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花を添えたくて

 私がかんざしの飾りとして思い描いているのは、つまみ細工だった。

 制作は生前の私の記憶頼りだったので、始めるまでは結構不安だったのだが、いざはじめてみるとどうにかなりそうだった。意外と覚えているものである。まぁ、覚えたのは今の私ではないのだけれど。

 とはいえ、簡単ではなかったのは確かだ。宝玉織が、ちりめんのようなふわふわとした素材でなくてよかったと思う。


 私がモチーフとして選んだのは、睡蓮。この世界では「れん」という名の花だ。

 ──そう、それは漣さんの名前の由来となった花でもある。

 ちなみに、このモチーフは、月日餅の方にも転用している。簡略した睡蓮の形は、なんだか仏壇に供えるような心持ちになるものだったけれど、ここは日本ではないので、蓮の花に宗教的なイメージはない(睡蓮と蓮の花は別物だけどね)。あるのは、水の上に浮かぶ清廉なイメージのみだ。「漣」というこちらの名称も、その水のイメージからくるものらしい。


 剣つまみを基本に、水色にも薄紅ピンクにも見える布で花弁を作る(基本的に原色は彩族のものなので、庶民は薄い色かくすんだ色を身に着けるのだ)。なんだか睡蓮というより蓮華っぽい形になったけど、まぁいいだろう。丸っこい方が可愛いかもしれないし。

 普段使いは花を少なめに、葉の緑を添えて。特別な方は花を何輪かと、水色と薄荷ハッカ色で作ったしずくの房下がりを付けた。

 そうこうしているうちに、注文した簪が出来上がったので、作った花たちをそちらに縫い付ける。……うん、なかなかいい仕上がりじゃないだろうか。


 さて、後は手紙だ。台さんは手紙の依頼をしなかったので──私が代筆屋なのをわかっているのかと思わないでもない──、手紙は奏さんの分だけとなる。

 手紙……せっかくだから、紙をきたいな。お祝い事だし、なにか凝った……。


「あ!」


 浮かんだ妙案に浮かれた私は、店を閉めて何日かぶりとなる碩庫へと向かったのだった。


          ◆


「いらっしゃい、筆士ちゃん」


 そうだった、碩庫には笑顔仮面二号がいるんだった。

 満面に浮かべた胡散臭い微笑みに、私の気分は地に着いた。まぁ、浮かれたまま交渉はできないので、これはこれでよかったけれど。


「ご無沙汰しております、そうしんさん」

「真、ですよ」

「筝真さん。私は本日、奏亮さんの方に用事があってきたんです。奏さんはどちらに?」


 めげない二号を袖にしつつ(っていうと、すごく贅沢な感じだ。なにせ、私に秋波を送ってくるようなモノズキはいないのだ)、私は庫内をぐるりと眺める。

 奏さんは学生らしき人たちに本を手渡していた。きんさんと兄弟は、いつも通り作業用の部屋で写本に精を出しているようだ。

 弦士長の姿がないことを不思議に思いつつ、私は奏さんの手が空くのを待って声をかけた。


「奏さん」


 私の呼びかけに、奏さんは厭そうな顔をした。関わり合いになりたくないとはっきり書いてあるその顔に、私はぜひとも関わらせてやろうと拳を握る。漣さんへの贈り物のキモは、奏さんとの関わりなのだ。逃げようたってそうはいかせない。

 背筋を伸ばして、私は厭そうな奏さんへ笑顔を向けた。


例の・・ご依頼の件ですが、お手をお借りしたいことがありますので、店までご足労いただけますか? もちろん、終業後で結構ですので」


 もちろん、私の発言を聞き逃す二号ではない。速攻で「依頼って、なんですか? 僕も行っても?」と首を突っ込んでくる。が、あなたはお断りします。


「漣さんの、ためですから。ね?」


 これ見よがしに妹さんじょせいの名前を出して、その場を後にする。

 ははは、二号に根掘り葉掘り訊かれるがよい。


 恨めしそうな奏さんの視線を背中に感じつつ、私はそそくさと作業用の部屋へ足を踏み入れた。


筆士。どうですかな、進捗状況は。進んでおりますかな?」

「腕に炎症など起こしておりませんか。わしなぞ腕と腰が痛くて、軟膏が手放せませんぞ」

「大丈夫です。ちょっと他の依頼がありまして、少し進捗速度は遅くなりましたが、進んでいます。お二方とも、腱鞘炎つらそうですね。せめて肩でも揉みましょうか?」


 奏さんに二号をけしかけて、私は鼓兄弟や琴さんと交流をする。マッサージを申し出ると、おじさま兄弟は嬉しそうに相好を崩した。


「いいですなぁ。騎筆士はいい娘さんですな。うちの孫も、こんな娘に成長してほしいものですな」

「うちの息子が独り身なら、嫁に来てほしいくらいですぞ」


 鼓きょうさんのお孫さんは二歳なのだが、前途ある彼女は、私みたいにはならない方がいいと思う。嫁き遅れなのが髪型から万人にわかってしまうこの世界は、結構厳しいものなのだ。

 しかし、お世辞でも褒められるのは嬉しいものだ。下心がない場合に限るが。


「あ、僕も揉みますよ!」

もいい子ですな」

「騎筆士。お相手がおらぬなら、宇なぞはどうですか。年合わせもちょうどいいのでは?」


 鼓兄弟の弟子であるところの琴さんが、自分もとマッサージを申し出ると、嬉しくなったらしい兄弟は思わぬことを言いだした。

 あのね、セクハラですから。本当にやめて。ここに来づらくなるから!


「あのですね、それは琴碩庫士に失礼ですから。私は結婚する気も、できる気配もないですし」


 ああ、言ってて悲しくなってきたよ! 琴さん、ものすごく哀れむ視線を投げかけてこないで! おねーさん、泣けてきちゃう!

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