源流の神殿
私は、突然の大きな物音に目を覚ました。
すぐに体を起こし、剣に手を添えて周囲の警戒をする。
そして、すぐにその緊張を解いた。
ドランが石を砕いて、ろ過装置を作っていたのだ。
「目、覚めたか。ちょっと待ってろ、水用意する」
ドランは、散らばった浄化器具でまた水を浄化した。
私はその水で顔を洗い、意識をはっきりさせた。
「何のためにろ過装置なんか作ってるの」
「浄化よりもカロリー消費が圧倒的に少ないからな。水の信憑性に欠けるが」
確かに、ここ二日間何も食べていなかった。
前の町で体内に蓄えたカロリー量からすると、後三日持つかどうかと言ったところだろう。
常に気を張り、水の浄化までしたドランは、いくらベテランサバイバーと言えど、注意しなければならない所まで蓄えが消費された様だ。
「次の町までの蓄えは十分だが、洞窟でどれだけ消費するか分からんからな」
「ならそのまま次の町まで行こうよ」
私自身のカロリー残量に少し不安があった。
「次の町で使う金が足りん、どのみち稼がないといかんからな。心配なら魚でも捕っておけ、水の鉱物は生体内に蓄積しないタイプの鉱石だから安心しろ。二十分後に出るぞ」
私は腕のベルトからナイフを抜き、泳ぐ魚めがけて放った。
水しぶきと共に魚の頭が弾き飛ばされ、体を激しく左右に振っていた。
ナイフと一緒に拾い上げ、内臓を掻き取り、開いて干した。
三匹目を開いたところで、ドランが立ち上がった。
私はすぐに魚を葉に包んで、ポーチに詰め込んだ。
そして、ドランの後を追った。
♯
河原には、屍鬼種が家畜を連れ込んで食い荒らした跡が所々に見られ始めた。
洞窟が近いようだ。
残骸の様子を見る限り、小型の屍鬼種の巣になっているらしい。
その場合は親玉さえ斬れば特に苦戦することは無い。
しかし、ドランの表情は段々と険しくなっていた。
「この臭い、屍鬼種の血だ。しかもまだ新しい」
「どういうこと」
ドランは足元の小さな角を拾い上げ、まじまじと見た。
「ゴブリン同士の殺し合いか、他の大型種による一方的な虐殺か」
答えはすぐに出た。
「あ、シーパーが居る」
洞窟の入り口に、小型の屍鬼の死骸を漁っている中型水棲獣のシーパーが三匹、前足を上げて日光浴していた。
硬い外皮に覆われたグレーの肉食獣で、同族にワニがいるが、顔は短く、顎より尻尾の力が強いなど、全く似ていない。
彼らは普段は夜行性だが、繁殖期になると日中も動き回り凶暴性を増す。
メスは常に数匹のオスと行動し、産卵条件のいい洞窟を見つけるとオスが洞窟内を占拠し、交尾をして数日で卵を産む。
人間が棄てた土地に残された廃墟をも住み処とし、その個体数は無視できないほどに増加、エルフの間でも準指定害獣とされていた。
そして、シーパーの素材はワニ同様、人間界では中々の値段で売れた。
「ミーア、どうする、やるか」
「私はいける」
ドランは弓を構えた。
私もすぐに荷物を置き、剣に手を添えた。
矢が風切り音を鳴らしながら、手前のシーパーの目に突き刺さった。
恐らく脳まで貫いたのだろう、体を痙攣させてその場に崩れ落ちた。
他の二匹は素早く前足を下ろして姿勢を低くし、川に飛び込んだ。
川中の二つの黒い陰は、体をうねらせ私たちへ一直線に泳いで来る。
水中からこちらへ一気に飛び出してくるつもりのようだ。
彼らは動物の足元を狙う習性がある、私は下段抜剣術式で構えた。
一呼吸おいて一気に飛び掛かってきた。
すぐに動きを見切って私は体を素早く右に一回転させ、その勢いに腕の力を加えて、滞空中のシーパーの尻尾に一斬撃を加えた。
そのまま跳び、尻尾に剣を突き立てた。
いい手応えと共に尻尾が斬り落とされる。
突き立てた剣を今度は上に凪ぎ払い、内側から硬質な外皮を切り裂く。
体液を垂れ流し、動きがすぐに鈍くなった。
私は落ち着いて頭の方へ周り、再び剣を突き立てた。
ドランは既に剥ぎ取り作業に移っていた。
「こいつらに抜剣術はおすすめしんな、刃がすぐ欠けるぞ。下段突きの構えで、飛び掛かってくる頭に突き立てるのがベストだ」
「まだ難しいよ、見切るので精一杯だもん」
「まあ、そのうち慣れるさ。次の町越すとそこらじゅうで見かけるぞ」
ドランは慣れた手つきで皮と顎を切り取り、紐で括って一まとめにした。
私もドランの手を借りて、一段落付けることが出来た。
「さあ、行くか。次の町まで一日半あれば着くだろう」
私は荷物を背負い、素材を引っ掛けて歩き始めた。
突然、洞窟の奥から獣避けの笛の音が響いた。
誰かがあの洞窟の中で獣か屍鬼に囲まれたのだろう。
しかし、その音は何度も響いた。
獣避けの笛は、特定の獣や屍鬼に効果があり怯ませられるが、その効果は一度のみだ、二度目以降は逆に凶暴化させてしまう。
つまり、洞窟の中で戦いに無知な何者かが迷い、獣に襲われてパニックになっている事になる。
そしてそれは、人間以外の何者でもないことは言わずと知れた事だった。
「ミーア、お前はどうしたい」
ドランは洞窟を後にしながら尋ねた。
まだ笛は鳴り響いている。
「私は町に行きたい」
迷いがあった。
ドランはそれを見逃さなかった。
「お前はここで待ってろ」
弓を構えて洞窟へ向かっていくドランの背中を見ているだけ。
今の私は冷酷だった。
これじゃ人間となんら変わりがない。
私は動いた。
「私も行く」
「そうだ、それがヒュエル族だ」
私は松明を作り火を起こしながらドランに付いて行った。