第14話 これからの、色々な育成方法
夜。
魔法のランプの明かりが部屋を照らす居間の中で、俺はレインと共にベッドに腰かけていた。
同じベッドで寝るようになってから、俺達は大体こうして眠くなるまで喋るのが日課になっていた。
「なあ、レイン。ブリジットが天魔についての話をした事で思い返したんだけどさ、レインたちの状況はどうなっているんだ?」
そして今日、俺は天魔を討伐してからずっと気になっていた事を尋ねることにした。
「状況、ですか?」
「ああ、かつての俺は、君たちを武器として鍛えた。それは合っているんだよな?」
聞くと、レインは目をつむり、何かを思い返すようにして頷いた。
「はい、ラグナさん天魔王の手から救い出してくれたのも。錆びて使い物にならなかったころから、たくさんの時間とものを注いで、育ててくれたのも。しっかり記憶に残っています。そして私たちを持ちながら、世界中を回ったことも、私の思い出の中にありますとも」
なるほど。やはり夢の中と、この世界はある程度地続きになっているようだ。
彼女は俺が育成したレーヴァテインであることには、間違いない。
ただ、夢の中との祖語もあるみたいだ。
「俺は君を天魔王から取り戻したが……しかしまたなぜ再び、封印状態になっていたんだ?」
先日まで、彼女は天魔王ユングの封印をしていた。
しかし、レーヴァテインは天魔王ユングを倒さねば手に入らないものの筈だ。つまり天魔を倒した状態であるべきなのに。どうしてあの天魔王が復活して、その上封印状態になっていたのか。
そしてなにより、聞きたいのは、
「なぜ、武器だったレインが、人としての姿をもっているんだ?」
彼女たちが人化している。その理由だ。
夢の中でも、彼女たちは人化する事は無かったし、一体どうなっているのか。
そう思って質問すると、レインは数秒間目をつむった。
その上で静かに口を開く。
「正直……私は両方とも説明ができません。この姿になって、意識がはっきりしてから百年以上経ちまして、その間に考える事もありましたが原理が分からないままなんです」
「レインもレインで考えつづけていたんだな」
「はい。不思議な事であるのは間違いないので。……ただ、ずっと人の姿になりたいと願っていたのは事実なんです。私が人であれば、ラグナさんともっとたくさん触れ合えるって。たくさんの事ができるって思っていましたから。……だから、とても嬉しい事でしたし、今はとっても幸せなんです」
「ああ、俺も、レインとこうして語り合えて、触れ合えるのは嬉しいと思うよ」
自分が育て上げた伝説の武器が、こんなに美人で可愛い子になるとは思わなかったから。
ただ、それはそれとして、原理が不明というのはあまりいい情報では無い。
「原理が不明って事は、……もしかしたらまた天魔王ユングが復活して、レインが封印状態に戻る可能性もあるのか」
「そう……なんですかね?」
夢の中のゲームシステムでは、天魔王は一度倒しても、数時間後には再び戦えるようになっていた。ただ、この現実では、どうなっているのかは分からない。
だから、倒した天魔王が復活するのかどうか、ブリジット辺りから情報を貰っておくことにしよう。
「まあ、天魔王ユングが復活したとしても、一応、レインの能力があればあの程度は倒せるんだけどな」
「え、そうなんですか?」
レインは意外そうな顔をした。
「もしかして、気付いていなかったのか? かつての俺はレインたちを育成する時、極限まで鍛え上げたんだぞ。それこそ天魔王を倒せるレベルでな」
ここ数日、レーヴァテインの武器としての能力と、レインの能力を比べてみたのだが、武器に組み込んだスキルの大半を、彼女は能力として持っている事が判明した。
……夢の中の俺は『自分たちを錆びさせた天魔を打ち倒せるくらいにするのがいい!』ってイメージで育成していたんだよな。
一種のロールプレイではあった。けれど、それが今、現実となって役に立つのだから結果オーライだと思う。そう思っていると、レインが俺の顔をじっと見てきた。
「なんだかラグナさん、記憶が戻っているみたいな話し方をしています。……未だに記憶の大半は失われたままなんですか?」
「ああ。基本的に、この世界で動いてきた俺の姿しか思い出せていないな」
つまりは、このゲームの中でデバッグキャラとして動いていた頃の記憶のみが、俺の中にはある。世界の運営者としての記憶と、彼女たちを育ててきた記憶の二つ。
けれども、夢の中の俺が、どういう日常生活を営んでいたのか、までは分からなかった。
「とりあえず、色々な知識を使えるようにはなったが、完全に記憶は戻っていない」
とはいえ、記憶という思い出はないが、情報と知識はしっかり頭の中に残っているからこそ分かる。
「まあ、そんなわけで、レインはかなり強いからな。天魔王ユングはボコボコにできると思うぞ」
そう言うと、レインは難しそうな顔をして頷いた。
「私だけで天魔王に勝てたんですか……。でも、ラグナさんとの戦いを見ていると、全然勝てるイメージが湧いてきません。私の炎では、あの溶岩の塊のような天魔を倒せる気がしませんし……」
「ああ、その辺りは攻略法の問題だ。そこさえ調整すれば、レインの今の能力でも勝てる」
炎魔法のごり押しだけでは流石に無理だが、少なくとも今のレインのスキル構成ならば、確実にそして安全に倒せる。
夢の中の俺を見続け、実際に倒した事で、天魔王の攻略方法については少し自信もついた。
倒す手段は本当に、いくらでもあると思っている。だから、
「もしも復活した時にレインだけでも解決できるように、明日から俺がそれを教えようか」
攻略者として育成する。
そう言ったら、レインは一瞬ポカンと口を開けてから、小さく微笑んだ。
「……ふふ、私がこの姿になっても、ラグナさんは育ててくれるんですね」
「育てるっていうか、少し情報を教えるくらいだけどな。それも、レインが教えてほしければ、だが」
「私がラグナさんの育成を断るわけがありませんよ。よろしくお願いします。――また、色々な事を教えてください」
「ああ、了解だ」
そんな感じで俺がレインと話をしていると、
「ん……」
レインは俺の体に寄りかかってきた。
そして、とろんとした目で、俺の顔を見つめてくる。
「お、もう眠くなってきたか?」
「いえ、そうではなくて……ラグナさん。教えてくれるって言ったばかりで、少しずうずうしいんですが、一つ今から教えて貰いたい事があるんです」
「今から? 別に良いけど、なんだ?」
聞き返すと、レインは俺の体に触れたまま、
――しゅるり
と、自分の服を脱いだ。
「お、おい。レイン?」
柔らかそうな素肌が、俺の目の前にさらされる。
ランプの光が、彼女の裸体を色っぽく照らし出す中、
「そ、その……ラグナさんと、い、いやらしいことを、したいん、……です。なので、教えて、下さい……」
レインは小さく、しかしはっきりとした声で言ってきた。
赤い髪の毛に負けないくらい顔を赤くして、こちらを見ている。
「いやらしい事を教えるって……ど、どういうことだ?」
「そ、そのですね。百年以上前から、私は、ラグナさんを思ってきたわけで。百年分の情念が入ると、わ、割とそっち系の欲求も強まると言いますか……。つまり……愛している人とえっちな事がしたいんです!」
しっかり言いきられたよ。
ここまでストレートに言われるとは思わなかった。ただ、
「ただ、知識はあるだけなので、実際の所が分からないので……。だ、だから、ラグナさん。私の体に色々と、教え込んで、下さい……」
そこからレインは体を震わせながら俺の体に触れてきた。随分緊張しているようだ。
俺としてもいきなりの発言なので正直、かなりびっくりした。だけれども、
「……レインは、可愛いなあ」
「ふぇ……?」
目の前で顔を真っ赤にしながら、俺を求めているこの子を愛しいと思った。
彼女が愛しく思う気持ちが、体の底から湧いてくる。
抱きしめてやりたい、とそんな気持ちが強まってくる。だから、
「ああ、それじゃあ、レイン。君が教えてほしいって言うなら、今から教えるよ。……まあ、俺も記憶が吹っ飛んでいるんで、かなり手探りになるが」
「……ふふ。ラグナさんと一緒に手さぐりで学べるなら、それはそれで有り難いです。……どうか私の体に、貴方との新しい思い出を、刻み込んで下さいな……」
「おう。――よろしく、頼む」
そうしてこの日。
俺は天魔から取り戻した大切な人と、深く深くつながっていった。