中里楓編 ~一度は諦めた道~
中里楓編 ~一度は諦めた道~
私の名前は中里楓。高校では手芸部長を務めていました。
今は高校を卒業して市内の女子大に進学するべく、準備を進めているところです。
今度は私のお話を聞いてもらえればと思います。
私は、普通の女子でした…少なくとも小学校高学年までは。
普通に女子の友達と遊んでいたし、学校生活もごく平凡。好きな事といえば刺繍を作る事。そんなどこにでもいるような女子でした。
変化があったのは思春期に入ってから。
周りの女子たちは好きな男子の話題で花盛り。私にも好きな男子はいないのかと、何度も友達から聞かれたものです。
でも私は男子に恋愛感情を持つことはありませんでした。
その時は単純に好きになれる男子がいなかったんだろう、くらいに気軽に考えていました。
単に好みのタイプがいないだけだろうと。好みのタイプの男子が現れれば、自然と私も好きになるものだと思っていたのです。
中学校に入ってから、ところがそれがそう簡単なものではない事に私は気付き始めました。
私は、同級生の女子たちが男子を見るような目で、女子たちを見ていることに気が付きました。
私は愕然としました。男子を好きになる事はなかったのは単に好みのタイプがいなかったからだろうと思っていたら、自分の好みは女子だったなんて。
私がその事実を自分自身の中で受け入れるまで、1年間の時間が必要でした。
その事実を受け入れられたのは、皮肉なことに当時一番仲の良かった友人に対して、恋心を抱いている事に気が付いたからでした。
彼女の事なら私は好きになれる…。私はそう自分の中で奇妙な納得をしました。
当然の事ですけれど、女子なら誰でも良いという訳ではないのです。
しかしいかに思春期真っ盛りの事とは言え、同性に告白することはためらわれました。それが世間的に受け入れられにくいものであることは知識として知っていましたし、おそらく告白しても拒否されるだろうことは目に見えていたからです。何故なら、彼女からは恋の相談を何回も受けていて、それはみんな男性相手の物でしたから、彼女が異性愛者であることは間違いのない事だと思われました。
私は思いを秘めたまま、中学校2年、3年と時を過ごしました。彼女への思いは募るばかりで辛い思いもしました。いっそ告白して破局を迎えた方が楽なのではないか。そんな事も考えました。
それでも、3年生の後期には何とか折り合いをつけて諦める事ができました。
彼女と私で、進路が分かれることが明確になったからです。別々の高校へ行くのであれば仕方ない…。私はそう言い聞かせ、自分を納得させました。
これはもう終わった恋なのだと。
そして私は公立高校入試に失敗し、学院への進学が決まります。
私は1年1組になり、5人1組の班分けがなされます。
班のメンバーは男子3人、女子2人でした。私はそのメンバーとは学校生活に支障がない程度の仲の良さしか築くことができませんでした。
その人たちはあまりに『普通の人』だったから、どこか私は引け目を感じてしまって踏み出せなかったのです。
代わりに仲良くしてくれたのが、同じ手芸部に入った同じクラスの斎藤遥ちゃんでした。遥ちゃんには失礼な物言いになってしまうのかもしれませんが、彼女は性別違和を抱えた生徒という事で一種独特な空気を纏っていて、その空気は私には心地よいものでした。
そうすると私も性別違和なのかな? と思ったこともありました。
けれど、遥ちゃんの話を詳しく聞くと、私はそうではない様子。
単純に同性愛者であるだけの女子だということに、改めて気づかされました。
私は遥ちゃんを通して、斎武君と塩飽昭君と才原香織さんと椎谷杏子さんの4人の友人を得る事ができました。
遥ちゃんの事を抵抗なく受け入れているこの人たちなら、私の事もきっと受け入れてもらえるだろう。そんな期待が私の中にあったのは否めません。
でもそれ以上に、このメンバーでいる時の温かい空気が、私は好きでした。
のちに私のパートナーとなる浮田あかねちゃんと初めてきちんと顔を合わせたのは、1年生の時のお花見の週の月曜日でした。
今でもその時の事は鮮明に覚えています。
『参加するだけの部は良いわよね、調理部は大変なのよ。』と話す物憂げな表情に、私は惹かれるものを感じました。
この人は一体どういう人なんだろう。笑ったら、あるいは泣いたら、どんな表情を見せてくれるんだろう。
そんな興味が湧いてきて、私は折を見てあかねちゃんの様子を見ていました。
あかねちゃんの方は、そんな私の視線に気づいていたのかは解りません。今でも恥ずかしくて聞けないままでいます。
いつもの昼食メンバーでご飯を食べてお昼の雑談をしていると、あかねちゃんも混じってくることがあり、時折私達は会話を交わすこともありました。
まずはグループ交際からという訳ではありませんが、次第に仲良くなっていったのはみんなと一緒にお話をしていたからでした。
私は秋休みに、身長40cmくらいのお人形さんをお迎えして、千秋と名付けました。私好みの、黒髪で落ち着いた雰囲気を持つ女の子です。
私はもし自分にパートナーになってくれる女性が見つからなかったら、この子と一緒に生きて行こう…。そんな事を考えていました。
それくらい、同性愛というのは難しい問題だと思っていたのです。実際に、簡単な世界ではありませんけれど…。
クリスマス会の時には千秋を才原さんの家のお人形さん、マリーちゃんと引き合わせする事も出来て、まるで娘に友達ができたかのような錯覚にとらわれたのを覚えています。
当初は自分のパートナー代わりにとお迎えした千秋でしたが、いつの間にか娘という感覚に変わっていたのですね。不思議なものです。
自分自身は子供が作れないだろうこと、おそらく男性を受け入れようとしてもできないだろうことを知っていたからかもしれません。
だからこそ、実の娘の代わりになってほしいという気持ちが出てきたのかもしれない。今になるとそう思います。
芋煮会の時には中村先輩や安田先輩にも千秋の写真を見て頂いて、面白い着眼点だと言っていただけました。
それからです、私がお人形さんの服を本格的に作るようになったのは。
私達とあかねちゃんの間で、一気に距離が縮まる出来事がそのあとに待ち受けていました。
1年生の時のバレンタインデー。
チョコレートをどうするかという相談をする私達が出した結論は、調理部員であるあかねちゃんに相談してみよう、という事でした。
『全くもう…こういう時ばっかり声をかけてくるんだから。たまには別の用件でも持ってきなさいよね。』
彼女は相談した時、そっけないふりをしながらそう言っていました。
ああ、彼女のほうも私達と仲良くなりたいんだな、と私は感じました。その時はあくまで私達で、私と…とまでは考えなかったのですけれど。
2月12日の放課後。
私達はきざんだチョコレートを湯せんして溶かしたくらいで、後の事はほとんどあかねちゃんがやってくれました。
その時の調理中の凛々しい彼女の表情に、私は魅せられました。その時からです、私が彼女の事をはっきり意識するようになったのは。
14日当日、お礼の気持ちを込めてみんなであかねちゃんにチョコレートを渡しましたが、私だけ中身が違ったことにその場で気が付いた人はいませんでした。
私はあかねちゃんの分だけ、お店で買ってきたチョコレートに差し替えて、メッセージカードを添えてお渡ししたのです。
『お友達になりませんか?』と。
返礼に頂いたガトーショコラは、その日の晩に紅茶をいれて一緒にいただきました。
その後少ししたある日、私が手芸部の活動を終えて帰ろうとすると、お隣の調理室の前であかねちゃんが待っていました。
「今日は早く活動が終わったの。良かったら一緒に帰りましょう?」
と、あかねちゃんは少し頬を赤らめて言ってくれました。ああ、この人は普段不愛想に見えるけれど、内面は全然そんなことはないんだなってその時に感じました。
私に否やはなく、一緒に途中でお茶をしてから帰りました。
その時はいろいろお話をしました。お話をしながら、次第に私はあかねちゃんに惹かれていくのを感じていました。
そのあとも主に私が手芸部の残業という名目であかねちゃんを待つ形で幾度も一緒に帰り、逢瀬を重ね、私達の仲は次第に親密なものになってゆきました。
私の背中を押してくれる出来事が、その間にありました。
お昼ご飯仲間の塩飽君が、畑中先輩とお付き合いを始めたという一件です。
このことは下種の勘繰りから全校生徒の知るところとなり、生徒会までをも巻き込む大事へと発展してゆきました。
その過程で次第に二人の間を見守る空気が醸成されてゆき、私はこれならもしかしたら、自分の同性愛も受け入れられるかも…と思っていました。
そう思っていた時、不意に一緒に帰っていたあかねちゃんから聞かれたのです。
「塩飽君に言っていた『許される恋じゃなかったから結局告白も何もしないままだった』って、どういう事?」
と聞かれたのです。
そう、あかねちゃんはあの時の会話を聞いていたのです。
私は覚悟を決めて、自分が同性愛者であることをあかねちゃんに話しました。これで離れて行ってしまうならば悲しいけれども仕方がない…。そう思いながら。
ところがあかねちゃんは、
「やっぱりそういう事だったのね…。なんとなく気づいてはいたのだけれど。」
と言い、微笑んで見せてくれたのです。
受け入れてもらえた。その一事だけで私は幸せでした。
それからもあかねちゃんは、今までと変わらない付き合い方をしてくれました。
私を受け入れて友達付き合いをしてくれている。それだけで私は嬉しかったのです。
ですが、私があかねちゃんを慕う気持ちは、表情や態度に現れていたようで、次第にあかねちゃんは私の気持ちに気付いていったようでした。
それでも変わらぬ態度で接してくれるあかねちゃんに、私は悩みました。思いの全てを告白しても良いものか、それともそれはあかねちゃんの望むところではないのだろうかと。
悩みながら数か月の時が過ぎてゆきます。
文化祭の時、展示で動けない私のところにわざわざあかねちゃんは来てくれて、ずっと一緒にお話をしてくれました。手芸部の展示はあまりお客様もいらっしゃらないので、少々退屈なのです。
それも初日と2日目の2日間とも。私はこの時確信しました。あかねちゃんも私の事を好いてくれているのだと。
本当は一緒に文化祭をまわりたかったのでしょう。
けれどもそれが叶わないならばせめて一緒に居たい。そういう気持ちがこもっていることは明白でした。
私はその好意が嬉しく、より一層あかねちゃんへの気持ちを強いものへとしました。
文化祭が終わり、あかねちゃんと待ち合わせて帰る時。
私の方から告白をしました。
「私、あかねちゃんの事が好き。恋愛としての意味で。」
あかねちゃんは幾分返答に困った後、
「…私も、楓ちゃんに惹かれるものを感じていたわ。本当に、私で良いのね?」
と聞いてくれました。
「あかねちゃんじゃなくちゃ、駄目なんだよ。」
私はそう返事をしました。
私達のお付き合いは、その時から始まったのです。
中学校時代に一度は諦めた『道ならぬ恋』でした。
その時はさんざん悩んで、思い詰めもしたようです。
でも高校に入りまた好きな相手ができて、今度はうまく告白することができた楓さんです。
きっと思いを受け止めてくれたあかねさんに感謝していることでしょう。