第5話 ネオ・パスリュー本部奪回部隊
それは黒い夢が崩壊する兆候だろうか――?
僅かな時間で失われた兵力と要塞。
かつて黒い夢は、世界を奪う寸前にまであった。
だが、今やその勢いは露ほどにもない。
黒い夢の衰退に歯止めがかからない。
黒い夢の衰退。
それは白い夢の奮闘の結果か、それとも、黒い夢自身が招いたことなのか?
その答えを、“この街”で垣間見ることができるのかも知れない――
【鳥人都市ハーピーシティ ハーピー王宮 女王の間】
――かつて、ハーピー諸島はハーピー王国という原始的な国家が存在していた。ベーチェルという鳥人が王国のトップに立ち、諸島をまとめ上げていた。
「コマンダー・プルート筆頭中将閣下、コマンダー・マーキュリー中将、コマンダー・ウラヌス中将、コマンダー・サターン中将が参りました」
膝を付いて報告するコマンダー・ヴィーナス中将。私は彼女たちを部屋に入れるよう、手で合図する。コマンダー・ヴィーナスは頷き、扉を開けるようにクローン兵たちに合図する。
――今となってはハーピー王国は存在しない。もう10年も前に同国は滅び去った。パトフォーが軍を差し向け、ハーピー王国は負け、ベーチェルは降伏。彼女は連合政府七将軍の一角を担うも、ただの飾りでしかない。
大きな扉が開くと、3人のクローン中将が部屋へと入ってくる。
「コマンダー・プルート筆頭中将閣下にご報告申し上げます!」
話を始めるのはコマンダー・マーキュリー。彼女は連合政府中将。僅か9名しかいない中将の1人。優秀なクローン軍人だが、フィルドやアーカイズには遠く及ばないだろう。
「ネオ・パスリュー本部奪回部隊の準備が整いました。これより、前軍を率いてネオ・パスリュー本部へと出撃致します!」
前軍はコマンダー・マーキュリーとコマンダー・ウラヌスが率いることになっている。作戦立案者はコマンダー・ヴィーナス。
恐らく失敗するだろう。ネオ・パスリュー本部はネオ・連合政府の本拠地。難攻不落の要塞だ。クリスター政府はそこを40万人近いクローン兵で守っている。
「……許可する。コマンダー・マーキュリー、コマンダー・ウラヌス。奪回部隊前軍を率いて、ネオ・パスリュー本部を攻め落とせ」
「イエッサー!」
元気よく返事するコマンダー・マーキュリー。一方のコマンダー・ウラヌスは不安そうな顔つきだった。当然だろう。だが、コマンダー・ヴィーナスは自信満々だった。愚か者め。
だが、私の成すべきことはただ1つだ。それさえ邪魔さればければ、なんだっていい。コマンダー・ヴィーナスの作戦程度で私の成すべきことが出来なくなるなんてことはないだろう。
「プルート筆頭中将閣下、ネオ・パスリュー本部を奪い返せば勝利は間違いないです」
「…………」
こういうのを俗にバカというのだろう。
コマンダー・ヴィーナスの中では、ネオ・パスリュー本部を奪い返せればクリスター政府に勝てると思っている。だが、ネオ・パスリュー本部を奪回できても、コスーム大陸――クリスター政府の本土には更に強大な勢力が控えている。ここで勝っても、いつかは負けるだろう。
「――ハーピーの反乱に気を付けろ」
「はい、閣下」
――私の成すべきことは1つだけだ……
◆◇◆
【ハーピーシティの東 ハーピー・ウェスト山地】
ハーピー諸島最大規模を誇る鳥人都市ハーピーシティの東には森林が広がっている。ハーピー・ウェスト山地というらしい。その山地の東部――ハーピー諸島の最も東に位置する場所にネオ・パスリュー本部がある。
コマンダー・プルートが実質支配するハーピーシティでは、ネオ・パスリュー本部奪回のための準備が進んでいるらしい。それを阻止し、コマンダー・プルートらを倒すために私とヴィクターはこの森を進んでいた。
「…………! フィルドさん、アレを!」
「…………」
ヴィクターが指差す方向に視線を向けると、何十、何百機という黒色のロボットが私たちの報告に向かって歩いてきていた。……ネオ・連合政府の機械兵団だ。
「機械兵団だけじゃなくて、戦車まであるな。……そうか、ネオ・パスリュー本部を奪回する部隊か」
私は剣を抜き取ると、その奪回部隊に向かって走っていく。あの数なら私1人でも片付けられる。
[クリスター政府のフィルドを確認しました]
先頭にいた人型をした機械兵器――バトル=アルファが指を差して報告する。私はそのバトル=アルファが指を下ろす前に、剣を横に振り、その細い胴体を斬り壊す。
[攻撃セヨ!]
周りにいたバトル=アルファたちがアサルトライフルで私を殺そうと、銃撃をしてくる。私は素早く物理シールドを張り、身を守る。シールドを張りながら、剣と魔法で周りのバトル=アルファを倒していく。
[コマンダー・マーキュリー中将、敵は――]
どこかと連絡を取るバトル=アルファを斬り壊す。それと同時に、私は右腕にラグナロク魔法を纏う。目の前に迫った上級人間型ロボット――バトル=メシェディがナイフを振り上げ、私の頭を砕こうとする。
「フィルドさん!」
バトル=メシェディの頭に剣が飛んでくる。それは正確に鋼の眉間を貫き、バトル=メシェディは火花を散らしながら倒れる。
だが、まだ敵は無数にいる。バトル=アルファやバトル=メシェディが次々と迫ってくる。彼らに向かって、私は黒く染まった右腕で『空間』を殴る。殴られた空間は徐々に歪んでいき、一瞬の閃光と共に強烈な衝撃波が起こる。
砕け飛ぶ地面と黒い軍用兵器。激しい轟音と振動。何千という軍用兵器が衝撃波によって引き裂かれていく。
「フィ、フィルド、さんっ!」
私はヴィクターを抱きかかえ、宙を舞う地面や戦車を足場に、激しい衝撃波から逃れる。正直、この技は危険だ。自分自身の命、仲間の命すら破滅に追いやってしまう。だが、その代わり、敵を一気に殲滅できる。
衝撃波が収まると、私は瓦礫と共に地面に降り立つ。辺りはむちゃくちゃだった。木々や土、ロボットや戦車が混ざり合っていた。砂煙も酷い。
「フィルドさん!」
ヴィクターがいきなり私を押し倒す。私のすぐ真上を水色の槍が飛ぶ。それは急に液体――水になって地面に落ちる。私は素早くその場から後ろに飛び、体勢を整える。砂煙の中から1人のクローン兵が飛び出してくる。
「ネプチューンの仇っ!」
コマンダー・マーキュリーが水を固形化した剣で私に斬りかかってくる。ネプチューン――コマンダー・ネプチューンはあのネオ・パスリュー本部で戦死した中将の1人だ。あの様子だと、友達か何かだろう。
ヴィクターには目もくれず、コマンダー・マーキュリーは私にばかり何度も斬りかかる。その動き、流れる水のように軽快なものだった。
「すごいな。だが、――」
私は一瞬の隙を突いて、彼女の腹部をクロス状に斬りつける。真っ赤な血が飛び散る。コマンダー・マーキュリーは剣を落とし、その場に膝を着いて倒れそうになる。
「ネ、ネプ、チューンっ……」
口から血を吐きながら、仲間の名を口にするコマンダー・マーキュリー。私が剣を戻そうとしたとき、彼女は素早く私に手をかざす。しまったっ――! 私も彼女に手をかざす。
水の槍が、私の右肩を貫く。それとほぼ同時にコマンダー・マーキュリーの首が飛ぶ。水の槍が、再び水へと戻る。
「フィルドさんッ!?」
「クッ……」
その場に倒れる私に、ヴィクターが駆け寄ってくる姿が見えた――