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髪型の憂鬱

「いらっしゃいませ~ぇ!」


 店内に足を踏み入れた途端、元気のいい声が出迎えてくれた。声の主は可愛い女性給仕である。耳のように高い位置でお団子にした髪に、クリーム色のリボンを飾っているところから、未婚の成人女性らしい。


 西華や東泉で髪を長く垂らしたり、二つ分けに結うことをゆるされているのは未婚女性だけだ。

 私も未婚女性の端くれなので、髪を完全に結いあげることは許されていない。さすがに、もうツインテールとかにはできる年齢ではないけれど。……誰? き遅れとか言った奴。その通りだよ! 私の感覚的にはまだ・・二十四だけれど、この世界の女性の結婚適齢期は十八から二十歳くらいまでなので、もう・・二十四ということになるのだ……泣ける。

 なお、こうがいかんざしを使っていいのは嫁ぎ後か二十歳以上、リボンだけで飾るのは十五歳から二十歳まで、花だけで飾っていいのは十五歳以下の未成年だけと決められている。──つまり、私が適齢期を過ぎてなお独身であることは、髪型一つでバレてしまうのである。世知辛い、この世界。泣ける。


 ちなみにアレだ、私がモテないのは、高身長且つ高学歴ということに尽きる。顔は人並み程度には整っているつもりだし、身だしなみだって気を遣って……いや、墨が飛んだりするから、仕事着として着ている上着は青鈍あおにびか赤墨か墨色なので、地味っちゃー地味か。あれ、売れ残って当然?


「お一人ですか? そしたら、こちらへ!」


 地味にダメージを受けている私には気付かず、可愛らしいお嬢さんは、私が一人であることを再確認して先へを誘導する。そう、お一人様ですが、なにか?


 さて、現在、お昼には遅く、夕飯には早い。そんな微妙な時間だったせいか、店内の人影はまばらだった。私以外の客は一人だけだ。

 なんだろう、自分の店以外もお客が少ないことに安心している私がいる。性格悪いな、我ながら!

 ──なんだかんだで、開店当日の来客ゼロという閑古鳥の鳴きっぷりに、私はダメージを受けていたらしい。ダメージ受けまくりな本日は、これ以上のダメージは御免蒙ごめんこうむりたい。うん、やっぱり今日は店じまいだ。


 献立表メニューを受け取り、供された橙茶とうちゃを口にしながらなにを食べようか思考を巡らす。

 この橙茶は、名前からわかる通りとう州の名産で、ジャスミン茶みたいな味のするお茶である。西華ではあまり流通していなかったが、東泉にきてからの私のお気に入りだ。お冷代わりにお茶が出される世界でよかった。おいしいわ~。


 さて、注文注文。上海シャンハイ料理や北京ペキン料理に近い料理が出される国にいてよかったと、心底思う。前世もそうだったが、今世の私も辛いものは比較的苦手な方なのである。

 煎饅頭いりまんじゅう蟹柳炒かいりゅうしょう、そして食後に宮酪きゅうらくと呼ばれるミルクプリンを注文する。煎饅頭は焼いた肉まん、蟹柳炒は蟹と野菜を使った塩味の炒め物のようなものだ。


 注文を厨房に告げる給仕さんの声を聞きつつ、私はぼんやり店内を眺めた。

 薄暗い店内はすでに灯りがともされていて、そのあたりだけ殊更よく見えるため、ついついそちらへ視線が寄せられてしまう。つまりは、先客ということなのだけれど。

 先程まで唯一の客であったその人は、男性だった。角度的に顔はよく見えないけれど、逆にひとつにくくった黒髪を背中に垂らしているのが目について、胸が苦しくなる。

 男性は女性ほど髪型に厳しい決まりがないため、そうやって長く垂らす人もよくいるのだが、私の知っている中で、その髪型をしている人はただ一人だけだった。せつも髪は長いけれど、彼は結って簪や笄をすことが常なので、あんな風に紐で無造作に括られた姿は、どうしてもその人を思い起こさせる。


(まだ怒ってる……かな。相当お怒りだって言ってらしたし)


 相手方の怒りに自分の怒りを上乗せした、旦那様の赤黒い顔を思い出し、私は憂鬱ゆううつになった。

 こく桐瑩とうえい。漆黒の髪をひとつに括った彼は、西華の彩族であり、西華での私の雇い主であったせき家のご令嬢の婚約者候補であり──


 私のクビの原因となった人であった。

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