80 第4章 返り討ちの少女コヨコ
シュナイデ 水門広場 『+++』
そこは、本物の水門ではなく水門の形をしたオブジェが飾られている広場だった。
シュナイデに住む町の住民達の憩いの場、その一画で獅子上選と沢ヶ原緑花は現在、屋台の手伝いをしていた。
「プ二ムサンド、100コレルだ。うまいぞ、誰か買わないかーっ!」
「注文何だっけ? プ二ムと鮮魚のマリネとあと、野菜の……サラダサンドね」
客の呼びこみに精を出す選の後ろで、注文が入ると緑花がサンドイッチを作る。
時刻は昼前。混雑時ではまだないので目立ったトラブルはなく、順調に屋台は回っているところだ。
「おつりだ。また来てくれよ。……おう、いらっしゃい。ベジタブルプ二ムサンドだな」
「ベジタブルっと、野菜増量よね。ん? サラダサンドと同じよねこれ……まあいっか。そういうのは店主の仕事だし」
呼び込んでは作り、作っては売り……たまに商品名に首をかしげ、二人はそんな調子で屋台販売を繰り返していた。
いたって平和な光景だったが、だがそれも長くは続かなかった。
「やめてください! 返してください! それは僕の物ですよ」
何が起こったのかと二人が視線を向ける、事件が起きたのは水門オブジェの近くだ。
男と少年が向かい合い、言いあっているのが見えた。
男の方は一般人の身長より背が高い。ゴテゴテとした金属装飾のついた皮のジャケットを着ていて、柄の悪そうな風体だ。
少年の方は、選と緑花の二人より少し小さいぐらいの背丈。
肩まで伸びた白い髪に、遠くからでもはっきりとわかる鮮やかな赤い瞳。顔立ちは背丈から伺わせる年齢よりも若干幼く見えたもの。
そして服装は、「これぞ魔法使いの服!」みたいな、たっぷりとした長さの白ローブを着込み、体がすっぽりと覆われていた。
「僕の杖です。落とし物なんかじゃありません! ついさっき落としたばかりの杖を、持ち主の目の前で拾っておいて、そんな言葉が通じると思ってるんですかっ!!」
少年が噛みつかんばかりの勢いで抗議をする。肩を怒らせ、拳を握りしめ、身長のある男をまっすぐに見つめて。
「おお? まさか暴力に訴えるつもりじゃねーだろーな、チビちゃん。穏便に会話で解決する方法を捨てて、暴力で屈服させて言うこときかせよーなんて、人間のする事じゃねーだろ。な?」
男が少年から奪った杖を手の中で弄びながら、少年の態度などまるで気にならないといった様子で、わざとらしく肩をすくめて言葉を返した。
「どの口がっ!」
少年はぶるぶると震える拳を持ち上げる。
沸点がかなり低いようだった。
もう我慢できないとばかりに少年が飛びかかろうとした時……、
「そこまでよっ」
その騒ぎを仲裁する声がかかった。
「いたいけな子供に大人気ないマネはよしなさい」
その声の主は、フードを目深にかぶった子供だった。少年とそう変わらない身長、そして言動から考えるに、恐らくこの子も選達とそう変わらない歳の少女だろう。
少女は二人の間に割って入って、胸をそらして男を見上げる。
男の姿を見ても決してひるまない堂々とした態度だ。
「ああ? 何だ、警吏かと持ったらガキじゃねーか」
「私はちゃんと見てたんだから。貴方がこの子の杖を盗ったの。これ以上広場で騒ぐというのなら、私の力で警吏に突き出してあげるわよ!」
びしりと指を突き付けて言い放つ少女に、しかし男は驚異を感じていないようだった。
「はん、やれるもんならやってみろ……」
「後悔しな……きゃん!」
少女は襟元を掴まれて、ブラブラされてる。
威勢よく言ったわりには、残念な結果になった。
「無礼な! 離しなさい! 離しなさいってば!! ちょっ、揺らさないでよ。持ち上げないでってば!!」
「きゃんきゃんとうるせーガキだな、力づくで黙らせるぞてめぇ」
「ひっ、……あ、貴方なんかの暴力に屈しないんだから」
ぶら下げられたことにより、より近くで睨みつけられるようになった少女だったが、涙目になりながらも精一杯強がってみせる。
揺さぶられた事により、少女の頭を覆っていたフードが自然に脱げた。
「あん、どっかで見たような……」
露わになった少女の顔を覗き込み、男が意識に引っ掛かりを覚えていると。
「それ以上は許さないわよ」
「まったく、弱い者いじめは程々にしろよな」
仲裁人第一号こと少女の後を引き継いで、第二と第三の存在が割って入った。緑花と選だ。
少女を掴む男の手元に緑花が手刀を打ち込み、……。
男の手から落ちた少女を選が浮け止めた。
もっともやったことは仲裁ではなく制裁だったが。
「わあ、格好いい!!」
杖を取り上げられていた白髪の少年が歓声を上げる。
「僕が魔法を使って助けるまでもなかったみたいです。大丈夫ですか?」
男が落とした杖を拾い上げ、手助けに入ろうとしていたらしい少年がフードの少女を気遣った。
選に降ろされた少女は、
「だ、大丈びよ」
涙目のままで答えて、思いっきりセリフを噛んだ。
タッサの惣菜屋
水門広場で突発発生した窃盗兼暴行未遂事件の後、犯人をやってきた警吏に突き出し(その時何故か、フードの少女は物陰に隠れていた)、サンドイッチの屋台を(用事で出かけていた)店主に引き継いだ後、選と緑花は近くのお店に入っていた。
恩返しがしたいという、少女と少年と共に。
小ぢんまりした店の中。片手の指で数えるくらいのテーブルとイス。その中の一つのテーブルと四つのイスにお邪魔をしながら、四人は向かい合った。
選、緑花が隣り合って、少女と少年を対面にする形だ。
「色々言いたいことはあるけれど、まずは助けてくれてありがとう」
フードを脱ぎながら少女は礼を言う。
「お忍びで町にやってきてたから、護衛とか付けてこなかったのよね。一応それでも追いかけてきた『そうですか君』は振り切っちゃったし」
「そうですか君って誰だ?」
「変わった名前ね」
選と緑花は、さらっと出てきた人の呼び名とは思えない名前を聞いて、お礼の言葉や護衛というワードよりもそっちに反応した。
「……気にしないで、あだ名みたいなものだから。……というか、私の顔を見てもその反応?」
お礼が流された事よりも、正体が気付かれてない事の方が少女にとっては重大だったらしい。
少女は信じられないと言った表情になった。
しかし、選達はその意味が分からないので……
「え、何がだ」
「ん、何で」
と、言うしかない。
そんな選達の反応とは逆に、何かに気が付いたらしい少年がいた。
驚きの表情になっている少女の横、隣に座る少年がはっと息をのみながら小声でつぶやいていた。
「え、もしかして……お城の?」
「有名になりたいとか思ってたわけじゃないけど。まさか、私の事を知らない人がいたなんて」
横目で驚愕の反応を見せる少年と、何にも気づいていない様子の選達を見比べて、少女は純粋に驚いた顔になる。
「本当に私の事知らない?」
問われた選達は、気まずそうにするしかなかった。
「あー、何か悪いな。有名人とかか? この辺の事あんまりよく知らないんだ」
「アイドルか何かかしら……? そもそもアイドルってこの世界にいるの?」
「そうですか、そうですか。ふふふ、そうですか」
しかし少女は、気を悪くするでもなく、どこかあやしい様子で、ぶつぶつと同じ言葉を呟き始める。
そして、三秒後に現実に復帰。
「なるほど、分かったわ! 私の事は、コヨミ。……じゃなくて、ただのコヨコと呼んで!!」
「おお、おう。何がなるほどなのかよく分からないけどな。とにかくよろしくな、コヨコ。俺の名前は獅子上選だ。選でいいぜ」
「私は沢ヶ原緑花。緑花でお願い」
少女は身を乗りだし、ぶんぶんと音がなりそうな勢いで選と握手、次いで緑花とも交わした。
そんなやり取りの後で、 魔石探しで出会ったルーンとの邂逅シーンを思い出し、緑花が苦笑いする。
「そういえば自己紹介してなかったわね。この間といい……」
「確かにそうだよな」
つられて選も同じシーンを思い出していた。
そして最後に口を開くのは、何かに思い至る事がある様子の少年だ。
「何んかついでみたいになっちゃいますけど、僕も」
最後にコヨコと握手を交わしたその少年も、場の流れに沿って自らを名乗った。
「えっと、先ほどは助けてくださってありがとうございました。僕の名前はミルストといいます。ミルスト・バイダンスです。あのー、それで、何かお礼にできることないですか? この杖、僕にとっても大事な物だったので……」
喋りながらも、先ほどの一件が影響してるのか、自らの杖をしっかりと握りしめている。
しかし、お礼の言葉を述べられた選達は、特に嬉しがるでもなく行動を誇るでもない。普通の態度のままだ。
「本当に良いんだぜ、礼なんて」
「失礼な奴が放っておけなかっただけなんだから」
「なるほど礼を失っているだけに……」
二人の言葉をひきとってミルストが呟くが、そこは偶然だった。少年は妙な所に感心中だ。
そんな風に円満解決というわけで空気が流れていくのだが、納得できない人間がいたらしい。
口を開いて話に割って入るのは、威勢のいい啖呵を切った後に返り討ちにあいそうになった少女コヨコだ。
「それじゃ私の気がすまないのよ! 何か困ってる事とかないの? 人手が足りないとかお店を手伝わなくちゃいけないとか、退治しなきゃいけない野獣とか害獣に困らされてるとか」
どうしてもお礼がしたいらしい。
「どっちも困ってないし、解決できるしな……」
「その善意は嬉しいけど」と眉を下げて困り顔になる選。
コヨコが述べた問題は全て解決可能なのでお礼にはならないのだ。小学生にしては、あり余りすぎる強さだった。
ミルストが「すごい!」という顔になっている。
しかし、そんな選達にも困っている事があったのだ。
緑花がその点について口に出す。
「あっでも、もっと割のいい仕事が欲しいとは思うわね。これも体力づくりの修行とは思ってるけど、一日中依頼を受けて回って町中を走るのもね……。効率っていうのを考えた方がいいと思うのよ。華花の受け売りだけど」
一ヶ月とちょとあまりを異世界で、大の大人でも悲鳴を上げるようなハードライフをすごしてから、やっと効率を模索し始める緑花だった。
横でしかしミルストは「修行! かっこいい!」という目をしている。効率うんぬんは耳に入らなかったらしい。
そんな緑花の言葉にコヨコが飛びついた。
「そうっ、困ってるのね。なら、力を貸してあげてもいいわ! とっても良い案があるのよ!」
「へぇ、どんなやつなんだ?」
選の反応を見た後、もったいぶったように空白を作ってコヨコは答えた。
「それは、ギルドを作るのよ!」




