31話 勝利に対する報酬と信頼
「アンちゃん、すっげえなあ! 上級天魔をあんな風に消し飛ばす人間初めて見たぜ!」
セインベルグの酒場で俺は、ドワーフの親父からそんなお褒めの言葉を聞いていた。
そして共にテーブルに付き、親父から酒を注がれていた。
「ささ、飲んでくれ! 今日はワシらセインベルグの運営ギルドの奢りだ。街を救った人間に恩返し出来なきゃ、仁義に反するってもんだからな。がはは!」
ドワーフの親父は相変わらず豪快に笑う。ただ、
「さっき下級天魔と殴り合いをしていたのに、元気だな、おっさんは」
体のいくか所に包帯が巻かれているが、そんな事を気にしたそぶりも見せない。
「そりゃ、元気になるさ。なにせ、天魔の襲撃があって、街での死人がゼロだったんだから。負傷者はいても、誰も死ななかった。これほどうれしい事はねえさ。向こうの方で自警団も酒を飲んでるけど、誰ひとりかけてねえんだからな」
ドワーフの親父は自警団の連中が座るテーブルに視線を送る。
そこでも負傷者は何人かいるものの、気にせずどんちゃん騒ぎをしていた。よっぽど嬉しいらしい。
「――まあ、俺としても死人が出なかったのは運が良かったからっぽいけどな。あの上級天魔、レベル一〇〇以上あったし」
それに何より、俺が鍛え上げた武器を使っていた。
俺はそこまで非力な武器を鍛えた記憶はないし、ゲーム時代の換算で言うならば、あの上級天魔はレベル一五〇相当の力はあっただろう。
それこそ天魔王と同じくらいだ。
レベル三十にも満たない自警団が生き残れたのは、運が良かったとしか言えない。そう思ったのだが、ドワーフの親父の判断は違うらしい。
「運を引き寄せたのは、アンちゃんの武器があったからだって医療班は言っていたぜ? 体力増強効果が無ければ死んでたやつらもいたし。下級天魔の排除が遅れれば死んでいたかもしれない。――だから今回の件は全部、アンちゃんと、アンちゃんが連れて来てくれた嬢ちゃんたちのお陰だ」
オヤジは俺が座っている席の両横――酒に酔って眠ってしまったレインと、普通に疲れて眠ってしまったケイを見た。
「礼を言うぜ。ありがとうよ」
ドワーフの親父は酒瓶を一旦テーブルに置いて俺に会釈する。本当に礼儀正しいというか、いい人だな、と改めて思っていると、
「それで、アンちゃん、トラベルゲートを使って、伝説の武器がある場所に行きたいんだったよな?」
ドワーフの親父が、今までにないくらいひっそりとした声で聞いてきた。
「ああ、ちょっとした野暮用でな。ただ、行くためにはおっさんの認証がいるって言われてさ」
「そうだな。俺の認証がいるが――まあ、ここまでやってもらったんだ。ジャンジャン使ってくれ」
ドワーフの親父の言葉に、俺は少し驚いていた。
信頼値を稼ぐために戦ったのは確かだけれども、ここまで速攻で決まるとは思わなかったのだ。
「随分とあっさり決めてるけど、いいのか? そんなに簡単に決めて。言質取ったから、もう絶対に使っちまうぞ?」
「ああ、構わねえ。それに、簡単に、じゃねえさ。これだけのことをしてもらったんだ。認めなきゃそれこそ恩を仇で返すことになっちまう。だから、問題ねえ。ブリジッドにも連絡を通しておくさ」
「そっか。なら、有り難く使わせてもらうよ。おっさん」
「そうしてくれ。アンちゃんなら信用できるんだ。街を救った上に、こんなに良い武器を見せてくれたんだからな! ――そうだ、今度ワシの工房に来て、鍛冶について話をさせてくれ。アンちゃんと話していると楽しそうだからな」
「了解だ。時間が出来たらよらせてもらうよ」
「頼んだぜ、アンちゃん。それじゃあ、俺は早速ブリジッドの所に行ってくるぜい」
そう言って、ドワーフの親父は俺のテーブルから離れて行った。
親父の早口から解放されて俺も一息つく。
両横にいる娘たちが起きない限り俺はここから動けないが、考え事をしたかったしちょうどいい。
天井を見ながら、俺は物思いにふける。
「俺の武器が、神からの武器、ね……」
目の前のテーブルには一個の革袋が乗っている。
中に入っているのは、天魔の無茶な使用で砕け散った武器の残骸だ。
この状態でも、ステータスを看破をすれば、名称はしっかり分かった。
【神月ノ居合刀lv180 状態:破砕 作成者:ラグナ・スミス 奥義:シンソク スキル:身体強化レベル3 精神強化レベル3――】
しっかりと、ゲーム時代のように、作成者まで乗っかっているステータスを見せてくれた。
これは確実に、俺が育て上げた武器であることの証明だ。
ただし、スキルの欄を見ていくと、
『――《攻撃力上昇・大》《狂信化付与》』
最後の最後。そこに奇妙な表記が見えた。
「……《狂信化付与》? なんだこりゃ」
それは、ゲームには無かったスキルだ。
当然、自分が付けた覚えもない、そんなスキルが、なぜか俺の育てた武器についていた。
……神とやらが俺の武器を渡してくれた、とか言っていたな。
だとすると、その神とやらが俺の武器に余計なスキルをくっつけたんだろうか。
今ある情報で推理するとそうなるが、
……つまり、俺が鍛えた武器が、この世界にある事は確定で。そして天魔の主の神とやらが、俺の武器を魔改造して変なスキルを付与した上で、天魔に渡しているってことか?
今のところ、考えられるのはこの位か。
分からないのは、天魔の主とやらは、俺の育てた武器をどこから手に入れているのか、だ。
……俺が武器を叩き込んでいた倉庫がこの世界のどこかに合って、そこを漁られているって線も無いわけじゃないが……。
この武器は、マーシャルに渡したものなのだから、倉庫にはない物だし、そこら辺に落ちているようなものでもない。
俺の記憶が吹き飛んでいることも含め、この世界には、どうにも謎が多すぎる。
とりあえず確定していることといえば、俺が育てた武器が、伝説の武器として扱われているということだけだ。
奇妙な話だ。
俺がこの世界に流れ着いたことも、リアルの記憶を失っている事も奇妙だが、自分のプレイした結晶がこの世界で伝説となっている事が一番奇妙だった。
……ただ、その奇妙さを追っていけば、俺がこの世界に来た理由や、ワケを知ることが出来るのかな。
今の所、その付近の記憶がごっそり抜けている。
未実装武器を活躍させてやりたいと願ったのが最後の、デバッグ中の記憶だ。
その思いがあるからこそ、この世界に来れたのは良かったと思うことがある。
……ああ、それに、この子たちがいてくれたから、こんな風に楽しそうに騒ぐ街の連中を守れたんだよな。
俺は俺の両膝を枕に眠る二人の少女の頭をなでる。
「んみゅ……ラグナしゃん……」
「ますたー……」
二人とも良い夢を見ているのか、可愛らしい顔をしている。
それが見れたのは、この世界に来て良かった事の一つだと改めて思うのだった。




