第7話 記憶と知識の使い方
俺がギルドハウスに戻ると、戦技をセットしている最中のマーシャルがいた。
「あ、お帰りラグナ。ログインしているのにいないと思っていたら、また天魔王級のレイドボス狩りに行ってたんだね。声かけてくれれば行ったのに」
「いや、別にあれくらいなら一人で行けるから、気にするなよ」
「……一応レイド系のボスなんだからさ。もうちょっと集団戦してあげなよ。君が武器を育成しまくるものだから、バランス壊れちゃってるじゃないか」
「ゲームバランス崩壊を俺のせいにするなよ」
確かに高レベル武器を使うと、あっさりボスを撃破出来てしまうわけだけどさ。
別に俺だけの特権と言うわけではない。
「一人討伐くらいはお前もやるだろ? それに他のギルドだって二人討伐くらいは余裕でやってるし」
「まあ、うん。……レイドボスは図体が大きいから、新しく手に入れた戦技を試すのにちょうどいいんだよね。特殊能力は持っているけど、攻撃当てやすいし、ヒットポイント多いし、サンドバッグにはもってこいだから。ただ、武器や戦技を持っていれば、少人数でやれちゃう辺りバランスがおかしいとは思うけども」
「だからそういうのは運営に言え。それに悪い事じゃないだろ? ドロップアイテムも美味しいし、狩り時間も長くならないし。設定的にはダメだと思うが」
ストーリー的には重要なボスみたいな扱いで、凄く驚異的に書かれているのに打撃数発で沈むのだから。色々と台なしだ。
「そうだね。簡単に突破され過ぎて、運営は血の涙流して調整したみたいだけど、それでも少人数クリアは余裕だったし。サンドバッグ化が進んだだけというか」
「ああ、俺も伝説の武器の試し打ちで、お世話になったからな。伝説の武器の《奥義》スキルってタメがでかくて当てにくいんだよな」
武器レベルが一定値を超えると、その武器専用の特殊なスキルや特殊な戦技が出現する。
《奥義スキル》と呼ばれるそれは、当てづらいとか、三日に一回しか使えないとか、制限はあったりするので、試しどころか限られるんだよな。
「へー、試し打ちかあ。……伝説の武器の特殊スキルや奥義ってどんなのがあるの? 攻略サイトにも動画がなかったから、見たいんだけど」
マーシャルは物欲しそうな目でこちらを見てくる。
技マニアなこいつのことだ。言うと思っていたよ。
「一応、最大レベルに達した状態の《奥義》スキルは演出が恰好いいな。……ま、今からボスおかわりと行くか。俺とお前で」
「だね。サクっと見せてもらうよ。ドロップ品は全部ラグナが持っていってよ」
「おう」
そんな感じで、俺とマーシャルの二人は楽しげに喋りながらギルドハウスを出て行った。
●
「……今日は、この夢か」
昼寝の最中にも、俺は夢を見る。
レインの所で暮らして数カ月を経過したが、寝るたびに、『ラグナ・スミス』の夢を見続けるのは変わらなかった。
お陰でどんどん新しい知識が付いていく。
現実と夢の中のシステムが合致してはいるものの、偶に齟齬もあるので完全な信用はしていない。それでも有り難いと言えば有り難い。
そして、ここまで繰り返されれば、俺も何となく現状に対しての認識が出来ていた。それは、
……夢の中と現実の俺は、かなりリンクしているってことだ。
俺は腰のホルスターに差した杖を見る。夢の中にあったはずの伝説の武器の一つが、レベルも能力もそのままで付いてきていた。
記憶がないが知識があるとは、何だか変な気持ちだ。ただ、
……俺としては、この家でレインと楽しく過ごした日々の記憶があるだけで十分なんだよな。
可愛い同居人で、先生で、ちょっと子供っぽいレインと、楽しく賑やかに過ごしてきた。
一年にも満たないが、ひたすら濃厚な時間を過ごした記憶がある。
それだけで、全く困らない。
全く問題がない。
そう思いながら、俺は共に昼寝をしていたレインを見る。
「くう……くう……」
寝ている姿も可愛らしい同居人は、昼飯直後から爆睡していた。
「うみゅ……」
近くに行っても、全く起きる気配なく、ぐっすりだ。
どうにも彼女は長く眠るタイプのようで、稀に半日、長い時はほぼ一日寝てしまうときがある。
それだけなら、特に問題ない。
ただ、俺には一つだけ心配な点があった。それは、
「っ……!」
レインは寝ていると、時折とても苦しそうな顔をする事があった。
今だってつむった目の端から涙をボロボロとこぼしている。
悪い夢でも見ているのかもしれないが、
……本当に頻繁に、泣くんだよな。この子は。
思いながら俺は指で彼女の涙をぬぐう。
それでも彼女は起きる事はない。
泣きながらひたすら眠る。
この数カ月、苦しそうに眠る彼女に出くわしたのは、一度や二度じゃない。数え切れないほど見た記憶がある。
この苦しそうな顔を見なくなる日は来るんだろうか。俺としては彼女の悲しい泣き顔を見たくないから、どうにかしてやりたいんだけどな。
などと考えながら涙を拭いていたら、
「――!」
家の外から、馬のいななきが聞こえた。
「っと、そうか。もうそういうタイミングだったな」
俺は眠り続けるレインの涙を一通り拭いてから、家の外に出た。
するとそこには一匹の馬と、一台の荷馬車があった。
馬車をひく馬は、俺を一瞥すると荷材の方を降ろしてくれと言わんばかりに、荷物を見ている。
「よしよし、待ってろ。今運ぶから」
俺は荷車の方に近づき、そこに置かれた木箱を降ろして行く。
箱の中身は、肉、野菜などの食料品や、雑貨品など多種多様なものだ。
この家には、月一でこんな馬車が来て、食糧や生活品を置いてくれる。
通販みたいなもの、とレインは言っていたけれど、御者もなく、モンスターに襲われることなく物資を届けてくれるこの馬車は一体何なんだろう、と思ったりする。
……勝手に食糧が届いてくれるのは助かるから良いんだけどさ。
『150レベルの魔術師ともなれば、そういう事をやれる商人と知り合いにもなるんですよ』とレインも言っていたし、色々な商売形態があるんだろうな。
そんな事を思いながら、俺は馬車に積まれた荷を下ろしきった。馬車馬はそれを見てから、来た道を戻って行った。
積んできた荷物を降ろしたかどうかも、馬は理解しているらしい。本当に不思議な馬と商売方法だと思ってしまう。
「……って、見てる場合じゃないな。荷物を運ばないと」
そうして俺は地面に下ろした荷物を見やる。
木箱の数は二桁以上ある。普段はレインと手分けをして運ぶが、今のレインはお昼寝中だ。
俺が運ぶしかないが、一人だと手がきつい。ただ、家と外を何度も行ったり来たりするのは面倒なので、
「よし、《幻影武器展開》」
俺は鍛冶スキルレベル一五〇で覚えられるスキルを使用した。
瞬間、俺の周囲に光の剣や斧が何本も浮かぶ。
以前、目覚めたばかりの俺を守ったスキルの一つで、その効果は周囲に光の武装を生み出し、自在に運用できるというものだ。
夢の中のゲームでは、倉庫の中におさめられた武器を出すという形式だったが、現実では光で出来た武器が出るだけになっている。
……もしかしたらどこかに倉庫があって、そこから供給されている可能性もあるけれど。
とりあえず、今出せるのは光の武器のみだ。
この数カ月を生活する中で、俺は自分のスキルや技を大方把握していた。
……夢の中の『ラグナ・スミス』が覚えていたスキルや魔法は、全て使えるんだよな。
そして現実でも何が出来るかを、ある程度、理解していた。
「これを、こっちの剣と斧の上に置いてっと」
幅広で、切れ味の鋭くない武器の上に木箱を置いて、俺は家に戻る。
すると、武器たちは俺の動きに追随しながら、荷物を運んできてくれる。
幻影とはいえ実態を持ち、意外と耐荷重性もあるので、これくらいの荷物なら楽々運べた。
我ながら便利な使い方を覚えたものだ、と思って居間へ向かうと、
「んあ、ラグナしゃん……? その荷物……は……?」
ちょうど、レインは目覚めたらしい。
寝ぼけ眼をこすりながら、こちらを見ている。そして、
「あ……!」
俺が荷物を運んでいる事に気づいて、慌ててベッドから跳び起きた。そのまま俺の方に駆け寄ってくる。
「も、もしかして荷物が届いたのに、私、寝ちゃってましたか!? す、すみません!」
「謝る必要なんてないよ、レイン。それに荷物運びくらい、楽にできるから気にする必要もないよ。この数カ月で体力も回復しているしな」
俺の体は、職業レベルが高いのもあって、割と力が出る。だから、木箱の一つや二つや三つ、纏めて抱えるくらいは楽だったりする。
「い、いやそのですね。……高レベルの鍛冶スキルで荷物を運んでもらうのは、ラグナさんに対して色々と失礼な気がしまして」
そう、レインはこの幻影武器の使い方を見るたびに、申し訳なさそうな顔をするんだよな。
「スキルの使い道なんて、そんなに拘らなくていいだろうに。日常的に使えるのは良い事だろ?」
「う、ううん、幻影武器なんていう高レベルスキルをそんな風に使用が出来るのは、ラグナさんくらいだと思います――」
と話している最中、膝の力が抜けたのか、カクンっと体勢を崩して、俺の方に寄りかかってきた。
「わぷ」
「おっとと、大丈夫か?」
「あ……すみません。まだ眠気が残っていた、みたいで……」
レインの表情は物凄く眠たげなものになっていた。
「うん、無理して起きてなくていいからな? というか、荷物は棚の方に詰めておくから、レインはそのまま昼寝を続行してくれ」
「は、はい、ありがとう、ございましゅ……」
そうして再び寝入ったレインの静かな息が聞こえる中、俺は荷物を棚に詰め込んでいった。
皆様の応援のお陰で日間総合一位になりました!
どうもありがとうございます!
このご支援にお応えするためにも続きは早めに書いて、掲載できるように頑張ります。(続きは明日の朝か夜までには必ず!)
そろそろ話が動いていくのもあり、文字数が多めになってしまいますが、どうぞよろしくお願いします!