メンバーはいつでも募集中
「うーむ……んー……これも条件に合わないか」
実技と筆記の試験が終わって結果がでるまでは暇になってしまう。
そんな時は何か出来る依頼が無いかと掲示板の張り紙を隅から隅まで見渡すが、なかなか好条件といえるものが無い。稼ぎは自分で見つけるのも冒険者の仕事扱いである。
募:ヒーラーさん募集中!
明るくアットホームなパーティーです、ブロンズ目指して頑張れる人
募:学者募集
埋没遺跡の探索、経験豊富なシルバー以上の方募集中
募:レンジアタッカー募集!
七色の弓を扱う七人の弓術士! あと二人!
パーティー募集に始まり、これからの試験対策など様々だ。なのに説明文にアットホームとつくと、妙にギスギスした集団になるのはなぜだろうか。気分は自宅さながらであるのに。
「いろいろおもしろいの多いよね、こういうのって」
「けど、こんな表示じゃどういうのか分からないでしょ」
目につきやすくするためか、色とりどりの文字やイラスト入の張り紙がしてある。
雰囲気を書いてくれているのだが、明るいとかそういうのはどうとでも取れてしまう。ただそういう雰囲気を大切にする人は多い。
募:採掘可能な方! [霊銀鉱/ミスリル]を求めています!
貴重な鉱石の掘り出し! クラフター技能を高めたい方!
募:ヒーラー
まだブロンズにもなってないの、おるかー!
募:シルバーシリーズの製作が可能な方
材料持ち込みます、作ってください剣盾鎧
求:革細工が出来る人! ギガントードレザーの持ち込み!
次の夏に向けて! 水泳具の製作依頼です!
「うーん、どこもだいぶパーティーが出来てきた感じ、だなぁ」
冒険者学校に入学して、もうだいぶ日が経っており、仲の良いメンバー同士や習熟度の近いメンバーで固まり始めている。
個人の力も大切だが、連携すればさらに強い集団の力になる。
「そうだねぇ。けど今更どっか入れてちょーだい。って難しい?」
「簡単じゃ、無い。それに進行度も考えるとかなり少ないしな」
今の俺たちは入学した時点で付与される新人級から、ひとつ先のブロンズ級へと昇格した。
ブロンズ級は駆け出しとしての知識と経験がありますよと言ったもので、この時期ではブロンズ級は少ない。
既にブロンズ級を取ってるようなのは、プリムのようにソロでも活動出来るような実力者か、元から何らかの戦技訓練を受けているか、魔法の実践訓練を受けているかとかなり絞られる。
「また来週にも昇格試験だしねー。それからゆっくり探す?」
新人級とブロンズ級は、だいたい二週間ごとに昇格試験がある。何度も試験があるとは言え、実力をきっちりと身につけないとなかなか合格は難しい。少なからずお金もかかるので当てずっぽうよりはしっかりと鍛錬を積んでからの方が順当だろう。
「あるいは俺たちも募集、出すか?」
「それもだけど、プリムさんはどうかな?」
「あいつか? うーん、けどなー……あー……」
自分よりは出来る奴の名前を挙げられると、頭を下げて入ってくださいとお願いする立場だし、どうにも気が進まない。
「うーん、けど足引っ張っちゃうから難しいかな」
「それもそうなんだよなぁ……」
「じゃあわたしたちで募集してみる?」
「そうだな。……条件は……こんなところか?」
募:ファイター系 ブロンズ持ち
固定パーティーでシルバー目指して頑張る人、依頼などの報酬は均等割
「そうだねー、あとは誰か来てくれたら、かな」
「一応、条件相談しっかりやらんとな。何気にパーティー解散も聞くしね」
反りが合わない、報酬で揉めた、技能レベル的に合わない……
メンバー同士は仲よくやりたい、と言ってもなかなか難しく、特に技能の習熟速度で解散をよく聞く。
上達の早いメンバーとそうでないメンバーが固まってしまうと、受けられる依頼の幅が狭くなるし、練習や実験、学習面でもまとまりにくくなる。
「仲良くできる人だといいね」
俺の内心を思ってか、励ましてくれる。
「フィユもな、それにまだ始まってすらいない」
とは言え勧誘は掲示板に貼るだけでは始まらない。
講義や実践で一緒になる相手にも声を掛けてみるものの……
「そうかー。技能とか考えたらキツイんだよな。いや折角来たけどすまない」
「うむ、ま、分かったよ。話し聞くだけでもありがとう」
「良いってことよ、それじゃまたな。何か単発のとかで組む事があったら、その時はよろしくな!」
「おう、もちろん。それじゃ」
「ばいばい、また今度ね」
手を振って男子学生と別れる。せっかく募集を見に来てもらったが、うまく話し合いがまとまらなかった。
「ファイター引き抜きは難しいしなぁ……パーティーの柱だし」
戦闘面で言えば、前線に立つファイターが花型だ。剣を持って敵を切り払い、盾を持って敵を押しとどめる。
強大な敵に対峙するだけに、パーティーの攻撃と防御の要となるのがファイターだ。そう簡単には務まらないし、見つからない。
「どうやったらいい感じに集まるかねぇ……」
今のところはフィユとペアを組んでいるが、キャスタータイプとヒーラータイプなので、前に立って壁となれるのがいない。
「今はわたしが頑張ってるけど、うーんと……」
強い魔法が必要でなかったら俺とフィユがそれぞれ戦う感じだが、いかんせんそれじゃ劣化戦士のペアだ。
軽めの魔法を使って遠隔攻撃と近接攻撃の二種を使えるものの、それでは決定打に欠ける。
同じくフィユも近接攻撃と軽めの回復魔法で、壁役をしつつ、自己回復による耐久が出来るものの結局は劣化である。
強い壁役か強い攻撃役がいないからこそ、その辺の森でも見かけるグレイウルフですら、群がられると厳しくなる。
「転向は今更だし、何より資質と傾向がね……」
魔法や身体の素質は髪色や体色、瞳の色などによく出る。俺のような黒髪は、魔法と武道で考えると6:4くらいの素質らしい。身体的にもがっしりとした体格には恵まれず、魔法も習得するのに苦労はするが魔法の系統制限は無い。
反面、どの系統を伸ばすのも努力につぐ努力をしなければ、得意とする使い手に劣る。
逆にフィユの持つ、白銀の髪は魔法の素質に優れ、全ての系列を苦手としない。羨ましい限りであるが、努力をしなければ得意な使い手に劣るのは変わらない。
ただ素質で何が得意か決まってしまう場合は、自分の望む方向性と素質が一致すれば幸いだが、そう望む能力と一致する事は少ない。
「ま、愚痴ってもしょうがない。今日は何か面白そうな講義あったかな」
今週と来週の講義予定を取り出す。――これでいっか。
「フィユ、今日は座学のほう取る? それとも訓練にするか?」
「そうだね、今日は錬成学って気分じゃないし、ぱっと外のにしよ」
「あいよ、それじゃ昼まで頑張るか」
「うん! 今日も頑張って行こっか」
ようやく昼になり、朝からの講義が終わりを告げる。
「昼は何にするかな」
昼飯にフィユを誘ってみたが、先約があるらしく、フィユは友達と連れだって出て行ってしまった。
「一人で飯もなぁ……」
だが他に誘える相手が居ない。
「今日はここにするか」
歩いて十分程度の所にある、酒場兼飯屋である狼の牙亭に訪れる。
ここでは街の噂話を集めたり、聞き耳を立てているとお得情報がつかめるので来るときは聞き耳を立てて噂話や儲け話に敏感にならねばならない。
店内はガヤガヤと学校へ通う冒険者の卵から、近くの住民、滞在している冒険者でごった返していて、空いてる席は……無さそうだな。
掲示板でも眺めて誰かが席を立つのを待つとするか。
真偽不明:噂の高額メイドさん
家事代行をしてくれるらしいぞ! ※金貨3枚で
「……めちゃ高いじゃん」
相場の十倍は高いメイドさんとはこれ如何に。
はたまた別の張り紙には雨の降る日に川辺で光るものが……原石が上流から流れてくるらしい
「……目利きがあれば良いかもな」
「上等だぁ! 表に出ろやぁ!!」
混雑を切り裂くほどの怒声を上げ、男二人と女二人が店を出て行く。
「ったく嫌な客だね。絡まれた相手も売り言葉に買い言葉ってところか」
「嫌ね、お酒は楽しむものであって、それに飲まれるなんてね」
「なんだなんだ……」
基本的に冒険者同士だろうが町の人だろうが、酒の席での諍いは一銭の得にもならないのでナァナァで済ませるものだが、たまにこういう喧嘩もある。
もっとも、喧嘩も行き過ぎれば衛兵が出てくる事態になりかねない。
「さあ張った張った! 決着はどうなる!」
「ぷはぁ……男の勝ちに2枚だ」
「いやね、騒ぎは……それはそれとして衛兵の到着に1枚」
「グフフ……若い姉ちゃんとなんて羨ましい……女に20枚だ!」
何か面白そうと思えばそれを賭博にかえる者もいるようで、先程起きた喧嘩の先を予想するようだ。
こっちがあれこれ心配するよりも、野次馬連中は外に出て行った連中を肴に、どう決着が付くか、賭けになるなと騒いでいた。
「……まあ俺も野次馬の一人か」
どれどれ……外に連れたって出て行った連中はっと……
「あなたが悪いのです。酔った勢いか知りませんが、相手は困っていました」
よく見れば女性二人のうち一人は……
「それに大の男が袖にされた腹いせなんて、だらしないですわよ」
ビシっと指を立て、相手の男を糾弾しているのは明るめな薄花桜色の髪をしたプリムヴェール・E・ブルーメンブラット。
ミドルネームは出身地であるエヴァンスらしいが、詳しく経緯は教えてくれない。
文武両道のすごいやつ、なのにたまたま座学でこっちが勝ったらやたらと絡んでくるようになって、負けず嫌いなのかもしれないが、なんとも複雑な相手である。
よく見ればその俺とさして変わらぬ背丈の後ろに別の女性を隠すように立ち、荒ぶる男と距離を取って対峙している。
「テメェ……女だろうが容赦しねぇぞ……」
男が拳を握りしめ、戦闘態勢に入る。俺の後ろではオォーと歓声が上がる。
「ふん、恫喝とは腰抜けなのかしら」
やれやれと手を広げて挑発しているとしか思えないセリフを吐き、火に油を注ぎに注ぐスタイルで構える。
「ッチィ……! 減らず口を……」
男はぎりぎりと歯を食いしばるほどに、怒りを露わにするが、構えから力量を読み取ったのか軽々には動かない。
「待てっ! お前ら!」
騒ぎを起こすのは苦手だし、銀貨一枚の得にもならない行為だ。だが見て見ぬふりをするよりは……一応は友達だ。
「あら……加勢してくれるのはありがたいけれど、猫の手を借りた気分ですわね」
「猫の手かよ……せめてもうちょいランクアップした人の手にはならないのだろうか……」
「あ? お仲間か? テメェも袋にしちまうぞ」
シュッシュと握った拳を振り、威嚇してくる。体術の覚えはあるのか、俺にはその動きが完全には見えない。
「臆病風に吹かれなかっただけ、あなたの事を少しは認めてあげてもよろしくて」
プリムの横に立ち、荒ぶる男と対峙するが……掴みかかられたらマズイな。
しかし俺の方が与しやすいと考えたのか、右ストレートを放ってくる。
「おわっと……! まあ待て待て待て! 落ち着け!」
有無を言わせずに振るった拳が間一髪、空を切る。
見切るなんて出来ず、たまたま動いたら避けられたようなものだ。
「自分のやった事を棚に上げて、口より先に手が出るのかしら」
おいおい……ここでさらに挑発してどうするんだ。
「あぁ? だったら、なんだよ!? オラァ!」
「ッグ! ……ってぇ」
鋭い回し蹴りを両手でブロックしたが、防いだ手がじんじんと痛む。
「ああ? 貝のように閉じこもった引きこもりか? お?」
いたぶるようにネチネチとガードの上から削りにきている。だが返しようが無い。
「クッ! ……がっ!」
ガードをこじ開けられて無防備になった脇腹に拳がめり込む。……息が詰まるほどに痛ぇ。
「そこまでだ! 町中での喧嘩はご法度だぞ!」
「そうだぞ、こんな町中で何をやってんだ」
衛兵とともに大柄な男が立っていた。
「酒場の喧嘩は両成敗だが……あ! 逃げるな!」
「……チッ、テメェら覚えておけよ」
衛兵に見つかったからか、足早に人混みに逃げ隠れてしまった。
「……あなたたちの助力、感謝しますわ」
「なに、それほど大した事じゃない。じゃあな!」
加勢してくれた大男は名も告げずに手を振って去っていく。
「怪我はありませんか?」
「いえ、大丈夫です。こちらの方々が守ってくださってくれて……ありがとうございました」
「当然の行いですわ」
「……荒事は衛兵にまかせてください。そのうちエルネストさんも怪我じゃ済まなくなりますよ」
「あら、知り合いなのかしら?」
「まぁ……その、な」
「騎士見習いのバノンと申します」
直立不動で挨拶をするバノン。規律にうるさい騎士団を見事に体現している。
「似てないけど、フィユの弟だ。昔はいろいろ遊んだもんだ」
「おかげで様々な経験ができましたが……姉と一緒くたにされるのはやや心外でありますが」
「ああ、そうだったな……」
「それでは仕事がありますので」
ぺこぺことお辞儀をして去っていく女性を衛兵が送っていく。
「結局原因はなんだったんだ?」
「あの人達が酒飲んで暴れて因縁付けるなんて、そこらのゴロツキみたいな真似をしていたから咎めただけですわ」
「それに絡まれてる方を、誰も助けようとしなかったのですわよ? ならばわたくしがと仲裁に入っただけです」
「まあでも怪我が無くて良かったな」
「あら、心配してくれるのね」
「別に、貸しにしたとかそういうつもりは無い」
「ふふ、でも一つ借りが出来ましたわね。そのうち返すことにしておきますわ」
殴打で痛む頬を撫でられる。こんな傷でもプリムの代わりなら安いものだろう。
「それではごきげんよう、あなたも遅れないようにお気をつけて……もうお昼を取るほど時間はありませんけれど」
「え、もうそんな時間か」
見上げた時計は……いつの間にか長針を一回転させようとしていた。