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松川好美編 ~熱くなれる事を探して~

松川好美編 ~熱くなれる事を探して~


 私は松川まつかわ好美よしみ! 今度の春高校2年生になる予定の女子高生です! 

 今度は私のお話を聞いてもらおうと思います!


 私は幼稚園の頃から、元気だけが売りの子でした。いつも幼稚園の園庭でボール遊びをしたり鬼ごっこをしたりと、元気いっぱいに動き回っていました。

 お絵描きの時間やなんかは私にとっては退屈な時間で、早くお外に行って遊びたいなぁといつも思っていたことを思い出します。


 小学校に入ってからも腕白っぷりは変わらず、私は男子に混じってサッカーをしたりキックベースをしたり、時には喧嘩をしたりしていました。

 その頃は髪の毛も短くしてスカートなんかはいたこともなかったので、男の子に間違えられることもしばしばでした。


 そんな私に転機が訪れたのは、小学校高学年に入ってからでした!

 第二次性徴の時期を迎え、次第に変化して行く自分の体。自分は男子とは違うんだなって明確に認識したのはこの頃だったと思います。とは言っても別にはるか先輩や絵里奈えりな先輩みたいに性別違和っていう訳ではなくって、それまで一緒に遊んでいた男子連中が急に遠い存在になっていったというだけの事です。


 小学校高学年から始まったクラブ活動では、私はバスケットボールクラブに所属してがんばっていました。

 でもだんだんこの頃には気が付き始めていました。自分が実は運動神経があんまり良くはないことに。

 元気いっぱいなのがとりえで体力だけはありましたけれど、腕前の方はついてこなかったのです。私はそれがとても残念でした。


 中学校に入ると、今度は勉強もがんばれ! と親から言われます。

 私はそんなに成績の悪い方ではありませんでしたけれど、良い方でもありませんでした。両親はそんな私を見かねて塾通いを始めさせ、私はそこで尊敬できる先生と出逢います。この先生の指導なら素直に聞ける。そんな素敵な先生でした。

 私はその先生の指導のお陰でだんだん成績が伸びて行き、平均を上回るくらいの成績を取る事が出来るようになりました。

 やがて迎えた高校入試では、まず私立は今行っている学校とそれより偏差値の低い学校の2つとも合格できました。

 ところが、肝心の公立高校入試で私は失敗をしてしまいました。解答欄を間違えて一つずれたまま記入してしまうというミスをやってしまったのです!

 試験終了5分前に気がついて慌てて直そうとしましたが、5分で間に合う訳はありません。私は肝心な時にそんな大失敗をやらかしてしまい落ち込んでいましたが、両親を含めた周囲の人たちはそんな私を元気づけてくれました。

『人生そういう事もある』と。


 ちなみに中学校時代も私はバスケットボールを続けていました。けれども私の中学校ではバスケットボール部は人気の部活動で、あまり上手ではない私に出番が回って来るという事はありませんでした。

 ボールに触れる機会といったら全体でやるシュート練習やパス練習、紅白戦の人数合わせの時くらい。実は一番多くボールに触れていたのはボール磨きの作業をしていた時だったんじゃないかと思います。でもこれもおろそかにしてはいけない事で、ボールを磨いて空気の抜けがないか確認して、いたみや傷がないかをきちっと確認しないといけません。気を抜いてやっていると容赦なく顧問の先生から罵声が飛んできます。

 私は元気だけがとりえでしたから、それでもめげることなく黙々と与えられた役割をこなしていました。レギュラー入りなんて夢のまた夢でしたけれど、決してただつまらない事ばかりをさせられていた訳でもないのです。

 私のそんな姿勢だけは顧問の先生も評価していてくれました。腕前はさっぱりでしたけれど。


 そんな訳で私は、高校に入る時は今度は文化部で熱くなれそうなところを探そう! と思っていました。

 予備登校の時にもらったパンフレットに、今現在ある部活動が載っています。

 茶道部。うーん、柄じゃないなぁ。美術部。前衛アートなら作れるかも? 科学部。実験は面白そうだけど、私には難しそうだなあ…。調理部。どちらかというとまったりしてそうなイメージ。吹奏楽部は全国にも行った実績があるってことは、経験者じゃないとちょっときついよね。手芸部。なんか地味そう…。

 という事で、パンフレットの紹介文を読んだ程度では決め手になるものはありませんでした。


 入学式後の部活動紹介の時、私のそんな印象を吹き飛ばしてくれたのは手芸部でした。

 まずステージに上がった時に目に入った、気合の入った男子の先輩に度肝を抜かれました。こんな人でも手芸をやるんだ! と、失礼ながらその時は思ったのです。

 先輩方は堂々と各々の作品を掲げ持ち、こんなものが作れますと紹介してくれます。

 私はこれなら高校3年間熱い思いでやれるかもしれない! と感じました。


 入学直後といえば大きな出来事が二つありました。一つは全校集会で、同じクラスの同じ班の松本まつもと浩紀ひろき君が性別違和を抱えた、女子の体に男子の心の持ち主だという事が解ったこと。

 もう一つはその直後の遠足で、同じ班の人たちと仲良くなれた事でした。特に同じ班の松山まつやま弘美ひろみちゃんとは部活も一緒になり、とても仲良くしてもらっています。浩紀君も普段は礼儀正しい好青年という感じの生徒で、好感の持てる人でした。怒るとちょっと怖い顔を見せることもありますけれど、そんな事は滅多にありませんでした。


 そうそう、性別違和という事ですけれど、手芸部の絵里奈先輩と遥副部長も男子の体に女子の心を持つ性別違和の生徒でした。偶然の作用ですけれど、私はその時学校に在学している性別違和の生徒のほとんどの方と面識を持つことになりました。これは弘美ちゃんも一緒ですね。あと他に、科学部に塩飽しあく先輩という3年生の方がいたそうです。この先輩とは結局一度も交流がないままでした。楓部長と遥副部長は塩飽先輩と仲が良かったそうなので、時折名前をお聞きすることくらいはあったのですけれどね。

 私は特にそんな事は気にしないで、普通に女子の先輩だと思って接していました。世の中いろんな人がいるんだから、いちいちこだわっていても仕方ないじゃない? と思うのが本音でした。私自身だって女らしいかと言われたら、そんなに女らしい方ではないですしね。


 手芸部に入った目的には、熱くなれそう! ということの他に、少しは女子力を磨きたい! というのもありました。女子力を磨くだけなら調理部でも良かったのですけれど、部活動紹介の時に受けたインパクトの大きさが決め手になりました。

 特に野口のぐち先輩の存在感は大きなものがありました。こういう人が気合を入れて打ち込むって、いったい手芸にはどんな魅力があるんだろう⁉ と、私は不思議に思っていたのです。

 楓部長の作ったドレスもびっくりするぐらいの出来で、とても高校生の作品とは思えませんでした。私もここまで熱くなってみたい! そう思って、私は手芸部に入りました。


 入部後の新入生歓迎会やお花見で、私は早速先輩方にリサーチを開始します。いったい手芸にはどんな魅力があるのかと。大体皆さん返って来る返答は同じようなもので、『自分の作りたいものを自分の手で作り出せること』が魅力だと答えてくれました。

 もちろんそこに至るまでの道は遠く、最初は基本からの練習になりました。これはもちろん初心者として入部するのだから当たり前だろうと覚悟していたので、別段苦にはなりませんでした。


 それよりも親身になって指導してくれる野口先輩や良子よしこ先輩、絵里奈先輩の人柄に触れて、私はますます手芸部が好きになってゆきました。

 野口先輩は見た目は気合の入った不良のような風貌をしていますけれど、その実中身はしっかりした筋の通った人で、そのギャップにも驚かされました。野口先輩から教わったことは一杯あります。

 良子先輩は見た目は落ち着いた雰囲気の人なのですけれど、私達への指導はとても熱心に行ってくださいました。

 絵里奈先輩はどちらかというと控えめなタイプの方で、そんなお二人の先輩の後ろに控えてサポートに回ってくださっているご様子をよく見かけました。

 楓部長は落ち着いて大人びたタイプのお姉さん的な存在で、部の長としてふさわしい方でした。性格的にも人格的にも尊敬できるし、腕前も確かでしたから。

 遥副部長はそんな楓部長の補佐を積極的に買って出るタイプの方で、お二人がもともとご友人同士というのもあったのでしょうけど、部長副部長のコンビはとてもうまく機能しているように思えました。

 3年生の先輩方とは半年間しか一緒に部活動が出来なくて、十分な交流が出来なかったのが今でも心残りです。お二人とも素敵な先輩でしたから、時間さえあればもっと仲良くなれただろうにと思います。


 何とか6月の定期試験をやり過ごして夏休みに入ると、手芸部前期最大の課題と言ってもいい演劇部からの注文が入ります。

 この年は時代劇をするとかで、和服をたくさん作りました。私は勝手の解らないことだらけで、いつも良子先輩や野口先輩、絵里奈先輩に聞きながらの作業になりました。

 先輩達はそんな私の事を暖かく見守りながら辛抱強く作業を見守ってくださって、私はそれを嬉しく感じていました。それと同時に、自分の作った衣装が演劇部によってつかわれると思うと、熱いものを感じました。これはいい加減なものは作れないぞと自分に言い聞かせて、一つ一つ先輩達に確認しながら着実に作業をこなしてゆきました。


 演劇部の衣装作りが終わると、午前は文化祭に向けた作品作り、午後は夏休みの課題の勉強会という日程が組まれます。

 午前は野口先輩に教わり、午後は絵里奈先輩に教わる。そんな日々が夏休みが明けるまで続きました。

 課題の方は何とか最終日には終わらせることができて、ぎりぎり提出に間に合った…というより、絵里奈先輩の力で間に合わせてくださったのでした。


 そして迎えた文化祭。私は野口先輩に編み物の基本を教わりながら、編みぐるみを作って展示しました。これがなかなか奥が深くて、面白いなと感じました。

 けれども文化祭で展示を見にきてくれる人は少数で、大体は部員の友人知人、たまに手芸に興味のある地域の方々くらいで、2日間で来場者は100人を越えなかったのではないでしょうか。

 やっぱり販売物でもないと駄目なのかしらね、と遥副部長はおっしゃっていましたけれど、手芸部で販売物って…なかなか難しい気がします。在校生向けに売れそうなものを考えろと言われても、ぱっと思いつくものはないですもんね。そういうところ、飲食物を出せる部活やクラス展示には敵わないのかなあと思います。

 私達の代で何か考えたいなとは思うのですけれどね。難しそうです。


 文化祭が終わると部長副部長の交代がありました。

 新部長に指名されたのは野口先輩、新副部長に指名されたのは絵里奈先輩でした。

 指名を受けて私達にも本当にそれで良いのかと相談が来ましたが、私は部長は野口先輩以外考えられませんでした。その頃にはすっかり私は野口先輩のファンになっていたのです。

 硬派でビシッとした感じの野口部長に対して、絵里奈副部長は控えめで大人しくて柔らかい印象の方です。好対照をなしていて面白い人事だと私は思いました。

 もっとも私は副部長には良子先輩がなるのではないかと思っていたので、ちょっと意外にも思ったのですが…野口部長と良子先輩は付き合っているご様子でしたから、その辺の関係もあったのかな、とも思います。部長と副部長が恋人同士となると、色々不都合も出てきてしまいそうですしね。


 手芸部はこの新しい陣容で再スタートを切ります。秋冬になり、自由に自分たちの作品を作れる時間。私は編みぐるみをいくつか作りながら、編み物の腕をあげてゆきました。

 基本的にはかぎ編みで作ることが多いので、他のかぎ編みやレース編みなどにも応用できるそうです。来年は遥先輩みたいなレース編みにも挑戦してみようかな、なんて思っています。


 やがて3年生の先輩方の卒業式の日を迎え、ついに最後のお別れの時がやって来てしまいます。私達手芸部員5名は裁縫室に集まって、楓先輩と遥先輩を待ちます。

 やがて袴姿のお二人が姿を現し、みんなで『ご卒業おめでとうございます』の言葉を送ります。

 先輩方にはもっとたくさん伝えたいことがあったはずなのに、いざこういう場面になると月並みな言葉しか出てこないんですね。伝えたかったことの半分も気持ちを伝えられなかったなって思います。


 先輩たちがいなくなってしまったのはさみしいけれど、来春には新入生が入ってくるかもしれません。

 今度は私が先輩として面倒を見る番です。しっかり面倒を見てあげられるよう、準備しておきたいですね。


やっぱり野口君のインパクトは強かったようです。

好美さんの場合はそれがプラスに作用しましたが、野口君本人はマイナスに作用するんじゃないかと心配していましたね。この辺りの受け止め方は人それぞれ出てくると思います。

青春時代に打ち込めることを探すのって存外難しくって、作者は結局これといったものを見つけられないまま何となく中学、高校、大学と過ごしてしまいました。今になると勿体無いなと思います。

そういう意味で、熱くなれるものを見つけた好美さんは良かったんじゃないかと思います。

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