第17話 鍛冶師、動きだす
「んぐ……ますたーが作った朝ごはん。美味しい」
「ああ、そりゃ、どうも」
腹が減っているというケイに、朝食を食べさせながら、俺とレインは彼女から話を聞いていた。
「それで、ケイ。君はどうやって人化したかとか記憶にないか?」
まずはそこだ。
なぜ武器である彼女たちが人化しているのか。その理由に繋がるんじゃないかと思って尋ねてみたのだが、
「そこは、ない。いつの間にか、この姿になっていたから」
「そうか。そこはレインと同じで、人になった瞬間の記憶はないのか……」
「いえす。……でもそこの剣――レーヴァテインとばかり話していて羨ましいって思っていたのは事実」
ケイは机に立てかけてあるレーヴァテインと、俺の隣に座っているレインを続けて見ながら言ってくる。
「必要にされていて良いなって、思いを抱き続けていたら、こうなってた記憶がある」
「なるほど。……というか、武器時代のレインの事は知っているんだな」
「いえす、ますたーに使われていた時から、武器同士で通じ合うものがあった。ね、レーヴァテイン」
「そうですねえ。ケイさんとは同時期に鍛えられ始めましたから」
「ああ、ケイとレインを育てていたのは同時期だった……みたいだしな」
記憶は無いが、夢で見ている。ドロップの関係で、伝説の武器を育てる時期はバラけてしまったが、ケリュケイオンとレーヴァテインの育成時期は確かに同時だった。
先ほども武器にしか通じない言語があると言っていたし、人の姿を持っていない時代にも交流があったんだろうな。
「ああ、記憶を失っている俺にとっては、こういう情報を貰えるのは有り難いな。ケイ。もう少し話を聞いてもいいか?」
「いえす。ますたーが欲するなら、なんでも聞いて。答えるのが、ケイの望みでもあるから。……それで、何を聞くの?」
「ああ、幾つかあるんだけどな」
これまでの生活で、この世界が夢の中のゲームと大分地続きになっていることが分かっている。だから、この世界の仕組みは大分理解できてはいるが、知りたいことは沢山ある。
なんでこんな夢を見ているのか、とか。なんで天魔王が復活しているのか、とか。そして、
「何故、俺が記憶を失って、レインの元に流れ着いたか、だな」
記憶を失う前から持っていた彼女に聞けば分かるかもしれない。分からなくても手掛かりがあるかもしれない。
そう考えて質問した。
すると、ケイは数秒間を目つむって、何かを考えてから、
「そこは……ケイにも分からない」
首を横に振った。
「ケイはますたーに育てられて……気づいたら記憶を失ったマスターの所にいたから」
「そうか……」
記憶を失った当初から一緒にいた彼女でも分からないとなると、手掛かりが一気になくなってしまった。どうしたものかな、と俺が首を傾げていると、
「あ」
ケイが何か思いついたように声を出した。
「ケイの中に、ますたーに育てられた思い出がある」
「お、おう? それは今までの話で分かっているが、それがどうした?」
「うん……。だから、私に鍛冶スキルを使って触れれば、色々と観れるかもしれない」
「あー、なるほどな」
俺は、武器に触れるとその武器の状態や記憶を読みとることが出来る。
よくよく思えば、数日前もレーヴァテインに触れた時も同じような経験をした。
……あのとき、記憶のようなものが大分流れ込んできたんだよな。
そのお陰で、かつての俺が伝説の武器を鍛えて来たラグナ・スミスであると、何となくであるが認識できるようになった。
今回も、改めてケリュケイオンに触れれば、何かが分かるようになるかもしれない。だから、
「……やり方は分からないが、とりあえずどっちも触れておけばいいかな?」
俺はケイの横まで歩き、彼女の頭に触れる。それと同時に、立てかけておいたケリュケイオンを握った。
瞬間、
「――ッ」
俺の頭の中に何かが流れ込んできた。
『《ライトニングマスター》《物理上限突破》《雷撃無効》《気配察知》……』
それは、ケイのステータスであったり、能力だ。
夢の中で見たモノよりもさらに細かな内容が頭の中に入ってきた。
『うーん。レベル二百だからまだ入るよなあ。単体でも天魔王を倒せるように、それでいて最高の魔術を使えるようにっと……』
正確には、かつての俺が、スキルを組み上げる瞬間が映像となって見えている。
鏡でよく見るその顔が、次々に杖を弄っていく様子だ。
そして、かつての俺が、長々と時間をかけてケリュケイオンの設定が終えた瞬間、
「は……!」
俺の意識は現実に引き戻された。
背筋に汗がドっと浮き出て、流れていく。
「ふう……」
そして、俺は深い息とともに、思わず椅子に座りこんでしまった。
「ますたー、大丈夫? 汗、凄い」
ケイがこちらを見上げて、心配そうに喋りかけてくる。更には、
「ラグナさん……! 私たちの声、聞こえていますか? ラグナさん!」
レインもやや慌て気味に声をかけてくる。
その声を聞いたことで、俺の意識ははっきりして、呼吸も落ち着いていく。
「ああ、大丈夫だ。……俺、今まで、気絶でもしてたか?」
「いえ、ほんの一瞬、目がうつろになっていただけです」
なるほど。長らく映像を見ていた気がするが、ほんの一瞬の出来事だったのか。
「ますたー。ケイの記憶、見れた?」
「少しだけな」
「何か分かった?」
「とりあえずは……俺が、かつての俺と地続きであるっぽいことは、確認できたよ」
記憶が戻っている感覚はしない。
ただ、知る事が出来た。
……どうやら俺は、伝説の武器に触れれば、昔の記憶が見れるみたいだな。
今の所、大分助かる情報が見れている。
ならば、と俺はレインたちに尋ねてみる。
「レイン。ケイ。君たちがここにいるってことは、他の伝説の武器たちも、この世界にはいるんだよな」
そう言うと、レインとケイは顔を見合わせてから、揃って頷いた。
「ええ……と、多分、いると思います。なんとなくというレベルですが、他の伝説の武器の存在を感じとれるので」
「いえす。ますたーが育て上げてますたーの名前をタグ付けされた武器は、ケイにもちょっとだけ感じ取れる」
「おお。ありがとう。それだけ分かれば十分、今後の方針を決められる」
他の伝説の武器があるというのであれば、それに触れていけば、俺が記憶を失った原因を掴めるかもしれない。
それだけじゃない。伝説の武器の状況が分かれば、彼女たちが人化した理由や、天魔王が復活している理由も分かるかもしれない。
「……だとすると当面は、他の伝説の武器を探すための情報集めをしてもいいかもな」
「これだけの情報しかないのに……相変わらず、判断が早いですね、ラグナさんは」
レインはそう言って安堵するような笑みを浮かべてくる。
今後の方針を固めただけなんだがな、と苦笑していたら、
「くしゅんっ!」
毛布にくるまった状態のケイがくしゃみをした。
「ありゃ。ケイ、寒かったか?」
「のー。毛布の綿毛がくすぐったかっただけ」
「ああ、そっか。……でも、ケイの服がないんだよな」
この家にはレインと俺の衣服しかない。
俺が目覚めた時に着ていた服には《汚染防護》スキルがセットしてあり、汚れの類を完全に弾くので、基本的に着回し出来る。更には、この辺りのモンスターを倒してドロップしたものもいくらかある。
だが、生憎とケイの体格に合いそうな服は無かった。
「とりあえず今は俺のシャツでも羽織ってもらう事にして……レイン、服って街で買えるよな」
「ええと、はい。ブリジットが商店を開いてますし、そうでなくても、店はいくらかあるかと」
ならば、今日の予定は決まりだな。
「街まで早く行けるっていう馬車の調子を確かめつつ、街で何かと調達してこようか」
「は、はい、了解です。ラグナさん!」
「ますたーとお出かけ! 楽しみ!」
情報収集も兼ねて、俺はレインやケイと共に、街へと繰り出すことにした。