63 第25章 連絡と報告
クロフト東方上空 魔大陸 学校の一室 『ツバキ』
数時間前の、戦いの後だった。
もっとも、彼にとってそれは戦いでも何でもなかったが。
彼、27は…もしくはツバキは、拠点としている教室にいた。
ツバキは自らが魔法で作りだした水鏡に話しかけている。
相手は、自分の制作者だ。
被っているフードが視線を阻むため、顔は見えない。
だが、
全身をすっぽりと覆うローブを着ていて体格は分からないが、声を聞いて若い女性だという事は推測できた。
「……という事が起きた」
「そうか」
若い女性に向かって、ツバキは今しがた起きたことの報告を続ける。
魔法で作った声かもしれないが、その可能性は低いだろう。
目の前の女性はツバキの事を単純に道具としてしか思っていないようだったからだ。
彼女はいちいちこちらの意見を聞いたりしないし、必要な事以外話さない。意思がない(と思っている)のだから、こちらの心情を慮る様な事もしない。
ただの道具に、わざわざ正体を偽るような手間をかけるのは面倒だからなのだろう。
「報告は以上だ」
ツバキは、そういって説明を締めくくり、彼女の眼が届かなかった間の事を告げ終わった。
あの少女達の事は、命令どおり適当にこの大地を移動させ、適当に町を攻撃している最中に気が付いたら紛れ込んでいた、とだけ伝えてある。
ツバキの見た夢の様な幻のことも言っていないし、そこに出てきたアイナという女性のことも話していない。
そういえばあの少女の名前は、アイナではなかった。
もう一人の金髪の少女が違う名前で呼んでいた、と思いだす。
しかしツバキにとっては、夢の人物と同じようにしか見えなかった。
少しだけ、頭の中が混乱した。
二人の名前が違うのが理解できないのではない。
頭の中のどこかが刺激されて、肝心な事が抜け落ちているような錯覚に陥った。
「やる事が出来た。27、お前は、四宝を探し出せ。リーラン・オゾ・フェイスの統治領は手を出さなくていい」
この体は作り出された瞬間に、ある程度の知識は備わっているようだった。
作った以上、道具は使える物でなければならない。
使えない不完全な道具など、作る意味などないのだから。
ツバキは、自分が生まれた場所の近くに倒れていた多くの子供の亡骸を多い浮かべた。
制作に失敗していたら、自分もあの中の一人だったのだろう。
「凛翠の首飾りは探さなくていい。流麗の宝剣もだ」
四宝、ツバキは頭の中にその知識を思い浮かべる。
凛翠の塔の起動に必要な、凛翠の首飾り。
その時代で一番の剣の腕の立つ者、剣王に継承されてきた、流麗の宝剣。
絶対の守りを誇る氷室の盾。
無限の魔力を内包する紺碧の水晶。
そのうちの二つ、盾と水晶はどこにあるとも知れない。
「候補地だ」
抑揚のない声とともに映し出された、この世界の地図を見つめる。
紙の物質を見せたのではなく、魔法で地図の映像を作りだしたのだ。
地図にはいくつかの光点が乗っている。
この光点のある場所が可能性の高い場所なのだろう。
「覚えろ。この地点を調べてこい」
記憶の中に数秒で光点の位置を刻み込む。
「覚えた」
記憶した事を伝えると、確認する事なく彼女はその映像を消す。
そして、しばし沈黙した後、言葉を続ける。
「サクラス・ネインの呼びこんだ者は、見つけたか」
「見つけていない」
ツバキが作られた頃からの命令を思い出した。
脳裏には思い当たる者が浮かんだが、嘘をついた。
「引き続き捜索しろ」
命令の続行を言い渡して、水鏡が途切れる。
ツバキは憑魔のいなくなった学校の静けさの中で、静かに考える。
先ほど見た地図の光点をつなげ、探しに行く道順を決める。
この辺りにもいくつかある。
まず、彼が行かなければならない近くの場所は、勇翠の塔という場所の近くだった。
エルケ エルトリア城 情報収集室 『クローネ』
情報収集室に朝も夜も関係ない。情報は、時と場合など選ばずに飛びこんで来るのだから。
今も新たな情報が、やってきた。
しかし、この時、クローネ・エルツェルハは嫌な予感を覚えた。
理由は、普段やり取りをしない相手から来た事と、その連絡が来た時間帯だ。
届いた魔力糸を自分の魔法糸につなげ水鏡に映し出す。
そこに映っていたのは、最近できたクロフトの町の一番上の町長だ。
「お久しぶりです。キンロウさん。何か緊急の用事ですか?」
時刻は、深夜。意味もなく水鏡を使ってきたわけでもないだろう。
見て分かるほどに疲労の色を浮かべた町長は、口開いてその内容を口にする。
情報部の人間はその日、信じられない情報を耳にした。
水鏡を使って各地と連絡をとり、日々統治領主に情報を集めていた彼らだったがこんな情報は聞いた事がなかった。
魔大陸……という空飛ぶ大地がやってきて、憑魔をけしかけたり魔法攻撃をしてきたりしたと言うのだ。
「それは、その目で見たのですか。証人は……」
そういう反応になってしまうのも仕方がない。
誰もが、同じ反応を返すだろう。
クローネが情報部の人間でなければ、夢を見たか、幻覚でも見たかと一笑に付して終わりだっただろう。
だが、彼女は情報の価値を知っていた。
自らの使える王女、コーティ―様の貴重な判断材料であり、行動の指針なのだ。価値がない訳がない。
情報の価値について述べよと言われたら一時間でも、二時間でも、半日でも語り続けられる自信があったが、彼女にとってはその理由だけあれば十分だ。
女王様のお役に立ちたい。
その一心で、クローネはここで働いているのだから。
「疑うわけではありません。ですが、もう少し詳しくお聞きしたいので……。どなたでもいいので、他に話す事の出来る方はいらっしゃいますか」
彼女は慎重に、思いこみや想像が混じらないように注意しながら、聞き出して行く。
二番目の町長と三番目の町長であるギンロウとクリスタも交えて、小一時間かけて、全てを聞き終えてから判断する。
事実。
その事件は、まぎれもない事実だった。
作り話にしてはおけないほど詳細な話。目撃者も多数いる。被害も実際受けている。
『トコシエの村も、もしかしたら襲われたかもしれん。連絡は来ておるか』
そしてそれは、クロフトの町だけには止まらないかもしれなかった。
メモに、描いて同僚に見せ、確認を取ってもらう。
連絡は出来なかった。
水鏡を発動させようとするが受け取り手がいないようなのだ。
まさか、全滅……?
嫌な予感が頭をよぎった。
悠長なことはしてられない。ただちに、姫様にこの事を伝えなければならなかった。
クローネは感謝と労わりの言葉を送り、水鏡を消して、奥の作業机で別の情報にとりかかっている室長の元へと急いだ。
シュナイデ シュナイデル城 魔動装置研究室 『アテナ』
エルトリア城でクローネが、水鏡から驚愕の情報を受け取っているのと同じころ。アテナとコヨミ姫は、研究室にて難しい顔をつき合わせていた。
研究室の部屋の隅、本来そこに置かれていた机や資料棚などがどけられて作られたスペースに、代わりに置かれているものがある。
数日前、アテナは、大規模封印魔法陣の修復の為に、町の地下のとある場所に向かう為に限界回廊という空間を使って移動した。
その際回廊の中で見つけたのが、透明な石に閉じ込められた少女だ。
それが今、この部屋に置かれている。
「一体、どうしてこんな事になってるのかしらね」
アテナの隣ではコヨミ姫が神妙な顔をしている。
「さあ、とりあえず分かる事といえば、この石が中庭にある石と同じ魂込石である事、この石を作ったのがアイナ・ティネレットという人物ぐらいですですかね?」
左手で別の魔動装置の資料と格闘しながら、右手で目の前の石についての資料にも同時に目を通しつつ、自らの主の相手をすべくアテナは説明の口を開いていてる。
部下達は慣れた様子でコヨミ姫を背景扱いしている。緊張していて作業に手が付かないという者はない。
二人に視線を向けている者もいるにはいるが、息抜きにとりあえず邪魔にならない程度に見たり聞いたりしようという感じだった。
コヨミ姫はアテナの部下が空けてくれたイスに座り、アテナの部下が用意した資料のコピーを手にしながら説明を耳にしている。
「アイナって、あのアイナ姫? リーランのとこの百年前の統治者のアイナ姫? その人がどうしてこんな事を」
その名は有名だった。
北の地域の統治領主でもあり、百年前に起きた終止刻を終わらせた者達の一人アイナ・ティネレットの存在は、コヨミでなくともこの世界に住まう大体の者が知っている事だ。
「情報は少ないですが、断片的になら分かるですよ。調べてみたらこの石の少女は、前回の終止刻終結の際にセントアークで起きた戦いで敵だった……、という事が資料から判明したですです」
資料をはらりとめくり、そこに書かれていることを告げる。
「敵……、何それ。そんな人がいたの?」
終止刻を終結させる大変な時に、妨害するような輩がいたのかと驚く。
これが一般人だったら、公にされてない事だし、こういう反応をされるのも分からなくはないのだが。
目の前のちびっこは、曲がりなりにも一地域の統治領主だ。
姫とは思えない発言を耳にして、アテナはコヨミの教育係に心の中で文句を言った。
一体勉強の時間に何してるですかね。
お城の外に抜け出した空想でも、させてるですですか。
このスポンジ脳みそのお姫様、差し迫ったことじゃないと覚えないから困りものですよね。
調査隊の派遣やら、統治領主会議の際の水鏡の連絡やらは不都合なくこなしているのですですのに。
文句は尽きなかったが、それでコヨミのスポンジ頭が治るはずもない。
話を進めるためにもこの場は注意一つで留めた。
「ちゃんと勉強してくださいです。教育係さんだって言いましたですですよ。海中で封印してあるセントアーク遺跡を呼び起こしていざ乗り込もうってなった時に、まるで見計らったかの様に憑魔達が集まりだして、大規模な戦闘になった……という事ぐらいは知ってますですよね?」
アテナの表情が呆れたようになってしまったのはしかたない。
だって、そのコヨミの反応は……。
「え、えぇ……。もちろんよ」
目が泳いでいたから。
アテナはため息をこらえてつづける。
こんな人目のあるところで主をしかるわけにもいくまい。
周りの部下が、慣れてるとしても。
そんな気苦労を知ってか、部下が二人にお茶を持ってきてくれた。
なかなか気が効くですね。この前のどたばたの時もうまくやってくれてましたですですし。お給料上げといた方がいいですですかね。
「……。まあ、そう言う事にしておきますです。幸いな事にサクラ様達は事前にその妨害の可能性をつきとめ準備をしていたらしく、取り返しのつかない損害には至りませんでしたですです。……話がそれましたですね」
気遣いに満ちたお茶の味に癒されつつも、横道にそれた話の軌道を修正するために一息置いた。
「で、そのアイナという人が言うこの少女を閉じ込めるに至った理由ですが……。敵としては殺せない理由があった……、だから問題を解決できる人が現れるまでこうして魂込石に閉じ込めて封印しておくことにした……。だとの事らしいのですです」
「問題って?」
「そこは調べられなかったです」
何らかの意図があってこの先がないのか、百年という年月をかけて情報が紛失してしまったのか、そこからの事情は出てこなかったのだ。
今更だが、なぜ自分がこのような調べ物をしていのだろうか。
情報部とかそのへんにやらせればいいものを。
まあ、コーティリアイ女王様の所よりは手際よく行かないだろうが。
知り合いにやらせれば、その様子をみる口実が出来てさぼれるとか思ったに違いない。
限界回廊に直接確かめに行ったついでに押し付けられた感が半端ない。
「分からなかったの? 何だ、残念」
「面白がるような事じゃないです」
コヨミ姫はおどけたように言って見せるが、そこは本気で言ってるわけではないだろう。
なんだかんだ言って、やりたくもない役職をやっている彼女の事だ。目の前の少女をちゃんと助けてやりたいと思っているだろう。
コヨミの湯呑みのお茶をは少しも減ってはいない。
閉じ込められている人間を前にして、呑気にお茶などすすっていられる精神をしてないのだろう。
私も一応どうにかしてやりたいとは思ってますが、彼女ほどではないですね。
良くも悪くも、研究職につく自分は現実主義者だ。
最近はできの悪い主や、恋人のおかげでそうでもないかもとは思いはじめてるが。
それでも、
出来る事はできる、出来ない事はできない、としっかり分けて行動する。
出来ない事の為に無駄に時間を費やす事もない、感傷的になり物事が手につかなくなるという事もない。
「少しは、この性格をあなたに分けてあげられたらいいとは思ってるんですですけどね」
何やかんやいって優しくて苦労性な彼女を見つめて、アテナは呟いた。




