見上げればいつも目標がある
元々は別の目的で執筆したものの、使う予定がなくなってしまったので再構築してこちらに投稿することになりました。
ゆるい冒険を楽しんでいただければと思います。
やりたい事を出来ずに死ぬと、未練が残って亡霊になるらしい。
ならやりたい事を成せずに死んでしまった自分はどうなったのか。
自分の仕事しか出来ず、魔法使いの境地に至り、結局は独身貴族。
「だけどこれは一体……」
小舟に見知らぬ数人と乗り合わせ、ゆらゆらと先の見えぬ闇へと進んでいく。
「ん、アンタは話せるのか。影になってないようだし」
船の漕手が声をかけてきた。
精悍な顔立ちで、なるほど、この人数を乗せた船を漕ぐには適材としか言いようが無かった。
しかし自分の記憶にはツアーに申し込んだことも、ましては海難事故にあった記憶も無い。
「なんだ、不思議そうに……仕方ない事だがな」
「あなたは一体誰なんです? この船はどこに向かっているのですか」
穏やかな水面は暗く、何も見えない。
ただギコギコと櫂が水をかく音だけが響く。
「俺の名はカロン。冥府の渡し守をしている者だ。この意味は分かるか?」
「冥府……自分は、死んでしまったのか……これからどうなるんですか」
「さぁな? 俺の役目はハデス様のもとへ送り届けるのが仕事にすぎないからな。そこでお前の進退を決める。行いが良ければ次の輪廻に、悪ければ消滅させるだけよ」
転生出来るのか、それとも消滅するのか。
自分はどんな行いをしてきた人間だったか?
恐怖が止まっている心臓を鷲掴みにする。しかし救いは自分の中にしか無い。
「さて、渡し賃を持ってない間抜けは居ないようだな。あとはあいつらに付いていけ」
顎をしゃくるようにして指示を出す。
「ま、老婆心ながらだが、冥王様に失礼の無いようにな」
「恐ろしい人でなければ良いんですが……」
「お優しい方であり、恐ろしい方であり、公平な御方である。後ろめたい人間でなければ良い結果があるだろうな」
冷たく重厚な扉に並ぶ人々は虚ろな瞳で生気が無く、少しずつ人の列が消化されていく。
「次の者よ、入るが良い」
この場にそぐわぬ美声が入室を促す。
こんなときも招かれる際はノックをするべきだろうか。
「失礼します」
質素な部屋に一段高くなったところに、落ち着いた青年と少女が座っている。
調度品も机、書類棚と実用性のみを追求したかのような配置だ。
「名を名乗れるか?」
青年が自分に向けて問いただす。
自分は…………名前が思い出せなかった。
「嘘はない」
少女が名乗れないのは嘘ではないと肯定した。
「そして疑問に思ってる事を答えよう」
「私こそハデス、冥府の王にして死者を裁く者」
青年がハデスかと思ったら、少女の方が冥府の王らしく、その透き通る瞳はまるで自分の魂の底の底までを見抜くように射抜く。
「決、この者は次の輪廻に巡る資格あり。次の者」
じっと見つめていた瞳にはもう興味が無いのか、次の死者を招いている。
「王は言葉が少ないが、お主は記憶も綺麗に消えているようで、次の輪廻に征くことができる。選べる道は輪廻を進むか、しばらく冥府に住むか、昇華し異なる物へと変わるか」
「では次の輪廻に……何か持っていけるのですか」
「強く魂に残る記憶だけ、だ」
自分は……たくさんの本を読むのが好きだった。人に聞かせるのが好きだった。
そして、片思いの相手との僅かな……
「眠れよ、安らかに。次なる輪廻は健やかなる時も病める時も、主はそなたを見守っているだろう……」
祈りのような囁きのような、まるで婚約のときに交わすような言葉をかけられると、自分の意識は水底に吸い込まれるように消えていく。
■
「なぜ、領地を襲ってしまったのだ?」
空の神殿に祀られる竜と対峙するのは人の王。
―それは契約の対価―
「一時は蜜月となるかと思ったが、所詮は分かり合えぬということか」
―そのようだな―
―ならば刃を交え、答えを出そう―
「……ここまで大成出来たのは対価のおかげ」
―契約はその通りである―
「だが人の命を守らなければならない」
「[我/われ]が王であるならば、領民を守らなければならない」
―御託を並べず、対価を貰おう―
「命を捧げる契約、破棄させて貰うぞ!」
王と比べて何倍も大きい竜相手に剣を構える。
「こんな結果になったのは……どこで道を違えたか」
―それが破棄する理由、か―
―ならば全身全霊をもって答えよう―
力強い羽ばたきが風を巻き起こす。
すべてを薙ぎ払うほどの暴風である。
「……征くぞ」
竜の甘言に唆された王は、民の命を守るために立ち向かう。
―燃え尽きよ―
恐ろしい咆哮をあげ、マナと空気を吸い込み……
紅く紅く燃え盛る炎を吹き付ける。
「負ける訳には! 我が双肩にかかる命を絶えさせたりはせぬ!」
■
何故か記憶の一部が蘇り、新しい自分と過去の自分の融合に手間取ったりもしたが、生まれ変わってからも変わらない趣味である、読書に勤しむ。
過去の名前はもう思い出せないけれど、今の俺はエルネスト・E・ルーベル。
吹けば飛ぶような貧乏貴族なルーベル家の長兄に産まれ、今は将来のために冒険者学校へ通う身分である。
将来的には騎士学校まで目指したいところであるが、そんなお金は実家にも今の自分にも無く、日々を平凡に過ごすただの冒険家の卵だ。
そして金のない卵にとっての趣味という名の逃避をし、ごろっと寝転がって本を読むのは、まさしく至福の一時と言える。
それが借りてきた本の山に囲まれた城壁の中とくれば、ひとしおである。
十重二十重に囲まれた本の山を徐々に崩すのは、まるで積み上げた積み木を崩すような……どこか悲しくも快感を覚える行為。
「ふぅ……だいたいこのあたりにしておくか」
開いてたページに栞を挟み、本を閉じて山に乗せる。
難解な古代語の本と言えども、当時流行った文庫本で、どうせ学習に使うなら楽しい本の方が訳するのが難しくてもやる気が出る。
「空の神殿か……行ってみたいな」
この冒険者学校の遥か上空、たしかに神殿のようなものが浮かんでいる。
誰の手にも届かない、雲に並ぶほどの高さに。
だが、飛行魔法など夢物語。
おかげで噂や憶測しか無く、賢王が竜と戦い、討ち倒したあと、空高く封印した聖地だとか実は魔王が封印されてるとも、神様の住む場所とも、誰も断言こそ出来ないものの、神秘が目の前にある。
「ねぇ、これ終わったって……聞いてるの? もう」
ごろっと見上げた先にはフィユが立っている。
小柄な体型に、風にゆらめく白銀の髪、陽光に煌めく麦のような黄金の瞳をしていて、特徴的な尖った耳を持つ長耳種のいつも一緒に頑張ってきた仲間……というよりは幼馴染とも、腐れ縁とも言える友達の一人だ。
「おっと、悪い。……だいたい合ってるな。けどこれだと錬成式が使いにくい」
そんな幼馴染のフィユが書いた、丸っこい綺麗な字で記された錬成陣を眺める。
自分が古代語を勉強するついでに試験対策を兼ねた勉強会だ。
「だってさぁ……古典って難しいじゃない」
錬成陣は現代語ではなく、古くから使われる旧字体で記されることが多い。
現代語での利用ができないわけではないが、マナの扱いに特化してる言語ではなく、効率が落ちてしまう。それこそマナがいくらでもある優れた魔術師なら別だけど、効率化を図らないと一般人に使えない。
「古典も読むと面白いんだけどね。今に伝わるのって当時の流行品だったりするし」
そう言って、先程まで読んでいた本を山から取り出す。
「これとか人と竜、異なる種族の親愛と生き様の違いから生まれたすれ違いが悲劇ではあるが……」
天空の神殿はそこで竜と戦っただけでなく、翼を持つ天使との密会の場所であったとか、様々な解釈があり、物語に使われている。
「えー……でも現代語訳しながらとか読めないよ。それにラブロマンスとかはねぇ……うふふ……」
フィユは本の山に肘を付き、最近読んだ娯楽本や演劇の話、冒険に参加したときのメンバーの噂話と口を開けば無駄話が溢れ出てくる。
「試験がマジで近いからな?」
「あーん、意地悪ー。あぁぁ……見ただけで現代語と旧字体を翻訳する魔法は無いかなぁ」
「あるんじゃね? たぶん。誰かが実用化してくれそうだけど」
「今すぐじゃないとダメなんだよー」
頭を抱えるフィユだが、試験は筆記と実技の両方。
錬成陣を書く試験と、実際に起動して実技の試験だ。水と地の錬成陣は難しくはないが、正しい手順で正しい文字を並べる緻密な作業ばかり。……それに試験は泥水の精製。
「失敗したら身をもって体験するんだよね……」
「そうなんだよなぁ……俺も完璧じゃないから不安だ」
サバイバル技術を兼ねた泥水を精製し、飲める水に錬成しなおすのが課題で、当然のごとく、飲むところまでが試験である。
失敗すれば腹を下すのは間違いなく、痛い目を見なければ覚えませんと先生がニヤリと笑っていたのは今思い出しても恐ろしい。
「こうもっとさ、筆記だけにならないかなぁ」
実技も含むのは、自分のした仕事に己を懸けることが出来るかどうか。
冒険者にとっては大切な心構えでもあり、果てしなく困難なことでもある。
「痛さを感じなければ覚えない、ってね。 けどやらなきゃいけないことだしな」
「そう、だよねぇ~……わたしも頑張らなきゃ」
俺もぐっと力を込めて頷く。
「まずは教科書を開いて~の……うーん、並びの順番が、これで。次に分離を書いて……そうだ、今度の試験休みに」
「ほーら無駄口叩いてないでやろうぜ」
「はーい、じゃあ代わりに実験台になってね?」
晴れた空の下はとてもすがすがしい陽気なのだけど……俺の心には一条の曇り。
「はい、コップ。あ、それと錬成陣と泥水」
はい、はいと次々と物を渡されるのを並べていく。
見事に濁った泥水と……正直すまなかったと思う、信用ならない錬成陣。
(これをどうする……!? よく見ろ、俺。よく見るんだ……間違ってないか、正しく書けてるかどうか)
さっと見た限りでは教えたとおり、教科書通りの正しい錬成陣が書けている。
あとは実際にマナを込めて正しく動かせれば……泥水は綺麗な水に錬成される。
(信用しない訳じゃないんだ……ただ俺ですら失敗するのが錬成魔法全般)
フィユは魔術素質として、髪に発色するのは珍しい白銀。
火や水、風や地といったどれか一つ、ではなくほぼ全てを扱える。
反面、得意とする系統が存在しない。
努力次第でいくらでも習得出来るということは、磨かなければ宝の持ち腐れとなってしまう。
逆に俺自身は黒髪でどれもこれも苦手であり、一つ習得するのすら困難である。
(それでも頑張ってきたしな……本の虫になるしかなかったと言うが)
「朽ちたる地より、清らかなる光となりて、新たな恵みとなれ!」
朗々と詠唱を続けるフィユ。
大気に満ちるマナが凝縮し、手に持ったコップへと集まっていく。
(これなら失敗は無さそう……かな?)
「汚れなきその身となりて、全てを浄化し、力の根源たるマナよ、恵みの雨となれ!」
マナの輝きが落ち着き、コップの中の水が澄んだ綺麗な水へと変わっていく。
「……どうかな?」
「たぶん、できてるんじゃないかな」
浄化の済んだコップには、透明な水のみがある。
泥の部分は除去されているが、味は術者の力量次第。
「んぐ……普通。ちょっと匂いが残ってるが飲んでも平気だろう」
ぐっと一息に飲み干す。下手に躊躇してもなくならないし、後は野となれ山となれ。
舌触りに砂っぽい何かや無色になりきれない土の匂いが残っているものの、ほぼ問題のないレベルであり、これなら水と地の試験も問題ないだろう。
「やったね! じゃあ忘れないうちに練習しないとね」
「そうだな。習得には反復練習が大切だ……練習?」
「ほら、これとかこれとかあれとか。錬成陣、綺麗に書けたと思うんだよね~」
「ま、待ってくれぇ!」
「だーめ。練習に付き合ってくれるんでしょ?」
明るく爽やかに降り注ぐ陽光を彩る笑顔だけど、楽しむ余裕は全く無かった。
■
さらさらとペンを走らせる音が響く。
問:以下の錬成において必要な素材名とイラストを一致させよ
問:調合の過程を図示せよ
「…………」
結晶の特徴的な菱型や長方形、正四面体な形と色から名前を線で結び、調合の反応式を書き込んでいく。
試験自体は、初歩から少し進んだ基本となる錬成学であり、しっかりと対策していたからか、手応えはなかなかに良い感じだ。
より上級のライセンスを取得するために、知識の試験や、戦闘技術の試験、実践演習といくつもの行程がある。
「……………………」
チラッと周りを見ると、頭を抱える人やペンをコロコロと転がしてマークをしている人や、はたまた諦めたのか寝ているのもいる。
ただその苦しんでるのがフィユであるという事。
「えっと……うーん……どっちだっけなぁ……7000グレーンで1ポンドだから……6オンスって何グレーン?」
問:以下の調合式から空欄の反応式を記述せよ
6オンスの水に2オンス分の氷晶石を投入し……
ちらりと見れば、おそらくこの試験で一番難しいであろう問題で詰まっている。
(あれは結果から逆算していくとわかりやすいんだけどな。逆に初期の反応から選ぼうとすると、分岐が多すぎる)
初期条件から次に進むには二択だったり三択だったりと、いくつか分岐がある。
だからこそ固定されている最終結果と中間の結果になるように選んでいく必要があり、試験中じゃなかったら助言するところであるが、今は本番である。
(っと、よそ見してないで見直しをしなきゃな……)
計算しなければならない所を見直す。
麦の一粒の重さを1グレーンとして、7000粒でだいたい一日分のパンの量になり、それが1ポンドの重さである。
もともと食べ物の単位が基準だから、数字の桁上りがピタッとした数字では無いため、異なる単位に換算するのが難しく、計算問題によく出されるのだが……
そのせいで調合や反応式の問題ではオンスやグレーン、ポンドなどの様々な単位が入り乱れ、間違いをしやすくなっている。
(ったく、なんでオンスとポンドの桁が変わるのが16なんだ……)
答案用紙に名前、番号、答えの位置が正しいかを見直す。
後になって途中から解答欄がずれていたりしたら、絶望的だ。
キーンコーンカーンコーン……
「はいっ! そこまで! 解答をやめてください」
教壇横にちんまりと立っているセレナ先生が右手を精一杯あげていた。なお、後ろの席からは前の人に隠れてしまって、ぴょこぴょこと指先が見えるくらいである。
先生は小柄な小人種で、成人しても一般的な人間の子供くらいの背丈だ。そのことを言うとめちゃめちゃ怒られるが、薄緑色の髪が跳ねてるのはとてもかわいい。
しかしそんな鑑賞を楽しめるのはそれなりに出来たと思っている組だけで、もう片方の組は深いため息がこぼれているようだ。……ただ後者のグループにフィユが混じってるような。
「ねぇ、最後のわかった?」
「ああ。生成物と初期状態は示されていたから後ろから順に考えて当てはめていった」
「あぁぁあ! そっか、生成物を得る方法が少ないやつだったし、そうすればよかったんだ」
がっくりと肘を付き、ため息混じり。けれど試験前に教えていたような覚えがあるぞ……
「ま、他もできていれば大丈夫だろ……六割取れば、まぁ」
後ろから回ってきた答案用紙に、自分の答案用紙を乗せて前に渡す。
「はーい、出来た人も出来なかった人も、気持ちを切り替えて! 午後は実技試験があります。そこで挽回がんばりましょー!」
小さな体をぴょこぴょこと跳ねさせて、元気よくエールを送り励ましているが、効果は今ひとつなようだ。
「まあ……いいもんだよな」
「ねぇ、これからどうする?」
「ん……んー、まずは飯にしてから考えるけど」
「じゃあ、またあそこで食べない? ほら、買ったらいつもの場所で」
屋上か、確かに風が吹いてて気持ちよさそうだ。
「じゃ急いでいくか。一応、試験対策もしたいしね」
キィっと軋む扉を開けると、ふわりと優しい風が吹き抜けていく。
「ん、あぁ~、ふぅ。いい風だねー」
「そうだな。これなら風のマナは安定してそうだけど……水と地だからな」
くっと深呼吸をして、伸びをする。同じようにフィユも背を伸ばして胸を張る。
「だね~。あ~あ、先生ももうちょっと優しくしてくれたらなぁ」
セレナ先生は実験や試験への態度は厳しいが、頑張りも評価してくれる。ダメだったから、はいまた今度とはしない。
ある意味甘いとも言えるが、それでも普段から実力を鍛えなければならない。それに甘いといっても冒険者として、独り立ちできるように指導してくれる。
「むぐむぐむぐ……でもだいぶ成功率高くなったろう?」
ごくんとパンをミルクで流し込み、ごろっと横になり一息つく。
「うん、だいぶね。はむっ。これも手伝ってくれた、おかげかな。あとは本番に弱いのどうにか、しないとね。……次の本番、がんばるぞ~」
ぐっと気合をいれてると、ふわりと風が髪を撫でる。
「俺もいつの日か……あれをな」
この冒険者学校のはるか上空には、約五百年前から伝わる空に浮かぶ神殿がある。
いくつものお伽話や創作で舞台となるが誰も行ったことが無い。
昔の人は飛行魔法で、と考えたが飛行魔法はろくに実用化されていない。だからこそ、お伽話や創作では様々な空想の方法でたどり着く。
飛行魔法の現実は飛行と名ばかりの、地表から跳ねるのが精一杯で、身体を空中で自在に操ることはまるで出来ない。
空では足場もなく、ましては重たい身体を浮かせる事など、誰にも出来ていない。たとえ一時的に身を軽くしても、地の楔から自由にはならない。
「あの空ってどうやったらいけるんだろうな」
「天使の翼とか、そういう伝承はあるのにね」
歴史でも、空高く飛ぶことの出来る羽根を貰っても、到達できなかったとされている。
竜の羽でも、天使の羽でも、誰もが行くことを望むが、誰も出来なかった。
「だからこそ、こうやっていつの日か到達出来る冒険者を育ててる、なんて言われてるんだぜ」
「他に目指す事はないの?」
「伝説に挑むなんて、かっこいいじゃないか。それに冒険者になろうと思ったのも、あの空に浮かぶ神殿のおかげだしな」
生まれた時から、いつも空に浮かび続けている。
そこに不思議があると、いつも教えてくれるものが。
「わたしは……エルがしたいっていうから付いてってるんだけどね」
「ん、フィユは冒険者で何がしたいんだ?」
「なーんでもない、とりあえずは出来ること増やすのはいいことでしょ」
「そろそろ戻りましょ。午後に遅れちゃだめだよ」
ぽんぽんと手を振り、さっと立ち上がる。
午後は実技が待っているのだ。午前の失点を取り戻すためにも気合を入れ直す。
■
午後の日差しが穏やかに木人を照らすなか、唸りを上げて炎の矢が木人の胸板に突き刺さる。
「……なんとか命中したか」
実技の一つ、目標から走って十秒も離れた位置からの指定目標への狙撃で、集中力と実力が試される。
集中力が乱れれば魔法も狙いがそれてしまうし、人前で一人ずつする度胸も必要だ。
「はーい、命中七発。ふむふむ……精度もよし、それじゃ次の人ー」
セレナ先生がテキパキと合図を出し、合図を受けた別の試験官が目標の板をセットしていく。
この遠距離から当てる命中精度としては十回の試行のうち、三回以上で可、半分以上で良、八回命中で優の評価だ。
一応、最終評価は命中回数だけでなく、発動姿勢、詠唱の流麗さ、魔力量などなど、様々な加点はあるが、制御の要である命中回数に比べて評点は低く扱われる。
「はい、お疲れ様でした」
実技用のスペースから離れ、お辞儀をして下がる。
兎にも角にもこれで俺の試験は終わり、あとは結果を待つだけだ。
「頑張れよ、フィユ」
待機場所で並んでいるフィユに声を掛けておく。
順番はまだだが、緊張している様子が分かる。
「うん……ここでえーっと、緊張をほぐすのには……どうするんだっけ」
「そのボケができれば……大丈夫だ」
「番号23、行きまーす」
おっと、邪魔しちゃマズイ。
それからもたくさんの受験者が各々の決めポーズと詠唱をして、木人へと魔法を撃つ。
「火よ、風よ、マナの導きよ! 炎の矢となりて我が敵を撃ち抜け! 炎の矢」
「風よ、我が身に宿りしマナを持ち、烈風の如き矢を放て、風天の矢!」
各自の特性に合わせた詠唱によって、炎や氷、風と様々な魔法を木人に向ける。
規定の数だけ挑戦し、なかなか全弾命中の猛者は現れないが、飛び交う魔法の先を一喜一憂に眺めている。
「惜しい! 9発命中、威力、速度共に優秀。これは期待出来ますね」
最後の一発がわずかに外れて悔しがる学生に称賛を送り、ついにはフィユの番まで回ってきた。
「がんばるっ!」
この試験は一人あたりたったの五分しか持ち時間が無い。そんな短い時間に最大十回の挑戦権があり、その精度と威力、持ち時間を加味して評価が下される。
「火よ、風よ、マナの導きよ! 炎の矢となりて我が敵を撃ち抜け! 炎の矢」
フィユと俺でよく練習に使っていた魔法を木人に向けるが、勢いが少なく、コントロールも途中で喪失し、落下してしまう。
結果、たったの二回。それも時間ギリギリまで使って惨憺たる結果であった。
「ハァ……」
幸せが逃げていきそうなため息をつくフィユ。
「わたしって、ノーコンなのかな?」
「要、練習かな。まあ、まだ色々プラス要素あるし大丈夫だろう。たぶん」
「う……がんばる」
「慌ててもしょうがないしな。今日は試験で疲れたし、ゆっくり寝たいところだ」
「枕が恋しい……」
「じゃ俺の部屋こっちだから」
「わたしも着替えてふて寝しよーっと。おやすみー」
ふて寝か……
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