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ここらへんで自己紹介

 さて、ここらへんで自己紹介でもしようか。


 私の名は玲琳れいりん。騎が苗字で玲琳が名前だ。苗字にいろが含まれていないことからもわかるように彩族ではなく、れっきとした庶民である。年齢は二十四。職業は筆士……つまり筆耕を生業なりわいとしている。今日からこの碩都せきとしゃで、代筆屋をすることになった者だ。


 そして私は──転生者でもある。


 転生。つまるところ前世の記憶があるという話なのだが、私の場合、その「前世」が問題だった。

 なにせ、私の前世の記憶の中には、私の故国である西華国も、現在住んでいる東泉国も、それ以外の諸国も存在しないのだ。逆に、私が生きていた日本という国も、今世こちらにはない。

 つまりは、そう──異世界転生、というやつである。


 自分が異世界に転生したのだと気付いたとき、私はまだ一歳くらいだった。

 ハッと気づいたら、自分が赤ちゃんになっていた瞬間を、今でもよく覚えている。あれは衝撃的だった。歩き始めでよろよろとしていた私は、バランスを崩してぽすんと尻餅をついた瞬間、「自分」というものを取り戻した──取り戻したと言っていいのかわからないけれど、それ以外に言葉が見つからない──のだ。


 しかし、前世を思い出したと言ってもはっきりとではなく、曖昧あいまいな部分も多い。特に最後の方の記憶はかなり薄いため、享年や死因は覚えていない。就職先がかなりブラックだったから、過労死でもしたのだろうか。常に過労・栄養不足・睡眠不足の毎日だったもんなぁ……死んでもおかしくない。

 まぁ、その死因が仮だとしても、うっかりそんな最期を繰り返したくはないので、今生は安定した職業に就こう。お金、大事。健康、大事。手に職、大事。

 そう決意した私は、この世界での公務員──尉史いしを目指した。


 尉史とは、武官である闘尉とういと、文官である書史しょしをまとめて指す言葉で、向こうの世界では官吏かんりとか役人とか公務員とか、そういったものに当たるだろうか。

 ちなみに、私が産まれた西華という国と、今いる東泉という国は、元は「泉華」という一つの国だった。

 昔、後継者争いで二つに分かれたものの、元が同じなのでそこに住んでいる人種も同じ、言語や文化といったものもほぼ同じという、ちょっと変わった国だ。

 その両国で官吏を目指そうとすると、平民も、いわゆる貴族である彩族も、進む道はただ一つ。「院」と称される学校に通いながら、最終的に「学士」または「院士」の称号を得ることである。尉史は、院士または学士の称号を得て、ようやく進める職業なのだ。

 それを知った幼い私は、わき目もふらず勉学に励んだ。


 最初は郷院きょういんと呼ばれる初等院。これは相当な事情がない限り、全員が行く。

 その次は中等院。通院が義務に近い彩族か、もしくは成績優秀者でないと通えない学校だ。郷院は無料だったが、中等院からは学費がかかる。中等院を卒業すれば「学士」の称号がもらえる。

 そして最後。最高学府に当たる「闘院」と「書院」。闘院は闘尉(武官)志望の人が行き、書院は書史(文官)志望の人が行く。彼らは卒業すると「院士」の称号を得、そのほとんどが「闘尉」または「書史」として役所勤めとなるのだ。

 私が目指したのは、この「書院」を卒業し、「書史」となること、だった。


 幸いなことに私は、ほどほどの平民家庭に転生できたので、中等院に進める余裕はあった。学力だってそこそこある。前世より記憶力もいい。

 けれども、悲しいかなこの世界は女性が学問をすることを奨励しておらず、「ただ行きたい」といった茫洋ぼうような希望は叶えてはもらえなかった。特にうちは弟がいるため、姉である私は適当に卒業して適当に嫁げばいい、みたいな様子だったのだ。

 前世では結婚する相手も余裕もなかったので、結婚に憧れはある。だが、花嫁修業だけで日々を過ごすのは我慢がならなかったし、早々に親が決めた相手と結婚して夫に従うのみな一生を送るのは、更に我慢がならなかった。

 この世界では妻から離縁は申し出られないが、夫からはいつでも理由なく離婚ができる。年を取っていきなり着の身着のままで放り出されてみろ。路頭に迷うじゃないか。そうならないためには、結婚相手は自分のことを好きでいてくれる人がいいし、一人になっても暮らしていける力が必要だ。今世では、一人淋しく貧して死ぬのはごめんなのだ。


 だから、私は家族の反対を押し切って勉学に励み、特待制度を受けられるほど優秀な成績を修めることで進学を勝ち取った。

 すべては、安定した未来のために。


          ◆


「それなのに……なぜ私は東泉で代書屋を始めているんだろう」

「開店当日に、あんたはなにを言いだしてるの」


 遠い目で張り紙を眺めていたら、つい口が滑ったらしい。ぺしり、と、藍媚茶あいこびちゃの袖をひらめかせてせつが私の額を叩く。


「しっかりしなさいよ、店主」

「そうだねぇ……ここまできたら、細腕繫盛記やってみるか」

「なにそれ」

「ん? 決意の表れ? みたいな?」


 たわいもない会話を交わしながら、私は店の扉に手をかけた。

 さあ、ここで腐ってても仕方がない。人生後戻りはできないのだ。祖国も、職も、多分恋も失った私にできることは、後ろを振り返って泣き続けることではなく、食い扶持を稼ぎつつ貯蓄に励むことだろう。


「薛、色々ありがとね! すっごい助かった!」

「いいわよ。あんたと私の仲でしょう」


 言葉だけ聞くとすごい意味深な発言だけれど、これに他意はない。薛と私の間にあるのは、純然たる友情である。

 我々は笑顔を交わすと、店の中へと足を踏み入れた。

 

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