286 第17章 ゆびわリバース
シュナイデル城 城内
城の中で一番重要な場所となっている中庭に向かうため、姫乃達は歩を進める。
耳に聞こえてきていた戦闘音がすぐに小さくなった。
イフィールさん達の方はおそらく大丈夫……。
そう言い聞かせて、階下へ。
だが代わりに、上の階から地響きのような音が定期的に響いてきていて、そちらの方が苦戦している事を知らせてくる。
上から揺れが伝わって来ると言うのも変な話だが、そうなのだからしょうがない。
様々な方向で不穏の気配が広まって行くのを感じながら、階段を下り、階層を移動していく。
幸いにも姫乃達を邪魔する気配はこれまでにはなかったが……。
それはこれからも同じであるとは限らない。
階段を抜けて、一つしたの階層に移動。
このままもう一階下に降りようとしたが、戦闘があったらしくがれきで埋まっていたので、別の階段を探すことにした。
「ぴゃ? ふぇ?」
そんな中、二、三歩遅れてついてきているなあが奇妙な声をあげた。
小柄な彼女は、日常でちょっとした驚きを発見した時などに、よくそんな声を上げている。が、今は戦いの最中だ。彼女が何に気をとられたのか気になった。
「どうしたの? なあちゃん」
走りながらふりかえると、なあの手のひらには小さな指輪がのっかっていた。
彼女は彼女でハルカという女の人と一緒に、襲撃前に限界回廊にて色々と今回の戦いに備えて準備をしていたらしいが、今のところ今までと何か変わったところがあるようにはみられなかった。
動物達を操って花びらを集めていたりもしていたけれど、何に使うのかさっぱり分からなかった。
「よく分からないけど、ゆびわさんがぽろって出てきたの」
「これって」
かまくらから出てきたのだろう。
なあは金属の輪を手にしていた。
見せられた指輪に見覚えがあるような気がして、立ち止まって確認してみる。
それは失われたはずの指輪だったからだ。
前方を走っていた啓区も、こちらに様子に気が付いたようだ。
数歩分先行していた彼が戻ってくる。
「あれー? それって、たしか未利がリラック町長になげつけてたやつだよねー?」
「うん、そのはずだよね」
確かに姫乃もこの目に見た。
ロングミストで起きた裏切りの事件。
その顛末で、牢に入る事になった町長に渡した物だった。
戸惑う相手に、未利が指輪を渡して(実際には投げて)いた時の事を覚えている。
それなのに、なぜこんな所にあるのだろう。
あの町はもうない。
正体不明の出来事で、消失したはずなのだが。
二人してじっとなあを見つめてるが、彼女自身も理由がよく分かっていないようだった。
「ゆびわさん何で出てきたんの? なあ、くしゃみはしてないの。びっくりしちゃってぴゃって飛び出しちゃたわけでもないと思うの」
冗談みたいに聞こえるが、たまにそんな調子でそこらへんの空間から物が転がり落ちる事があるので、用注意だった。
とはいえ、本人の自己申告を信じるならその可能性はなさそうだが。
とりあえず何で入っているかより、何でか外に出てきてしまった事を不思議がっている様だった。
指輪がかまくらに入っていることを、前に把握していたのだろうか。
意見を求めて啓区に視線を向けると、そちらも同じように困ったような表情。
「うーん、よく分かんないけど、保留にしといた方がいいのかなー? 意味はありそうだけど、指輪を使ってギミックを解こうって場面でもなさそうだしー。悠長に考え事をしている時間はなくて今はそれどころじゃないだろうしねー」
「そうだよね」
とりあえず、再びなあちゃんにかまくらにしまっておくように伝えておく。
のだが、何か思いついたらしい。
「あ、ちょっと待って。何か見えるかも」
なあちゃんが「うんしょ」っと空間の歪みのなかに指輪を入れようとしているのを、啓区がとめていた。
「ちょっとごめんねー? なんか勘みたいなのが働いたというかー、出来る感じになったというかー」
そして、彼はよく分からない事を言いながらその手にもった指輪を観察している。
姫乃も横からのぞいてみるが、自分では変わったところは見つけられない。
けれど、そんなわずかな時間でも彼にとって収穫はあったようだ。
「これ、見えるやつだー」
「見えるやつ?」
「幻がねー。石の町でやったみたいな事ができるかもってー。お風呂の玩具の話はしたよねー」
「うん、ユミンちゃん達が持ってきた玩具の事だよね」
城の防衛戦の準備が終わった後にお風呂に入ったのだが、その時に配達兄弟が持ってきた玩具でセルスティーさんの事が見えたらしい。
意味は分からなかったし、何についての映像なのかも不明だったが、このタイミングで関係が無い事は起きないだろうとの啓区談だ。
「今、やってみるからちょっと待っててねー」
啓区は、指輪を握りしめて瞼を閉じた。
集中しているようだ。
そして、ちょっとも待たないうちに、目の前に映像が浮かび上がって来た。
周囲に石の町が石化する前の、町の様子が映し出される。
本物でない事を証明するように、半透明で城内の壁やら床やらが透けてみえていた。
手を伸ばしてみても、映し出された物や人に触れる事はない。こちらの状況や姫乃達の存在が映像の内容に影響することはなかった。
とりあえず驚かなかったのは、既知のできごとで慣れたからだろう。
基本的には、霧の旅人の件で以前みたものと変わらないので、冷静に観察する事が出来た
だが……。
町が石化した後の映像に切り替わって、色彩が灰色に染まっていく。
その中で鮮やかなのは、町中に佇む一人の女性だけだ。
瞳に強い輝きを宿した、黒髪の女性が目に入る。
クリウロネの人達がディテシア様と呼んだ女性が、険しい表情をしているのがあった。
聖堂協会にあるディテシア像と同じ容姿の。
『こんな世界、滅んでしまえばいい。いいや、滅びてしまえ』
憎しみのこもった声だった。
一言だけだが、強烈な感情を揺さぶる声だった。
そこで映像がとぎれてしまう。
「これって、ディテシア聖堂教の……」
ディテシアという人とは、ルミナリアが会って話を聞いた事があるとか言っていた気がする。
クロフトの町で、魔大陸のいざこざがあった時だから、詳しく聞く事ができなかったが。
「ここで有名な人が出てくるかー。このタイミングでこの映像、きっと何らかの関係があるんだと思うよー。僕が創作者なら、設定ミスは置いといて……意味のない伏線ははらないだろうしー。思い込み過ぎるのはよくないけど、頭の片隅には入れておいた方がよさそう」
「設定ミス? うんと、よく分からないけど、とりあえず覚えておいた方が良いんだよね」
すぐには意味の判断がしかねる内容だったが、何らかの役に立つというのであれば、覚えておこうと思った。
そうしたやりとりをしつつも、他の階段を探しに階層をかけぬけていくのだが、見覚えのある人影が待ち構えていた。
その先に少年が一人立っている。
漆黒の髪と漆黒の瞳の少年。ツバキだ。
これまで何度も姫乃達を助け、力を貸してくれた少年。
アイナという人の約束を守るために行動して、姫乃には好意的な行動をとってくれた。
彼がいなかったら湧水の塔で無事に逃げ切れたか分からないし、霧の魔獣の時でも大変だったかもしれない。ラルラの異変にも早くに気が付くことができた。
けれど、最近の彼は何かに迷っているようだった。
まるで目指すべき指針が分からなくなってしまったかのように。
今朝見た時は、元から言う事を聞いていた製作者の指示ではない行動で、私を止めにきていたけれど……。
「ツバキ君……」
「ここから先には行くな」