第12話 神であり英雄であるものの名前
護衛たちを馬車の中に戻した後、ブリジットは馬車の中からいくつもの料理を取り出してきた。テーブルに載ってほかほかの状態で、だ。
……あの馬車の中身はどんな異次元になっているんだ。
と思いながら見ている内に、料理の載ったテーブルが十数、家の前に置かれた。
「お代わりはいくらでもありますので。好きなだけ持って帰って頂ければ、と思います」
「はあ、ありがとう、ございます」
ただ、外で料理を野ざらしにして立ち話をするのもなんだということで、家の中に入ることにした。そして家に向かう最中、
「先ほどは失礼いたしました」
ブリジットは足を止めて、俺に向かって深々と礼をしてきた。
「何の謝罪だ?」
「貴方を疑い、レインさんの信用を傷つけようとしてしまいましたから、重ね重ね謝罪を。そしてお礼を。天魔によって苦しめられていた人々を助けて下さり、本当に感謝の言葉しかありません」
先ほどの護衛とは違って、ブリジットは俺が天魔を倒したことを疑ってはいないようだ。
ただ、俺としてはそこまで彼女に感謝されるようなことをやった覚えはない。
「そんなことで別に頭を下げることはない。俺はやりたいことをやりたいようにやっただけなんだから」
言うと、ブリジットは目を丸くした。
「そ、そうですか。て、天魔を倒した偉業をそんなこと扱いする人がいるとは思いませんでした……。凄い方なんですね、ラグナ様は」
「偉業、って、それほどの事なのか」
「と、当然です! この百数十年、天使ならともかく、天魔王を倒した人間はいないのですから!」
ブリジットは慌てた口調で言ってくる。
夢の中では誰しもが天魔をぼこぼこにしていたので、あまり偉業というイメージはないのだが、現実だとそうでもないようだ、と思っていると、
「あの、ラグナ様は一体、何者なんですか? こんな危険なモンスターが跳梁跋扈している地で、レインさんと同居できている時点で、只者ではないというのはわかるのですが」
ちらちらと顔色をうかがいながら、ブリジットが尋ねてくる。
「もしかして……どこか高名な魔術師や剣士様でいらっしゃるのでしょうか?」
「いや、そういうものじゃないんだけどな」
何者と言われても、正直答えようがない。
記憶が吹っ飛んでいるので、どうとも言い辛いんだ。だから、
「何者っていわれてもな。ラグナ・スミスっていう、一介の鍛冶師としか言いようがない」
すでに分かっている事実のみを告げた。
その瞬間、
「ら、ぐな、すみす?」
ブリジットは口をパクパクとさせて、動きを止めた。
そして、息をのんでから、俺を驚きの視線で見てきながら、
「そ、それは、本名でいいのでしょうか?」
「うん? そりゃまあ、偽名を使う意味はないからな。でも、どうしてだ?」
聞くと、ブリジットは数秒、呼吸を整えてから答えを口にした。
「ラグナスミスというのは、百数十年前にいた鍛冶神の名です」
「か、鍛冶神?」
「はい、この世界における伝説の武器――天魔王を封印出来る唯一の武装を生み出し、千の技を持つ武神マーシャルと共に、何百もの偉業を成した。最も新しい現人神。……偉大なる英雄の名前です」
「お、おう、そうなの、か……?」
思わず言葉が詰まりかけた。
なにせ、夢の中のコンビ相手だったマーシャルっぽい名前が予想外の所で出て来たんだから。
神にされているぞ、夢の中のアイツ。
まあ、俺の名前も入ってしまっているが。
……夢の中の知識が、変な所で合致するんだなあ。
ただ、その神がどうとか、記憶を失っている俺からすると、何が言えるわけでもない。何が真実かもわからない。だからここは、適当に言っておく。
「あー……同姓同名ってだけだろうな、うん。鍛冶師っていうのも偶然だ」
「そう、ですか。確かに、偉大な神の名前を子供に付ける方々もいらっしゃいますしね。しかし鍛冶師であり、神の名を持ち、天魔すら打ち倒す力の持ち主とは……本当に貴方の存在は驚愕ものです」
なんだろう。若干、ブリジットの俺を見る目が変わった気がする。
具体的に言うと、とても好奇心や興味の色が映るようになったのだった。
●
料理が載ったテーブルを抱えて家に入ると、とても開放的な空間が俺達を出迎えてくれた。
修繕してないので屋根は派手に半壊したままだ。それを見たブリジットは眉をひそめた。
「外観もそうでしたが……内部も派手に壊れていますね。これも、天魔の攻撃の仕業ですか」
「おう」
正直、破壊規模で言えば天魔王よりも俺の方がやっちまっている気はするが、戦闘の原因は向こうにある。だから向こうがやったに等しいよな、と心の中で思っていると、
「あの、よろしければ、修繕のために、大工でも派遣いたしましょうか?」
ブリジットが、首を傾げて聞いてきた。
「当商会は幅広い品ぞろえがウリでして。荷車を異空間とつなげることで何でも入れられる馬車から、腕利きの大工、冒険者の傭兵まで、言って下されば何でも揃えます。謝罪や感謝の代わりとして、必要なものがあれば、是非遠慮せずにおっしゃっていただきたいのですが……」
ブリジットはそんな申し出をくれる。随分な営業トークだが、生憎と、この家に関してはそういうものが全く必要なかった。なぜなら、
「ああ、いや、直すのにそんな人ではいらないさ。鍛冶で直せる」
「え? それは、どういう意味です? 鍛冶で家は直らないと思うのですが」
「うーん、俺もそう思ったんだけどな。……口で説明するよりやって見せた方が早いか。《鍛錬》開始」
そうして無造作に鍛冶スキル発動させた俺は、家の柱に触れることで、ステータスを確認する。
【一部修復された木造家屋 (レア) レベル21 次進化素材、樹木板・鉄材】
昔と同じような説明文が表示された。そして現在樹木と鉄材は既に準備されている。ならば出来る筈だ、と俺は鍛冶スキルを発動した。
瞬間、家を白い煙が覆い、
「――!」
煙が晴れた瞬間には、我が家の屋根は完全に修復されていた。また名称の方も、
【快適な木造家屋 (レア) レベル22 使用したポイントは2ポイント】
としっかり直っている事が分かった。そして鍛冶スキルを使いなれて来たのか、それとも成長したのか、使用したポイント数がその場でわかるようになった。
これは便利だ。家を直すのに掛った時間はほんの数秒ほどだし、本当に素早く楽に直せてしまった。
鍛冶システムで家が直る仕組みは未だにわからないが、こうして使い物になるのだったらいい事だ。そんな事を思っていたら、ブリジットの顔が青ざめていた。
「これ、が鍛冶? いや、しかしもう、神の御技にしか見えない……。やはり、ラグナ様は……」
どうやら、微妙に、誤解が進んだかもしれない。
俺は彼女の、血の気が引いた顔を見てそう思うのだった。