畑中聡編 ~気になるあいつと~
畑中聡編 ~気になるあいつと~
俺の名前は畑中聡。
今は仙台にある国立大の工学部に通いながら、春からの新生活に向けて準備を進めているところだ。
それまで暮らしていた1DKのアパートから、パートナーの塩飽昭と共同生活ができるよう2DKのアパートに引っ越しをするので、ちょいとバタバタしている。
今度はそんな俺の話を聞いていってほしい。
俺の実家は、北東北の県都にある。俺はそこで生まれ、育ってきた。
俺の性別違和の発症は小学校中学年くらいで、自分の体が女子であることに違和感を覚え始めた。
それは次第に強いものになり、小学校高学年にははっきりしたものになっていった。
俺はそれを両親に訴え続けた。最初はなかなか聞いてくれなかった両親も、俺があまりに繰り返し言うものだから次第に耳を傾けてくれるようになり、どうしたら良いか解らないと、とりあえず地元の精神科に連れて行ってくれた。
地元の精神科ではとても診断できないという事で、俺は東京のジェンダークリニックを紹介された。もっと近くの大学病院でも診断はできるけれど、専門医がいないから年少者の診断は厳しいだろう、と地元の精神科の医師は言ってくれた。わざわざ俺のために診療ガイドラインを通読して判断してくれたらしい。
そんな訳で中学校に入ると同時くらいに、俺の東京詣でが始まる。初回はいろいろ説明もあるからと親同伴で行ったけれど、2回目からは費用の問題もあるので俺一人で通う事になった。今にして思えばいくら同じところに通うとはいえ、中学1年の子供を東京まで一人で行かせるのだから、親もよほど心配していたに違いない。
それでも通院のための交通費はばかにならない額だったから、断腸の思いで送り出してくれたのだと思う。
結局2年ちょっとの歳月をかけて、俺は性同一性障害(FtM)の診断をもらった。クリニックの先生は満15歳になるのを待ってホルモン治療を始めましょうという事で、親から承諾をもらってくるように書類を用意して渡してくれた。
親は割とすんなり書いてくれた。俺には兄貴も妹もいたから、その分気楽にいられたのかもしれない。
中学3年の時、満15歳になるのを待ってホルモン治療が少量ずつ始められた。
それと同時に、高校進学について考えないといけない時期に来ていた。俺は中学校時代は女子として通っていたけれど、高校からは男子として通いたいという強い希望を持っていた。
中学校3年の時の担任の先生を通して県内の高校に問い合わせをしてもらったが、すぐに受け入れ可能だという学校はなかった。最近顕在化し始めた問題だから、どこも受け入れ態勢など整ってはいないのだろうと俺は思った。
諦めかけていた時、担任の先生は隣県の県教委にまで問い合わせをしてくれ、俺が通っていた高校を見つけ出してくれた。既に2年間、受け入れ実績があるという。
ただし隣県なので、高校生にして下宿生活を送らざるをえなくなる。この点についての不安は残ったのだが、俺には男子として生活を送れることの方が大事だった。
俺は親に無理を言って越境受験し、合格を勝ち取ってきた。そうして俺の仙台行きが決まる。
高校1年の春先、新生活を始めるにあたって戸惑いばかりだった俺を導いてくれたのは、加藤忍先輩とそのご家族だった。加藤先輩はFtMの先輩としていろいろアドバイスしてくれたし、ご家族の方には生活全般についていろいろと教えてもらった。
瀬戸彩香先輩にもお世話になった。学校や結局俺が高校3年間の朝飯と夕飯でお世話になった高校に隣接する大学の学食の案内、近くのショッピングセンターや遊び場などを、同時に入学することになったMtFの奥山羽衣と一緒に案内してもらったのだ。
部活動では科学部に入ったが、ここではMtFの天本早瀬先輩にお世話になった。天本先輩は当時科学部長を務めていて、俺や奥山を含む1年生組をいつも温かい目で見守ってくれた。一緒に部活動をできたのは半年だけだったけれど、忘れられない先輩の一人だ。スマホアプリのチャットグループで連絡を取ることが今でもある。
クラスには同じ部活の生徒が2人いて、1人は奥山、もう1人は武田文彦という奴だった。武田は兄がいて、その兄が天本先輩のことを知っているそうで、当初から性別違和の俺達にも友好的だった。俺と奥山は武田を通してクラスの連中と仲良くなっていった。入学当時の俺はまだ体も鍛えていなくて華奢で、男装した女子にしか見えないと周囲からは言われていた。
加藤先輩からはトレーニングのメニューを作ってもらい、俺は筋肉質の体を作るべく努力を重ねていった。
科学部の1年生には他に大川弘子、菊田毅がいて、俺を含めて5人だった。この5人は結構仲が良くて、今でも連絡を取り合ったりしている。奥山と菊田は付き合ってもう2年になるけれど、今後うまく行くんだろうか。GD仲間として心配なところだ。
科学部1年生組は他校の文化祭に行ったり、仙台七夕に行ったり一緒に遊びに行ったりしていた。もちろん部活も真面目にやっていたけれどな。
2年生になり、後輩が入ってくる。この年科学部に入った1年生は、塩飽昭、妹尾孝弘、橋口大二郎、瀬戸内博の4名だった。
このうち俺は昭に興味を持った。最初は男子にしてはずいぶん華奢で大人しい奴が入ってきたな…という程度の印象だったが、なんとなく気掛かりな存在だったのだ。今にして思えば、同類臭を嗅ぎ取っていたのかもしれない。
俺と奥山は、その昭から四月の末に相談を受けた。昭も自分の性別が解らないという悩みを抱えているという。俺も奥山も性自認ははっきりしていたから、これは俺達だけでは相談にのり切れないなと、一学年上の彩香先輩に相談した。彩香先輩も自分の手に余るという事で、もう卒業して大学生になっていた天本先輩と加藤先輩に相談してくれた。
そんな訳で4月末の連休初めに、彩香先輩の家で昭と同じクラスで友人のMtFの斎藤遥も交えて一同会しての相談が行われることになった。
答えの手がかりを出してくれたのは加藤先輩だった。加藤先輩には中学校時代に自殺してしまったMtFの友人がいて、その人がGD関係の事をよく調べていて詳しかったのだという。
結局出た結論は、昭は『Xジェンダー』なのではないかという事だった。要するに既存の男女に当てはまらない性自認の事をまとめて呼ぶ概念なのだが、昭にしてみれば『男』『女』に捉われない概念があるということ自体が衝撃だったようだった。
それから俺は、何となく心配な後輩として昭の事を見守っていた。Xジェンダーという仮の結論は出たけれど、その上で昭はどこへ向かって行くのだろうか、と…。
中性を指向するのか、無性を指向するのか、それとも性別という概念自体を拒否するのか。何だかしっかり捕まえていてやらないとどこかとんでもない所へ行ってしまいそうな気がして、俺は昭の事を気にかけていた。
昭は悩みながらも家族を説得してジェンダークリニック通いを始め、一歩一歩自分への理解を深めていこうとしているようだった。俺はそんな昭の姿を見ていて、胸が苦しくさえなった。ああ、こいつは今自分と戦いながら、周囲の無理解とも戦いながら、必死にもがいて生きようとしているんだ…。俺にはそう感じられた。
次第に明るい様子に変わっていく昭を見ていて、とりあえず悪い方にはいっていないようだと俺は感じ、安心もした。
俺のこの昭に対する感情は何なのだろう? 2年生の時の俺には答えが出せなかった。
この間、科学部内で妹尾の奴が昭がGDなのではないかと話題にしていて、俺は上級生として奴に何度注意したか解らない。妹尾の奴はクラスでも噂話にしていたようだったが、さすがにそちらまでは手が回らなかった。
そんな昭が自分の立ち位置を全校生徒に説明するはめになった事件があった。ある時不良との喧嘩が原因で、全校で昭がGDなのではないか、という噂が流れてしまったのだ。
昭は自分の口から、不器用ではあるが整理された説明をした。どれだけの生徒がそれを理解できたかは解らないが、昭が悩みぬいた末にたどり着いた一つの結論を見た気がした。こんな形で聞きたくはなかったが、昭がどこに向かっているのかが解ったような気がして、俺は安心した。
3年生に入り、受験勉強をしないといけない時期がやって来る。勉強していてもふっと昭の奴、大丈夫かなと頭に浮かんでくる時がある。こいつは一体何だろう。俺はつかみかねて、奥山に相談した。奥山の答えは明瞭だった。
「それは『恋』じゃないのかしら?」
なるほど言われてみればそうかもしれない。思い当たる節はある。しかしFtMがMtXに恋心を抱くとは複雑怪奇だなと俺は思い、昭の迷惑になってもまずいと思って、いったんその気持ちは保留にすることにした。
6月下旬になり、放課後部室にいると、俺に奥山から電話が入る。
「もしもし畑中君、奥山ですけど…。昭君が話したいことがあるって。今から言う空き教室まで来てくれないかしら?」
そんな電話だった。昭が俺に話…? 一体何だろう。だけど最近あいつ、俺が近くにいると様子が変だったよな…。そんな事を考えながら俺は空き教室に向かっていた。
空き教室に入り、話があるって?と俺が聞くと、昭は即座に本題に入った。
「畑中先輩、えっと…その…気持ち悪いと思われるかもしれませんけれど、私、先輩の事が好きなんです。」
俺は正直言って驚いた。まさか昭の方でも俺の事を気にかけていたとは。
「そうか、それで最近お前の様子が変だったんだな…。何かあるんだろうな、とは思っていたけれど、そういう事だったとは気づかなかったよ…。」
俺はそう答え、無理に答えが欲しいわけじゃないという昭の言葉を途中で遮り、俺の本心を昭に打ち明けた。そして、よければ共に人生を歩んでほしいと訴えかけた。昭は言葉を発せないでいたけれど、代わりに右手を差し出してくれた、俺はその手を強く握り返した。
俺達がパートナー同士になった瞬間だった。
当面は秘密にしておこう、とお互いで決めたものの…どうにも不器用な者同士、部活中何かぎくしゃくした感じになってしまった。
7月に入り、ちょうど3年生が所用で席を外している際に、妹尾の奴が昭に『何かあったんだろ、教えろよ。もしかしてお前達ホモなのか?』なんて下卑たことを聞いていやがった。
昭は正直な奴だから、言い逃れに苦労していた。その様子を見て俺はつい激高してしまった。
「いい加減にしやがれ! 誰が誰と付き合おうと勝手だろうが!」
と。その言葉自体が妹尾の奴が言っていることを肯定している事に後から気が付いたが、もう後の祭りだ。
妹尾の奴は学校裏サイトに書き込みをしたらしく、噂はすぐに広まった。内容が内容だけに普通の生徒の恋愛話のように受け流すという訳にもいかず、生徒会まで対応に出てくる騒ぎになってしまった。
結局生徒会による声明文と妹尾の奴の処罰である程度噂は沈静化したのだけれど、今でもやっぱり同性愛呼ばわりされることはあると昭は言っていた。卒業してしまえばもう噂とも関係なくなると思いたいが…。
ちなみに俺と昭が付き合う事になったと実家に報告したら、両親は『どうせお前普通の女子と結婚しても子供ができるわけじゃないんだから、やりたいようにすればいいんじゃないか?』という程度の反応を返してきて、何だか拍子抜けしたもんだ。もうちょっと一悶着あるかと思ったんだが…。もしかしたら両親は中学3年にホルモン治療を始めた段階で、何か諦めの境地に達していたのかもしれない。そうとでも考えないと理解できないほどあっさりした答えだった。
俺はその年度末、仙台の国立大の工学部を受験し合格した。
昭も今月同じ大学の理学部を受験して合格したから、これで3年間は一緒にいられることになる。
俺と昭のパートナーシップは、ちょっと普通の人には理解しがたいかもしれない。昭はMtXでノンセクシャル傾向だし、俺も治療の過程で多少強くはなったものの性欲の強い方じゃない。精神的な繋がりがあればそれで充分で、身体的接触は特にお互い求めていない。もちろん普通の人が日常的にする程度のスキンシップはあるけれどな。
そんな訳で、外から見ると俺と昭は仲の良い男友達同士くらいにしか見えない様子だ。昭が私服では常に中性的な格好をしているから、たまにこの人はどっちなんだろう? という顔をする人がいるくらいで、黙っていれば解らないらしい。
なかなか他人に理解してもらうには難しい関係性だけれど、必要があれば説明できるように用意はしておかなくてはと思っている。
そんなことで、昭を困らせたくないからな。
塩飽・畑中コンビの塩飽君側の動きは遥さんサイドから見えていたと思うのですが、畑中君側の動きって見えていなかったと思うので、ちょっとこまごまと書いてみました。
その前に本人のお話も入れてあります。ファーストシーズンからの引継ぎキャラなのに、過去が明らかでなかったですからね。