決闘(擬) 2
闘技場1階の左の壁際に3人の人間が並んで立っていた。
一番奥にいるのは模擬決闘のきっかけとなったゲルデ。
その右側にゼクセン教諭。さらにその右にヴィクトリアが静かに決闘の行方を見守っていた。
流れは始めからウッツにあった。マヌエルは有効打を受けないように防御で手一杯というところ。ただウッツも決め手に欠けているようだ。
そっとゲルデをヴィクトリアはうかがった。ゲルデはふたりが争うのを見たくないとばかりに目をつむり、手を組んで必死に祈っていた。それがどちらかの勝利なのか、それともふたりの無事なのか、外からはわからない。
自分をめぐって男たちが争うというのはどんな気持ちなのだろうとヴィクトリアはぼんやりと思った。
嬉しいものなのか、戸惑いのほうが大きいのか。《悪役令嬢》ならば当たり前のように傲然と笑うのだろうか。
外野の思いをよそに模擬決闘は決着が近づいていた。一対一で全力を出す決闘は短時間で終わる。未熟者同士の模擬決闘ならばなおさら短い。
ウッツの渾身の振り下ろしがマヌエルを襲う。マヌエルはそれを待っていたようにそっと剣筋をずらしてカウンターを取る。
決まった。と、ヴィクトリアは思った。マヌエルが防戦一方だったのはこれを狙っていたのだ。
ところがウッツはそれをわかっていたらしい。
渾身だと思っていた振り下ろしはあっさりと反転し、マヌエルのカウンターをかち上げた。空いた胴へウッツの剣が滑りこむ。
鈍い音が立った。
「それまで!」
フレイズの制止が上がる。なおも反撃しようとしていたマヌエルはその声に驚いたように剣を取り落とした。
「納剣。開始線まで戻って」
決着に呆然とするふたりをフレイズは次へと促す。比較的穏やかに見えたマヌエルはもちろん、あれだけ燃えていたウッツも魔石が切れかけた魔動車のように、のろのろと動く。
剣を納めて開始線まで戻ったときにはもう、ふたりとも最初の覇気が感じられなかった。
「ウッツ・ホルムの勝利。両者互いに礼! これにて模擬決闘を終わります」
フレイズの言葉と同時にウッツもマヌエルもその場に崩れ落ちた。それを見たゲルデも飛び出そうと一歩進めて立ち止まってしまった。ふたりは2歩と半歩離れている。どちらに駆け寄るべきなのか答えが出ないのだろう。
「ウッツのところへ行ってやれ」
ゼクセン教諭が静かに言った。
「理由や過程はどうあれ、誇りをかけて争った敗者に施しを与えるのは侮辱だ」
その言葉にゲルデは数秒迷って、振り切るようにウッツのところへと駆けていった。
「ありがとうございました」
「騎士の務めだ」
ヴィクトリアの唐突な礼にゼクセン教諭はわかっていると短く伝えた。
勝者のところへ行くべきという話は、淑女の振る舞いとしてヴィクトリアが言うべき内容だ。しかし《悪役令嬢》が言うと誤解を招きかねない内容でもある。
それを察したゼクセンが気を利かせて騎士の立場で助言してくれたのだ。
こういう気遣いを果たして彼らはできるようになるのだろうか。
特にフレイズは魔法騎士として必ず習得しなければいけない立場にいるのをわかっているのだろうか。
一仕事終わったばかりだというのに気苦労ばかりが募るような気がするヴィクトリアだった。
◇
ヴィクトリアが模擬決闘の片付けを終えてロッカールームへ戻ると、ちょうど女子生徒が出て行くところだった。その女子生徒はヴィクトリアを見つけると肩を跳ねさせ、慌てふためいて反対側へと走り去っていった。
それを見送ってからロッカールームに入る。
普段であれば小言のひとつももらすところだ。見逃したのは単にヴィクトリア自身が疲れていたからだ。ほとんど昼食も取らずに模擬決闘の準備に奔走していたのだ。さすがに疲労困憊で、不束者を相手する気力は湧かなかった。
奥にある自分のロッカーの鍵を開ける。いつもと違う音がした。
奇妙に思いながら扉を開くと、ボロボロに切り裂かれた青いドレスがこぼれ出た。
「!?」
それからトップが傷だらけに壊されたペンダントが押し出されるように落ちた。拾い上げる。
どこかで見たことがある。
「えっ」
後ろから響く驚いた声に振り返る。マーチェリッカがいた。
そうだ。このペンダントは――。
◇
空き教室でバルアトスはテーブルに載った紅茶の香りを楽しみながら従者から報告を受けているところだった。秘密の空き教室というよりほとんど学舎にある私室だ。ここまでの無法が通っているのは父であるワーテルロー公爵の影響が大きい。
だからこそ父からの監視の目も厳しかった。
となりに控えた従者が短く告げる。
「マーチェリッカ様のペンダントはご本人が確認されました。念のため別の者にも目撃させております」
「ああ、なんでも構わない。とにかくヴィクトリアを陥れてくれ」
この無愛想な従者は良くも悪くもよく働く。実働部分は任せておけば概ね上手くやる。
「女のほうも片付けておきました。次はないと思ってください」
ただし目付役を兼ねている分、小言が多い。
それを苦い顔で半分聞き流しながら、ことがこれほど順調に運ぶのであれば、そろそろ父からあてがわれたのではない従者を見つけるのもいいかもしれない、とバルアトスは考え始めた。
ことを上手く運んでいるのはその従者にほかならないことに気づかないままに。
◇
空き教室の外壁にふたりの人間が水平に立っていた。
フレイズとその従者だ。従者は一抱えほどもある黒い箱を持っている。
フレイズの合図で従者はスイッチを切った。
「『陥れてくれ』って……罠かな?」
「可能性はゼロかと」
「バカなのかな?」
主従はそろって首を傾げた。
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