第3話 情熱的なお誘い
モンスターに気を付けながら歩くこと数分。
レインに案内されてたどり着いたのは、森の中にポツンと建っている、木造平屋の一軒家だった。
そこで俺は暖炉の前のソファに座っていた。予想以上に体が冷えていたらしく、炎に当たると一気に安心感が湧いてきた。そんな暖かな火を見つめていると、
「はい、こちら毛布です。使ってください」
レインが横から、俺の体に毛布をかけてくれた。
「あ、すまん」
「いえ、それと室温の方はどうです?」
「十分暖かいよ。何から何まで、本当にありがとうな」
「ふふ、木にしないでください。ただ広いだけの家ですからね。こうして魔法で火つけをしても、温まるのに時間が掛かって、この時期は大変なんです」
レインは暖炉に火を付けるために、炎の短剣を生み出していた己の手を擦りながら言ってくる。
火を付けて数分の間にここまでぽかぽか暖かい環境になる時点で凄いと思うんだけどな。
「というか、勝手に毛布とかソファを使わせてもらっているけど良かったのか? この家の大きさといい、ご家族がいるんだろうし」
言うと、レインは苦笑して頬を掻いた。
「いいえ、住んでいるのは私だけですから。家具は好きに使って頂いて大丈夫なんですよ」
「ってことは、この場所で一人暮らしをしているのか」
「そうですよ。ずっとここで独身生活中です」
苦笑いのまま言ってくるが、その様子はなんとも可愛らしい。
周囲は木々に囲まれている上に、ここまで歩いてくる中で民家らしきものは一軒もなかったけれども、一人で暮らせるものなんだな。
食料はどうしているんだろう、とも思うが、あんな大きなモンスターを一撃で倒せる人だから、狩猟でも何でも出来そうだ。生活に不自由はしてないんだろう。
そんな事を思っていると、レインは俺の眼をじっと見つめて来た。
「ところで、ラグナさん。記憶の方は戻ってきましたか?」
聞かれて目をつむって良く考えてみたが、結果は以前と同じだった。
「んー、まだ思い出せないな。ただ、喋る事に対して不自由はしてないけれど」
「ふむふむ。……ちなみにお聞きしますと、ラグナさんは、私の顔もご存じでは無いのですよね?」
「あ、ああ。記憶にあるのは、キミにキスされた瞬間からだな」
「ひゃっ、そ、そこは記憶しなくて良いです」
答えた瞬間、レインの顔は真っ赤になった。とても表情豊かでかわいらしい女の子だ、と思う。ただ、その後で、
「でも、そうですか。それ以前の記憶は、無いですか……」
レインは少し悲しげな表情に変化した。
そんな彼女の反応で、俺も少し不安になった。
「……あの、もしかして、元々知り合いだったりするのか? 俺を抱きしめて助けてくれるほどだし。話し相手だったとか?」
もしかして忘れてはいけない人だったのではないかと、そう思った。
だから聞き返したのだが、レインは少しだけ目を伏せてから、首を横に振った。
「……いえ、喋った事も、ないですね。私はただ溺れている貴方を見かけて引き上げただけですので」
「そう、なのか」
だとしたら、目の前のこの子は本当に良い子だな。
見ず知らずの人間を助けてくれたんだから。
「……ありがとうな、レイン」
「いえ、困った時はお互い様ですから。それにまだ終わってませんよ? これから大事になってくるのは、ラグナさんの記憶と、今後について、ですから」
「今後?」
「ええ、今後、ラグナさんは何をしたいですか?」
レインの言葉に、俺は首をかしげる。
何をしたい、と言われても、記憶を失った身ではやりたい行動は限られている。
「とりあえずは……記憶を取り戻すか、自分が何者なのかを知るために動きたいな」
そう言うと、レインの表情が少し明るくなったような気がした。
「そうですか。……やっぱり不安だったりしますか?」
「まあ、ね。ただ、絶望するほどではないよ。こうして人と会話する事も普通に出来るしな」
ポジティブに考えれば、これからは新しい人生を歩めるかもしれないんだ。
少しだけ、好奇心的な意味で、楽しみだとすら思えてくる。けれど、
「……思い出せるなら、思い出しておきたい」
自分の記憶だ。忘れちゃいけない事もあっただろう。だから可能であるならば、記憶は取り戻したい。
そう言うと、レインはほほ笑みと共に頷いた。
「お気持ちは分かりました。……ただ、ラグナさんは病み上がりですし、もう少し様子を見たほうが良いです。――なのでラグナさんには、ここでしばらく暮らして貰おうかと思うのですが。大丈夫ですか?」
そして、いきなり、共同生活のお誘いがきた。
「え……っと? いや、それはマズいだろう」
前触れなしの提案に、俺は思わずそんな言葉が出てしまった。
「マズいって、何がです?」
「いやいや、ここまでしてもらっておいて言うのもなんだが、俺は君にとって見知らぬ男だぞ?」
既に家に招き入れている時点で、言うのもアレだけれども。
ちょっと危ないんじゃないか。
「いえ、もう見知っていますよ。ラグナさんという名前まで知っています。ここまで見知った人を、放っておけませんよ。それに先ほども見せましたが、私は結構強いんですよ?」
そう言って、レインは、自分の手から炎のナイフを出した。
「ほら、こうして炎の魔法も使えますし。襲ってくるような悪漢は焦がせちゃいますよ」
「お、おう、そうなのか」
「それに自分から見知らぬ男だなんて言って私を気遣う時点で悪い人じゃないと思いますし。――そもそもですね、この周辺にはモンスターも出るので。色々と装備はされていますけれど、記憶を失っている貴方が一人で出歩くのは危険かと思います」
「ああ……確かに」
まったくもって彼女の言うとおりだ。
記憶を失った土地で、どんなモンスターがいるのかも分からないのに、一人で出歩こうとするのは愚かというものだろう。
「しかも、ご自分の職業も分からないのでしょう? それはつまり、何が出来るか分からない、ということでもあります」
これも彼女の言うとおり。特に自分の能力すら分かっていないのだ。
自分の安全を考えれば、彼女の提案に乗るのが正解だ。
少なくとも自分の力がどの程度で、何が出来るのか。それくらいは知らなければ単独行動は危険だろう。だから、
「……それじゃあ、なんだか悪いけど、レインのお言葉に甘えるよ」
「気にしないでください。困った時はお互い様です。貴方が落ち着くまで、存分にここで暮らしてくださいな。色々と思い出して頂ければ、最良ですから。……これから、よろしくです、ラグナさん」
「ああ、よろしくな。レイン」
そうして俺は、全裸でキスをして自分を助けてくれた少女との、共同生活を始めることになるのだった。
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