空っぽの自分へ2
喫茶店を出たところで康太と咲里は会話もなく向かいあっていた。二人を見ていると時間が止まっているように感じた。冷たい風がより一層そう感じさせたのかもしれない。
「康太くん恐いよ?どうしたの?」咲里は少し怯えているように感じる。このとき、僕の方からは康太の顔は見えなかったが、缶蹴りをするときの賢人の鋭い目つきを思い出していた。
「あっ、ごめん。喫茶店にいたら咲里ちゃんを見つけたから。
一緒にブルーでも行かないかなと思ったんだ。」
康太は咲里を驚かせてしまったことで焦ったのか、早口で咲里に詰め寄った。
「うーん。ごめんね。この後予定があるんだ。」咲里は無理に笑顔を作りながら言った。
「予定があるんだったら、仕方ないね。また今度行こうよ。浩輔も一緒に。」
「そうだね。また、今度ね。」と咲里はそう康太に言うと、僕のほうに近寄ってきて、
またね。と一言言って去っていった。またね。と言った咲里の目には涙が溜まっていた。
「凄く急いでいたけど、咲里ちゃんなにかあったのかな?」康太は僕に近づいてきて質問してきたが、僕には全く見当がつかなかった。
それよりも涙を目にためていた咲里の顔が頭から離れなくなっていた。
「分からない。」僕は康太に答えた。
「珍しいな。康太が人の顔見て分からないって言うの。」
「悲しいとかなら分かるけど、その理由までは分からないよ。それよりも康太は大丈夫?」
「大丈夫。」と言った康太の目は真っ赤だった。
「とりあえずブルーに行こうよ。」僕はブルーへ移動するようにと促した。そして僕たちは再び喫茶店に入り、お会計を済ませてから、ブルーへと足を向けた。
ブルーはカメラやレンズ、その他カメラに関するアクセサリーを取り扱う中古屋さんだ。商店街の一角にあり、売り場の広さは13畳ほどで所狭しとカメラやレンズなどが展示してある。
「はははっ」
ブルーの店長は康太の話を腰ほどの高さまであるカウンター越しに聞いて笑っていた。背が高く、恰幅の良い店長が高笑いをしていると、躍動感溢れる笑い方になる。と僕はいつも思っていた。
「店長笑いごとじゃないよ。」と未だに目を真っ赤にした康太がカウンターに両手をつきながら言った。
「すまん、すまん。でも咲里ちゃんが誰かと付き合っているなんて証拠どこにもないじゃないか。
お前らの早とちりってことはないのか?」
「そうなんだけど。でも浩輔の勘が外れたことってないからな。」
康太は余程僕の勘が気掛かりらしい。ここまで信頼されると軽い気持ちで言えなくなるなと思った。
「そんなの証拠にはならねえし、俺が咲里ちゃんにそれとなく聞いといてやるから、それまで我慢してろ。」店長は自信満々に腕組みをしながら言った。
「店長ありがとう。無駄に鍛えてねえな。」康太が茶化しながら言った。
「鍛えてるのは関係ねえだろ。」
「それよりも店長、今日は新しい掘り出し物とはないの?」話題を切り替えようと、展示してある望遠レンズを手に取りながら僕は店長に質問した。
「レンズはいくつかあるが、それ以外はダメだな。素人になら売りつけてやってもいいが、お前たちには売れねえな。」店長は悪意に満ちた笑みを作ってみせた。
「それでよく店がもってるな。詐欺師と変わらないじゃん。」康太が言った。
「うるせえ。お客のレベルを見て最適なものを提供しているだけだ。それにな、恋愛だって一つの詐欺みてえなもんだ。お前たちにはまだ分からないだろうけどな。」店長はなぜか遠くを見つめている。
「店長もそんな時があったの?」と康太聞くが。その顔はニヤニヤとしていた。
「まあな。」店長は視線を変えず、言った。過去の誰かを思い出しているのだろうか?
「それよりも、俺は咲里ちゃんと浩輔が付き合っていると思ってたがな。」
店長からの急で思いもよらない言葉が飛んできたので、僕は手に取っていた望遠レンズを落としそうになった。
「はははっ、そんなにビックリしなくてもいいだろう。」店長はまたもや躍動感溢れる笑い方で高笑いしている。
「なんで急にそんなこと。僕と咲里はただの幼馴染だよ。」自然とそしてなぜか、僕は康太のほうを見ることを憚られた。
「浩輔と咲里ちゃんが付き合うってのはないね。他の誰かなら分からないけど、浩輔のことなら自分のことよりも俺は知ってるよ。」康太はこちらに体を向けているが、重心はカウンターに預けてある。その言葉に嘘など微塵も感じられないほど、自信に満ち溢れた言い方だ。
自分のことよりも知っている。僕は自分自身のことをどれだけ知っているのだろうか?そう自問した。
「そうか、」
店長が続きを言いかけたそのときだった。急に頭が痛く、胸が締め付けられる感覚に襲われた。そして意識が徐々に暗闇のなかへと落ちていった。意識が遠のくなか、なぜか目に涙を溜めた咲里の顔が出てきた。