玲琳、お祝いについて悩む
結婚祝いのプレゼント。向こうの世界だったらキッチン用品とか商品券とか家電とか食品とか、そこらへんを選んだだろう。
しかし、この世界でお祝いにそれらのものを選ぶ人間はいない(まず商品券とか電化製品とかカタログギフトなんてものは存在しないし)。この世界での結婚祝いと言えば、お酒や反物が選ばれるのがセオリーである。私も、続々と結婚していく友人たちにそれらのものを贈ったものだ。……悔しくなんてないんだからね? 皆、大事な友人だし。
となると、今回も贈るものはお酒か反物かお菓子のどれかだろう。無難なラインナップだが、工夫をこらそうにも、相手の様子がわからないのだから仕方がない。
……でも、それでいいのかな。調べもしないでありきたりなものを贈るのは、記念すべき初めての代筆の仕事としては、巧くない気がする。適当に済ませてはいけないと思うんだよね、こういうのは。
そう思った私は、奏さんの伯父さんに連絡を取ってもらうことにした。まぁ、間に本人挟んだので、かなり不審がられたし、しぶられたけれども。
「どうも、はじめまして」
「はじめまして。この度は私のわがままを聞き入れてくださってありがとうございます」
そして現在、私と、奏さんの伯父さんである奏台さんは、湯気の立つお茶を載せた卓を挟んで、互いに頭を下げ合っている。鼻先に漂うこの香りは、橙茶のものだ。
「いやいや、突然亮がお嬢さんを連れてくるものだから、てっきりそういう話かと思ってしまったよ」
「……ご期待に沿えず、すみません」
私を自宅に連れて行った奏さんは、伯父さんである台さんからその質問を受けると、ものすごい、それはもうこの世の終わりのような厭な顔をした。
それだけでも失礼なのに、「天地がひっくり返ってもありえない」と断言されて、私の可哀想な心はズタズタである。いや、私も別にタイプじゃないんだけどね、それでも真っ向から切り捨てられるのはね、傷つくっていうかなんというか……。
「それで、訊きたいことっていうのは、漣のことだって?」
漣とは、奏さんの年の離れた妹さんの名前だ。三十歳直前の奏さんの妹は、結婚適齢期の十九歳。彼が家を離れたのが十五年前だというから、記憶にあるかも怪しい兄である。兄の方は、年の離れた妹を溺愛してるっぽいけれど。
「はい。先程、奏亮様からご説明がありました通り、この度妹様の婚礼祝いの代行を請けましたので、少しでも贈り先の情報が欲しいなと思いまして、こうしてお目通りできるよう、取り計らっていただきました」
奏さんは、私を自宅に残して出勤済みだ。なのでここには、私と奏台さんしかいない。
「事情は、どこまで?」
「そうですね、ご本人は勘当を受けた後、音信不通だとおっしゃっていましたが、こうやって妹様の婚礼の話を伯父様からいただけるとなると、双方の家ではちゃんと情報が行き渡っているのではないかと思っているのですが」
私が答えると、台さんは白い眉を下げて苦笑した。困ったような顔のまま、湯気の立つ茶碗を両手で持って一口すする。それを見て、私も同じように手に取らせてもらった。花冷えというか、今日は朝から寒いのである。お茶のぬくもりが快い。
「その通りです。和解したい弟は、甥の頑なな態度に困っていますが、あの子は私や弟がなにを言っても聞き入れる子ではない。そこで、漣の結婚を機に、仲直りしてほしいと思って、あの子を唆したんです」
視線を茶碗に落としたまま、台さんはため息交じりにそう零した。伯父さんを困惑させるほど、奏さんの頑固っぷりはすごいらしい。
「よくお祝いする気持ちまで持っていけましたね」
思わず本音が漏れる。だって、そんなに頑ななのに、よく動いたよねって思わない? すごいよ。
「あの子は、漣を本当に可愛がっていましたから」
シスコン部分を突いたら、さすがに弱かったらしい。
「では、本題に移らせていただきたいんですが。贈り物を選ぶにあたって、奏漣様のお好みと、お相手の人となりを伺いたいと思いまして」
漣さんもだけれど、その夫となる人のこともわからないと、贈りづらい。
そう尋ねると、台さんは色々と教えてくれた。やっぱり頻繁に連絡は取っているらしい。
「他の親戚は私のことを嫌っているので、こっそりとですけどね」
内緒ですよ、と目尻を下げてほほ笑むその表情は、奏さんとよく似ていた。
◆
さて、奏台さんのお家をお暇した私は、その足で中通りを巡ることにした。私がお店を構えている方の中通りだけでなく、もう一つの方もだ。
行先は、反物屋と細工屋。そして菓子屋だ。盛りだくさんだが、台さんからも贈り物の追加依頼を請けたので、実質二人分となる。台さんは反物にお菓子を添えて。そして細工物は、奏さんの分だ。
まずは反物屋で、台さんと奏さんそれぞれ分の布を手配する。
新婚さんに贈る布は染色前の絹織物と決まっているので、台さんのは白練絹にする。婚礼の反物が染色前のものと決まっているのは、彩族のしきたりを真似たものだ。なにしろ、彼らはその苗字の色の上着を羽織るので、婚礼の後に婚家の色の服を仕立てる必要がある。
しかし、奏さんの反物は色がついているものにした。反物というか、端切れだけれど。こちらは、最近皇都で流行っているという宝玉織──いわゆる玉虫織だ──を何色か、反物に充てた予算内で買える分だけ。そして、それに合わせた絹糸を一巻き。
菓子屋は反物屋と同じ通りにあったので、こちらも手配する。
婚礼用のお祝い菓子には、「月日餅」を選ぶのがしきたりだ。餅と名がついているが、食べると焼きしめた、濃いチーズクッキーのような味がする。チーズは栄養価が高いため、これを食べて、元気で一生添ってくれるようという意味合いがあるのだけれど……うーん、新婚さんに栄養を付けるっていうのが、即物的だよね。鬼棗とか、これまた栄養価の高い木の実が練り込まれてるし。
ただ、そのまま贈ったのでは芸がないので、特注で形を変えてもらう。月日餅は丸い形だけれど、丸い月日餅の他に、花を模った月日餅と、鳥を模った月日餅をセットにして箱に収めてもらうようお願いした。見本図を描いていったのが功を奏したのか、「簡単に省略した形なら可能」だと了承してもらえて、私も一安心である。
「さて、最後は細工屋さんか」
奏さんの贈り物のメインは、簪だ。十九歳の漣さんはまだ簪を挿すことができないけれど、婚礼を挙げて人妻になれば違う。髪を結い上げ、簪や笄で飾ることになる。
漣さんの嫁ぐお家はそれなりに裕福なのだというので、派手派手しくはないが、品よく、愛らしく、多少は見栄えのするものにしたい。ただ、それを全部依頼するとすごい値段になるため、こちらは私も手を貸す予定だ。
私は、これまた準備していった見本図を基に、細工屋に簪の加工をお願いした。最後の仕上げは私がする予定なので、頼むのはシンプルなものになる。普段使いの木製のものと、特別な香木造りのもの、二本セットで贈るつもりだ。
そして、お菓子と簪が出来上がるまでに、わたしも作業を行わねばならない。
すなわち、簪の飾り部分と、本業であるお手紙である。