玲琳と個性的な碩庫士たち
どうにか存在を受け入れてもらった私に、弦碩庫士長が個性豊かな碩庫士たちを紹介してくれた。
「店でも話しましたが、彼らがうちの碩庫士たちです。写本を担当しているのが三人。そのうち、一番若いのが琴宇」
すなおくんの名前は琴さんらしい。上司に名前を呼ばれて、ぺこりと慌てて頭を下げるところが初々しい。
「残り二人が鼓兄弟。兄が興、弟が曙です」
おじさま兄弟が奇麗にそろったお辞儀を見せてくれた。兄弟だからなのか、息がぴったりだ。顔だちはそこまで似ていないのに、仕草や纏う雰囲気は同じものである。
「修繕を担当しているのがこちらの二人。奏亮と──」
弦碩庫士長の声に合わせて、ずんぐりさんがかすかに目礼する。彼が奏さんらしい。
「筝真です。亮が奏でる方の奏、真が貴女の店の前の店主だった筝さんと同じ字を書きます」
「亮と紛らわしいし、遠慮なく真って呼んでくださいね~」
確かに紛らわしい。
笑顔仮面二号とずんぐりな奏さんは、苗字の響きが同じなため、皆名前で呼んでいるらしいが、なんか二号を下の名で呼ぶのは……憚られる。多分だが、下の名前で呼んだが最後、ものすごい勢いで絡まれる気がしてならない。
「奏亮さんと、筝真さんですね」
「えー」
「それでいい。下の名で呼ぶ必要はない」
不満げな二号を押し込めるように、奏さんが断言した。とっつきにくそうだけど……もしかして怒ってるのかな、この人。
私がそう思ったのを見透かしたように、弦碩庫士長──長いな、弦士長がフォローを入れた。
「亮は不愛想ですけど、これが基本形だから気にしないでくださいね。怒ってるとかじゃなくて、誰にでもこうなんですよ。あと、真には不用意に近づかないことをお勧めします」
上司にまでそのチャラさ加減に太鼓判を捺された二号は、不服そうに口を尖らせた。
「せっかく、せっかくですよ! この乾ききった職場に潤いが現れたというのに、近づいちゃダメとかって……ひどくない?」
「おまえは外でその潤いとやらをたくさん得ているだろう。職場にまで持ち込むな」
奏さんが眉間に皺を寄せて二号を睨む。うーん、きっと奏さんは真面目なタイプなんだろう。私に話しかけたときよりあからさまに厭そうな表情を浮かべるところからして、彼は二号とは相性が悪いのかもしれない。
「大輪の月季華も麗しいけれど、野に咲く秋鄙菊((しゅうひぎく)も愛らしいですよ」
二号の好みは月季華──薔薇のようなお嬢様で、彼から見て私は秋鄙菊なイメージらしい。なお、こちらの世界のコスモスは、農村に生えている単なる野草である。可愛いけどね。
「おまえ──それ全然褒めてないから」
「失礼な。褒めていますよ」
奏さんは、私を譬えた二号の言い草にすかさず突っ込みを入れる。彼の言う通り、確かに褒められた気はしない。「田舎娘」って言われたようなものだしね。しかし、二号はさらりと受け流す。
でも、あれだね、奏さんやっぱり真面目な人なんだね。私は改めて依頼された仕事をきっちりこなそうと決心した。言われなくても手を抜く気はないけれど──なにせ初仕事なのだ!──それでも気持ちが引き締まる心地だ。
「秋鄙菊でもなんでもいいですけども、今日は目通しだけってお話ですので、仕事は明日から頑張ります」
「彼女もご自身のお店がありますから、まず一冊、手本となるものを写していただいて、それに間違いがないようであれば、そちらを元にお店の方で写本作業に勤しんでいただこうかと思っているんです」
私の挨拶に、弦士長が言葉を添える。そう、私も本業があるので、ここで詰めて写本に精を出すわけにはいかない。
本来、碩庫では貸出はやっておらず、納められた蔵書はすべて閲覧のみとなっているのだが、今回は妥協案として持ち帰り可としてもらったのだ。その際、契約書を結ぼうと提案して引かれたことは記憶に新しい。
「ここでは作業をしないってことですか? それは残念」
まったく残念そうでない軽い調子で、二号がぼやく。丁寧な口調でも、いい人そうにまったく見えないのはなぜだろう。
「代書屋さんには代書屋さんのお仕事がありますからね。さぁ、筆士殿、もう外は暗くなりましたから、お店まで送っていきますよ」
不満そうな二号を黙殺し、にこやかに弦士長が目通しの終わりを告げる。
計ったかのように、刻の鐘が時刻を告げる音が響いた。