侯爵家令嬢 ヴィクトリア 4
本日2話目です。
心地のよいシャワーがヴィクトリアの肢体をなめらかに流れていく。立ち上る湯気が肌を滑るのは温かい水であると物語っていた。
狭かったり小さかったりすることが多いものの、グランド魔法学園の設備は概ね貴族の子女にも好評だった。ヴィクトリアも積極的に利用しているひとりだ。
特に運動場での練習の後のシャワーは、予定よりも魔法2回分遅れても――もっと練習したかったが魔力がもたなかった――欠かさないていどには愛用している。
ないものねだりを言えば、専用設備がほしかった。個人用と言わないまでも、せめて高位貴族の子女だけが使えるものが。
脱衣室と隔てるドアの開く音がして、3人の生徒がかしましくシャワールームに入ってきた。それぞれヴィクトリアから離れたブースへ入ったようだ。
「もう最悪!」
ひとりが連れに聞こえるように喚いた。
それだけで彼女が平民かそれに近い下位貴族であるとうかがえる。その言葉に「また始まった……」と同調する子も同様。「どうしたの?」と控えめに問いかけるのはそこそこの娘だろう。
「急いでるときに限って《悪役令嬢》に遭うんだから!」
「それであんた遅刻したのね」
3人目の娘が「声が大きですよわよ……」と注意しているがもう遅い。
本人の耳に入ってしまっている。
ヴィクトリアはこっそりとため息をついた。
たしかにヴィクトリアは自他ともに認めるほど厳しい。上位貴族の集まりでもある生徒会の面々や当代きっての実力者であるフレイズに対してですら、あの始末なのだ。階級意識の低い生徒にとっては意地悪に思えることも多々してきた自覚がある。
たとえばヴィクトリアと出会うたびに頭を下げていれば、そのせいで遅刻することもたまにはあるだろう。個々人としてはたまの出来事でも日に何人も会っていれば、全体的としては必ず誰かが遅刻しているという状況は充分ありえる。そういうものが積み重なれば、結果的に意地悪だと思われる。
「マーチェリッカもあんなのと戦わなきゃいけないなんて!」
「戦うって……あんた」
「女の子の恋は確かに戦いですわ」
それにマーチェリッカ・リヒテンベルクだ。
きちんと見ればバルアトスがマーチェリッカに入れ込んでいるとわかるはずだが、接触の少ない生徒にはわからないらしい。いつの間にか噂ではマーチェリッカのほうが婚約者のいるバルアトスに横恋慕していることになっていた。
バルアトスが率先してマーチェリッカのいじめの解決に動いているのでその姿に憧れた、というのがその内容だった。もちろんいじめの犯人はマーチェリッカに嫉妬したヴィクトリアということになっている。
本人の手前バルアトスが言葉を濁した例の事件とはこのマーチェリッカいじめのことだった。
生徒会室では今、その対策なり犯人探しなりが諮られているはずだ。いじめられている当人も巻き込んでどうするのだろうかとは思ったものの、マーチェリッカが気にしないというので、彼らのなすがままになっている。
だからこそ主客転倒した噂が立っているのだろう。
ヴィクトリアも実態は逆でバルアトスがマーチェリッカに言い寄っているのだと告げればよいものを、噂とは距離をとった態度を保っているので、なおさら尾ひれがついていくという悪循環に陥っている。
おかげで最近のヴィクトリアは《悪役令嬢》などというアダ名を頂戴していた。これについても距離を取ったままなので、生徒全員が知っているほどに広まっている。
当然ヴィクトリアもすでに知っていた。でもアダ名を止めるつもりはない。
「自分でも納得してしまうほど似合っていますものね……」
いつの間にか3人娘がいなくなったシャワールームに呆れを含んだ自嘲が流れて消えた。