ。それとフィユも気楽に構えてくれ」

「はい、フランツ様」


 いつもはお気楽なフィユが深々とお辞儀をしている。うーむ、こうも堅苦しいのは苦手なんだが。


「いつも重ね重ね手紙をありがとうございます。と堅苦しい挨拶はここまでに」

「ワハハハ、お前にしては長持ちだったな!」

「だいたい何でこんな事まで書いてんだよ、親父!!」


 鋭い鷹のような目つきだったのが、のほほんと緩んだ笑顔を見せる。

 フィユには見せなかったが、手紙には恋仲になったのかに始まり、いつ婚約するのか、脈はあるのかと事細かに聞いてくるために寄越してきたのだ。


「?? なにかあったの?」

「いや、別に……まあ、そのなんだ……。親は余計な心配ばかりするなって話だ」


 突けば草むらからヒドラが出るような話だ。口をつぐんでおいたほうが良い事もある。


「ふーん……? 余計な心配、ね」

「お前が気ままな冒険者でもワシは一向に構わん。夢見がちに空の神殿に向かうなんて、未だに言ってるのだろう?」

「あはは、そうですよ。でも手がかりもなんもつかめてないし、いつになるかわかりません」

「無策とでも思ってるんだろ……ったく。無いんだけどな」


 有効な手があるなら試しているさ。

 だが前人未到、そんなところに若輩者がおいそれと手を出せる訳がない。


「でも親父は冒険の果てに、母さんと出会ったんだろ?」

「ウム。ワシのような放蕩貴族なんぞによくなびいたものだと、今でも感心するものだ」

「放蕩貴族って……武芸会やらじゃ相当名を馳せた親父じゃないか」


 模擬戦でも常に上位、何かあれば自分が最前線で身を張ってきた親父だ。

 今の姿から想像もつかないがカッコいい二つ名があったとか。


「ハッハッハ。だからこそ冒険家という物に理解がある。いい事じゃろう?」

「へぇへぇ……自慢話を聞いてると長くなりそうだし……今、母さんは?」

「ミミと一緒に居るぞ。ミミも色々母さんの手伝いをするようになったものでな」


 使用人は上流階級の嗜みだそうだが、ある程度は自分でやる。

 でないと付き人がいなければ何も出来なくなってしまうし、うちのような貧乏貴族はそこまで贅沢出来るほど余裕が無い。


「そうなのか……母さんにベッタリなのは変わってないな」

「お兄ちゃんにもべったりよね」

「べ、別に甘やかせてるつもりはないぞ」

「兄の心なんか、妹はしっかりわかってるものよ」

「ハッハッハ、かわいい妹のためにも帰って来なさい」

「ああ。……そうだ、親父。俺もついにブロンズにはなれた」


 このままいじられてると不利だ。話題をかえよう。


「おお! お前もなかなか頑張るな……ワシらの若い頃は……」

「ストップ! その話は長くなる……!」

「そうだったか? まあよい、久々の我が家だ、ゆっくりしていくといい」

「ご主人様、用意が出来ました」

「うむ、それでは遅くなったが昼にするとしよう」


「お兄ちゃーん!」


 トスンと横からタックルするかのように飛び込んできた。

 俺とは余り似ていないが、母さん譲りのふわりとした髪に、やわらかな頬を膨らませて突撃してきたのは妹のミミだ。


「わー、お兄ちゃんいつかえってきたの? なんでミーミにいちばんに会いに来なかったの?」

「おお、ただいま。色々忙しくてあんまり顔見せできなかったからな」

「もー、お兄ちゃんにてがみ出してもぜんぜんかえってこないし、ミーミのことキライになったの?」

「いやそんな訳ないぞー、ミミ。ほーらワシャワシャワシャ」


 ミミの頭を撫でると少しは気を落ち着けたのか、ようやく離れる。

 母さんは母さんでそんな俺達兄妹を微笑ましく眺めてだけだ。


「あらあら。ミーミはお兄ちゃんにべったりね」

「お姉ちゃんもぜんぜんこないし、たまにお外で会ったくらいだよ。んー? それなーにー?」

「ミーミのためにまた色々持ってきたよ、ほら」


 べったりとくっついたミミがお菓子の箱に目を光らせる。


「わぁ~、おいしそー、食べていい? 食べていい?」

「こら、ミミ! お昼の前にお菓子を食べてはイカンと言っとるだろう!」

「ぶー、ぱぱのケチッ!」

「午後のおやつにしなさい。フィユ、ミミがすぐ手を付けるから、それは仕舞っておいてもらえんか」



 冒険者の生活をしていると、実家の食事がやはり変わった光景だなと感じるのは、だいぶ冒険者として板に付いてきたか、ただの貧乏性か。


「今日のおひるはなーにかな~、ミーミの好きなのあーるかな~」

「相変わらずミミはクリームパンが好きなのか?」

「うん! ミーミは甘いの大好き!」


 メイドが一人二人と出入りし、食事を運んでくる。町中の酒場や食事処でも給仕はいても、ここまではしてくれない。


「豆もしっかり食べなさい。……エルは好き嫌いは直ったようだな」

「さすがに俺ももう大人だからな。これでもだいぶ好き嫌いするのは減ったよ」

「でも俺、これだけは苦手だな……」


 苦手なのもあるが、だいぶ食える物は増えてきた。何でも挑戦すれば意外になんとかなるものばかりだ。

 しかしミミには食べろと言った手前、豆の煮返し物を残すわけにはいかない。


「あら、エルはまだ苦手なのね」

「えー、お兄ちゃんもにがてなんだー?」


 ぼそっと呟いたのに余計な事を耳にして……。

 贅沢は言えないのが冒険者だし、豆は腹も膨れて身体を作るのにも優秀な食品だ。しかし豆独自の土臭い風味と渋みが苦手なのだ。


「いや全然、平気だし!」


 ヒョイヒョイと口に放り込んで一気に食べる。苦手なのを即座に片付ける戦法だ。


「おおそうかそうか、そんな良い食べっぷりなら……おい、エルにもう一皿だ」


 お、親父ぃ!!



「ほんと、酷い目にあったぜ……」


 わかってやってるような気がするが、出されたものはすべて食べきった。


「なんだかここが一番ほっとするのよね」


 食後の紅茶を一口、二口と飲んではカップを戻す。


「ねーお兄ちゃん今日はいつまでいるのー? ミーミのおべんきょう見てくれるのー?」

「俺のほうも学校は……まあ大丈夫だ」

家庭教師(ガヴァネス)がいじわるするんだもん! ほら、これ見て見てー、こんなにいっぱいもんだい作るんだよ!」

「ふむ……」


 バサッと取り出したのは6枚ほどの用紙。見れば大きなイラストと問題文が書かれている。

 子供にもわかりやすくするために、大きく、かつ事細かに書かれたイラストがあり、フィユの勉強を見る時の参考になりそうだ。

 リンゴとアップルパイの作り方から、パイを4個作るのに必要なリンゴの数は? なるほど、掛け算の代表的な例を示しながら計算練習をさせている。

 日常的な問題を噛み砕いて置き換え、わかりやすくしてある。だが文章を読んで何をどうするを判断しなければならないから、ただ計算するよりは難しい。


「は~。そろそろ教養試験が近いと思うと、少し憂鬱」


 受けなくても良いが、教養試験はほぼ半月に一度あり、昇級のことを考えるなら受けられるうちに受けてしまったほうが良い。


「お姉ちゃんもおべんきょうたいへんなの?」

「そうだよ。でもエルが見てくれるし。さ、ミーミもお姉ちゃんと一緒に頑張ろうね」

「おー! ミーミもがんばるー!」

「エル、頑張るのよ、はい」

「ああ、母さん、ありがとう」


 母さんがお茶を運んでくれているが、このくらいはメイドに任せても……って俺もまだ貴族の習慣が抜けきってる訳じゃないな。


「ふふ、お兄ちゃんは大変ね。でも、疲れたらいつでも戻ってきていいのよ、エル」

「はい。でもやると決めた事はきっちりやります」

「エルも男の子よね。あの人にソックリ。叶えられると良いわね、母さんも祈ってるわよ」

「エルってお父さん似なんだ……」

「ええ。情熱はあるけど心配りが足りなかったり、意外に恥ずかしがりなのもそっくりよ」

「ちょ、今は別にそんなんじゃないよ、母さんも余計なことは言わないでくれ」

「はいはい。でもそんな所がかわいい息子よ」


 全く、一応は勉強は見てるんだ。そんなところで茶化しにこないで欲しい。


「こうなったらエルに甘えちゃおっと。ねー、ミーミ」

「うん! ねーねー、お兄ちゃーん、これおしえてー」

「分かった、わかったから少し離れてくれ!」


 腕に抱きつかれるとさすがに動けない。


「うわーん、お兄ちゃんがいじわるー!」

「よしよし良い子よー、ミーミもいじわるお兄ちゃんを倒しにいくよー」

「はー……ミミと同じレベルで遊んでくれるのはいいが、勉強もしっかりやらんとだぞ」

「ほーら、これがいじわるお兄ちゃんだよー、ミーミも一気にいくよー!」

「うぉい! くすぐるな! ……ってやってあるのか」


 落書きのような絵だが、問題文を解釈して描けているし、正しく答えまで導かれている。


「ミーミも頑張ったもんねー? さて、とわたし達もがんばろっか」

「ああ、それじゃ俺は先に部屋の荷物片付けとく」



 久々に戻ってきた自室は、相変わらず綺麗に整頓されている。

 本は棚に種類ごとに分類して整理されているし、読みかけで広げていたのには栞が挟まれている。


「自分であんまり掃除しないとは言え……うーん、この辺の本には余り触らないで欲しいんだがね……」


 学術書や見世物の広告ならまだしも、男向けの風俗が載ってる本までキッチリと栞が挟まれている。


「ん? 誰だ?」

「失礼します。お坊ちゃま……折角お帰りになられたので、メイドからの報告をします」


 家庭教師(ガヴァネス)が眼鏡をクイッと持ち上げる。昔から勉強や技能を訓練させられたのを思い出す。


「色を求めるな、とは申しません。しかしこの部屋はミミ様もお遊びによく参られます。このようなものはご自分でお片付けくださいませ。……必要でしたらメイドをお呼びください」

「あー! これからは自分でやるから良いって、メイドにも無理に掃除に来なくていいって伝えておいてくれ!」

「いえ、メイドにはメイドの仕事がありますが故。……反省なされたようですので、これにて失礼します」


 はー、メイドを束ねるメイド長よりも厳しい家庭教師(ガヴァネス)に報告されているとは……それにメイドを呼べって……ご主人様とメイド、密室にて。


「まぁ、そういうのは嫌いじゃないしって、何に言い訳してるんだか……」


 フィユに聞かれてなくてよかったよかった。

 妙な雰囲気になっても困るしな。


「今度は誰だ」

「わたしわたしー、まだ終わらないのー?」

「もうちょいだ。もうちょいで終わるから」

「じゃあ手伝うから早く終わらせよっと、お邪魔しまーす」


 言うが早い、いつものように入ってくるフィユ。間一髪、危険な代物は仕舞ってある。


「エルにしては綺麗な部屋だねー、寮の部屋もこれくらい綺麗にすればいいのにー」

「片付けてるの俺じゃなかったりするんだけどな。……ああ、あったあった」


 古くなっているが、子供の頃に使っていた参考書が出てきた。自分でやった事を順序立てて説明すればミミにも分かりやすく出来そうだ。

「ふーん……昔からエルって勉強家だったもんね。でも、文字が……ぷぷ、今のエルからは想像もできないや」

「そんなこと言ってるとフィユの昔の手紙を広げるぞ。えーっと確かここに、ああ、この手紙だ」

「わー! まだ取ってあったの!?」

「捨てる訳無いだろう、大切に保管をしているから」


 棚から箱を取り出すと、そこには手紙が重なって入っていて、今までもらってきたすべてが収められている。


「もー、恥ずかしいのは禁止! ほらほらすぐ行くよ!」


 ぐいぐいと押されるが、今はしょうがない。


 ミミの部屋を訪れたら……やはりと言うか、昔から変わっていない。

 床に敷かれているのは柄が縫い込まれた高価な絨毯だが、散らかした紙くずに始まり、読みかけの本、脱いだ服が散らかっている。

 メイドがいくら綺麗に掃除をしても、一日経てばこの状態に戻る。ある種の才能によって引き起こされている惨状だ。


「~~♪ ~~♪ ミーミとにーに、にてるけどちがうのなーんだ? ~~♪ こむぎのうたがごっとんごっとん、おいしいパンになるのかな~♪」


 可愛らしい装飾が施された筆は、ミミの手には大きいが、謎の歌を歌いながら、上機嫌にペンを走らせる。


「ミミは絶好調だな……」

「ミーミはいつでも元気だよ、お兄ちゃんなのにそんな事も知らないの?」


 家庭教師(ガヴァネス)から命じられた勉強を歌いながらやっているようだ。

 描かれてる動物は………………まるで分からない。


「もしかして……馬か!」


 足が四本あるような気がするし、たてがみっぽい毛(?)らしきものに、人が乗ってるような絵だ。


「えーちがうよー! 牛さんだよ!」


 牛と馬の違いとは如何に。……よく見たら農具らしきものを引いている。


「あーなるほどー! 畑を耕す牛さんだね! ミーミはお絵かきも上手だね~」

「えへへ~。つぎはね、つぎはね。……じゃーん! これなーんだ?」


 次、として出された絵は…………鳥のように見えるが、羽が四枚あるし、やたらと大きく、謎だ……


「これは……つまり、そのなんだ。ドラゴンみたいなものか」

「あったりー! ドラゴンはねー、あぶないから出会っちゃダメなんだって。でもどんなのか知らないといけないから描いてみるの」

「羽がいっぱいで強そうだねー、じゃあわたしも一緒にお絵かきしよっと。エルは何を描く?」


 俺もやるのか。まあ一人だけやらないってのも良くない。

 人を育てるにはやってみせて、言って聞かせてやらせなければダメだし、さらにやるならやった事を褒めて伸ばしていかないと育たない。


「どういうモチーフで描くんだ? ……知ってる動物をたくさんかきましょう。よし、それなら」


 実家で飼われてる猫を描こう。……猫、と言うには太りすぎなんだが。

 ネズミを狩りまくるのは良いんだが、狩りの成果をベッドに放り込んでくる。


「目覚めて仰天、ネズミの死骸はなぁ……」


 しかし丸々と太っているが、触ると暖かくてあまりの手触りの良さに、高級毛玉感が楽しめる。


「エルの家でも猫ちゃん飼ってたよね。まるまるぷっくぷくな猫ちゃんが」

「まぁね。けど太っちょノエルは流石にな」

「みゃーみゃーこっちー」


 ぷくっと太った猫が開いているドアから入ってくる。痩せるという言葉を忘れ去って久しい我が家の飼い猫。

 黒と白の毛玉っぷりからノエルと名前を付けてるけど、名前を呼んでもまず寄ってこない。


「ぷっくぷくのままよね、この子。けどお腹さわさわ触ると素早く逃げるんだよ」


 ミミの手元でぐにゃーと仰向けに寝転がるノエル。俊敏さの欠片も無い姿なのに、意外に逃げるときは素早く、さわさわと腹を撫でると、急に飛び上がり臨戦態勢を取る。……がすぐにまたぐにゃりと寝転がる。


「にゃーはなにするのかなー、今日はお外であそんだあとみたい」


 見れば肉球に土がついていて、カーペットに足跡が点々としている。


「わたしはにゃーを描こっと。うーん、もふもふねー」


 苦労して絵を描いたが、よくよく考えてみれば、これは俺の課題じゃない。


「ミミの宿題を俺たちがやってもダメだな。自分でやらないと力にならない」

「そうね、でもお手伝いで色々描いたし、ミーミの参考になるね」

「うん! ミーミも上手にかけるかなー、がんばるー」

「さーて、勉強もしたし、お菓子タイムにしよっか」

「メイドに紅茶でも頼むか。ええっと持ってきた菓子は……ほら、このビンはミミのだよ」


 持ってきたビンを渡す。色とりどりの球体や星形、トゲだらけみたいなスパイク状の飴もある。

 フィユが持ってきたサブレは鳥をかたどった焼型で焼いたクッキーで、動物クッキーは街では人気の商品だ。


「それじゃいただきまーす。うーん、生地がサクサクしつつも香ばしいー」

「どれ、俺も一つ。……やはり旨いな。こういうお菓子を作れるなら、調理師を目指すのが多いのも頷けるな」

「ミーミ、これだいすき! けどぱぱあんまり買ってくれないの。ミーミがこぼすからーって言ってケチだよ!」


 焼き菓子はサクサクしてるから、食べ方を気をつけないと……やはりミミの服には小さな食べかすが散らばっている。

 小さな空き箱にミミの食べかすを払う。パラパラとカスがこぼれて父さんがあまり買いたがらないのも分かる。


「ミミ、ちょっと来なさい。服にいっぱい付いてる」

「えへへー、おにーちゃんありがとー!」


 ナデナデと頭を撫でる。ミミにお願いされたら、兄として甘えさせたい。


「ねーねー、こんどはミーミもあそびにつれてって!」

「うーん、どこに行きたいんだ?」

「お兄ちゃんたちがいつも行くところ! お外のダンジョンってどんなところ?」

「だめよ、ミーミ。ダンジョンは危ない所だから、ミーミが大人になってからね?」


 ミミを連れては護衛ありだとしても危険過ぎる。だがミミも俺に憧れる部分があるのだろう。

 危険なダンジョンへは連れていけないが、バカンスのような休暇をとるような場所なら大丈夫だろう。


「ダンジョンはダメだが……景色のいいところや食べ物が旨い所なら連れてってやれるが……いますぐに、とはいかないな」

「ほんと!? じゃあミーミ、良い子でまってる! お兄ちゃん、ぜったいだよ!」

「ああ、約束だから。しっかり良い子にして待ってるんだぞ」

「うん! お兄ちゃん、まってるからね!」

「……アテはあるの? エル」

「ま、そのうち海か山あたりといくつか候補はある。この辺は治安もいいし、魔物もいない」


 子供を連れるなら警備のあるエリアを回れば、自然の中を堪能できる。


「たのしみー。のこってるべんきょう、早くがんばろー」

「おー! じゃあ俺たちはそろそろ帰るか」

「えー、お兄ちゃんたち、かえっちゃうの? ミーミさびしい……」

「お兄ちゃんも遊んでばかりはいられないし頑張るさ。ミミも遊んでばっかじゃダメだぞ」


 兄としての助言をかねた釘刺しをしておく。

 たまに実家に戻ってくるのも心安らぐのだけど、親父のお節介だけは勘弁して欲しいところだ。

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