第36話 パトフォーの道具たち
私はカオス支部の最高司令室から飛び出し、タンカーで運ばれていくフィルドさんの元に向かって走っていく。
「フィルドさんッ!」
“床に転がった大きな生物兵器”の側を通り過ぎ、私はフィルドさんに追いつく。
「フィルドさん!」
タンカーで運ばれるフィルドさんの意識はなかった。全身血まみれで、特に右肩が酷かった。タンカーを運ぶクローン兵の側にいたコミットが私を止める。
「パトラー中将、フィルド中将は重傷です。ダメージも酷いですが、エナジーが欠乏しています!」
「エナジーが!?」
タンカーを運ぶクローン兵たちは背中に背負ったジェット機を起動させ、壁に開いた大きな穴から空へと飛び出す。飛んでいく先にはクリスター政府軍の小型飛空艇が浮かんでいた。私とコミットはその場で立ち止まる。
「ネオ・パスリュー本部からほぼ連日連戦で、あまりに魔法を使い過ぎています。普通はそうはならないのですが、大量のエナジーを消費するラグナロク魔法を使い過ぎると、ああなってしまうのです」
フィルドさんを運び込むと、小型飛空艇は上空に浮かぶ大型飛空艇に向かって飛んでいく。カオス支部の上空にはここから見えるだけでも大型飛空艇1隻と中型飛空艇5隻が飛んでいた。
「私たちが来たとき、フィルド中将は生物兵器スウィーパーに襲われており、すでに瀕死でした。あと1分でも到着が遅れていたら、殺されていた可能性が高かったです」
「…………!?」
スウィーパー――最高司令室のシールド・スクリーンに映っていた生物兵器だ。あんな生物兵器に負けるフィルドさんじゃない。エナジーの欠乏が敗北を招いたに違いない。
小型飛空艇は大型飛空艇の中へと入っていく。それを見届けた私は、カオス支部の最高司令室に戻ろうとする。
「パトラーさん……」
「サレファト……」
いつの間にか、私の後ろにはサレファトが立っていた。私は頷くと、最高司令室に向かってその場から走り出す。
サレファトと出会ったのは5年前だ。中央大陸にある連合政府系組織の施設――オーロラ支部で出会った。
当時、サレファトは連合政府系組織の“奴隷”だった。「シリオード帝国」の奴隷として姉――サルリファスと共に連合政府系組織に売られた。
サルリファスは時間と空間の特殊能力者だった。その実力で幹部の地位に就いたが、弟のサレファトは電気のパーフェクターにも関わらず、奴隷同然のままだった。
5年前、私は今はなき「国際政府」という巨大国家の准将だった。国際政府の命令を受け、私はオーロラ支部に潜入し、調査をしようとした。だが、それは失敗した。サルリファスとサレファトに敗北し、捕えられた。オーロラ支部の施設長官はネストールだった。
捕えられた後、連合政府系組織の幹部メンバーに酷い扱いをされるサレファトを見てしまった。私は彼と一緒にオーロラ支部から脱出しようとした。だが、それも失敗に終わる。
やがて、パトフォーはサレファトとサルリファスに、国際政府首都グリードシティの襲撃を命じた。2人は首都グリードシティを襲撃し、フィルドさんと戦った。
戦いで2人は追い詰められ、サルリファスは弟のサレファトを助けるために強力な魔法を使って死んだ。さっきのフィルドさんと同じく、エナジーの欠乏だ。サレファトの生存はケイレイトに聞かされるまで知らなかった。
「…………」
サレファトはフィルドさんのことをどう思っているのか? 最高司令室に入った私は、ふとそんなことを考えた。直接的にではないにしろ、自身の姉が死ぬ原因になった人だ。快く思ってないかも知れない――
◆◇◆
【カオス支部 屋上】
俺はカオス支部の屋上から夜空を見上げていた。大型飛空艇が5隻、中型飛空艇が30隻。兵力にして20万人といったところか。
俺の後ろでは何人ものクローン兵が武器を構えている。空にいるのも、後ろにいるのも、全てクリスタ政府軍のクローン兵だ。
[パトフォー=ラグナロク、私を覚えているか?]
シリカが投げ転がした小型端末から立体映像が表示される。映っているのはクリスター政府全軍を支配する人間女性――クラスタだ。クリスター政府という巨大な歯車の防衛大臣。おっと、“元”防衛大臣か。
「ああ、覚えているとも。俺の道具の1つだったな」
俺は笑みを浮かべながら答えを返す。――かつて、「連合政府」の大黒柱として、「国際政府」を追い詰めてくれた奴隷を忘れるワケがない。最後は裏切って捨ててやったがな。
「俺の計画の為に、お前の故郷――ティトシティを焼き尽くしたのもこの俺。俺の道具の1つでしかなかった「国際政府」に、ティトシティを空爆するように命じたのさ」
[…………ッ!]
「お前は「国際政府」を心底憎み、連合政府に加わった。そんな自分が、まさか“空爆命令者”に利用されるとは思っていなかっただろう?」
[貴様……!]
立体映像に映るクラスタは下唇を噛み締める。そこから強い殺気が伝わってくる。まぁ、当然か。俺には知った事ではないが。
「そう言えば、数ヶ月前、弱体化した「国際政府」に侵略戦争を仕掛けたそうだな。それで俺に“捨てられた国際政府幹部たち”は暴走して、メチャクチャな戦いをしたと聞く。……たくさんの人が死んで、それでどこかの防衛大臣は更迭されたとか」
[貴様、何が言いたい!]
「別に……。――用済みの奴隷人形に話すことなど何もないさ」
俺は後ろをチラリと見る。何十、何百、何千というクローン兵たちが小型ジェット機を使い、下から次々と飛び上がって来ていた。全員が武器を携えている。その中に懐かしい顔があった。
「メタルメカ、解放された気分はどうだ?」
「ああ、最高だ。ようやくお前を討ち取れる」
「そうか。もうお前を利用できなくて残念だ」
「…………ッ!」
側にいたアーカイズが俺に飛びかかろうとする。それをメタルメカが手で止める。俺は再び立体映像と向き合う。まだクラスタが映っていた。
[お前が過去何十年と利用してきた者たちからの一斉反撃。どんな気分だ?]
「不愉快過ぎて、もはや笑うしかないな」
[そうか、ならもっと楽しませてやろう。――全兵に告ぐ! パトフォー=ラグナロクを殺し、黒い夢を終わらせよ!]
クラスタが号令を下す。愚かな女だ。俺を殺したところでラグナロク大戦は終わらない。俺の解き放った黒い夢は、俺を殺したところで終わらない。黒い夢は無限大だ――




