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大谷佳乃編 ~2人の間で~

大谷佳乃編 ~2人の間で~


 私の名前は大谷おおたに佳乃よしの。春から大学進学が決まり、今は新生活の準備中です。

 今日はある2人との関りについてお話しようと思います。


 私が2人と出逢ったのは、中学校1年生の時。先に知り合ったのはさいたけし君で、斎君とはお互いバスケットボール部だという縁で知り合いました。

 お互い部活の中で一番の下手っぴで、それが奇妙な共感になったものか、次第に話をするようになり、仲良くなりました。

 そして斎君は、1人のお友達を紹介してくれました。当時はまだ斎藤さいとう恭二きょうじと呼ばれていた、はるかちゃんでした。

 なぜ彼が私を遥ちゃんと引き合わせようと思ったのかは今でも解りませんが、斎君に言わせると『何となく受け入れてくれると思ったから。』という事だそうです。

 実際、私と遥ちゃんはすぐに打ち解けて、お互いを『遥ちゃん』『佳乃ちゃん』と呼び合う仲になりました。

 中学校1年生の時には、私と斎君だけが遥ちゃんを遥の名前で呼んでいたのです。何故なら、1年生の時にはまだ遥ちゃんは男子扱いで、詰襟の学ランを着て通学していたから。


 本人にはそれが憂鬱ゆううつで仕方がない様子でしたけれど、あどけない少年の面影を残した中性的な遥ちゃんの長髪姿に学ランは、奇妙に似合って見えたものでした。もっともそう言っても本人が喜ぶとは思えなかったので、口に出したことはないのですけれど…。

 遥ちゃんはそれでも自分は女子だと私達には言っていて、そのことが周囲との溝を深める要因になっていました。私は遥ちゃんの中に女性らしさがあることを認めて、半ば以上女子の友達という感覚で接していました。

 遥ちゃんは時には周囲に対して無理をして男子を演じようとすることもあったのですけれど、無理をしているのが丸わかりで、周囲には受け入れられないままでした。


 中学校2年生に上がる時、遥ちゃんは突然女子の制服を着て現れました。私達一般生徒には事後通告の形になってしまったのですが、中学校が女子としての通学を認めたという事でした。

 女子制服を着た遥ちゃんは嬉しそうな顔をして、

斎藤さいとうはるかです、改めてよろしくお願いします。」

 そう自己紹介をしていたのを覚えています。


 それでも遥ちゃんの事を遥と呼んでくれる生徒は少数で、恭二のままで呼ぶ生徒の方が多数でした。慣れないからそうなるという生徒が多かったのですけれど、中には悪意を込めてそう呼ぶ生徒もいて、険悪な空気になったこともありました。

 中にはたちの悪い連中もいて、遥ちゃんに因縁をつけて喧嘩になる事もありました。そんな時には斎君が遥ちゃんを護り、私が先生方を呼びに行くのが常でした。そんな事が何回あったでしょうか…。結構な回数、あったような気がします。


 私は女子の中にそれなりに友達がいたので、いじめのような行為はやめてほしいと何度訴えたか解りません。それでも遥ちゃんへの無視やひそひそ話は続き、私と斎君は眉をひそめていたものでした。

 私と斎君だけでは、遥ちゃんの事を認めさせるには力不足だったのです。もっと多くの理解者がいてくれたら、状況は変わっていただろうと今でも思っています


 中学校3年生になって、私達3人は同じクラスになりました。本当に親密になったのはこの時期に入ってからかもしれません。

 私はこの頃斎君に淡い恋心を抱いていましたけれど、斎君は遥ちゃんの事しか見ていない事にも気が付いていました。

 結局それは淡い恋心から発展することはなく、私達の仲は変わらないままでした。

 この時斎君に告白していたらどうなったかは、解りません。私は3人の仲を壊したくはなかった。だから黙っていた。そういう事だっただろうと思います。


 高校受験の時期になり、遥ちゃんは学院へ推薦で、斎君は志望校を落ちて学院へ、私は志望校に受かり鶴高へ、と進路が分かれました。

 私と遥ちゃんはこの頃にはもうスマホを持っていたので連絡先を交換してから別れることができましたけれど、斎君はまだ持っていなかったのでそれができませんでした。

 そのため長い間、3人での交流は途切れてしまいます。同じ町内に住んでいるのだから、会おうと思えばいつでも会えたのにな…とも思いますけれど、いざそうなると中々改めて会おうとは思わないものなのですね。

 特に遥ちゃんとはスマホアプリのチャットを通じて交流がありましたから、特に直接会う必要性というのも見出せなかったのです。


 それでも高校1年生の秋、せっかく時間ができたので私は学院の文化祭へと足を運びました。あまりゆっくりできる時間はなく、私は居場所の解っている遥ちゃんに顔を合わせて帰るだけになってしまいました。

 

 遥ちゃんは高校では手芸部に入っていました。中学校では美術部で幽霊部員でしたから、ちょっと意外な感じを受けましたけれど…高校では積極的に活動している様子でした。

 部員さんの中には遥ちゃんの仲の良いお友達だという方もいて、私はとても安心しました。高校でもさみしい思いをしているのではないかと、ずっと心配していたからです。

 いくらチャットで友人たちができたと聞いても、普段過ごす様子を聞いても、やっぱり実際に会ってみない事には解りませんものね。

 その時お会いできた中里なかざとかえでさんという方は特に仲の良い親友だと遥ちゃんが言っていた人で、お話してみると確かに良い人のようでした。

 私は中学校時代の同級生という事で、中里さんから遥ちゃんの中学校時代の様子を聞かれました。あまり話して楽しい事ばかりではなかったのですけれど、素直に包み隠さずお話をしました。少々伝え方を誤った部分もあったかもしれませんけれど…。


 私は今度は逆に、中里さんから遥ちゃんの日頃の様子を聞かせてもらいました。

 それは遥ちゃんの中学校時代を知る私にとっては信じられないくらいの違いで、確かに遥ちゃんがチャットで言っていたことを裏付ける内容でした。

 遥ちゃんには失礼かもしれませんけれど、私は遥ちゃんは斎君としか交流を持てないのではないか? と、内心心配していたのです。でもそれは杞憂でした。


 その後しばらく、私と遥ちゃんの交流はチャットでのやり取りだけに戻りました。遥ちゃんは手芸部の活動に精を出していることをよく伝えてきて、後輩さんができたことを喜んでいる様子も伝わってきました。

 私は相変わらず下手なままでしたけれど高校でもバスケ部を続けていて、その様子を話したりしました。時折斎君の話題が出るときもあり、そんな時は中学校時代の3人仲良く過ごした時間を思い出すのが常でした。


 転機が訪れたのは3年生に入って、ゴールデンウィークになってからでした。

『お久しぶりです。3日に斎君も合わせて3人で久しぶりに会いませんか。』

 という連絡が遥ちゃんから来て、私達は午後3時に近所のハンバーガー屋さんで会う約束をしました。

 当日、私は遅れないように自転車で行ったのですけれど、二人が到着する方が早くて、待ち合わせ時間に遅れたかと思いました。

「ごめん、待たせちゃったかな?」

 そう私が聞くと、

「ううん、まだ待ち合わせ時間前だよ。大丈夫。」

 と遥ちゃんは笑ってくれ、

「相変わらず二人とも早いわね~。」

 と私も笑ったのでした。

 私達はお店でしばらく歓談しました。中学校の頃に戻ったような錯覚に捉われましたけれど、それが錯覚なのは話題が大学受験の事なので解り切った事でした。

 私はその場で、斎君と連絡先を交換しました。ついでにとばかり、3人のチャットグループも作りましたけれど…これは後でお話する時まで、使われることがなかったのです。


 ゴールデンウィークの後半、斎君からチャットが入ってきました。挨拶もそこそこに斎君は言います。

『遥の気持ちが解らないんだ。俺はどうしたら良いと思う?』

 と言うのです。斎君はこのことを相談したくて、私に会いに来たのでしょうか。中学校時代の仲の良さを考えれば、それも解らないお話ではありません。

『まず斎君の気持ちはどうなの?』

 と私は聞き返しました。斎君ははっきり言いました。

『俺は遥の事が好きだ。』

 と。

 私は軽いめまいに襲われたような感覚を感じました。やっぱりそうだったのか、と。私の淡い初恋はやはり実らないものだったようです。

『次会った時に、遥ちゃんと話をしてみます。』

 と私は送り返しました。

 その晩は、色々な思いが渦巻いてなかなか寝付けませんでした。


 次に会う機会は、意外に早く訪れました。遥ちゃんが私の学校の文化祭に来てくれるというのです。

 土曜日に行きたいという打診をもらったので、13時以降なら動けると私は回答しました。お店番のシフトが午前中だけ入っていたからです。

 当日、斎君も一緒に来ていて、なかなか遥ちゃんと二人きりになるタイミングがありません。

 飲食の展示が集まったところで、斎君が、

「俺ちょっとゆっくり見て回って来る。」

 と言ってくれました。これは話をする時間を作ってくれたんだなと思い、私は席を立とうとする遥ちゃんの手を取り、引き留めました。

「もっとよく斎君の事を見てあげて。」

「えっ?」

 私の言葉に、遥ちゃんは困惑の表情を浮かべます。でもこれで終わるわけにはいかないのです。

「斎君はあなたの事を女子として見ているわ…。あなたはどうなの、遥ちゃん。」

「私は…。私は…解らない…。」

 それが遥ちゃんの答えだった。

「そう…。まだ幼馴染の延長線上なのね…。出来たら、一人の男性として見てあげてほしいな。これは私からのお願い。」

 私は微笑みながらそう言いました。そして、遥ちゃんの手を放して買い物に送り出しました。

「これで良いのよね…きっと。」

 私はそう独り言を言い、涙を一粒流しました。

 私の初恋は、終わったのです。


 帰り際、お見送りした後、遥ちゃんからチャットが入ります。

『さっきのお話、どういう事?』

 私は私が答えを言ってしまってはいけないと思い、こう答えました。

『それはあなたが自分で答えを出す事よ、遥ちゃん。』


 遥ちゃん、きっと悩むだろうなぁ。私はそう思っていました。でも、悩んで自分で出した答えでなければ意味がない。そうも思っていました。

 何故なら、斎君は遥ちゃんの事をただの女子ではなく、特別な女子として見ているのだから。

 それに対する答えは、他人から教えられるようなものではないと思ったからです。

 自分の中で、斎君に対する思いがどんなものなのか、それを見つめ直してほしい。私はそう願いを込めて遥ちゃんに謎かけをしたのです。

 答えを出してほしい。そうでなくては斎君の想いは報われず、私の終わった初恋も意味のなかったものになってしまう。私はただ願うばかりでした。


 私は志望する大学への推薦をもらえ、一足先に受験を終わらせました。

 けれどもそれを伝えるのは悪い気がして、遥ちゃんには伝えないでいました。

 結局これは、遥ちゃんから合格の知らせをもらってから伝えました。

 

 2月14日。斎君からチャットが入ります。

『これから遥と会ってきます。』

 と。夕方になって何故? とも思いましたが、この時期はもう自由登校の時期に入っていて、斎君か遥ちゃんかどちらかが登校しなかったのだろうと予想が着きました。

 どちらがだったのかは解らないけれど、この場にきて往生際の悪い。それが私の正直な感想でした。でも二人の間にある壁の厚さを考えれば、仕方のない事だったのかもしれません。今日を逃せばもう次は卒業式しかタイミングはない。ここで決めてほしい。私はそう願いました。


 しばらくして、19時ころ、あの時作った3人のチャットグループにはじめての着信が入りました。

『佳乃ちゃんに報告があります。』

 と遥ちゃん。

『俺達、付き合う事になりました。』

 そう斎君。

『おめでとう! ここまで長かったわね…。ようやくお互いに素直になれたのね…。』

 私は率直に、そう送りました。

 一体2人とも、どれほど悩んでこの答えを出したのでしょうか。それは私には解りません。けれども相当に悩んだ末に出した答えだという事は想像がつきます。

 2人とも、肝心なところで不器用なのはよく知っているのですから。


本編では登場機会は数えるほどしかなかった佳乃さん。回想シーンでの出番の方が多かったのではないか?と思われるほど影の薄い存在でした。

でも実は、斎君と遥さんを結び付けたフィクサーは彼女だったのです。

佳乃さん自身も斎君に淡い恋心を抱いたままでいたのに、友情を優先させたのですね。

健気な子だと思います。

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