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開店にあたってやるべきこととは

 開店当日とはいえ、店先に開店祝いの花が飾ってあったりするわけではないので、この店が本日新規オープンしたのだとは傍目からはわからない。それもそうだ。私が開店するにあたって店先に追加したのなんて、恋文お断りの張り紙くらいなものなのだから。

 しかし残念なことに、私がそのことに思い当ったのは、せつと共に店内に入ってから二刻半──一刻はそのまま一時間だから、二時間半になる──も経ってからのことだった。その間ずっと薛とおしゃべりに興じていたのだが、さすがにそろそろ出勤しなければいけない友人を見送りに出た帰りに、ふとそのことに気づいたのだ。我ながらニブい。


「そうだよねぇ……閉店した代書屋さんの看板、そのままだもんね。空き家のままだと思われても仕方ないか」


 私が借りた店舗は、二年前まで老夫婦が代書屋をやっていたと聞く。店主である旦那様が逝去されて、奥様がご子息のところへ引っ越してから、この店は看板を掲げたまま、空き店舗であり続けたらしい。

 だからこの店が新しい店主を迎えて再び開店したことを知っているのは、薛とその家族を抜かせば、昨日挨拶に伺った隣の文具ふみぐ屋の人と、この碩都せきとですでに代書屋を営んでいる同業者の人たちと、各種書類を受領した書史たちくらいなものだった。


「店舗も看板もと、再利用しまくったのが悪かったか……」


 私は、改めて店構えを眺めながらひとちる。

 住居を兼ねた店舗も、掲げられたままだった看板も、そのまま使用するには遜色そんしょくないものだった。

 特に看板は墨書きされた板でなく、装飾とともに「代書屋」と彫り込まれたものだったので、もったいない精神が働いてそのままにしてしまったのだ。貧乏にあえいでいた前世の私の、使えるものは使おうという根性が悪かったらしい。


「うーん、ここは花でも飾るか……? いや、飾るような場所なんてないしなぁ……」


 ここは商店ばかりが並ぶ中通りの、端の端にある。端っことはいえ、路地ではなく中通りに面したこの店は、立地はそこそこいいものの、居住条件がいくつかあった。

 店舗の外装を奇麗に保つこと、店の内外を清潔にすること、道に物を置かないこと、ごみを外に捨てないこと──まぁ、要は「美化に努めよ」って話なんだけれど、道に物を置けないとなると、花を飾るにも店内にってことになってしまうのだ。

 ちなみに、商店が集まった中通りだけでなく、闘館・書館(どちらもいわゆる役所だ)や、碩庫、中等院などの公共施設が集まる本通りも、この美観地区に設定されている。

 なぜわざわざ設定されているかというと……うん、この世界、あまり清潔ではないのである。

 私が今いるしゃは碩都と呼ばれる学問都市なので、比較的奇麗だ。

 けれども、これが単なる市や村になると、途端に砂っぽく埃っぽくゴミだらけになっていく。さすがに皇都や州都は、どこも奇麗に整えるよう専門の人が雇われているが、商都以下は都市単位に任せられているため、下町になるにつれひどく汚れが目立っていくのだ。

 私の祖国である西華も、現在住んでいる東泉も、それは同じらしかった。衛生観念というものが、この世界にはあまり根付いていないようだ。


「花がダメなら……うーん、チラシでも配るか?」


 開店祝いの花──自分で贈るのも恥ずかしい──が無理だとなると、あとは広告に頼るしか思いつかない。

 けれど、花を飾ることはよくあるとはいえ(いや、開店祝いに花を贈ったり、花屋以外で店から見えるように花を飾ったりするのはまったくないんだけど)、広告を打つことは今まで生きてきて聞いたこともなかった。なにせ、ネットどころか、印刷技術自体が発達していないのだ。招待状など、大量に文字を書く必要があるものは、代書屋か筆士に頼むくらいだ。

 だが、私の職業は──筆士。そしてここは、代筆屋だ。


「よし、そうと決まったら早速取り掛かろう」


 受け入れてもらえるかはわからないけれど、うまくいけば仕事もらえるかも!

 一転してウキウキとした私は、店内に戻った。


          ◆


 開店準備として、墨や紙といった消耗品は十二分に用意してあるし、文箱ふばこの中には愛用の筆やすずりなどの道具もある。

 ちなみに、代筆屋はただ文字を書くだけでなく、お客様の要望に合わせて紙をくこともあるので、小型の漉き船や簀桁すけたなどの道具も、別室に準備してある──というか、こちらの方は店舗に設置してあったのをそのまま借り受けた形だけれど。あ、漉きは新しく準備した。

 とはいえ、毎回自分で紙を漉くのは手間なのもあり、大概の代書屋が文具屋から買い入れるのだが。奇麗に紙を漉くのは簡単じゃないってことを、私は以前の職場で学んだのだ。職人ってすごい。


 準備した紙の中で一番安価な羽紙うしを選び、十五ふく×二十幅くらいの大きさに切る。大体B6より少し大きめなサイズといえばわかりやすいだろうか。小さくしたのは経費削減のためだ。……我ながらみみっちいが、未収入な現状、貯金は大事に使わねばならないのである。

 記載事項は……まず、店名とこの度新規オープンしたこと。あ、料金表なんかもいるだろうか。いや、これは細かく書くとこの大きさに収められないから、全部の料金は書かなくていいか。そうそう、割引券があったほうが新規顧客が獲得できそうだな。

 なお、この世界に割引券なんてものはないので、チラシにしろ割引券にしろ、こういった発想ができるのは前世様々だ。

 そんなことをつらつらと考えながら、墨をり、羽紙に筆をはしらせる。いつ嗅いでも墨の香りは清々しくていい。


 そうして出来上がったチラシ第一号がなかなかの出来だったこともあり、私はそれを手本として、黙々とチラシを量産していったのだった。

 開店当日にやるべきことでもなかった気がするが、ここはひとつ目を瞑ろうと思う。

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