第10話 戻ってきた力
その日その時、ギルドハウスでは、マーシャルが憤りの表情を浮かべていた。
「もう! 新ボスを倒すのに、九〇分も掛っちゃったよ! あの天使型の特殊行動、本当に嫌だ!」
「お疲れ。でも、登場して一時間半で討伐成功とか、十分に早いと思うぞ」
マーシャルは新しく追加されたボスに、ソロで挑んできたらしい。そして先ほど、九〇分かけて討伐成功の報告と共に帰って来たのだが、チャットの節々に不満が見られた。
「ここの運営、初心者殺しが好きすぎるの、どうにかならないかなあ。いくら武器を強くしても、いくら技を覚えても、敵の特殊行動で全回復されたり、全回避されたり、変な罠を仕掛けてきたり、ちょっと酷過ぎると思うんだ」
「まあな。武器や技を強くしすぎる人がいるから、敵も強くしているだけだと思うぞ?」
ただ、特殊行動でごまかしているだけなので、攻略法が見つかったら強武器や強技で蹂躙されるのがいつもの事だが。
そう思っているとジト目を向けられた。
「武器を強くし過ぎる人が原因かあ。そうかあ……」
「だから俺だけのせいにするんじゃない。半分くらいはお前が技のコンボを考えまくってるせいだぞ」
マーシャルが偶に放出するコンボ動画だけで、既存のボス戦の難易度が変わったって騒がれるくらいなのだから。そう言ったら、マーシャルはそっぽを向いて唇を尖らせた。
「……コンボは思いつこうと思えば誰でも思いつくし」
「じゃあ、俺の武器育成だって誰でも出来るから良いって事だな。鍛冶ポイントを集めれば誰でも鍛えられるから」
「むうう……相変わらず理屈ではラグナに押し負けるなあ、もう」
マーシャルは相変わらず不満そうな口ぶりだ。
「というか、そもそも先行者組に入るから悪いんだろ。攻略情報が出てから挑めば楽に行けるのに」
「いやいや! それじゃあ駄目なんだよ! 一番槍が出来る、最高に楽しい時期を逃しちゃうじゃないか。新たな敵に、自分が持っているどの技が通用するのか、試行錯誤している時が本当にワクワクするんだからさ」
「マーシャル。お前、結構酷いよなあ」
ボスをサンドバッグ扱いしてコンボ開発をしているのだから。
「いやいや、ラグナこそ、ロマン派なくせに効率厨で酷いと思うよ。ボスを最短最速で片付けて、ドロップと美味しい鍛冶ポイントだけ貰っていくとかしているし。運営の苦労を考えなよ!」
「お前はどっちの味方だ」
というか効率重視で何が悪い。
「大量にある武器を育成するためには時間の確保が大事になってくるんだから。削る所は削るに決まってるだろ」
「うーん。やっぱり育成好きすぎると思うんだよね、ラグナは。育成の為にボス討伐を周回するとかよくやってるのもどうかと思うよ」
「放っておけ。――って、そうだ。ボスで思い出したけど、田舎のセインベルグでサブストーリーボスが追加されたみたいだけど、一緒に行くか?」
聞くとマーシャルはすぐさま頷いた。
「勿論! あそこは技の宝庫だからね。何か追加があれば美味しいし、イベントを探したいと思っていたんだ」
「了解。じゃあ、行くか」
そうして俺とマーシャルはギルドハウスを出立していった。
●
「うん……夢にも慣れて来たな」
俺は、居間のベッドで目を覚ました。
屋根のない開放感ある室内なので、日差しが差し込んでくると自動的に起きてしまう。
眩しさで涙が出るくらいの光だ。
……まあ、ある意味健康的で、気持ちいいから構わないんだけど。
思いながら、俺はベッド脇に置いてある武器を見た。
元から持っていたケリュケイオンの横には、真っ赤な鞘をした剣、レーヴァテインがある。
伝説の武器であり、そしてかつての俺が育てた武器だ。
天魔戦からもう二日が立っており、その間にいくらか使い心地を試してみたが
……凄く体になじんだんだよな。
触れた瞬間に使い方が分かった。
体がその剣を覚えているような。そんな感触だった。
《ファイアマスター》をはじめとした、多種多様なスキルもしっかり中に登録されており、夢の中の同じ感覚で使えるようだった。
……いや、夢の中以上に使いこなせた。
半壊した家の外にはいくつもの丸太が転がっているのが見える。
家を直すために材料が必要という事で、周辺の木々をレーヴァテインで伐採した結果だ。
……まさかレベル五〇のスキル一発で林の木々がほぼ全部切れるとは……。
もともと戦闘の余波で剥げていた林が、更に剥げてしまった。
割と豪快な自然破壊をしてしまったが、この辺りの木々は異常なまでに成長が早いので大丈夫だろう。一か月前に斬り倒した木の位置に、新しい成木が生えていたとかザラにあったし。
「まあ、何にせよ、かつての俺の育てたという武器が、俺の手元にしっかり戻ってきているんだ」
それがたまらなく嬉しい。そう思っていると、
「ふみゅ……ん……」
隣で寝ているレインがうっすらと目を開けた。
戦闘の余波でベッドの一つが壊れた為、居間のベッドで俺達は同衾することになったのだ。
「あ……ふ……朝、ですかぁ? おはよ、ございます、ラグニャさん……」
「おう、おはよう」
半ば寝ぼけながら、レインは俺の体を掴んできた。
俺の存在を確かめるように。そして、
「えへへ……ラグナさんが、います」
「おう」
レインは柔らかに笑って、頭をこすりつけてくる。
その頭を撫でるとまた幸せそうにほほ笑む。
「ラグナさんの手、気持ちいいです……」
「はは、ありがとうよ。普通の手だけどな」
そうして撫でる彼女の顔に、もう涙の痕は付いていない。
寝ている時に泣く事がなくなったのだ。
そして、苦しそうな表情を取る事もなくなった。
俺の大切な娘であり恩人である彼女が、気持ちよさそうに眠って、起きて。楽しそうに生活している。
……それが何より、一番嬉しいことだよ。
そう思いながら、俺は寝ぼけ眼でほほ笑む彼女の頭をぐりぐりと撫でつつ、今日の活動を始めていく。
日間、週間四位ありがとうございます!
ランキングの表紙に残っている間はどうにか、根性で、毎日連載を続けていこうと思います。