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太宰治『走れメロス』(小説)




挿絵(By みてみん)




 言わずと知れた『走れメロス』だが、メロスの性格に難があったり、距離と速度の計算が合わなかったりと、いろいろとツッコミどころの多い作品でもある。

 筆者が許せないのは、メロスが犬を蹴飛ばしたことだ。いかに友のためといえども、己の怠慢のために無謀な走りを試みてその道中なんの罪もない犬を蹴飛ばしやがった非道のメロスが、ラストには友を救い王を改心させたからといって英雄だなどとは片腹痛い。喩えるならば、通勤列車に遅れそうになって駆け込み乗車をした会社員が、めいっぱいはたらいて業績に貢献したといって威張りくさっているのと同じようなものである。


 ちなみに、伊坂幸太郎『重力ピエロ』の作中には太宰の本作への言及がある。弱者や動物への極度の肩入れの見られる「はる」という人物の言動がメロスに喩えられ、また別のシーンでは「春」自身がメロスのことばを引用するのだが、驚くことにメロスが犬を蹴飛ばしたエピソードには一切言及していない。前述した「春」のキャラクターを考えれば、「あいつは犬を蹴飛ばした、ディオニスは助けてもいいがメロスは死ぬべきだ」というはずである。ただし、この「春」という人物は飄々(ひょうひょう)としたキャラクターでもあるためその言動に一貫性を期待する読みは適当でないともいえる。


 閑話休題、ツッコミどころの多い『走れメロス』の作中世界だが、これにはそれなりに深いわけがあるのではないだろうか。

 たしかにメロスは直情径行の迷惑なやつで、それが正義として描かれている。親友セリヌンティウスはあろうことか自分を人質にと提案したメロスを恨みもせず、ただひたすら友を信じて理不尽な役目をまっとうした。そして改心した暴君ディオニスは悪びれもせず「仲間に入れてくれまいか」とのたまい、散々苦しめられたはずの民衆は「国王万歳」と歓迎する。現実ではとてもこうはいかない。

 が、私はこの作品におけるツッコミどころ、人間心理に関するリアリティのなさについては、これらは作者によって意図的に仕組まれたものだと解釈している。要は理想論なのだ。

 正義が通り、悪が改心し、全民衆がそれを受け入れる。—— あえて現実世界の実態や人間心理と距離を置くことによって、『走れメロス』の世界を特異なものに創りあげる。これは複雑にして不条理なる現実世界への痛烈な皮肉なのではないだろうか。

 性格に難のあるメロスが皆に嫌われる、セリヌンティウスがメロスの勝手を諌めて人質を拒否する、国王が改心しないもしくは民衆が王の改心を受け入れず死刑を望む。—— これでは現実を模写したにすぎず、ストレートな告発としてはありかもしれないが痛烈な皮肉にはなりえない。

 この作者は現実世界とはまったく違うリアリティを創りだすことによって、読者に現実を異化して見るようにうながしているのではないだろうか。


絵は、ブグローの『ビュブリス』を参考に描きました。

へたりこんでいる下半身まで描きたかったのですが、スペースが足らなかった…… ^^;

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