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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第三幕 立ち向かう意思
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76 序章 まどろむ夢の場所



 ??? 『ディテシア』


 どこかであるが、どこでもない空間。

 私の精神はどことない空間に浮かんでいる。

 そんな状態を、認識していた。

 

 確か、体を休める為に横になったのが最後の記憶だ。

 それで気が付いたらこの空間、というわけだった。


 やがて、そんな状態に変化が訪れた。


 そのどことない空間に色が付き始める。そこは見知った景色だった。故郷、一応そう言ってもいい場所だ。

 周囲には小さな民家がまばらに建っている。吹けば飛ぶような安っぽい作りの建物ばかりだった。

 あまり恵まれた土地ではなかったからだろう。鼻につくような空気を思いだす。実際は今この鼻は何も感じてはいないが。確かにこの村には貧しさの空気が漂っていた。


「ティシア、待ってくれよ! ……ふぅ、追いついてよかった」


 声が聞こえる。

 ああ、これは夢だなと結論づけた。

 私は夢を見ているのだ。

 なぜならその声は、この時代に聞こえるはずのない声だから。


「黙って出ていくなんてずるいよ。まだ返事ももらってないのに、僕を置いていくつもり?」


 その声の主は憤慨だと頬を膨らませる。女みたいに女々しい奴だった。

 このセリフに私は何と答えただろうか。思い出せない。


 千と百年ばかりの時の流れは些細な思い出を消しさってしまう。

 大事な思い出も、取るに足らない思い出も。

 憎らしいものだけは、変わらずに残っているというのに。


「うん、そうだよ。僕もついていくよ。君の道の手伝いをしたいから。良いだろう? 旅は道連れ、一人より二人、だ」


 しばらく見ていなかった夢。今、私はどんな表情をしているのだろうか。

 鏡がないので分からない。あったとしても、見たいとは思わないが。


「君の理想を僕に手伝わせてよ。そして一緒に成し遂げよう。この世界に住む、全ての人が幸せになれる世界の創造を。誰も悲しい思いをしなくてすむ世界を」


 嬉しそうにいうその言葉に、


「そんなのは無理だ。ディラン」


 私はそう続けた。きっと記憶にはないが、あの時の私もそう言った。


「…………何で?」


 夢の中のその人、ディランは一転して悲しそうな表情をする。

 ディランは大人しく、その時に私が言ったことを聞いている。

 悲しげな顔をしていたが、それはやがて納得の色を見せて、そしてまた元の顔色に戻る。


「そっか、うん、君の考えはわかったよ。うーん、君の事は知っていると思ったんだけど、僕もまだまだだなあ」


 表情の変化に忙しい奴だ。

 その感想は今も昔も変わらない。


「絶対無理。だけどそれでも君は、抗う意思を持って目標に望む。僕はそんな君の事がもっと……知りた……、あ、これ告白とかそういうのじゃなくて、なしなし、こんなの無し!!」


 鏡が今、手元になくて良かった。

 見ずとも今自分がどんな表情をしているのか、分かったが。

 しかしそれは、見れた事ができたとしても、見てはならないものだ。

 

 しだいに、景色がぼやけていく。

 目覚めの時のようだ。

 かすむ景色の中で、二人は町を旅立って行く。その輪郭すらおぼろげな二つの背中に向かって。


「…………」


 私は、

 かつてティシアと名乗っていたその女性は、

 自らの名前を捨てたディテシアは、


 何かを言いかけて、何を言うつもりだったのか思い至る前に、夢が終わってしまうのを見た。





 目を開ける。


 薄暗い部屋の中だ。


 寒い。冷気が部屋の中に満ちている。

 当たり前だ。建物の中とはいえ、ここはリフリース凍土。極寒の地なのだから。


 本来は自分に睡眠など必要ないが、この体の持ち主のせいで休息を必要としていた。

 あまり無駄なことに時間を割きたくはないが、眠らねばならない、仕方がなかった。

 依り代なしでは自分は活動できないのだから。今は。

 そろそろ、道具達の動向を確認しなければならないなと思い起こす。


 自分のしなければならない事は、

 四宝の回収。サクラス・ネインの息のかかったものの抹殺。

 当面はその二つだ。


 ルミナリアは後でいい。聖堂教も。

 この世界を壊す為にはまだまだ時間が必要だ。

 もっとも、これまでにかかった千百年ほど、長くはかからない予定だが。


「――」


 口の中でだけ、彼の名前を呟いて、身を起こした。

 さっきまで見ていた甘い夢の名残を、心の内から払いのけて。

 それは今の自分には、必要ない物だから。



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