迷宮と妖精の出会い
「わたくしはここで失礼しますわ」
「うん、プリムさん、またね」
買い物を済ませ、プリムと別れる。寮じゃなくてどこかを借りてるのだろうか。
「ねえ、エルはいつ探索する予定なの?」
「そういえばブロンズになったら幻想図書館、入れるんだよな」
冒険者学校の地下に存在する、不思議な図書館。もちろん知識の書もあるが、魔物も徘徊する。
「色々準備ができたら、また潜っておきたいな」
「だよねー、お弁当とか色々もっていかないと。あ、それに予習もしとかないと。どんなのが出るのかとか、マップとか、知らないと危ないものね」
魔物を召喚する魔法陣とそれが増えすぎないような措置が施されているらしく、実戦演習と、運が良かったらいい知識本やらが手に入るらしい。
それに出現する魔物も、倒せればマナの欠片や素材になるから、素材狩りの稼ぎに潜る人すらも居るそうだ。
「最近は依頼も結構やってて、お金も余裕あるしな。……腕試しかねてやってみるか」
「うん、じゃあ色々準備もしなきゃねー。がんばろ!」
「とその前に俺の武器とか新調したいし、寄ってくか?」
武器工房に訪れたら、見知った頭を見かけた。
「あれ、ヴォルくんじゃない?」
何やら親父さんと相談しているのか、オーバーな身振り手振りを交えた会話をしている。
「……でよぉ、頼んでた斧、仕上がってる?」
「バッチリですぜ、ほらこの仕上がり」
「おお! ピカピカじゃねぇか! ハー、川に落として錆々になってたからな」
「金の斧と銀の斧にはならなかったんですかい」
「ハハハ! そりゃお伽話だ! 現実は錆びた斧が返ってくるぜ」
「そりゃあな! その斧に関しては磨いて修理はできているが、柄の滑り止め、そろそろ新調したほうがいいですぜ」
「おう、そうか。長く使ってて気に入ってるんだが……こうもボロボロじゃ換え時、か」
見れば斧の持ち手に巻かれた年季の入った滑り止めは、さすがに年月と水にやられたのか、朽ちかけている。
「よっ、ヴォルフ」
「お? おう、エルネストじゃねーか、いよう」
「こんにちは、ヴォルくん。お買い物?」
「ああ。任務の帰りによ、斧を川に落としちまって修理に出してたんだ」
「やっぱり武器は消耗品か……」
磨き上げられた斧は、使い込まれた結果か、だいぶ刃がすり減っている。
俺の短剣と杖も、魔法を使う際にマナが通り、少しずつ劣化していてヒビが入っていたり、持ち手にガタが来ている。
「武器修理が一番金食ってるのかもな……」
「そりゃな、だが武器防具をケチってもしょうがないだろう。装備が弱くて負けましたは洒落にならんぜ」
達人は得物を選ばず、なんてことはなく、自身の技量に見合った装備が一番成長しやすく、かつ使いやすい。
たまに出土する強力な魔剣も、使用者が弱ければただの硬い剣にしかならない。強さに見合った技量を魔剣も求めてくるのだ。
「わたしの杖もだいぶ痛んじゃったしねー、うーん、使い込んで慣れてきたところなんだけど」
魔法使いにとっては使い慣れた武器ほど、魔法が扱いやすくなる。
マナの扱いこそ、魔法使いの真髄であり、慣れるほどにマナの消耗や術者の負担も減る。
「新しい杖よりも、追い越せるまでは修理して長持ちさせたいね」
しゃらんと杖を取り出すフィユ。しかし魔法の反動で飾られている宝石はくすんでヒビが入っていて、手入れをしなければ真価を発揮できそうにない。
「新しい装備をもって、突入も悪くない、か?」
「お? どっかに行くのか?」
「ああ、折角ブロンズになったんだってことで、幻想図書館の低層に足を伸ばそうかと思ってな」
「ほう、ワシもまだ行ったことはないな。ブロンズ持ちなら良いのか?」
「そうだね、新人は入れないけど、ブロンズ以上なら入れるよ。せっかくだし、ヴォルくんも一緒にどう?」
いい考えだとばかりに、ポンと手を叩いて誘っている。確かにいい三人組になれそうだ。
「そうだな、俺からも頼む。一緒に来ないか?」
「フム……ただ募集にあった固定メンバーでのパーティーじゃなくてもいいか?」
「もちろんだ。まずは組んでみて、それからでもいいし。あるいはここ一回限りでも構わない」
「よし、分かった。今度空いてる日にでも」
「ありがとー! よろしくね、ヴォルくん」
「ああ、よろしく頼むぜ、ヴォルフ」
がしっと三人で握手を固め、結束を確かめる。
手を取って掴むと本当にヴォルフの握力は痺れるほどに力強い。
「それじゃしっかり日程、決めないとね」
なんにせよ、それなりのパーティーを組めた事が心強い。頑張っていかないとな。
■
「マナよ、優しき光となりて、我が前に顕在せよ……光よ、暗き道を照らし、導きの標となれ!」
「ほう、これが光の魔法か。便利だな」
ヴォルフが小さな光の玉をつついてる。熱量もゼロではないので、熱いはずだ。
「ヴォルくんも覚えてみないの? 火の扱いが良いなら覚えられると思うよ」
「ううむ、腕力だけじゃきついか」
ぽんぽんと二の腕を叩いてるヴォルフ。この豪腕無双の斧使いは信頼できる強さだが、魔法には活かせないようだ。
「ワシは魔法は苦手でな」
ガハハと笑うが、得意不得意はあるし、何よりも一芸を多芸にするより、一芸を磨いたほうが成功する可能性は高い。
もちろん多芸なほど、パーティーの取れる戦術の幅が広がる。特にキャスターやレンジタイプは、芸の広さも大切だ。
「俺ももうちょい魔法の種類を増やしたいんだがね。なかなかバランスのいい魔法ってのは少ないし」
「もっと威力の高いのが必要とか?」
「攻撃力的に欲しいなと思うんだが、如何せん使用機会が余りないからな。今はヴォルフが壁やってくれてるから、あってもいいと思うんだ」
「そうだねー、おかげで回復魔法も落ち着いて唱えられるし、わたしも今度覚えるのはちょっと強力なのにしてみようかな」
「おう、頼りにしてくれていいぞ。と言ってもだ、こういう経験はワシも豊富じゃないがな」
「そうだな、まーホント助かったわ、ヴォルフ」
「ハハハ、良いってことよ。……っとおしゃべりはこの辺までだな」
そう言って斧を掴み、ゆっくりと息を整える。これは臨戦態勢だ、近くに敵対勢力がいる。
「……ん! がんばる……!」
ばさばさばさと本が落ちてくる。これは呪われた本、“ライドワード”はこの幻想図書館の低層でよく見られる魔物の一種だ。
見た目を本に擬態していて本体はマナで生まれる魔法生物だ。しかも威嚇音も威嚇動作もせずに襲ってくるから、単体では弱いものの数で押されたり不意打ちを受けると危ない。
「光よ、導きの標を輝かせ、朽ちず衰えず、燃え上がれ!」
明かりの魔法に魔力を供給し、頭上に動かして周りを明るく照らす。
「やぁ~! てぇ~い!」
先手必勝とばかりに杖を振りかぶるフィユ。ただこの本の魔物は素早く、空を切るばかりでなかなか当たらない。
「どっせい! どぉぅうりゃぁ! ハッハッハッ! 戦技いくぞぉ!」
反対にヴォルフは重いはずの斧を的確に振るい、バサバサと舞う本を叩きつけていく。
たたきつけられた本はぐったりとし、その身を爆ぜ、キラキラと輝く小石のようなマナの欠片へと変わっていく。
魔物を形取る核となっていただけに、そのマナの欠片は高濃度の結晶となる。
「火よ、風よ、マナの導きよ! 炎の矢となりて我が敵を撃ち抜け! ――フレイムダート!」
比較的短い詠唱だが、小回りの効く低級魔法だ。扱いが容易なのもあり、命中率を重視した炎の矢を繰り出す。
ごうと炎の唸りを上げて一直線に突き進み、ヴォルフが仕留めきれなかった、空中を舞う本に直撃させ撃ち落とす。
「いい当たりだな、それに狙いもいい」
ブスブスと燃え、撃ち落とされた本は核を露出させる。
「む~、うまくいかないなぁ……」
ぼやくフィユを尻目に、マナの欠片となった敵の残骸を拾い集め、袋へと仕舞う。マナの欠片は錬金素材にもなるし、売り物にもなるのだ。
「しっかしまあ、こんな図書館にもよく発生するのか」
「いや何でも最近になってかららしいよ。ある程度の数が湧くようになったのも」
大して強くない魔物は、倒してもあまり大量のマナの欠片にもならない。また魔物はなぜ生まれるのか、研究者の中でも結論が出ていない。
だが数年前から出現量がだいぶ増えてきた、というのを習った。原因は未だ不明だが、強さ自体はそこまで高くなく、むしろ低層は弱めである。
ただこの幻想図書館は元から魔物が出現するので、なんとも言えない。奥へ進めばより強い魔物が居るが、強さに数は反比例する。
魔物を引き寄せる召喚陣と、増えすぎないようにした安全弁が設けられていて、増えたのが施設のせいなのか環境のせいなのかはっきりしない。
幻想図書館としては冒険者の鍛錬と知識の伝授の二つを一つにしたらしいが、こんな管理体制でいいのかとも思う。
「あ、これ料理本だ。……へぇ、お菓子の本とか多いんだね」
低層にはそれほどすごい技術書や、武芸書は無い。しかし眺めてみると、おもしろい本は多い。
場違いな知識が見つかる事があるからこそ、皆がこの地を幻想図書館と呼んでいる。
「うむ……これは……!」
「ど、どうした!?」
珍しく、陽気なヴォルフが驚いたようなうめきを漏らす。
「見ろ、初等錬金学の教科書だ。誰かの忘れ物か」
「……そうだな、なんか重大な発見なのかと思ったぜ……」
だが脇腹をツンツンと、フィユから遠ざけるようにつつかれる。
隠しもっていたもう一冊を取り出す。出てきたのは……女性の裸の絵ばかりが描かれている本だ。
芸術性のある裸婦の肖像画というよりは……性的な魅力を描いており、所謂教会の教えとは異なる書。
禁書扱いされてもしょうがないし、隠された本が見つかる幻想図書館に仕舞われていても不思議じゃない。
「ほーらー、終わったし行こうよー」
ギクリと身をこわばらせて今度は俺が隠し持つ。
「いいもの出てきたな、ガッハッハッハ!」
「? エルの失くしたものだったの?」
「いやそのな……色々あってな……」
俺の物ではないが、出てきてしまったのなら仕方ない。隠すのみである。
「ふぅん、なら見つかって良かったね」
「ここで見つかるのって、失くした本からすごい魔法書までなんでも見つかるかもって噂は本当かもね」
「ほう、つまり武術書なんかも出るのか、楽しみだな」
「そしたらまた強くなれるね! わたしに合ったものでないかなー」
ごそごそとフィユが本棚をあさり出す。
本棚に収められている本は、手にとって取れる本と取れない本があるが、どうやらこのあたりの棚の本は取ることの出来ない物ばかりのようだ。
「見つかったらラッキーって言われてるしね、そう簡単には手に入らないな」
幻想図書館から取れる本は、人と本が繋がりあった時、初めて取れると言われている。
「そうなんだよねー、でも、諦めない!」
さらにごそごそと探すが、やはりどれも取ることは出来なかった。
「っと遊んでる間じゃなくなったようだ……気をつけろ!」
ピチャ……ピチャ……
水滴が地面を叩く音が、通路に小さく響く。
「こいつは……スライム、だな……しかもデカイぞ」
ビチャ…ビチャ…ズズズ……ズズズ……
「ねぇ……なんか引きずる音、大きくない?」
「ああ……これは……もしかしたら……」
ズル…ズル…ズル…ズル…
もう音は、あとひとつでも角を曲がれば遭遇してしまいそうなほど大きい。
「デ、デケェ……! ヤバイぞ! 下がれ下がれ!」
出てきたのは通路をすっぽりと埋めてしまうほどの巨大スライムの群れだ。
「何体合体してるんだ……フィユ! こいつは手に負えん! 一気に逃げるぞ!」
攻撃能力などは単体とさして変わらないが、巨体になったスライムは異常な耐久力を誇り、消耗戦になってしまう。こんな俺たち三人で駆除出来るほど容易な相手ではない。
「うん! わかった!」
踵を返し、一目散に走る。
「ハァハァハァ……追って、きてるな」
「ふっはぁ……そう、だな……あのサイズと、量じゃ、ワシ一人じゃ、厳しいな」
振り払うように走り続けるが、水音滴る追跡者の足音は離れない。
「プリムさんも、居たら、いけた? ハァハァハァ……」
「それは、分からない……が、ワシだけじゃ、手数で、押される。……せめて、前衛二人は、欲しいな」
消耗戦になる相手を一人で支えるのは困難だ。前衛一人では回復処置を施したりする時間が無い。
「だな、じゃないと、フォローする、暇がない」
「ワシとて、隙を一切見せずに、立ちまわるのは、難しい」
「ハァハァ……それに、補助、回復、してられないものね」
唯一の救いは動きが鈍重で、こちらの全力疾走に追いつかないことだ。
幾度もの曲がり角、直進、扉を潜るうちに引き離せたようだ。
「ふぅ、どうやら振り切ったようだな」
「ああ、しっかしあんなのが出るのに、よくシルバーだゴールドだはここをソロで踏破するもんだな」
と壁に手をついた瞬間。
「うおっ! ……ってぇ!」
押した壁がぐるりと回転し、中に転がりこむ。
「ったく、なんだこりゃ……何かの仕掛けか?」
「エルー、大丈夫ー?」
壁の向こうからフィユが声を掛けてくる。
「ああ! 別に問題なさそうだ!」
幸いな事に何かしらの罠が仕掛けられてる感じもなく、本当にただの隠された部屋のようだ。
壁一枚挟んで分断されてしまっているものの、今すぐ危険ということは無さそうだ。
「む? 押しても開かないぞ。そっちからはどうだ?」
「……ダメだな、動かないな」
入ってきた壁を押しても何も起きない。一方通行なのだろうか?
「よし、なら落ち合う場所を決めるか。そっちに地図はあるか?」
ヴォルフはここが通れないと把握したら善後策の提案をしてきた。
本当はリーダーのような俺が早く提案するべきだったのに。
「こっちにも地図はあるけど場所は大丈夫か? 灯りの予備はフィユが持ってるはずだし」
「場所の確認はオーケーだ。ワシらはこのまま進めば下り階段にすぐ付きそうじゃの」
「下り階段の前、そこの広間で落ち合おう」
「気をつけてね!」
「ああ、そっちもな!」
予定の道とは違うが、ここから少し歩けば奥へは進めそうだ。
「それにしても……わざわざ隠し部屋にしてるのだから何かあるのかな?」
低層の地図には記載されていない部屋だけど、このまま道なりに進めば広間の上に出るようだ。
見つけていないのか、それともあえて記載しなかったのか、どちらだろうか。
「もしかしたら面白い本が出て来るかもな……どれどれ」
棚に収められている本をあれこれと触ってみる。もし取れるのならば、触れたら他とは違う反応を示すからすぐに分かる。
「って、そんなうまい話しがあるわけないか」
「!!!!」
当たりを引いたのか、薄く光る本が棚から落ちてきた。
「……どんな内容だろうか」
ゆっくりと落ちた本に手を伸ばし……触れる。すると指先から強いマナを感じるが、悪意や呪いのような気配は無い。
拾い上げた本の表紙にあるべきタイトルが空欄で、裏返してみると何やら古代竜言語が書いてある。
「記す……知識……力を与える……すべて……ってことは、文法に従って訳すと……」
この本に知識を記すことで、対処する力を与える。術者の力を使って、という事は代償は自己負担ということだろう。
(主殿……わたくしめを所有する、主殿よ……)
……?
(望むのならば、名を刻まれよ……)
「この本から……なのか?」
囁くように語りかけてきた言葉は、所有する主と望むのなら名前を記す。
古くから妖精や精霊との魔法の契約にはお互いの名前を刻むのが一般的である。つまり言葉に従うなら、契約をするかどうかと言うことだが……
「何も分からないのに署名するのはさすがにな……」
悪しき妖異が封じられた書とは思えないが、だからと言ってホイホイ契約するのは無謀である。
(わたくしめの姿が、気になるのでしょうか……)
「対話は可能、か……姿というか存在がどういうものか分からないと安心できない」
(わかりました、それが主殿の望みとあれば)
「わたくしめは、魔書に記された妖精、シルマリル……半身に書かれし力を行使する者……」
(……かわいい感じだし、蝶のような羽をもつ妖異……聞いたことがないな)
人に害をなす妖異は悪意や無念と言った強い感情が顕在したものであり、外見もその意思や思いにとても影響する。
つまり怖いなと思えば思うほど、恐ろしい化物となって現れる。だが騙すために可憐な装いをするのも居るのだ。
「ええと……シルマリル、お前は何が出来て何を求めるのだ?」
「価値ある対価をもとに、力を提供することができます。……試しにご覧になりますか?」
「出来るならもちろん」
「これが主殿にお渡しする魔書になります。そこに主殿が存ずる魔法や技術を記していただきます」
「それが発動条件か? ……じゃあ知っている魔法を」
白紙のページに魔法の手順、詠唱、概要を書き込む。
「! なんか文字が光ってるが、これでいいのか?」
「はい、正しく認識しました。魔法:炎の矢が登録されました」
「それで、どうなる?」
「魔書に価値あるものを捧げる事で待機状態となり、いつでも行使できます」
「価値あるものって……マナじゃダメなのか?」
「可能です。価値あるものと認められるのは、術者の血肉に始まり、マナや宝石があります」
「血肉って物騒だな……とりあえず俺のマナを使う」
マナが尽きたら血で発動って、最終手段にしてはコストが重すぎる。
「書を握り、発動するページ数を指定してください。契約後は主殿の意思が確認できれば、声での指示は不要でございます」
「2ページ」
ただページ数を指定すると、そこに書き込まれた魔法が発動した。しかも威力や制御は普段使うのと全く変わらない。
「便利だが……んー、まだ契約はしない」
「左様ですか。主殿が望む時、再びお目にかかるでしょう……」
「……よく調べてからだな」
先程までは薄く光っていた魔書も沈黙し、マナの波動を感じなくなった。
「さて、出遅れたし合流地点に急ぐか」
■
「遅かったじゃねぇか。心配したぞ」
「そうだよ! エル、遅くなりそうだったら連絡、これ大事!」
「ああ悪い悪い。折角見つけた隠し部屋だったから少し調べてきた」
「なにか面白そうなのあった?」
「面白いかどうかは分からないが魔書っぽいのが見つかった」
「ほう……それはどんなものだ?」
「魔法を書き込んでおけば、後で使えるって感じの」
「カード魔法みたいなやつ? 使い捨てのだけど、お店で売ってるよね」
魔法が使えない人の為だったり、コンバットトリックとして不意打ちや詠唱が出来ない時に使われるものがある。拾った魔書も概念的には同じようなものだろうか。
「使い方次第だな。複数の魔法をストックしておいたりとかできそうだし」
ただ使い捨てのカード魔法と違うのは、俺自身が本を持たないと使えないようだ。
「いい拾い物だな。……フゥ、エルも飲むか?」
「エルこないから先に休んでたよ」
水筒をちびちびと飲み干すフィユ。ここいらで少し体力と魔力の回復をしなければ、後が続かない。
「……ふぅ、魔力回復薬ってほんと苦いっていうかマズイな……」
背に腹は代えられないが、口にした市販の水薬はとても苦い。
「うーん、じゃあエルが甘いとか美味しい魔力回復薬を作ってみない?」
なるほど、飲みやすい物を作る。せっかく作るなら、細かい調整が出来るのだし、やってみるのも悪くない。
「ついでに旨い体力回復薬も頼むぜ。これもドロッとしててマズイんだな」
薬草とマナと水で作るのだが、うまく調合しないと舌触りが悪く、マズイものになる。
飲みやすいように砂糖や香料となるものを混ぜたものは高級品だ。
「だったら錬金術、真面目に学ばないとな」
「だね! セレナ先生ならこういうワガママなのも出来そうだし」
「何はともあれ、三人揃ったことだ。飯の準備でもするか」
歩きづめでだいぶ腹も減ったし、そう言えば俺は水すら口にしてなかったことを思い出した。
全く、先に着いたなら準備くらいしておいてもバチは当たらないのにな。
合流地点に選んだ広場には、大理石のような磨かれた石床の一角に、キャンプの跡がある。おそらく今はいない先客が残したものだろう。
「これなら準備がいらないね。えーっとこっちのかばんに……これくらいでいいかな?」
取り出したのは火晶石の山で、火を付けるとしばらく燃える、火のマナを蓄えた小石のような塊だ。
荷物から網を取り出し、パンを隅っこに乗せ、ベーコンを中心に乗せて火をつけると、ぱちぱちと弾けるような音を立て、[火晶石/ファイアシャード]が真っ赤に燃える。
「ほれ、ワシからはこれだ。飲み物といったらこいつじゃないとな」
ぶどう酒は重たいが、保存の効く飲み物と言えばこれだ。
「サンキュっと。……いい香りだな」
じゅうじゅうとベーコンを炙った香ばしい匂いが食欲を掻き立てる。隅で焼いたパンに挟めば、それだけで肉サンドの完成だ。
「いただきまーす。……もぐもぐ……やっぱりあそこのお店のは美味しいね」
食材は店によって味付けが異なる。予算や都合に合わせて選ぶのも食道楽の一環だ。
「ほう、薄味なんだな……これはどこの店のだ?」
「狼の牙ってところのだよ。あそこの料理は量があって安くて美味しいねー」
「一品豪華にいくなら白馬亭もいいな。高いがその分の味の良さが売りだしな」
「この辺の店は開拓してないから丁度良かったぜ。他にもいいとこないか?」
「うーん、余り高いところはいかないからねー。甘いものって言ったら黄金のリンゴ亭が一番だし」
「だな、あそこはパイが旨い。が、冒険者向けのダンジョン飯は売ってなかったと思う」
「ふむ、甘いのもいいがやはりずっしりとしたステーキが最高じゃな。肉は活力の源だ」
「でも調理師の授業で学んだんだけど……最近の冒険者はお肉とお酒ばっかって言ってたよ」
「まあ、保存が効くのってパンとか干し肉とか酒だしなぁ……水はまぁ、まぁ」
酒に比べて飲料水の確保が難しい。その辺で取れる水は飲む為には一度煮沸するか、錬成するかと手間がかかる。
手間がかかればそれだけ無防備になる時間が伸びるし、キャンプをしに遊びに来たわけじゃないのだから、実用性一点張りになるのも仕方ない気がする。
「なに、酒は清き血潮と言うぞ。飲み過ぎには注意だがな!」
「ま、それもそうだがな。酒もグレード次第だが、一度は[高級酒/たかいの]も飲んでみたいな」
ぐびっとぶどう酒がなみなみと注がれたコップを一息に飲み干す。
「高いのはもうちょっと依頼やら頑張らないとねー」
安い物は銀貨数枚だが高級酒になると金貨十数枚と桁違いだ。
ただし高いだけあって、良いぶどうに良い水、さらに熟成と手間暇かかった一品だ。手間暇かかるのは酒も水も変わりはないが、工数がかかれば値が張るのも仕方ない。
「ここじゃろくなの取れないし……ってモンスター食うのは流石に無いわ」
「そうだね、でも本当にお肉とお酒ばっかじゃーねー」
「ワシがこっちのミネーケ来るまでなんぞ、酒ばっかだったぞ。海が近かったのもあってな」
「へぇ、この辺出身じゃないんだな。海かー……」
アリーズ出身の俺としては海は身近でない。湖とかは近くにあるが……
「海ってどんなんだろう。そのうち行ってみたいね、エル」
「ハッハッハ、機会があったらワシの地元にでも来るか?」
「それも楽しそうだな。ま、今は下を目指していくか。できれば転移門がある地点までは行きたい」
転移門までいけば門同士ですぐに移動が出来る。代わりに移動するのにマナを消費する事になるが、時間はほぼかからずに済むメリットがある。
「うーん、さ、頑張るぞー!」
フィユはオーっと伸びをしてからぱんぱんと服にこぼれ落ちたパンの欠片を手で払う。
「火の始末よし、荷物よし、片付けよし」
指差し確認して忘れ物が無いかチェックする。……確認漏れは無いな。
「よっと……荷物、全部持ったよ」
「ここまでの道だから、こっちだな」
出発前に地図を確認、よし間違ってない。急いで集合場所に向かわないと。