恋文について考える
笙薛は男である。
女にしか見えないけれど、あれはれっきとした男だし、本人もそのつもりである。女装しているのは単なる趣味なのだと、奴は公言して憚らない。院時代から、その華麗な容貌に恋心を抱いた男子生徒が、死屍累々と絶望に頽れるのを何度も見た身としては、これ以上犠牲者を増やすのは避けたい。
とはいえ、事実を告げるかどうか、迷うところではある。失恋はつらい。この健やかな笑顔の根源たる恋心を、この手で消してしまうかもしれないのは怖すぎる。
けれど、友人として、薛の性別を隠したまま暎くんを応援するなんて、できっこないのも事実だ。そんな不誠実なこと、したくない。
だから、私が選ぶ道は……一つしかないのだ。
「あのね、暎くん!」
「うおっ」
がしっとその両手を握りしめると、基本フレンドリーな暎くんもさすがに驚いたようだ。驚かせてごめん。
たじろぐ暎くんの手を握りしめつつ、私は覚悟を決める。
「聞いてほしいことがあるの。すごく、すごく大事なこと」
同性同士の恋愛を否定はしない。この世界では一般的ではないけれど、それだって隠しているだけで、ないわけではないと思う。
だから、薛の性別を聞いて、それでも恋文を渡したいなら、私だって頑張るよ!
「薛は、男です」
私の告白に、暎くんは目を丸くする。時が止まったように目を見開いたままの暎くんは、絞り出すように疑惑の声を上げた。信じられないのも無理はない。私も奴の性別を知ったときは驚いたものだ。
「…………は?」
「薛は、男です」
重ねて告げる私に、暎くんは唾を飲み込み、ぱちぱちと瞬きをする。
「男」
「男です」
はくはくと声にならない声を上げる彼がようやく形にした言葉を、私は肯定した。
憧れの佳人がまさかの同性だという残酷な現実を知らされた暎くんは、世界の終わりを見たような、絶望的な表情になる。彼の黒い瞳に映る私も、同じような表情をしている。
「それでも構わないなら、恋文代筆、請けましょう」
「…………。……いや、うん、あの……いい、よ。うん……いいです」
口を開けたまま、暎くんはなんともいえない表情を浮かべた。そして、しどろもどろに断りの言葉を口にした。
「……そっか。ごめんね、こんな話して……」
「ううん、教えてもらえてよかったよ」
しょんぼりと肩を落として帰宅する彼に、私はかける言葉を持たなかった。失恋のつらさは、私も知っている。けれど、そのつらさは私と暎くんでは違うだろう。想いは、一人一人違うもの。安易にわかると言ってはいけない。
恋ってやっぱり、難しいな。
◆
暎くんの恋を終わらせてしまった私が恋文代筆を請けるのも……と、この期に及んでやっぱり及び腰になる私だが、数日後に現れた暎くんは、そんな私の態度に鼻息を荒くした。
「あのさぁ、絶対請けるべきだと、オレは思うね!」
数日前のことは夢だったのだろうか。そう思ってしまうようにその口調はいつも通りだ。力強く断言する暎くんに、私は眉を下げる。
「いや……ほら、恋の仲立ちって難しいじゃない?」
逃げてばかりじゃダメだと思ったけれど、やっぱり踏み込むのは怖い。でも、今の状況じゃ経営状況は悪くなるばかりで。
そんな私のことを、暎くんは鼻で笑った。
「バッカじゃね? いいじゃん、玲の字奇麗だし、もらったら嬉しいだろ。手紙なんて出さねぇけど、恋文は必要だしな」
「必要……っちゃ必要だけど」
この世界に生きて二十四年。さすがに恋文の文化にも馴染んでいる。とはいえ、何故手紙の方は庶民に根付いていないのか不思議なのは変わらないのだけれど。
「あ、オレは今のところ出す気、ねぇから」
慌てて補足を入れる暎くんの様子に、複雑な気持ちになる。お互い数日前のことを思い出してしまったのか、暎くんも神妙な顔だ。
「あの……先だっては、ごめん」
「玲が謝ることじゃ、ない。教えてくれてよかったとオレは思ってる」
私の弟分は男前だ。うだうだと逃げを打っている自分が恥ずかしい。逃げちゃダメだと思ったというのに、未だに踏ん切りつかずに恋文代筆を避け続けている私と大違いである。
「そうだね、恋文……やってみるよ」
院時代、恋が実らなくても誰も文句を言ったりしなかった。もちろん事前にそういう取り決めをしていたからだったけど、恋文を代筆させて、それがダメだったからと私のせいにする人はいなかった。
初めて責任を問われたからと言って、避け続けるのは間違っている。
手紙は、誰かの気持ちを届けて、相手と心を繋ぐものだ。その手伝いをしたいと思ったあの気持ちを思い出して、私は自分を奮い立たせた。
文机に戻り、背筋を伸ばして墨を磨る。一磨り一磨り、気持ちを込める。
そして、宝物の筆架に置いていた愛用の筆を執ると、文鎮で押さえていた白紙の羽紙に向き合った。
『あなたのお手紙代筆します。恋文代筆も承っております』
私は大好きな墨の香りを胸いっぱいに吸い込み、書きあがった用紙を見つめる。同じように羽紙を眺めていた暎くんが、ぽつりとこぼすように呟いた。
「いい手蹟だな。オレ、おまえの字、好きだよ。奇麗なだけじゃなくて、あったかくて、自由だ」
写本のときはできるだけ前世の活字のように、文字の大きさを揃えて見やすいようにするけれど、こういう張り紙は目を惹くのが一番大事だと思うので、大きさを変えたりデザイン性を持たせたりしている。多分、暎くんが「自由」と称したのはそこだろう。
「玲みたいだよな」
「え?」
「だって、おまえ自由人じゃん」
「なにそれ。……まぁ、わかるけど」
「わかってるのかよ」
思わず笑ってしまったのは、私だけではなかった。二人で同時に吹き出した私たちは、文机を挟んでしばらく意味もなく笑い転げていた。




