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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第八幕 掴み取った明日へ(上)
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294 第25章 創始者との遭遇



 思わぬアテナの助けを借りて、窮地を脱出した後に中庭にやってくると、この間城の敷地内に侵入してきた人物の姿があった。

 くせ毛が特徴的なその青年は、姫乃達と敵対するように向かい合っている。

 両者、共に互いを警戒している状態だ。


 一体どのような経緯を経てそうなっているのか尋ねたいところだったが、状況を把握する前に変化が起きた。


 重い物を突いて鈍く響く音。

 それは、こんな異常事態には不釣り合いな音だった。


 耳に届いてくるのは鐘の音。


 だが城の物ではない。町の住民達に時をしらせるための時計塔の鐘の音だった。


 しかも、おかしいのはそれだけではない。

 音がはっきりと耳に届いてくる事もだった。


 通常、城に響いてくる音量よりもはるかに高い。

 まるでその建物のすぐ近くにいるかのように、はっきりと鐘の音が聞こえてきていた。


 疑問に思うのだが、細かい事を気にしている暇はなかなった。


 なぜなら。


「……っ!」


 鐘の音を耳にしたとたん、コヨミの体が動けなくなってしまったからだ。


 自由が利かなくなってしまったため、その場に縫い付けられたかのように立ち尽くすしかできなくなる。


 このままではまずい。

 この場ではまだ、危機は続いている。

 先程いた室内ほどではないが、通路からこちらに向かってきているはずの憑魔を相手にしなければならないし、こうしている中庭だってひらけた場所だからいつ別の憑魔に狙われる事になるのか分からない。


 かかしのように突っ立っているままではいられないのだ。


 だが、いくら意思を強くもっても移動しようとしても、体はピクリとも動かなかった。

 声も出せない。


 自らの意思に反してその場にとどまり続ける肉体には、何かの力で抑えられたわけではない。

 重力の魔法の発動などもかくにんはできなかった。


 ただ、体が動こうとしてくれないだけなのだ。


 そんな状態の中で唯一、視線だけはかろうじて動かせる。

 それで、少しでも情報を得ようと中庭を見渡せば、この場にいる皆……姫乃達やエアロ達、くせ毛の青年もこちらと同じような状況なのが見て取れた。


 中庭にいる他の兵士もだ。


 鐘は鳴り続けていて、音がやむ気配はないのだが……。

 この機に、自分達を害そうとする人はいない。

 つまり、おそらく犯人はこの中にはいないのだろう。

 それはある意味救いでもあるのだが、長々と安心できる事実にはならなかった。


 事実、上空からふりそそぐ月あかりを遮るように影がさした。

 巨大な気配が近づいてくるのを感じる。

 憑魔が近づいてきているのだろう。


 このまま無防備な所を攻撃されると、怪我をしてしまうどころか、死者が出てしまうかもしれない。


 けれど、首を動かす事すらできない自分達では、その姿をとらえる事すらできなかった。

 静寂の中で、どうしようもない事実に心の中で焦燥ばかりが募っていくのだが……。

 ふいに、隣で動く影があった。


「ぉ、ぉぉぉおおお!」


 己を叱咤するような大声をあげたグラッソだ。

 普段でも聞かない中々の声量だ。

 その声に、鳴り響く鐘の音が一時的にかきけされる。


 彼は、手にしていた剣を一動作で、上空へ放り投げ、近づいてきていたらしい憑魔を追い払って見せた。


 それでもかせげだ時間はわずか数秒だろう。

 少し経てば、相手も体勢を立て直して再びこちらを狙いにくるかもしれない。

 こちらでなくても、他の兵士が狙われたら大変だ。


 そんな中、グラッソが投じた波面に乗じるように、さらに動く影が二つ発生する。


 一つはなあだ。

 小柄な体格の彼女は、ふるふると体を震わせながらわずかに動いていた。


「なあ、頑張って皆の力になるの!」


 そして、彼女がそう決意を滲ませる声で叫んだ途端に、唐突にコヨミを含めた中庭にいる姫乃達の体の自由が利くようになった。


「ぴゃ? 体がしびしびで動かないの」


 ただし、なぜかなあだけは硬直したままだったが。


 動いた影のあと一つは、くせ毛の青年だ。


 唇を噛んで血を流している彼は、ゆったりとした動作ながら未利に近寄っていってその肩を掴んだ。


 彼女はこんな状況でも演奏をつづけてたらしい。

 よく見ると、未利は耳当てをしていたらしいので、そのおかげだろう。


 くせ毛の青年の仕草で何かをかんじとったらしい未利は、わずかに頷きを一つ。

 すると、演奏に変化が生じ、強弱のはっきりついた眠気覚ましによく聞きそうな旋律になっていた。


「ふぇ、何でなの? なあのしびしびがなくなっちゃったの」


 音楽の変化をきっかけにして、付近の兵士達やなあも動けるようになった。

 これで、この場にいる者達の全員が、自由になった。


「皆、気をつけて! どこからか魔法で攻撃を受けてるわ」


 とりあえず正体不明の先程の攻撃へ注意を促しつつ、周囲をよく観察する。


 中庭にはそれらしきものは見当たらない。

 ならば、と視線を上に投じれば、あった。

 そこには、水礼祭の最中によくみかけた多数の水鏡が存在していた。

 

 宙に浮いた水面に映っているのは時計塔。

 透明な水に映る人物があって、それは何度も煮え湯をのまされた少年、氷裏の姿だ。


「あの人……まだ……っ」


 また、上をいかれて、策を挟まれてしまった。


 彼は、どうしてここぞという致命傷になるうる状況を的確に選んでつついてくるのだろうか。


 ここに来ての新たな人間からの横やりに頭を悩ませる。

 対処できる手札は、他にどれだけあるだろう。


 頭の中で、融通が利いて状況に応じて適切に動ける人間をリストアップしていくが、この状況では自然と候補が限られていた。


「誰か! 連絡できる人はいる!? イフィールに、手が空いてるなら時計塔に行くように伝えて頂戴!」


 近くにいないかも、と思ったが、奇跡的にも応じる声があった。

 少し遠い位置にいる兵士からだ。


「姫様、こちらから連絡を行います」

「ありがとう、助かるわ!」


 ほっと一息ついて、連絡を請け負った兵士に任せるの。


 その間にエアロに状況の変化を尋ねようと思ったのだが、相手から返事が来る方が早かった。


「あのっ、姫様。イフィール隊長の姿が城内に見えません!」

「えっ?」


 どんな状況でも冷静に対処しようとこころがけてはいたが……。

 かけられたその言葉が予想外過ぎて、思考が停止しそうになる。

 彼女はこの危機的状況で姿を消す程無責任な人間ではない。

 急にいなくなるなど、ありえないはずだった。


「ほんの少し前までは確かに城内にいたようですが、一瞬で姿が消えてしまったという報告を聞いたのです。……いかがしましょうか」


 しかし、連絡がつかないのは本当のようだった。

 混乱しつつも自分は領主なのだから、そのままではいられない。

 冷静になって、代わりになる人間を頭の中に浮かべながら、相手に言葉を告げる。


「……では、遺跡の方へ連絡をお願いします。これから述べる内容を、相手にしっかりと伝えてください」







 シュナイデ 町中 「イフィール」


 城内に再び出没したグレートウォールの討伐に剣を振るっていたはずなのだが、いつの間にか城の外に出ていた。

 鐘の音がして。確か体が動かなくなったところまでは覚えている。

 しかしそこから先の記憶がない。


 不可解な現象に首をかしげるが、答えはそう簡単には見つからないだろう。


 ここからどうすれば良いのか、久しぶりに判断に迷った。

 通常なら、城に戻るべきだろう。

 だか、鐘の方も無視できない問題だ。


 原因不明の転移をする前のわずかな時間、鐘の音をきいて、自分や他の者が動けなくなるのを目撃していたからだ。


 城と時計塔、二つの目的地への距離はちょうど同じくらいだ。

 到着に掛かる時間は選択の条件にはならない。


 ややあって、決断したのは時計塔の方だ。

 未だ鳴り響いている音を止めたいという理由もあるが、なぜだが、そちらの方面から呼ばれたような気がしたというのもある。

 あの、体が動かなくなった異変が、鐘の音と関係があるなら、どうにかしなければならないだろう。


 しかし、数歩も動かない内に再び足を止める事になった。


 視線の先に、フードをかぶった女性がいたからだ。


 女性はこちらを見て、不快げに口を開いた。







「――お前は誰だ。なぜディテシア聖堂教の創始者と同じ顔をしている」







(※9.14 内容の一部を修正しました)

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