78 第2章 取り残された物
『+++』
先行きの暗そうな雰囲気の避難民達とは少し離れた所にいる者もいた。その一人の少年がその場から離れようとする。
「どこいくつもりなワケ?」
「えっとー、ちょっと散歩にでもー?」
そんな少年、勇気啓区を見咎めたのは方城織香こと未利だった。
「アンタがあの時うかつな行動したのは、良かれと思っての事でしょ? あの状況では仕方ないじゃん」
「え、僕このまま失踪しちゃいそうな感じに見えたー」
「はぁ? アンタどこ行くつもりだったワケ? てっきりガラにもなくどっかの木の下で「燃え尽きたぜ」とか言って真っ白になるなりするかと思ってたら」
つかつかと歩みよって未利は啓区の頬を的確に攻めまくる。つねつね、ではなく、づねづね、になっていた。
いつもの1.5倍ましのスピードと圧力で頬肉をえぐりにかかった。
「あー、いひゃいよー。ツメが刺さってるよー。ホントに、いひゃーい」
この短期間で、怒涛の勢いで頬つねスキルをマスターした未利は、称号ほっぺ拷問マスターをゲットしたかもしれない。
「アンタにいなくなられると困るんだから、勝手に雲隠れすんな。なあちゃんとか姫乃だってそう言うわっ」
「うーん、どうかなー。心配はしてくれるけど。影響なんてないと思うんだけどなー」
『なー』
「ね、うめ吉ー」と、啓区はポケットの部分をこづく。
「なーにー?」みたいな様子でメタリックグリーンのカメロボ、うめ吉が顔をだした。
よしよしと撫でて、啓区はメタリックな質感を手のひらで味わう。
「ありまくりだっつーのっ!」
ほら、と示されたのは末利の皮手袋のはまった右手だ。
「手だねー」
『ねー』
「手じゃないわっ!」
意味が違ったようだ。右手にはまった皮手袋の方が話題だった。
エルケにいた時にマジックで書きこまれた忌まわしき第三の目。それを隠す為に右手にはめるようになった手袋だったが、これが思いのほか活躍していた。
魔法で風矢を作るとき、失敗して指先を怪我しなくてすんだのと、弓の弦でこすらなくてすんだのがあった。
「まったくさあ、機械の腕もあるし、戦闘も出来るし、余計な気配りもしてるし、それで「僕なんて部屋の隅の埃でしかないんだー」とか弱気。何様なワケ!?」
「いやー、さすがにそこまでは思ってないよー」
『よー』
埃はまではねーと思う啓区の代わりに、うめ吉が顔の前で前足を振ってる。
「とにかく悪いと思ってんなら、他の事で埋め合わせしろって事」
「うんうん、埋め合わせは大事だよねー。コミュニケーションとしてー」
『てー』
啓区が頷いて軽く言うと、「真面目に聞いてんの!?」と頬をつねまわされた。
その手つきはもはや玄人の域に達しつつある。
称号:頬の拷問狂がゲットできるかもしれない。
そんな事を話しながら未利達は、しばらく避難民にまじって時間が過ぎるままに暇していた。そうしている間にも避難の準備は行われているようだが、町に詳しくない身では手伝える事があまりない。
なあの方は、今もフレンド力を発揮し避難民の人達と仲良くお話し中だ。
「あー……、セルスティーの奴、今頃どうなってんのさー。もう」
そろそろ姫乃が起きた頃だろうという事で、未利と啓区の二人は当人がいる場所へと迎えに歩く事になった。
立て看板のあった場所、今はもはや地面のヘコミしかない所を通り過ぎる。このあたりにいた者達はもう、他の避難民と合流している。
目指す場所は町の入口から数分。レトの知り合いの家だ。
この町に転移してすぐ意識のない二人となあちゃんも運び込まれた、夕暮れ時から夜明けまで眠りこけてた家だ。
「楽観できるような状況じゃー、なかったよねー」
二人は並んで歩きながら、ここに来る前に起きた、最後の出来事を思いだす。
湧水の塔でセルスティーと分断された事だ。
「水鏡とかっていう魔法が使えれば連絡とれるのに。ていうか、不便! 携帯はないにしても、離れたとこの状況全然分かんないじゃん。魔法使えない奴、超不便じゃん」
苛立ちをつのらせた勢いで、未利は足元の小石をスパパパッといくつも蹴り飛ばして行く。
そのうちの一つが勢いがつきすぎて、民家の窓ガラス近くまで飛んでいってしまって、「あ、やば」と未利が慌てたりもしたが。
「逆に考えるとー、僕達の世界の文明が便利すぎに進んでるんじゃないかなー。ほらー、人類誕生の歴史から考えればー、遠く離れた人と会話できる時代なんて微々たる期間なんだしー」
「知らんっ! そんなの知るかっ!」
げしっ、げしっ、と未利は足元に蹴る小石がなくなったので、つま先で砂をまき散らしている。飛んでいきすぎたやつは風の魔法で、壊れ物に当たる前にガードだ。いつもならそんな行為を止めたであろう姫乃は夢の中か犬と会話中、なあちゃんは避難民の人達とお話し中。
「この世界の携帯電話がー、二つあったら良かったんだけどねー」
『ねー』
啓区は語尾をのばして相槌を打つ緑のカメロボを頭にのせ、校則違反の問題の品をズボンのポケットから取り出した。
今まで、さして使い道がなかったので姫乃達と合流するまでに日時の経過確認にしか使っていなかったが、この世界で使用できたらなんて便利なんだろう、という文明の利器だった。
「携帯……。アンタ、学校にそんなもん持ってきてたワケ?」
「一応ねー。でもそれを言うならお菓子の時点で言わなきゃだよねー。はいこれ、使ってみるー?」
『るー』
使い道あるでしょとばかりに啓区は未利に携帯を渡した。
「こんなん渡されても…。て、ああそうか」
めずらしく困惑する未利は考えた他の使い道を脳裏に思い浮かべて納得。
こっちの世界には繋がる相手はいない。二つ目の携帯がないから。けれどあっちの世界の携帯にはどうなのか。
「そーそー。試してみたらー?」
『らー』
「なるほど、やってみる価値はあるか。だけど……家にかけるのもアレだし。だとしたら、あっちか」
気が進まない様子だが、確かめないわけにもいかないので未利は携帯を操作し、電話番号を入力していく。
「…………」
「…………」
ボタンを押し終え、電話を耳にあて、数秒の沈黙の後の中反応を待つ。
変化は生じた。
「あ、通じた」
「わー。うん、わー……しか言えないねー」
『ねー』
少々の待機時間を得て、未利が声を上げた。啓区は笑顔のまま、若干声色だけ驚させている。うめ吉はいつもどおりだ。
「もしもし、アンタミサ?」
『今それ所じゃありませんのっ! またかけ直して欲しいですわっ!!』
恐る恐るそう未利が呼びかければ、間髪入れずに返答が来た。
若干距離をおいているにもかかわらず、啓区の耳にまで届く怒鳴り声が聞こえてきた。
「あ、ちょ待……、何やってんのさアイツ」
そしてすぐに切られてしまったらしい。
通じなくなってしまった携帯に耳を当ててる意味がなくなってしまったので、未利は呆れ顔でこちらも通話を切って、啓区へと返した。
「何か当分はかけ直しても無理っぽい」
「驚いたねー。あっちの世界と繋がるんだー」
『だー』
「繋がったは繋がったけど、何か背後からすごい物音が……あいつまた爆発物にでも関わってんの? ホント何やってんの?」
「爆発物ー? 何それすごいー。未利の友達ってー、爆発物解体処理班とかー?」
『かー』
「まさか、普通の大金持ちのゴレージョーってやつだけど」
「うん、ゴレージョーは普通じゃないと思うよー」
『よー』
とりあえず、と未利は成果について考える。
「ウチ等は繋がるからってどうってことはないけど。姫ちゃんとかは話したい人がいるかもね」
「そだねー」
『ねー』
「セルスティーの事も心配だろうし、早く教えてあげれたらいいんだけどね」
クリウロネ 町中 『姫乃』
一方、未利達に心境を案じられている姫乃はというと。
『見てみたいって、こんな町なんにも面白いとこないぜ?』
「うん、でも知っておきたいから。色々見ておかなきゃいけないと思って」
食事をしながらレトから話を聞いた後。
未利たちと合流するため歩いていたのだが、ついでに町の様子も見てまわっていた。
「クロフトの町とはまたちょっと違う感じかな」
『クロフトって、あれか。魔大陸とか言うでっかい空飛ぶ大地。あんた達がいた町が襲われて、壊滅したとか。信じられないけどな』
姫乃が話した職人の町の事を言うレトだが、どうにも半信半疑のようだった。
「……まあ、そういう反応になるのも仕方ないと思うけど」
姫乃達ですら、空に浮かぶそれを見た時その目を疑ったのだ。無理もない反応だ。
『ここも、クロフトみたいに同じようになるんだな。終止刻が過ぎてけば』
「そうなる前に。見れるものは見ておいたきたいな」
『勤勉なだなあ、お前……』
あちこちに視線を投げかけて注意深く町を観察する姫乃を、横に並ぶレトが若干呆れを含んだ表情で見上げている。
姫乃達が歩いて回る町はどこも静かだ。人の気配がまったくしない。自分達二人だけ残して、時が止まってしまっているような錯覚に陥ってしまう。
一人で歩いてたらちょっと不安になってしまうかもしれない。
「あれ? あのお店って何であんな風になってるんだろう」
視線の先にあるのは、一つの店だ、それだけが周りと違う。取り壊したのを途中で中断したみたいになっている。半壊していた。
『ああ、あれな。次の町で使える資材を剥ぎ取ったんだろ。建物の材質に使ってる資材がけっこう上質らしくてな。次の町のロングミストに着いても、終止刻に合わせて、すぐ移動生活だし……少しでもお金に代えられるもんが欲しかったんだろうぜ。最後までやりゃあいいのに、最初の世界欠落が確認された時にさっさと町を出ていっちまったんだ』
それで、建物はこのままなのだ。
なんだか、可愛そうだ。
姫乃はその建物に近づいていく。
むき出しの建材が痛々しかった。
「最後までちゃんと、壊していってあげればよかったのにね」
『だよな。住人が通りがかるたびに微妙な心境になるっての』
楽しい思い出も、悲しい思いでも、たくさんあっただろうに。
持ち主にこんな姿にさせられて。最後まで一緒にいてほしかっただろうに。
「他の家も、最初から壊しておかなかったのかな。どうせ壊されちゃうのに」
『この家が特殊なんだよ。壊すのも手間だし、移動するときに邪魔になるしな』
けれど、と思う。
「それじゃ、寂しいよ」
『え?』
誰もいないところに、寂しい場所に置き去りにされて、思い出を共にした大好きだった人達に最後を見守っていてもらえないなんて。
『お前、変わってんな』
「私の家、壊れちゃったから……。正確に言うと、燃えちゃったんだけど」
『そうか、そういやアンタ転校生だったな。そういう事情だったんだな。そりゃ、悪かったな』
気まずそうにするレトに姫乃は首を振る。
「ううん、謝ることはないよ。私が言ったんだし」
『そりゃ、そうだな。うんそうだ』
これ以上暗くなるのを避けるためか、あえてレトはおどけて言って見せた。
姫乃は最後にむき出しの建材をひと撫でして、歩きだした。




