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侯爵家令嬢 ヴィクトリア 1

 見る者を圧倒する大きな石造りの門から、豪奢な馬車が次々と駆けていく。中には古風な牛車や小型の地竜に牽かせる竜車などもあったがほとんどは馬車だ。

 王立グランド魔法学園の車用門の放課後はいつも、付近の屋敷から通う貴族の子女たちの車で賑わう。

 窓の向こうのそれを、ひとりの女子生徒が2階の廊下を渡りながら、見るともなしに見ていた。

 すっと背筋の伸びた長身の娘だ。

 制服の青いボレロジャケットと褶曲したネクタイが大きくせり出した胸を強調し、キッチリとスカートの中に入れられたブラウスが腰のくびれを強く訴えている。ガーターストッキングを着けた脚も身体の半分はあるのではないかと思うほど長い。

 その姿は、歩くのに合わせて揺れる縦ロールの赤い髪と相まって、豪華な薔薇を思わせる。

 この年ごろの少女にありがちな可憐さではなく、凛とした峻烈さをまとった女性。

 彼女の名はヴィクトリア・フォロビッツという。

 ヴィクトリアは窓から視線を外すと廊下の向こうから生徒が3人やって来るのを見つけた。

 行き会った生徒たちはあわてて道を譲り、3人ともが腰から体を折って頭を下げる。それをヴィクトリアは当然のように受け止め、なにも言わずに彼らの前を去っていった。

 放課後の学舎には意外なほど生徒が残っている。何人もの生徒と出会い、誰もが頭を下げた。

 中には、


「あれがリヒテンベルクの恋敵かぁ。おっかねえ~」


 と小声で軽口を叩く男子がいるものの、頭は下げていた。

 ヴィクトリアのツンとすました顔にはなんの変化もない。それを機嫌が悪いと思ったのか、両手首もしくはリストバンドを見せる最敬礼を行なう者もいた。

 この学園においてリストバンドは貴族階級を示す重要なアイテムだ。ヴィクトリアももちろん両手に着けている。色は侯爵家を示す赤。さらに徽章と白い帯も1本入っている。

 顔の知らない生徒に対してはこのリストバンドの色で上下を把握する。ヴィクトリアに最敬礼を行なうのはそもそもリストバンドを身に着けられない平民の生徒か、男爵家を示す茶色の生徒だ。それも女子に多い。

 かわいいものだ。

 彼女らが上位者の顔色を窺うのは将来的にも必要なことなので、慇懃すぎる態度をヴィクトリアはまったく気にしていない。

 むしろ上位者がそれを否定することは悪とすら考えている。

 最近は強くそう思うようになった。


 ◇


 ヴィクトリアは生徒会室の重厚な扉をノックし、返答を待たずに開いた。彼女は副会長であり、生徒会室は自室も同然だったからだ。放課後に帰らず残っているのも半分は生徒会役員であるためだ。

 部屋に一歩踏み込めば柔らかいカーペットの感触が足を包んだ。生徒会室は教室と同じくらいの広さでありながら置かれているのは円卓と椅子と書棚しかなく、家の自室と同じていどには広く感じる。

 その円卓に5人の生徒がすわっていた。女子生徒がひとり、男子生徒が4人。等間隔ですわればよいものを、女子を中心に部屋の奥側へ偏っている。

 おかげで全員と目が合った。

 ヴィクトリアはごくごく小さくため息をついた。

 それに目ざとく気づき困った顔を浮かべたのは、同性である女子生徒だった。

 茶髪をお下げにまとめただけという同年代の女子生徒としてはさっぱりしすぎな装いが、生来の小顔と合わさって学園生とは思えないほど彼女を幼く見せている。顔に気苦労が浮かんでいなければ、あるいは首元のペンダントがなければ、ますます若く見えただろう。

 ヴィクトリアを赤い薔薇とすれば、彼女は白い撫子を思わせた。野に咲く力強さを隠しながらも楚々とした慎ましさを持っている。学園という狭くて若い社会ではヴィクトリアよりもよほど男心をくすぐるだろう。

 それを証明するように、マーチェリッカ・リヒテンベルクは4人の男子生徒たちの真ん中にすわっていた。

 メモを取る手には男爵を示す茶色のリストバンド。本来であればヴィクトリアに頭を下げるべき階級だ。

 マーチェリッカが困った顔を浮かべたのは本人もそれをわかっているからだ。

 できない理由はただひとつ。周りの4人が――とりわけ貴族としては最上位である公爵家の息子が――止めるからだ。

 マーチェリッカの左側にすわる、金髪を短く刈り上げた男子が不機嫌そうに口を開いた。


「なんの用だ」


 会長が副会長に向かって、なにより婚約者に向かって放つ第一声がそれか。

 ヴィクトリアは呆れて萎えそうになる心をなんとか叱咤し、下げそうになる視線を保った。

 バルアトス・ワーテルローは、長身のヴィクトリアと並んで見劣りしない大柄な生徒だ。並みの生徒であればそれだけで圧倒される。ここで顔を逸らすのは理由がなんであれバルアトスを調子づかせる。


「バカなのですか、あなた方は」


 もっともヴィクトリアが放った言葉も理由がどうであれ、婚約者に、生徒会長に、さらには格上の公爵家の人間に向かって言うべきものではない。

 さすがにこれには男子全員が顔をしかめ、マーチェリッカも困った顔を苦笑に変えた。

 ただ、反論はなかった。全員、ヴィクトリアの舌鋒の鋭さに辟易しつつも、愚行の自覚はあるようだ。

 この部屋にある机が円卓であり、置かれた物が少ないのは、あくまで会議を進める部屋だからだ。決して円の片側に椅子を寄せあっておしゃべりを楽しむためではない。

 わかっているが納得できない、という不満を隠そうともせず、バルアトスは再び口を開いた。


「今日は例の事件についての会議だ。貴様が出る幕はない。今日のところは帰っていい」


 貴様という言葉遣いに婚約者の不機嫌の深さを感じ取ったヴィクトリアは、引き下がることにした。女子にうつつを抜かす愚か者たちに牽制を入れることには成功したし、まだやることがある。

 失礼しますと告げて生徒会室を退出する。

 扉を閉める瞬間にバルアトスの声が聞こえた。


「親が決めたこととはいえ、ああも気の利かぬ女が婚約者では気が滅入る。なんとかならぬものか……」


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