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九十九那 短編置き場  作者: すぺーど
ヒキコモリ少女の見る世界
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ヒキコモリ少女の見る世界 1

初めに断っておくと、この話はかなり、今の日本からするとありえないような仮定をあれこれと盛り込んでおりますし、それなりに過激と言うか、まぁそう言った話にはなるのですが―其れはあくまで若輩である自分が勝手に想起した社会に対するイメージであり、皮肉であり、決して現実がこうなれ、と言うような思想を抱いているわけでも、何か政治的な意図がある、と言うわけでもございません。

あり得ない世界の仮定の話、とでも一つ、捉えていただければ幸いに思います。

 思い返してみると、幼いころからの僕には、将来に対するいわゆる『夢』だとか、『希望』だとか、そういうものが欠けていたのだと思う。引っ越しの前、どこにあるのかすら忘れていたような、小学生の頃の作文を見つけたときに、ふと気づいたことだった。


 そこには(そもそも、その作文のテーマと言うのが『将来の夢』と言うものだったのだが)、幼き頃の自分の文字で、スポーツ選手になりたい、というような旨が記されていた。

 それを目にしたとき、僕は笑いをこらえるのに必死だった。というのも、その文章の拙さからではない。それは幼き少年らしからぬ欺瞞で押し固められていたからだ。


 確かに、僕は小学校の頃運動部に所属していたし、決して実力のある方ではなかったが、かと言って逆に全くの運動音痴と言うわけでもなかったのだ。子供が書く文章として、如何にもよくありそうな感じではある。しかし、寧ろそれは余りにもそれらしすぎた。ステレオタイプの『希望』を騙るこの文章を、果たして当時の自分はどのような気分で書いたのだろうか。担任教師はそれをどのような気持ちで読んだのだろうか。…あるいは騙されてくれたのかもしれない。そうだとするならば世も末だ…とは思うが、そもそも自分に『希望』と言うものが見えない以上、それを想像するのもおかしな話ではあるのかもしれない。


 両親は共働きで、どちらも家を空けている時間がそれなりに長い、忙しい人たちだった。休日は数少ない、僕たち家族が顔を合わせる日だったが、母はその時よく口癖のように、「いい仕事について、良い給料を貰えるように、今から沢山勉強をしておきなさい」と口にしていた。

 それを如何にも嘘くさい話だと思いながらも、しかし当時の自分には結果以外に縋る物もなかったので、結果としてそれに従う形になってしまったのは否めないだろう。


 母は確かによく働いてくれていた。そんな母が亡くなったのは、僕が中学へ入って暫くしてからのことだ。

 慌てて帰宅した父に連れられて見たのは、見慣れた母の軽自動車が店の壁に突っ込んで、無残な姿へと変わり果てている様子だった。周囲のアスファルトが黒く染みていたのを覚えている。勿論、母は即死だった。

 死因は、過労による不注意運転だと推測された。幸い母以外に死者は居なかったが、負傷者や店、警察などへの支払い、そして母の葬式などの費用が、母が残した貯金の中から賄われた。


 それから男手一つで、僕を大学まで進学させてくれた父には深い感謝をしている。だが事故の日以来遠い目をすることの多くなった父とは、社会に出てからは暫く碌に連絡もしていない。感謝はしている、だが、それだけだった。


 そうして、僕と言う人間は、やはり何もやることを見つけられないまま、ただ学力だけを頼って進学し、卒業し、そして結局は公務員の椅子を得ることに成功した。『いい仕事』『いい給料』かどうかは知らないが、安定という点では、さほど母の言ったことから逃れることができた気はしない。結局のところ僕は母の言葉に縛られて生きているわけだ。


 そして今。

 日本の人口も大分増えた。しかし一方で、経済化の進む社会に置いて行かれる人も多い、そんな時代の中で、思わぬ異動で都市圏を少し外れたところへと移された僕は―まるで運命に皮肉られるようにして―ある都市の、『社会復帰推進課』へと職を移す運びとなった。


 とはいえこんなな名前の部署、存在していることすら知らなかった。上司に当たる人に聞いてみたところ、それも無理のない話らしかった。曰く、現状を問題視した国が、試験的に設置を推奨してできたのが此処らしい。この県の成人人口に対する非労働者人数の人数はトップらしい。何とも不名誉な話である。


 さて、何をするのか、と言えば。


「ん、まぁ、何しろ試験的なものだしね。適当にやってくしかないんじゃない?しばらくは」


 と、直属の上司―もっとも、小さな部署であるので、彼はここの最高権力者でもあるのだが―はそう告げた。勿論国からある程度の指示は出てるけど、何しろ先例がないからねぇ、と、ガイドブックのようなものを持ち出しひらひらと顔を扇いでいる彼は平気でそう宣って見せた。


 とはいえ僕はこの上司、中年・小太り・かつ毛髪が薄い、という、公務員と言えば真っ先に想起するような人相をした男のことが、それほど嫌いではなかった。寧ろ、ある意味においては大げさに言えば尊敬すらしていた。


「夢とか希望…ってのが大事なのはそうなんだろうけどな。でもそんなの信じてたら俺みたいなのは生まれねぇし、絶対にこんな場所にいねぇよ。そもそも公務員なんて職がちゃんとあるかも怪しいね」

 というのは、異動してきて暫くたってから、冗談交じりに、自分には夢も希望もないというのになぜこのような部署へ送られねばならないのか、といった意味の愚痴に対して彼が言った言葉だ。

 国のために、人のために、そういう考え方をもって公務員になった人がいることも事実ではあるだろうが、彼はそういうタイプの人間だった。なるほど、と思った僕はそれから、この上司の言うことにはそれなりに耳を傾けるようにしている、と言うわけだ。


 そして、僕は彼に丸投げされた仕事内容を、次のように定義している。


 朝起きて、スーツに着替えて出社する。その後、用意されている非労働者のリストを基にその日の周回ルートを定め、会社の車に乗り込んで、そのルートを使いながら、まぁありていに言えば、就職活動情報誌を配りまわる。勿論、ドア越しや、出てきた人々に向けて声をかけるのも忘れない。国民として恥じない生き方を、とかなんとか。虚言も甚だしいのだが、数人の同僚が似たようなことをしているのを見ているうちに勝手に出てくるようになってしまったものだから仕方がない。


 特に酷いケースだと、家に押し入る、と言うケースもある。大義名分は、『生存確認』だとかそんなところ。今の国にはプライバシーだとか尊厳云々だとか、そう言った物は労働者のみの特権だと捉えている節がある。

 そうして発見した人に対して情報誌を配り歩き、改善が見られないようならばハローワークに多少強引に連行せざるをえないときもあったりする。それとて大抵上手くいかないのだから、上は一体何を考えているのだろうか、と時々思う。


 まぁそんな風にして。


 今の僕は、所謂『引き籠り』とハローワークとの橋渡しをする仕事が、この『社会復帰推進課』の、今のところの仕事内容と言えるものだった。

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