空っぽの自分へ
あの時のセミの鳴き声が懐かしく感じるほど、瞬く間に時間が過ぎ去った。
僕たちはいつも一緒だった。一緒に新しい発見をして、驚いて、喜んで、たまにケンカもしたけど、やっぱり一緒にいた。そんな懐かしい日々を秋の少し冷たい風を頬に受けながら思い出す。
「教科書の85ページからテスト範囲だからしっかと覚えておくように」
社会科の担当教員が大きな声を出しているが、チャイムの音が声をかき消してしまう僕の耳には後ろから聞こえてくる康太の小さな声がはっきりときこえる。
「学校終わったら、今日ブルーに行こうぜ。」
「うん。いいよ。」
ブルーとは僕たちが足しげく通っているカメラの中古屋さんだ。
僕は小さなころからよく父さんのカメラを拝借して撮影をしていた。小さなころから自然とカメラに触れていたこともあってか、幼少期はゲームをするよりもファインダーを覗いている時間のほうが長かった。康太も僕と同じくカメラが好きで高校入学当時に意気投合し、すぐに親しくなった。
「咲里ちゃんも一緒に誘う?」
「彼氏出来たみたいだから、どうだろう?」
「え?いつできたの?」康太は驚いた声で聞き返してきた。
「いや、僕の勘なんだけどね。この前話したときいつもと雰囲気が違っているように感じたから。」
「浩輔の勘はよく当たるというか、外れたって聞いたことないよな。」
「そんなことないよ。たまたまじゃないかな。」
僕は人の感情をいち早く察知することが得意だ。いつの間にか自然と他人の感情を読み取れるようになっていた。
僕と咲里は幼馴染だ。康太は入学当時から咲里のことが好きだけど、ずっと想いを告げられずに高校2年まできてしまった。ことあるごとに咲里を誘い、一緒に遊びに行ったけど、その先から踏み込むことができずにいる。そんなことを思い出しながら康太のほうを見返すと目を真っ赤にした康太がそこにいた。
「俺はこれからどうしらいいんだ。」
僕と康太は学校からブルーへと行く途中にある喫茶店へと立ち寄った。その喫茶店の4人ほどが座れるボックス席でうずくまりながら絞りだすような声で言った。康太がこの目のままじゃブルーの店長に笑われると言い出すので、喫茶店に一旦寄ることを僕が提案した。目の前にはアイスコーヒーが置かれている。
「いや、まだ決まったわけじゃないよ。本人に聞いてからでも遅くないと思うよ。」
「だから、浩輔の勘が外れたことないじゃんか。」
康太は一度頭をあげたが、再びテーブル上に交差された腕の中に顔を沈めた。沈黙がボックス席を包む。僕はこういった場面でどう切り返し、上手く言葉をかけてあげればいいのか分からない。
ボックス席横に設置された窓の外に視線を移すとセミの抜け殻が目に入ってきた。今の僕はセミの抜け殻にそっくりだ。表面だけはなんとか取り繕っているけど、中身は空っぽだ。
セミの抜け殻を見つめている僕の視線に見慣れた人の姿が入ってきた。
「咲里。」
「えっ?」康太が再び顔をあげる。
「今、咲里が通って行った。」
康太は僕が言い終えると同時に席を立って走り始めていた。
康太は考えるよりも先に行動を起こす人だ。そして行動を起こした後になぜ行動したのかを考える。でも、僕はそんな行動力がある康太が羨ましかった。僕はいつも行動できずに後悔ばかりする。
僕も急いで康太の後を追いかける。扉を押し開け、喫茶店を出ると一層冷え込んだ冷たい風が僕を出迎えた。




